夢の中にいるようなふわふわした空間にいる。
自分が起きているのか、眠っているのかそれすらも曖昧な気持ちだ。
「……い…」
そんな空間の中に小さな声が響き渡る。よく耳を澄まさねば聞き逃してしまいそうなほどにか細い。
「誰…?」
「…お願い…」
翔介はハッと後ろを振り返る。
そこにいたのは金色の髪に質素な着物という何ともアンバランスな格好だ。その瞳も碧く、一見して外国人であるのは見て取れる。
その彼女が悲しげな表情で訴えかけてくる。
「…あなたは…? お願いっていったい何を?」
「お願い…あの人を止めて…」
「あの人って…あの侍の…?」
翔介はさらに問い掛けようと近づこうとするも足が前へと進んでいかない。
金髪の女性は悲しげな表情のままドンドンと離れて行ってしまう。
何かを必死に伝えようとしている。だが、無情にも女性と翔介の距離は離れていく。
「待って! あなたは誰なんですか!?」
「光を…繋いで…」
最後に翔介が見たのは女性の首から下がる十字架だった。
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「翔介…大丈夫?」
目を覚ますと翔介は畳の上の布団に寝かされていた。その隣には簪が心配そうにのぞき込んでいた。
「あ…更識さん…? ここって…家?」
「あの幽霊に体当たりして斬られそうになって…覚えてない?」
そうだ。言われて思い出す。
侍幽霊に立ち向かう三人を助けるために飛びついたまでは良かったが、結局返り討ちに会いそうになったのだ。
しかし、突如お守り袋に入れていたウルトラの星が輝きだしたのだ。
「あの後、幽霊はすぐ逃げちゃったけど何があったの?」
「幽霊…あ、思い出した! 更識さん、皆に話さなきゃいけないことがあるんだ!」
「え、え? うん、わかった」
捲し立てる翔介の勢いに気圧されつつも簪は姉たちを呼びに行く。
それから一分とせず、友人たちが翔介の部屋に入ってくる。
「翔介、もう大丈夫なのか?」
「うん、身体は大丈夫だよ。それより僕が見たことを話すよ」
翔介は侍幽霊とぶつかり合った際に見たイメージを語る。
侍幽霊と金髪の女性。手渡された十字架。
そして、そのイメージの中と同じ女性が自分の夢の中へ出てきたこと。
「それにしてもどうして翔介さんはそんなイメージが見えたのでしょう?」
「それは…」
翔介はお守り袋に触れる。
「ウルトラマンの力が僕にあのイメージを見せたのかも…」
「どんな経緯にせよ重要な手がかりね。これで相手の素性が分かればいいのだけど」
「ふむ…もしやマブよ。十字架というのはこれか?」
そう言ってラウラが布で包まれた十字架を手渡す。
「あ、これだよ。僕が見たのは」
「マジであの探偵のコスプレで手掛かり見つけるとか…」
何故だか鈴が信じられないといった様子だが、これは間違いなく進歩だ。
そうしていると従弟が目を覚ましたと聞いて、長歌が入ってくる。
「目が覚めたのですね」
「長姉さん。もう大丈夫だよ」
自分の無事を示すように笑みを浮かべる。
ふと思い出したように立ち上がる。
「そうだ、長姉さん。調べて欲しいことがあるんだけど」
「調べて欲しい? 一体何を?」
問い掛ける長歌に翔介は自分の見たイメージを伝える。
すると長歌の表情が鋭いものに変わっていく。
「それは間違いないのですね?」
「うん、何かわからないかな?」
しばらく長歌は考え込むとスッと顔を上げる。
「わかりました。それならすぐに出ましょう。全員は行けないから翔介君と後二人くらいで行きましょう」
「行くってどこに?」
「街の資料館です。そこにはこの周辺の地域や伝承などの書籍などが所蔵されています。その情報が正しければ何か見つかるかもしれません」
今まではそれこそ雲をつかむような状況であったが、ようやく手に入れた情報。
それを基に古い文献を当たろうという事のようだ。
「それなら私も行くわ」
「わ、私も」
同行に立候補したのは更識姉妹だ。
長歌は頷くと残る友人たちには四季家宅で待機するように指示を出す。
四人はすぐさま車に乗り込むと隣の大きな街に向かうのだった。
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車を走らせて一時間ほど。
四人は街の郷土資料館へとやってきていた。
普段はあまり利用者の少ない施設だが現在は夏休みという事もありチラホラと学生らしき姿が見える。
車から降りた長歌はスタスタと資料館に入り、受付へと近づく。
「おはようございます。突然で申し訳ありませんが書物庫の方を使用させていただきたいのですが」
長歌は受付の女性に二言三言話しかけると翔介たちに着いて来るように声をかける。
「書物庫に顔パスか。継実さんもだけど長歌さんも只者じゃないわね」
「長姉さんはこの土地の文化とか風土を研究してるんです。僕にもよくわからないんですけど結構有名人らしくて」
分からないと口にしつつもどこか誇らしげな翔介。
簪はそんな彼の姿を見て少し前までの自分とは全く正反対であると考えてしまう。
彼女にとって優秀な姉は誇らしさより己の無力さを思い知らされる存在であった。今でこそ翔介や友人たちのお陰で壁のようなものはなくなったが。
まあ、些か壁がなくなったせいで姉がポンコツ化している気がしないでもない。
簪は隣を歩く楯無をチラリと見やる。
楯無はそれに気付くとにこやかに口を開く。
「どうしたの、簪ちゃん? 手でも繋ぐ? それとも腕?」
「お姉ちゃんにも長歌さんくらい落ち着きがあればなぁ」
妹の一言にガーンとショックを受ける姉。
本当に最近は昔のような威厳が消えている気がする。
それでもどっちがいいのかと問われれば、間違いなく今の姉を選ぶのだが。
「こちらです。中の資料は貴重なものもありますので気を付けてください」
長歌に促されて書物庫に入る三人。
中は書物庫という割には綺麗に掃除されており、棚が多く並びその中にファイルや書物が整頓されている。
長歌は書物庫の中を進み一つの棚の前で足を止める。
「武士と十字架を持った外国人…これですね」
そう言って長歌が持ってきたのは一冊の本。
それはこの地域の民話などを集めた本のようだ。
長歌はパラパラとページをめくり、三人に見えるように見せてくる。
そこには『南蛮悲恋語』と書かれた民話だった。
かつて天下に比類なきと言われる剣術流派があった。
その流派はこの地を治める大名の剣術指南役を務めており『藤倉剣八郎』は時期師範代として将来を有望視されており、大名の娘との結婚も決まっていた。
だがある日突如、剣八郎は南蛮の女性『マリー』を連れて自らの妻とすると言い放つ。
当然道場側は大名との関係がこじれることを恐れ、マリーをこの地へと追放し二人を引き裂いた。
二人はそれでも尚共にあろうと約束しマリーのもっていた十字架を証として必ず迎えに行くと約束するのだった。
だが、剣八郎が彼女を迎えに行くことはなかった。それでもマリーはいつか来るとずっとこの地で待っていた。
「悲しい物語ね…」
「この剣八郎っていう人があの幽霊?」
「だとすれば剣八郎が探していたのは…」
「マリーさん…ってこと?」
二度、彼らの前に姿を現した際には常に何かを探しているようだった。
それがマリーの事であるとすれば。
「そのマリーさんって結局どうなったんだろう?」
「長姉さん、何か知ってる?」
翔介が問い掛けると頷くと更に別の資料を持ってくる。
「私も気になって調べてみたのですが…このマリーという女性はずっと自分の母国に帰ることなくずっとこの地で愛した男性を待ち続けていたみたいです。その際に名前を日本人のものに改名しています」
そう言って資料のあるページを開く。
「幸いなことに元の名前が日本人に近かったみたいですね」
「『鞠』って…まさか!?」
資料に書かれた名前。
それは源之助が住職を務める寺で桜の木の下に眠っている墓標に記された名前であった。
「そう…すぐ近くまで彼女の下に来ていたのに…」
間近まで近づいてきたというのに志半ばで力尽きたという事か。
その時、先程夢の中に現れた女性の姿を思い出す。
あの女性こそマリーだったのだろう。
「マリーさん、剣八郎さんのことを止めてって言ってました」
「愛する人が徘徊する復讐鬼になったのだから止めたいという想いは分かるわね」
翔介はお守り袋をギュッと握り締める。
「お師匠さま、更識さん。成功するかわからないけど僕に考えがあります」
「大丈夫なの? またそれが助けてくれるとは限らないわよ?」
楯無は翔介が握るお守り袋に視線を向ける。
確かにあのような奇跡がまた起こる保証はない。
だけど。
「僕はマリーさんの想いを伝えたいんです」
しばらく楯無はじっと考える。
彼女としてもこれ以上翔介たちを危険に晒すのは望むところではない。
「いいわ。男の子がそこまで言うのなら止めるのは無粋ね。勿論私たちも協力するわ」
「……ありがとうございます」
「それでどうするの?」
翔介は更識姉妹に自分の考えを伝える。
これが上手くいくのかはわからない。
それでもやらなければならない。
勝負は…明日だ。
本日はここまで。
長々としてしまいましたが遂に夏休み編クライマックス。
侍幽霊・剣八郎の謎が解けた。
主人公は友人たちと共にこの騒動を乗り越えることができるのか。