「それじゃ改めて手順を説明するね」
翔介は家の門を背に友人たちを見ながら語り始める。
その姿は盆童の服装に着替えている。
彼以外にも鈴とラウラも同じ格好をしている。
時刻は十五時頃。
今から三手に分かれて盆童を行う前にその手順を実践しようとしているところだ。
「まずは敷地に入る前にこの鐘を鳴らすよ」
そう言って門の前に立つ。
そこには鐘が吊るされており、紐を引くことで音が鳴る仕組みになっている。
翔介が紐を引っ張るとカランと涼やかな音が聞こえてくる。
すると家屋の方からチリンと小さな音が返ってくる。
「鐘を鳴らして返事が返ってきたら敷地に入るよ。そしたら玄関じゃなくて庭先に回って縁側に精霊馬を置いていくよ」
翔介は門をくぐり、庭の縁側にキュウリの馬とナスの牛を置く。
「置いたら後は門まで戻るよ」
そう言って一行を引き連れて門へと戻る。すると、門の前には入る前にはなかった籠が置かれている。
その中には何故かお菓子が詰められている。
「最後はこのお菓子を回収して終わりだよ」
「いや、何故お菓子が?」
最後の最後でついにツッコミが入った。
しかし、翔介は至って平静に続ける。
「これはね盆童へのお礼なんだ。だからしっかり回収してね」
ちなみにこのお菓子は一度寺の方で供える必要があるため、すぐに食べることはできない。ただし盆の期間が終われば、盆童役であった子供たちに分配されるのでかつての子供たちにとってはお菓子が大量入手できる特別な日でもあった。
そして子供がいなくなり、翔介だけとなったここ数年ではお菓子総取りであった。
唯一の子供なだけあってか、お菓子が豪華になっていた。
「あんたって本当に可愛がられてるわね」
「翔介って年上キラーなのかな?」
「いや、翔介君は愛され孫属性なのよ」
「何それ」
「一度会ってしまうと思わず財布の紐が緩んでしまい、放っておけなくなりつい甘やかしちゃう驚異の属性よ」
素っ頓狂な言い分だが何故だか納得できてしまう。
少なくともこの街の住人は全員翔介の愛され孫属性の餌食となっている。
恐るべし愛され孫属性。
「それじゃあ最初に決めた地域をそれぞれ分担するってことで。終わったら寺に集合っていう事だね」
全員がそれに同意するとそれぞれが組みとなり町中に散っていった。
-------------------------------------------------
「よし、これで最後ね」
盆童の衣装に身を包んだ鈴が籠からお菓子を取り出す。
これで彼女たちの分担は終わりだ。
「それじゃあ寺に戻ろうか、結構暗くなってきたしね」
「そうですわね、他の皆さんも戻ってきてる頃でしょうしね」
荷物持ち役のシャルロットとセシリアもお菓子を回収しながら空を見上げる。
日の長い夏場だが太陽は山の向こうへと沈もうとしている。
「はぁ…それにしても何でこの組み合わせ…」
「まだ言ってるの?」
「言っても仕方ありませんわ。じゃんけんで決まったことですし…それならわたくしだって…」
口を尖らせる鈴に対してセシリアもまた不満げである。
結局のところ言い合っても仕方ないからということで公平にジャンケンで決めることになったのだがものの見事にこの二人は撃沈したのだ。ちなみにシャルロットは最後の最後でジャンケンに負けてこの組になった。
「ていうかあたしとセシリアってニコイチみたいな扱いになってない?」
「き、気のせいだよ。ほら、そろそろ戻ろう」
シャルロットが苦笑いを浮かべながら促す。
まだ納得いっていない様子の鈴とセシリアだが両手にお菓子を抱えながら寺への道を歩き出す。
やがて三人は民家から離れた小道に入っていく。
小道の両側には木々が生い茂っており、日差しが降り注ぐ日中ならばずっとこの場にいたいところだが薄暗くなってくると少し不気味さが漂ってくる。
「しかし風習とはいえ毎年一人でやってたなんてあいつも良くやるわね」
「それだけこの町が好きという事なのでしょうね。たった数日ではありますが、わたくしもこの町が良いところなのはよくわかりましたわ」
「そうだね、何もないけれど何もないがある、っていうのかな。やっぱり都会にはないものがあるよね」
「あいつがああいう性格になるのもよくわかるわね」
大自然に囲まれた小さな町で多くの人に愛されながらのびのびと育った翔介。変に擦れることもなく真っ直ぐに育ったのも頷ける。
「ええ、そうですわね」
「うん、本当にそうだね」
「のほほんとしてる割には相手のこと見てるっていうか、察しがいいというか」
うんうんと頷くセシリアとシャルロット。
「ほんと…その察しの良さのほんの少しでもあいつにあれば…」
暗い目でそう呟く鈴。
うんうんと深々と頷くセシリアとシャルロット。それはもう心の底からの同意であった。
シャリン…。
どこからか金属音が聞こえてくる。
気付けばいつの間にか三人の目の前に人影がゆらりと立ちふさがっている。
「えっと…町の人?」
「いえ、それにしては…」
恰好が異様だ。
古臭い着物に編み笠、そして腰には打鉄の装備にもある刀が佩かれている。
まるで仮装のようだが、目の前の人物から溢れる雰囲気がそれを否定してくる。
「あ、あの…どちら様ですか?」
それでもとシャルロットが声をかける。
すると目の前の人物は徐に三人に視線を向ける。
「……女子…だが、違う。毛唐か…」
編み笠の奥からしゃがれた男の声が聞こえてくる。
その異質さに身体が強張る。得体のしれない何かが三人を襲う。
「どこだ…まさか、貴様らが…」
男が腰の刀に手をかけ、すらりと抜き放つ。
怪しく光るそれは偽物ではなく、本当に命を奪う輝きを放つ。
男は信じられない速度で三人に迫る。
「くっ、この!」
一番早く反応したのは鈴だ。
右腕にISを展開して、振り下ろされた刀を受け止める。
「面妖な術を。やはり貴様らが…!」
男はISに面食らうものの、さらに刀を押し込んでくる。
刀がギリギリと甲龍の腕に食い込んでいく。
「ちょ、ただの鉄の塊なのに!?」
同じISの武器ならまだしも男の持っているものはあくまで生身の人間の武器のはず。それがISを傷つけるなんてあり得ないはずだ。
「鈴さん!」
「鈴!」
セシリアとシャルロットが駆け寄ろうとするが、男は流れるような太刀筋で二人を阻む。
しかし、自分から注意が逸れたと見るや鈴は甲龍の拳で殴り掛かる。
「こなくそぉ!」
果たして拳は男の右わき腹に叩き込まれる。
男はそのまま地面を五メートルほど転がり、動かなくなった。
「鈴さん、いくら何でもやり過ぎでは…」
「ちゃんと手加減してるわよ。それに最初に仕掛けてきたのはあっちでしょ」
「う、うん。だけどなんでこんな…」
言いかけたシャルロットが息をのむ。
殴り飛ばされたはずの男がゆらりと立ち上がったのだ。それもまるで何事もなかったかのように。
「ど、どうなってんのよ、手加減したとはいえISでぶん殴ってんのよ!?」
「斯様な小さな体躯からは信じられん力だが…加減はせぬ…」
男が刀を上段に構える。
「ま、待ってください! 僕たちは!」
「問答無用!」
大地を踏み込み、男が三人に向かって刃を振り下ろす。
ただ押し切られただけでISを傷つけた一撃。今度は体重を乗せた全力の一撃が襲ってくる。
もし、そんなものを受け止めればISの腕ごと跳ね飛ばされるかもしれない。
しかし、男から発せられる異様な気が三人の動きを鈍らせる。
命を奪う刃が眼前に迫る。
思わず目を強く閉じる。
しかし、身体を裂かれる痛みが襲ってこない。
恐る恐る目を開く。
「間一髪、じゃのぅ」
そこには振り下ろされた刀の柄を受け止める継実が立っていた。
『継実さん!』
「銃刀法違反じゃな。大人しく縄についてもらおうか」
男はブンと継実の腕を振り払う。
継実はスッと獅子七星流の構えを取り対峙する。
「また一人…あくまで俺を阻むか…」
「忠告は二度まで。それでもそれを振るうならば実力行使と行かせてもらう」
グッと拳を握る。
男も今度は刀を構えたままじっと動かない。お互いに出方を探っているようだ。
「…分が悪いか…」
男はそう呟くと刀を鞘の中に収め、踵を返す。
「あ! 待ちなさいよ!」
鈴が立ち去ろうとする男の背に声を投げかけた瞬間。
「なっ!?」
「き、消えた…!?」
男の身体がスーッと薄くなり、目の前で霞のように消えてしまった。
「…退いたか。しかし、まさか本当に相手が幽霊とはな…半信半疑、いや完全に疑っておったが本当のようだな…」
「ゆ、幽霊!? そんないくら何でも…」
「ならば目の前で起こったこと、どう説明する? 科学の進歩で大抵のことはできるとはいえ、目の前で霞と消えては信じるしかあるまい」
継実の突拍子もない言葉に思わず反論するも、逆に返されてしまった。
実際に今消失マジックのように何かタネや仕掛けがあったようには見えない。本当に目の前で消えてしまったのだ。
「取りあえず無事で良かった。ワシも行くから、寺に急ごう」
「一体何が起こってるんですか?」
「その説明のためにもお主ら全員が集まった方が良い。行くぞ」
継実は周囲を警戒しながらも寺へと歩を進める。
結局、何が何だかわからない三人だが今は彼女に従い、着いていくこととした。
本日はここまで。
遂に幽霊と鉢合わせ。
奴は何者なのか、一体何が目的なのか。