「おお〜!」
学園の格納庫にやってきた翔介は歓声を上げる。
彼の目の前には打鉄が鎮座していた。
その横には科特研の速田と井部の二人が待っていた。
「やあ、待たせたね翔介君」
「随分時間がかかっちゃったけどしっかり整備したよ」
翔介は逸る気持ちを抑えながら打鉄に触れる。すると、機動音と共に空中にディスプレイが表示されていく。
外見は勿論、中身もすっかり元通りのようだ。
「凄い! 傷も残ってないしまるで新品みたいだ! ありがとうございます! 速田さん、井部さん!」
「喜んでもらえたようでなによりだよ」
「…あれ、でも重ね畳が装備されてないみたいなんですけど?」
武装のコンソールを操作しながらそこにあるべき装備がないことに訝し気に問い掛ける。
「実はね…」
「おおっと! 速田さん、その話はまだしないって言ったじゃないか」
何かを告げようとする速田を井部が遮る。
すると速田は苦笑しながらも頷き返す。
そういう反応をされると尚更気になるものだ。
そんな翔介の心情を察してか。
「まあまあ、今はまだ秘密だよ。ウフフフフ」
そう言ってにんまりと笑う井部。その表情はまるで悪戯を思いついた子供のようだ。
「その辺りはまた説明するさ。それより今回の修理で色々と変わったこともあってね。それを説明しようと思ったんだ」
「変わったことですか?」
井部の様子が気になりながらも速田の方に耳を傾ける。
「まずこの打鉄は本格的に君の専用機となった。これは学園側とも話はついているよ。それに伴い『最適化』のロックを解除してある」
「それって織斑君達のISみたいになるってことですか?」
ISには自動的にパイロットの特性に合わせて性能や形態変化を行っていく機能がある。
身近な例としては一夏の白式が挙げられるだろう。初期段階では雪片という刀剣しか装備されていなかったが臨海学校の際に起きた福音事件において第二形態である雪羅へと形態移行している。
その結果、銀の福音を追い詰めるほどまでに至っている。
全てのISにその機能は備わっているが訓練機となるとまた話が変わる。
学園で使用されている打鉄やラファール・リヴァイブなどの訓練機にはその機能にロックがかかっている。というのも特定のパイロットがいる専用機とは違い、不特定多数が使用するためである。
翔介が使用する打鉄も専用貸し出しとされているが、授業などで必要となる場合は他の生徒も使用するためこの機能を制限されていた。
だがこの打鉄が本格的に彼の専用機となることが決定したため今まで制限していた機能が解禁となったのだ。
「この打鉄が僕の専用機…」
機体を撫でながら打鉄を見上げる。
正直なところ実感があまりない。
入学してから幾度となく苦難を乗り越えてきたすっかり相棒と言える存在となっていたからだ。それでもこれを機に本当の相棒となったという事でもあるだろう。
「ロックを解除した段階で君の今までのデータを入れてある。近いうちに君に会った形態移行があるかもしれない」
「形態変化か…。いったいどんな姿になるんだろう」
「それはわからないけど、間違いなく君に見合った姿に変わるはずだ」
翔介はまだ見ぬ打鉄の新たな姿に思いをはせる。
「さあ、細かい調整をしたいから早速乗り込んでもらえるかい? それと星の翼で空を飛ぶ姿を見せてくれ! 大丈夫、アリーナの使用許可ももらってるよ!」
用意周到なものである。
「は、はい!」
急かしてくる井部に応えるように翔介はいそいそと更衣室に向かう。
程なくしてISスーツに着替えた翔介は打鉄に乗り込む。
速田が格納庫のゲートを解放する。解放されたゲートからは青い空が見える。
「行ってきます!」
翔介は打鉄のスラスターを起動させ勢いよくアリーナへと飛び出していく。
「はぁ…空だ…!」
翔介の表情は晴れやかだ。
入学してISに乗り始めた頃から比べるとすっかり飛ぶことにも慣れたものだ。
『やあ、聞こえるかい翔介君』
「はい、井部さん」
『それじゃあ早速星の翼を使ってもらえるかい?』
「わかりました!」
翔介はディスプレイから星の翼を選択する。すると打鉄の背部に取り付けられたハイドロジェネレードロケットが起動する。
「行きます!」
翔介はグッと構えるとその直後にドンッと強烈な重量がかかる。次の瞬間、打鉄の最大速度が急上昇する。
打鉄は更に風を切り、蒼穹へと駆け上がる。
星の翼を使い始めた頃はこのじゃじゃ馬ぶりに苦労した。一体何度アリーナの地面をえぐったことか。
それでも坂田レーシングクラブでの特訓と福音事件での実戦経験のお陰で幾分か扱えるようになったのだ。
それでも完璧に使いこなせているわけではないのだが。
それでも今、翔介は間違いなく青空を駆ける銀色の流星となっていた。
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「おおー! いいぞ! 翔介君!」
格納庫のモニター越しに空を飛ぶ翔介を見ながら興奮気味に喜ぶ井部。
「速田さん! 見てくださいよ! 僕たちが見込んだ通り、翔介君が僕らの翼で飛んでますよ!」
今までデータ上で星の翼の稼働状況は見て来ていたが、いざ目の前でその様子を見るのは初めてだった。
その目で自分たちが精魂込めて作り上げた翼が大空を駆ける姿は作り手として心に来るものがあった。
はしゃぐ井部に速田もまた笑みを浮かべる。
「お疲れ様です」
「ん? やあ、更識さん」
そうこうしていると楯無が格納庫にやってくる。
どうやらある程度作業にめどがつき、様子を見に来たようだ。
「どうですか? 翔介君は」
「想像以上だよ。結構長い目で見ていくつもりだったけどこの短期間でここまで使いこなしてくれるとは思わなかったよ」
「ええ、修羅場は何度も潜ってきてますからね」
「習うより慣れろ、ってやつかな?」
「そうですね、実践経験という意味では今年の新入生の中でも群を抜いてると思いますよ」
「そうかい…あの打鉄の損傷具合。授業でなったものとは思えないのだけど」
速田の表情がスッと変わる。
「僕たちはISが本職という訳ではないけれど持ち込まれた打鉄や装備の具合からして通常の損傷とは違うくらいは分かるよ」
「…流石は年の功ですね。でも残念ながら詳細はお話しすることはできません」
銀の福音事件。
翔介たちが臨海学校で遭遇した事件だ。
その詳細は共同開発を行ったアメリカとイスラエル両国、そして日本政府から緘口令が布かれることとなった。
楯無が事情を知っているのは彼女の家業の力だろう。
「わかっているよ。話せない理由もあるだろうからね」
速田はそれ以上の追及をしなかった。
彼もわざわざ藪をつついて蛇を出す真似はしたくはなかったのだろう。
「そういえば聞きましたよ。科特研に海外大企業からの企業提携の話が来たそうですね」
「よく知ってるね。ああ、確かに突然私たちの事業に手を貸すと言って事業連携の申し出があってね」
速田の言葉に楯無が目を細める。
やはり集めた情報は間違いなかったようだ。
この申し出、間違いなく政府側の工作だろう。
福音事件によりアメリカとイスラエル両国に対して日本は借りを作る形となり、その立役者となったIS学園側にも口止めとしてあらゆる措置が水面下で取られている。直接関係した一年の専用機持ちたちにも何かしらの対応が取られているのだろう。
ただ、一人を除いて。
翔介には専用機の進呈が予定されていた。
だが翔介はそれを拒否。その状況は政府側も誰も予想していなかった。
この事態を想定していなかった政府側は別のアプローチとして翔介の装備を制作している科特研に目を付けたのだ。
科特研の企業レベルが上がることでその恩恵を受ける翔介に対しての措置となるとしたのだろう。
遠回しにも思えるが、アメリカ・イスラエル政府側としては早々に今回の事件の事後処理を終わらせたいのだろう。
「それで? 企業提携するんですか?」
「いや、断ったよ。キャップがね」
だが、どうやらその思惑すらも外れてしまった。
「あら、断ってしまったんですか?」
「ああ、唐突な申し出だったしね。それに私たちは確かにISの装備を作っているけど本来の目的は宇宙にある。私たちの夢は私たちの力で成し遂げたいのだよ。それに…」
速田は視線をモニターへと向ける。
「それに?」
「彼が私たちと共に夢を叶えてくれる」
「……そうですね」
ああ、この人たちと翔介を引き合わせてよかった。
楯無は心からそう思えた。
「だが今まで通りとはいかないかもしれない」
「ええ、今年の入学式から異変が何度も起こってます。今後も何も起こらないとは限りません」
「…そうだね」
「でも翔介君はどんな時も変わらないと思います。彼は彼らしくこれからも困難に立ち向かっていくでしょう」
楯無が口元を扇子で隠しながらチラリと速田を見る。
それに速田は一瞬面食らったかのように目を丸くさせるだが、すぐに笑みを浮かべる。
「ああ、勿論僕たちも全力でサポートするよ」
「ええ、ウチの可愛いお弟子の事よろしくお願いしますね」
「ははは、翔介君は良い師匠をもったみたいだね」
「あら、可愛くて美しい師匠なんて速田さんもお上手ですね」
今年は異例なことが次々と起きている。
今後もトラブルが起きないとも限らないだろう。
それでも楯無の言葉通り、翔介やその友人たちは乗り越えていくはずだ。
楯無はそう信じながらモニター越しに大空を飛ぶ翔介の姿を見るのだった。
今回はここまで。
福音事件で破損した打鉄が修復、そして正式に主人公の専用機として戻ってきました。
今後も主人公と共に困難に立ち向かってくれるはずです。
次回もよろしくお願いします。