文化祭の出し物を決めたホームルームの次の日から早速一年一組はメイド喫茶『ご奉仕喫茶』の準備を始めていた。
メイド服はある程度の人数分をシャルロットの伝手により用意することができた。
それでも足りない分は裁縫ができる生徒が作ることになった。
そのほかにも喫茶店の内装の準備やチラシ作りなどやることは多い。クラス各員それぞれが役割分担をしている。
「ここで大体の物は揃うって言ってたよね?」
そして今日は日曜日。翔介は学外にある大型業務用のスーパーに来ていた。
文化祭当時は生徒会の仕事があるためクラス出し物に参加できない翔介もご奉仕喫茶の準備の手伝いをしていた。彼は喫茶店で提供する料理や飲み物の買い出しを担当することになった。そして彼以外にも買い出し担当となったのが。
「ああ、ここなら安価で量が買えると一夏も言っていたぞ」
翔介の隣に立つのは篠ノ之箒だ。彼女は当日メイドと調理担当となっている。調理と言っても前日までに作りそれを盛り付けるくらいではあるのだが、最近料理の腕が上がってきているという事もあり白羽の矢が立ったのだ。
そしてもう一人。買い出し担当になったのが。
「随分と小さいお店ですが本当にここで全部揃いますの?」
セシリア・オルコットである。
「僕も初めて来たけど織斑君がよく使ってたみたいだよ」
「そういう事でしたら…」
お嬢様のセシリアとしてはこういったお店にはあまり縁がないのだろう。それでも一夏が言ったとあればすぐに理解する辺り話が早くて助かる。
彼女も当日はメイドで接客担当となっており、それ以外ではその都度手伝いをすることになっており買い出しにも丁度手が空いていたから手伝ってもらったのだ。
ただ、箒だけが妙に渋い顔をしていた。
クイッと翔介の襟首を引っ張り耳打ちしてくる。
「おい、道野。どうしてセシリアがいる?」
「どうしてってオルコットさんが手が空いてるから手伝ってもらおうと思って声かけたんだけど」
「…その、大丈夫なのか?」
「大丈夫? 何が?」
「いや、そうか、お前は知らないのか…」
箒はこめかみを抑えながら何か思い悩んでいるがやがて「私がしっかりするしかないか」と顔を上げる。
「二人とも、あまりバラバラに動くなよ」
箒が促しスーパーの中に入っていく。
翔介とセシリアもそれに倣い、後に続いていく。
自動ドアを潜ると早速商品がずらっと並んでいる。
翔介の口からは感嘆の声が上がる。翔介の故郷ではこんなに品揃えの多い店舗は街中まで行かないとなかった。
「外観に似合わず品数が多いですわね」
「おお! 凄い豚肉が一キロも入ってこの値段!」
「おい、二人ともバラけるなって言ったばかりだろう!」
店内に入るや否や物珍しさであっちへキョロキョロ、こっちへキョロキョロする翔介とセシリア。まるで落ち着きのない子供そのものである。さながらそれを諫める箒は母親か。
「まずは料理メニューの材料からだな」
「なんだかメニューも随分揉めたみたいだけど?」
「揉めたのはメニューというよりは提供法だがな…」
というのも料理自体はホットケーキやクッキーなど無難なものになったのだが。
『織斑一夏が食べさせてくれるホットケーキ』や『織斑一夏がかき混ぜてくれるコーヒーセット』等々、またも一夏を前面に押したメニューを提案したという。当然ながら一夏から物言いが入った。結果、通常通りの提供になった。
「織斑君…大変だなぁ…」
毎度の如く祭り上げられる一夏に対して同情を禁じ得ない。
とはいえ今回は自分もその片棒を担いでしまったこともあり、バツが悪くて仕方ない。
せめて彼が安らかな学園生活を送れるように祈るだけである。
「まあ、それは置いといて材料を買うぞ」
そう言い店内に歩を進める箒。
すると唐突に携帯が着信を報せる。
「むっ、私だ」
箒はポケットから携帯を取り出して開く。すると一瞬だけ驚いた表情を浮かべたかと思えばすぐに表情を戻して翔介たちに向き直る。
「少し出てきてもいいか?」
「電話? わかったよ、買い物は僕たちでやっておくよ」
「すまないな」
箒はそう言うと踵を返し店外へと出ていった。
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店を出た箒は少し外れた路地裏に入る。
ずっと鳴りっぱなしの携帯に視線を落とす。携帯の画面に表示された電話先の相手は。
『篠ノ之束』
なんとも言えない表情を浮かべながら箒は通話ボタンを押す。
「もしもし」
『やあやあ、箒ちゃん! もー、駄目じゃない! 電話のコールは三回以内に出なきゃ! 社会のじょ・う・し・き、だぞ!』
語尾にハートマークが付いてきそうな声音。
ブツッ。
「さてと戻るか」
すぐさま着信がかかってくる。
眉間にしわを寄せながら今一度耳に携帯を当てる。
「もしもし」
『何で切っちゃうのぉ!?』
「何の用ですか」
ややイラついた様子でつっけんどんに言い放つ。
「えー、お姉ちゃんが妹に連絡とるのは普通じゃない?」
一体どの口が言うのか。
世界中あちこちを自由気ままに飛び回って連絡も取れなかったくせに。一応連絡先は知っていたものの実際に連絡を取ったのは紅椿の件が初めてだった。
それに普通なんて言葉、この世で最も似合わない選手権殿堂入りではないか。
箒のそんな思考を知ってか知らずか束はお気楽な声音で続ける。
『ま、いいや。そうそう、箒ちゃん』
「何ですか」
『あの凡人はどうしてる?』
姉の問いに妹は携帯越しに怪訝な表情を浮かべる。
凡人。束からすれば自分以外のこの世全ての人間は凡人だろうが彼女の言う凡人と言えば対象はおおよそ一人だ。
しかしあの身内以外すべて路傍の石、いやそもそも路傍の石以下くらいにしか認識していない姉が他者に興味を示すとは思わなかった。
「珍しいですね。姉さんが一夏以外の男に興味を持つなんて」
『それは箒ちゃんもでしょ? まさかあの箒ちゃんがいっくん以外のオスと一緒に出掛ける程仲良くなるとは思わなかったよ』
まるで実際に見ているかのような台詞。
箒は周囲を窺う。それらしい姿は見えないが天災と呼ばれる姉のことだしっかりこちらの動向を把握しているのだろう。
「道野がどうしたのですか」
『あの後何か変わったこととか、なかった?』
あの後というのは銀の福音事件のことだろう。あの事件の後、初めて翔介と光の巨人との出会いを知った。
その話は流石に姉も知らないのだろう。翔介からは特に口止めはされていないもののこの話を安易にしていいものではないだろう。そもそも子供の頃に宇宙人と出会ったなんて話は普通の人であれば信じることはないだろうが普通とは最もかけ離れた存在である束に知られればどうなるのだろうか。
想像するにあまり望ましくない気がする。
他人からすれば眉唾物の話だが、翔介にとってみればとても大切な思い出だ。それを本人のあずかり知らぬところで話して良いわけはない。
「知りません。あれから普通に学園生活を送っています」
一体何に興味を引かれたのかはわからないが翔介を巻き込むわけにはいかない。
箒は白を切ることにした。
『ふ~~ん……』
携帯越しに沈黙が流れる。
『それならいいや! そうそう紅椿の調子はどう?』
上手く誤魔化せたのかそれとも泳がされたのか。
どちらにせよ話題が逸れたのだから良しとしよう。
「良好ですよ。まだ振り回されているところもありますが」
『そっかそっか、それは良かった。でも紅椿の性能を全て発揮できてるわけじゃないみたいだね』
束の言葉に一瞬ムッとする。その言い方は自分が未熟だと暗に言われているようでいい気分はしない。だが箒は自身がまだまだ未熟であることを自覚もしているため不満をぐっと飲みこむ。
「いずれ必ず使いこなして見せます」
『うん、楽しみにしてるよ』
「話は終わりですか? 今外出中なのですが」
『あ~、じゃあ最後に一つだけいい~?』
まだ何かあるのか。
箒は「どうぞ」と束の言葉を促す。
『これから色々と大変なことがあるかもだけど気を付けてね』
「……どういう意味ですか?」
『さあね~、ただの勘だよ。それじゃあ、アバヨ~』
そう言って束は一方的に通話を切った。
箒は通話の切れた携帯を見ながら最後に束の台詞の意味を考えていた。
ただの勘とは言っていたが本当にただの勘だろうか? いや、束の言葉となると勘だとしても無視はできない気がする。
「…考えても仕方ない、か」
天災の頭の中は身内だとしても理解できない。考えても答えは出てくるものでもない。今は心の隅に留めておくくらいが丁度いいのだろう。
「さて、戻るか」
なんだかんだで結構な時間が経っている。
いつまでも翔介とセシリア二人に任せっきりにするわけにもいかない。
箒はそう思い直してスーパーに戻っていった。
本日はここまで。
また時間が経ってしまいましたがゆっくりと更新していきますのでよろしくお願いします。