事件解決の宴から一夜が明けた。
今日はとうとうIS学園に帰る日だ。
朝から一夏たちは学園へ戻る準備をしていた。
「皆、忘れ物だけは気を付けてね」
「は~い」
各々が自分の荷物を整理していく。
「それにしてもなんかあっという間だったな」
「湖で遊んだり、盆童のお手伝いしたり。色々あったしね」
「おまけに幽霊騒動。濃い休みだったわ」
それぞれがこの里帰りの思い出を語り合う。
ハチャメチャではあったが、それもまたいつか一つの思い出となるだろう。
「あれ、そういえば翔介は?」
ふと気が付けば翔介の姿が見えない。
先程まで一緒に荷造りをしていたのだが。
「翔介君ならお婆様に呼ばれましたよ。少し長くなるかもしれませんから、先に準備しておいてください」
「そういうことなら…」
長歌にそう言われ一夏たちは帰寮の準備を進める。
「翔介、統子さんと何を話しているんだろう?」
「今回の帰郷ではゆっくり話すこともできなかっただろうし、帰る前の短い時間だけど二人きりにしてあげましょう」
楯無の言葉に全員が頷いた。
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時を同じくして統子の書斎。
ここには翔介と統子しかいない。
二人は向かい合いながらお茶をすする。
「婆様、一週間お世話になりました」
「ああ、休む暇もなかっただろうがね」
そう告げる統子に苦笑いを浮かべる翔介。
今更ながら不思議な帰郷だった。
元より不思議なことが起きる町ではあったが幽霊騒動なんてものが起こるとは思いもしなかった。
「二人とも幸せになれるかな…?」
生前は結ばれることのなかった二人、長い時を経てようやくその思いが成就された。
そんな二人を思いながら翔介は呟く。
「どうだろうね、あの世がどんな所かわからないからね」
大体の人間はそうだろう。
最後は笑顔で昇っていったが、その先はどうなったのかはわからない。
折角結ばれたのにまたしても離ればなれになったのではあまりにも酷というものだ。
翔介のそんな心配を察したのか統子が「でも」と言葉を挟む。
「この世に神様ってやつが存在するなら、ようやく出会えた二人を引き離すなんて野暮はしないだろうさ」
「…そうだといいなぁ」
天に昇って行った二人を思いながら翔介はそう呟くのだった。
二人でお茶をすする。
「翔介」
すると統子が真剣な眼差しで翔介を見据える。
こう言う表情をするときは真面目な話をする時だ。
翔介はのほほんムードを解除して居住まいを正す。
どんな言葉が出るのかやや緊張しながら待つ。
「来な」
そう言ってポンポンと自分の膝を叩く統子。
これもまた彼女の癖。膝に頭を乗せろという合図。いわゆる膝枕である。
「え、いや、それはちょっと…」
気恥ずかしい。
かれこれ統子に膝枕を受けたのは小学生以来だ。流石に高校生になった今、祖母に膝枕をされるのは流石に恥ずかしい。
「来な」
しかし、この有無を言わさぬ気迫である。
「はい…」
大人しく祖母の言うことに従うことにしたようだ。
翔介は統子の膝に頭を乗せる。
数年ぶりの膝枕。だがその感触は依然と何ら変わりない。
祖母のお気に入りの白檀のお香の香りが鼻腔をくすぐる。
膝に乗せた頭を統子の手が撫ぜる。
「…翔介。実を言うと驚いてるよ」
「何が?」
キョトンと統子を見上げる翔介。
その表情はまだかつての幼さが残っているが、年相応に精悍さも見受けられるようになっている。
男子三日合わざれば刮目してみよ、という言葉があるが正にその通りであった。
翔介の場合はおよそ三カ月。
統子の知る翔介であれば今回のような幽霊騒動に首を突っ込むようなことはまずしなかっただろう。周りの大人の言う事に従っていたことだろう。
それなのに町を守りたいという理由で自分の言う事に逆らったのだ。これは間違いなく彼の成長と言えるのだろう。
「学校は楽しいかい?」
「え? うーん…」
翔介の問いかけに答えることなく、すぐに次の質問が来る。
「楽しいよ。知らない事ばっかりで大変だけど」
大変なのは勉強ばかりではないが。
入学からの三カ月の間で何度も危険な目に遭ったことだろうか。流石に無用な心労をかける訳にもいかないので黙っているが。
「色んな人に会えたし、友達もできたよ」
「そうかい。正直に言えばお前を一人で送り出して良かったのかとも何度も思ったよ」
故郷からも遠く離れた見知らぬ土地にただ一人。元より世間知らずな面もあった孫を一人送り出すのにどれだけ心配したことだろうか。
だがそれもどうやら杞憂に終わったようだ。
今まで同世代の友人などいなかった彼がこんなにも大勢の友人を連れて帰ってきた。
ずっと子供だと思っていたが、いつの間にか成長していたらしい。
「でも安心したよ。翔介」
「婆様…」
「あっちに戻ってもしっかりやるんだよ」
「…はい」
翔介は素直に答える。
その答えに満足したのか、統子は笑みを浮かべて翔介の頭を優しくなでる。
白檀の香りとその懐かしい手つきに次第に瞼が重くなってくる。
やがて翔介から静かな寝息が聞こえてくる。
「頑張るんだよ、翔介」
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「それじゃあのぅ。皆、息災でな」
「皆さん、翔介君の事よろしくお願いしますね」
「一週間、お世話になりました」
あれから数時間後。
翔介たちは駅にやってきていた。ついに別れの時だ。
「翔介、友人たちと仲良くな」
「身体に気を付けるんですよ」
「はい! 姉さんたちも。婆様にも身体に気を付けてって伝えておいて」
「ははは、あの婆様に限ってどうこうなるとも思えんがなぁ」
カラカラと笑う継実。
確かにあの統子が身体を壊すなんて想像できないのだが。
「翔介君。これからも大変なこともあるかもしれませんが、いつだって私たちはあなたのことを想っていますからね」
「…うん、ありがとう。長姉さん」
別れを惜しむ中、発車のベルが流れる。
「さあ、名残惜しいけど行きましょう」
楯無が電車に乗るように促す。
それと同時に友人たちは次々と電車に乗り込んでいく。
電車の扉が閉まり、ゆっくりと電車が走り始める。扉の外では二人の従姉が手を振っている。
翔介たちも手を振り返す。
どんどんと駅は離れていき、遂には二人の姿が見えなくなった。
「はあ、なんだか色々あった休みだったわね」
「湖はとても綺麗でしたわね」
車内では今回の帰省旅行での思い出を語り合っている。
「まあ、一番の思い出っていうか出来事って言ったら…」
「幽霊騒動だな」
「まさか本物の幽霊を見ることになるとは流石の私も思いもしなかったわね」
やはり話題に上がるのは剣八郎の幽霊騒動である。
科学の発展したこの時代にまさか幽霊なんて存在を目の当たりにすることになった。
それは事の顛末も含めて全員の記憶にしっかりと焼き付いている。
「まあ…この際だから幽霊は存在するってことで納得するとして」
鈴は腕組みをして翔介を見る。
「でも河童はやっぱりあり得ないわ」
「ええええっ!? 幽霊は信じて河童は信じないの!?」
「だって実物見たわけじゃないし。それに幽霊って結局は元人間じゃない? 人間じゃない河童は流石に存在しないでしょ」
「いるって! 本当に河童はいたんだって!」
必死に訴える翔介に鈴は「はいはい」と受け流しながら窓の外へと視線を向ける。
しょぼくれる翔介を更識姉妹が慰める。
確かに幽霊なんて非科学的なものを見たが、それでもやはり河童の存在は信じられるものではない。
鈴は何気なく外を見ていると、丁度電車は川沿いを走っている。
夏の日差しに照らされてキラキラと光る、川面を見ているとふいに視線が一カ所に向けられる。
そこには一人の人影がいるのだが。
その人物は体は緑色、背中には亀のような甲羅を背負い、頭頂部には毛が無く、まるで皿を乗せているように見えた。
そう、その姿はまるで…。
「翔介だって子供の頃の記憶なわけだしな。案外何かと見間違えたなんてことあるかもな。なあ、鈴」
一夏が鈴に呼びかける。
しかし、彼女から返事は返ってこない。
「おい、鈴。どうしたんだ?」
気になって顔を覗き込んでみる。
「鈴の奴、目開けたまま寝てるぞ」
「鈴も疲れたんだよ。寝かせてあげよう」
「それもそうだな」
こうして一同は電車に揺られながらIS学園へと戻っていくのだった。
ちなみに余談ではあるが、しばらく鈴が妙に翔介に優しくなったがその理由は定かではなかった。
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東京の某ホテル。
最上階の豪華絢爛な部屋に三人の女性がいる。
一人はこの場に似つかわしい煌びやかなドレスを身に纏うセレブ然とした金髪の女性。もう一人はその女性の近くに座るロングヘア―の女性。そしてもう一人は真っ黒な装束を身に纏った少女。
傍から見れば家族か友人のグループが豪華なホテルで旅行を楽しんでいるように見えるかもしれない。
だが彼女たちの目的は旅行なんかではない。
「遂に始めるんだな、スコール」
「ええ、機は熟したわ。私たちも次の段階に進むべきよ、オータム」
スコールと呼ばれた金髪の女性は、自分に熱い視線を送るロングヘアーの女性・オータムに告げる。
「あなたも。しっかりと動いてちょうだい、エム」
そして黒づくめの少女・エムにも問い掛ける。
「ふん、分かっている」
エムは鼻で笑うかのように短く答える。その答えが気に入らないのかオータムが鋭い目つきで彼女を睨む。
だがそんなオータムをスコールが手で制する。
「これから私たちの計画が始まるのよ。今は喧嘩はよして頂戴」
スコールにそう止められると、オータムは極まりが悪そうに引き下がる。かくいうエムは気にしたそぶりも見せていないが。
「ああ、そうそう。今度の作戦にはもう一人連れていきなさい」
「はあっ!? おいおい、スコール。私だけじゃ不安だってのか!?」
「勿論あなたのことは信頼してるわ。でも準備は万全を期すべきよ」
スコールは「それに」と続ける。
「これは協力者からの希望なの。出資者の頼みを無碍にもできないでしょ」
「…わかったよ。スコールがそういうなら」
オータムは渋々といった様子で頷く。
「あなたもそれでいいわね、エム?」
「どうでもいい。私の邪魔をしなければな」
「それなら…入ってらっしゃい」
スコールが扉に向かって声をかけると、扉を開き一人の少女が入室する。
質素なシャツとズボン、赤銅色の髪に黄色の瞳。整った顔つきをしているが、その表情は能面のように冷たい。
「なんだこいつ…不気味なやつだな」
オータムが隠そうともせず口走る。
だがそんな悪態も目の前の少女は意に介さない。
「この子が協力者よ。仲良くしなさい」
「ふん…!」
「……」
どうみても歓迎ムードではない空気。
スコールはそれでも笑みの表情を絶やすことのなく目の前の少女に問い掛ける。
「私たちはあなたに深入りするつもりはないけれど…そうねぇ、名前くらいは教えてもらえるかしら?」
すると今までずっと沈黙していた少女が口を開く。
「ヤプール」
本日はここまで。
一カ月も投稿が遅れて申し訳ありません。
ですが遂に夏休み編終了です。
次回からは二学期編へと進んでいきます。
そしてあの組織も動き出す。