「どこだ…マリー…」
ズリズリと侍幽霊・藤倉剣八郎は足を引きずるように町を徘徊していた。
すでに町は夜の帳が降りて、人の気配はない。
剣八郎は宛もなく愛する女性を探し回っていた。しかし、当然のことながら彼女を見つけることなどできるわけはない。
既に彼の生きていた時代から数百年の時を経ているのだ。だが、そんなことを剣八郎が理解している訳もない。
翔介たちに出会った時も面妖な格好をしている、くらいの意識でしかない。
だが剣八郎は探し続ける。
それは既に呪いのように彼を突き動かしていた。
チリン…。
暗闇の中から鈴の音が響く。
はたと足を止めて音の方に顔を向ける。
その先には白い着物に白い帯、赤い輪袈裟をかけた人影が立っていた。
剣八郎は腰の刀に手をかける。いつでも抜刀できるようにだ。
しかし、視線の前の人物からは敵意のようなものは感じられない。
「貴様…何者だ…」
鋭い視線を向けながら問い掛ける。
目の前の人物は何も答えない。
するとごそごそと懐から何かを取り出す。
それは金属製のロザリオ。
剣八郎はハッと自分の懐を探る。そこには大事にしまっていたはずの物がない。
「貴様! それを返せ!」
剣八郎がロザリオを取り返そうと迫る。
それを察していたのか白装束の人物はくるりと踵を返して走り出す。
「待たんか!」
剣八郎もすぐさまにそれを追いかける。
袴のせいで走りづらいが、目の前の人物は付かず離れずを意識するかのように前を走る。
暗い夜道での逃走劇が続く。
目の前を走る白装束がチラリと剣八郎を見るとスッと茂みの中に消える。
「おのれ!」
腰の刀を抜き放ち、周りの茂みを力任せに切り払う。
チリン…。
また鈴の音が響く。
音の方を見ればいつの間にか石階段の前に白装束が立っている。
そのまま誘うかのように石階段を駆け上がっていく。
剣八郎は憎々し気に歯噛みしながら再度追いかけ始める。
階段を駆け上がっていく最中、所々から鐘の音が聞こえている。
まるで剣八郎を誘うように響いている。
やがて石階段を上り切り、山門をくぐる。
そのまま白装束は墓地へと入っていくとまた姿を晦ませる。
「ええい! 小賢しい!」
剣八郎は苛立ちを隠せず悪態をつく。
チリン…。
またも鈴の音が響く。
ぎろりと睨みを利かせ、鈴の音を追いかける。
鈴の音を追いかけてくといつの間にか桜の木の下へとやってきていた。
桜の木の下には小さな墓石が立っている。
「どこに…む…?」
何気なくその墓石に視線を向ける。
墓石に書かれた『鞠之墓』という文字。
「鞠…?」
「そこに眠っているのはマリーさんです」
背後から声をかけられバッと振り向く。
そこに立っていたのは前日に自分に立ち向かってきた子供。突然、自分の頭の中を覗かれたような奇妙な感覚は今でも覚えている。
「マリー…だと?」
「マリーさんはあなたをずっと待ってたんです。あなたと必ずもう一度う合おうって約束を守るために」
「ば、馬鹿な…嘘を吐くな! 俺をたばかるか!」
信じられないといった様子で激昂する。
それでも目の前の少年、翔介は怯むことなく続ける。
「嘘じゃありません! もう今はあなたたちが生きていた時代から数百年も経っているんです!」
「黙らんか!」
剣八郎が刀を抜き、翔介へ目掛けて振り下ろす。
月明かりに輝く刃が彼に襲い掛かる。
「……何故避けん…」
剣八郎の振り下ろした刃が翔介を切りつけることなく、数センチのところで止まっている。目の前の少年が受け止めようとも避けようともしないことに違和感を覚えたのだろうか。
「僕はあなたと話したくてここに来てもらったんです。だから…逃げません!」
翔介の真摯な眼差しが剣八郎を見つめる。
しばらく視線だけがぶつかり合い、先に口を開いたのは剣八郎だった。
「…面妖だと。俺は狐にでも化かされているのかとも思ったが…本当にそんなにも時が経ったというのか…?」
剣八郎の問いに首肯で答える。
「では…この墓もマリーのものだと…」
「信じて…くれますか…?」
剣八郎はしばし翔介の瞳をまっすぐと見つめる。
「……お前が偽りを言っているようには見えん…」
そう呟くと剣八郎は跪き、墓石を撫でる。
「そうか…俺は間に合わなかったのか…いや、思い出した。俺はマリーを迎えに行く道すがらに…」
剣八郎が語りだす。
目の上のたん瘤ともいえるマリーを追い出して剣八郎と大名の娘の縁談が無事纏まると安堵した道場側だった。しかし、まさか剣八郎が道場を捨ててまでマリーを選ぶという予想外だった。
面目を潰された道場側はついに剣八郎の暗殺計画を企てる。最強の剣士とはいえ、疲弊した剣八郎を数名で襲えば成し遂げられると判断したのだろう。
果たして暗殺計画は成功。力尽きた剣八郎は無縁仏としてこの町で埋葬されたのだ。
「すぐ近くまで来ていたというのに…」
剣八郎はガクリと項垂れる。
ついに出会えたはずの愛しい女性。だがその女性は既に亡くなっていた。
「何もかもが遅かったというのか…こんな俺をマリーは恨んでいるだろうな…」
自嘲気味に笑い、剣八郎は腰に差した小太刀を引き抜き、着物を開ける。
「な、何をする気ですか?」
「もはや俺がいる意味はない…既に死んだ身で死ねるのかはわからぬがな」
剣八郎は小太刀を自らの腹に向ける。
このまま腹を切ろうというのだ。
「だ、駄目!」
今にも小太刀を突き立てようとする剣八郎に駆け寄る。
「頼む、俺にはもうこうするしか!」
「違う、違うよ!」
翔介は頭を振り、剣八郎の言葉を否定する。
「マリーさんはあなたが傷つくことなんて望んでない!」
「何故…何故そんなことが言える…?」
「僕は夢の中でマリーさんに会ったんです。マリーさんが言ってました。あなたを止めて欲しいって」
これをただの夢だというのは簡単だ。
だがその時のマリーの悲痛な表情が、声が、ただの夢とは思えなかった。
『光を…繋いで…』
「光を繋ぐ…」
マリーが残した最後の言葉。
翔介はお守り袋を握り締める。
何度も奇跡を起こした神秘の宝石。
「お願い…。僕に力を貸して」
するとお守り袋が強く輝き始める。
その輝きはマリーの眠る墓石を包み込んでいく。
やがてその光は人型を象り始め。
「ケン」
光は金色の髪と日本製の着物を身に纏った女性に姿を変える。
それは翔介が夢の中で出会った女性、マリーであった。
「マリー…!」
目を見開き突然の再会に驚く健八郎。
恐る恐るとその腕をマリーに伸ばす。
マリーはその手を優しく包み込む。その表情はまるで聖母のように優しい。
「おお…マリー、俺は…」
「いいの、ケン。あなたが私の事を本当に愛してくれているって知っているから」
マリーは剣八郎を癒すようにそう告げる。
そして視線を翔介へと移す。
「ありがとう。あなたが光を繋いでくれたおかげでもう一度剣八郎に出会えた」
「うぅん、僕だけの力じゃない。色んな人が力を貸してくれたから」
翔介がそう告げるとずっと隠れて様子を窺っていた友人たちや町の住人たちが姿を現す。
「この土地の人々は昔から変わらず親切なのですね。ケンを待ち続ける間も私に良くしてくれました」
「僕の自慢の故郷だから!」
誇らしげにそう語る翔介の言葉にマリーは笑みを浮かべる。
「さあ、ケン。一緒に行きましょう」
「…ああ。行こう」
マリーに促され立ち上がる剣八郎。
すると今まで薄汚れ、まるで幽鬼のようであった彼に生気が戻り身なりも綺麗になっていく。
「童…名は?」
「翔介。道野翔介」
「翔介か…。迷惑をかけたな」
剣八郎は翔介にスッと頭を下げる。
「さっきの気迫は見事だった」
そのまま健八郎は翔介の頭に手を置く。
「強くなれ。俺なんかより強く、優しく」
「……はい!」
翔介の力強い返事を聞き届けると剣八郎とマリーは手を取り合い光となって天へと昇って行った。
-----------------------------------------------
『お疲れ様ーー!』
一夏たちはジュースが並々に注がれたグラスを鳴らしあう。
小さな町を騒がせた幽霊騒動も無事に解決した記念で町全体の宴が行われていた。
騒動解決と天に昇った剣八郎とマリーたちへの手向けでもある。
「皆さん、よく頑張ってくれました。本当にありがとうございます」
一夏たちに長歌が礼を口にする。
「いやぁ、今にして思えば貴重な体験だったよな」
「うむ、幽霊と刃を交えるなんて経験はそうそうできるものではないな」
「っていうかいつの間にか幽霊の存在を普通に認めてたんだけど…」
「目の前に実物がいたわけだしね」
それぞれが思い思いに料理や飲み物を口にしながら思い出を語る。
本来であれば翔介の故郷で穏やかな夏休みを過ごすはずだったが思わぬ大事件であった。
「まあ、終わりよければ総て良し、よ。今はしっかり疲れを癒しましょう」
「料理も飲み物もまだまだあるからのぅ、飲めや食えや」
途切れることなく振舞われる料理たちを食べながら宴は続いていく。
「あれ? そういえば翔介は?」
簪はふと周囲を見渡すと、翔介の姿が見当たらない。
宴の始め頃にはいたはずなのだが。
「ああ、もしかしたらあそこかもしれんのぅ」
「あそこ?」
「星降丘じゃよ」
---------------------------------------------
「……やっと来れた」
翔介は暗い夜道の中、木々が覆う道を抜けて小高い丘の上に来ていた。
丘の上には一本の木が立っている。
星降丘。
翔介が光の巨人・ウルトラマンと出会った大切な思い出の場所。
今回の里帰りでは幽霊事件のこともあり、立ち寄ることができていなかったのだ。
ようやくここに来ることができた。
空を見上げると満天の星空。
あの時と同じ夜空だ。
「ありがとう、君のお陰で剣八郎さんもマリーさんも助けることができたよ」
お守り袋からウルトラの星を取り出し、夜空にかざす。
今回だけではない。IS学園に入学してからというものの何度も自分の危機を救ってくれている。
「でも…いつまでも頼ってばっかりじゃ駄目だよね」
これまで何度も救われてきたが、それにいつまでも甘えているわけにはいかない。
「君に頼らなくてもいいくらいに…強くなるよ。そして」
「必ず君との約束を果たすよ」
翔介は夜空に向かって改めて心に誓うのだった。
本日はここまで。
次回でついに夏休み編終了。
とても長かったですが、ここまで読んでくれてありがとうございます。