「よし、これで必要なものは全部揃ったな」
電話から箒が戻ってしばらく三人は必要なものを買いそろえ、店外へと出ていた。
生徒会から提示されていた予算内に収めることもできた。
「思ったより早く終わったね。あ、荷物持つよ」
「お、おお、すまない」
翔介は箒から荷物を受け取る。日々の楯無からの特訓のお陰か体力と共に筋力も鍛えられているようだ。
初めて出会った時から比べて随分と逞しくなったものだ。
「それにしても暑いですわね…。日本の夏はこんなにも暑いのですか?」
「年々暑くなってる気はするな」
暦ではまもなく秋だというのに空に燦々と輝く太陽からはじりじりと熱が降り注いでくる。汗を拭いても拭いてもすぐに流れ落ちてくる。
髪の長い箒とセシリアは翔介以上に熱いことだろう。汗で髪が頬にへばりついている。
暑さに慣れてる翔介にとっても少々辛くなってくる程だ。このまま炎天下の中歩き続けるのも危険だろう。
「そろそろ一休みしよう。流石にこの暑さは辛いぞ」
「…どこか休める場所はありますかしら」
休める場所を探す二人。すると翔介は周囲をキョロキョロとする。よく見てみればここから少し歩けばあの喫茶店が近くにあったはずだ。
「二人とも、僕の知ってるところで良かったらそこで休憩しない?」
「そうなのか?」
「休めるなら場所は問いませんわ」
二人の快諾もあり、翔介は先導して目的地へと向かう。
重い荷物も何のそのと言った様子でずんずんと歩いていく。
「…随分と逞しくなったものだな」
「そうですわね。初めてお会いした時は本当に同い年なのかと疑ったものですが」
「ああ」
そう、初めて会った時から随分と変わっている。
世間知らずでお人好しで非力なはずだった少年。だが彼には人にはない過去、そして強力な力を持っていた。
今はIS学園でも一部の人間のみが知ることだが、もしそれが世界中に知られれば一体どうなるか。
先程の束の電話も探りを入れるための物だったのだろう。いや、あの抜け目のない姉のことだ。既におおよその見当はついているかもしれない。
「どうして翔介なのだろうな」
「それは…わかりませんわ。その答えを知っているのは恐らく力を託した本人だけかと」
「光の巨人、ウルトラマン…か…」
翔介が幼い頃に出会ったという宇宙の彼方からやってきたという巨人。一体何を思い
彼に力を与えたのか。
その力は非常に強力で無比。対人戦においては使用禁止とされてはいるものの現在世界中が保有している兵器でもトップクラスのものだろう。
「強大な力を持てば人はそれに溺れてしまう」
「え?」
箒は自嘲気味にそう呟く。
彼女が一夏と離れ離れになっていた中学三年生の頃の剣道の全国大会。自分を取り巻く環境全てに苛立ちを覚えていた彼女は決勝戦において相手を圧倒。しかし、それは純粋な実力のぶつかり合いではなくただただ彼女の憂さ晴らしでしかなかった。
そして銀の福音事件。その際にも彼女は紅椿の力に溺れて一夏と翔介を危険に晒してしまった。
それらの経験から強大な力の危険性は誰よりも知っているといえるだろう。
「だが、私は心配はしていないぞ。道野なら大きな力を手にしたとしてもけして力の扱い方を間違えることはないはずだ」
初めこそ自らの意思で使いこなすことのできていなかった翔介だが、どんな時も誰かの危機を救うために使われてきた。
それはウルトラマンという巨人の力故か、翔介の潜在的なお人好しの性根故か。はたまたその両方か。
だがどちらにせよ道野翔介という少年はかつての自分のように力に溺れることはない。それだけは信じられる。
「そうですわね。あの方に限ってそんなことあり得ませんわね」
箒の言葉に同意するセシリア。
「お~い、二人とも~」
アーケード街の先から当の少年が二人に声をかけてくる。どうやら探していた場所が見つかったようだ。
二人に向かって手を振る彼はどう考えても力に荒れ狂うようには見えない。
「ほら、道野が待っている」
「ええ」
二人は手を振る少年に向かって歩き出した。
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「ここだよ」
翔介が箒とセシリアを先導して建物の前で足を止める。レンガ造りの壁に蔦が覆われた建物。
レコー堂だ。
夏休み前に詩月梢のCDを探して最後にたどり着いた場所だ。
あれからというもの何度か街に出るたびに立ち寄っていたが、意外と開いていない日も多い。
入り口の扉には営業中の札がかけられている。今日はどうやらやっているようだ。ここで今日も休業であったらまた炎天下の中を歩くことになっていただろう。
「ここ、ですの…?」
セシリアが訝しげな表情で建物を眺める。隣に立つ箒も同じような表情だ。
洗練されたアーケード街の中にありながらその様相はおおよそ営業しているようには見えないのだろう。店の見てくれ的には仕方がない。
「大丈夫だよ、営業中の札かかってるから」
翔介はそう言いながら扉を開く。扉を開くとふわりと挽きたてのコーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
「こんにちは、木ノ崎さん」
扉の先のカウンターには今日もぼさっとした髪型に黒縁眼鏡、口元にはキャンディーを咥えたこの店の主、木ノ崎奏がいた。
「やあ、少年。久しぶりだね」
「はい。何度か街に来た時に寄ったんですけどやってなかったから」
「ああ~、そうだったのか。それはすまなかったね。この店は趣味の範囲でやってるようなものだからね。生活するためにもちゃんとした仕事をしなければいけないんだよ」
咥えたキャンディーを口から外しながらそう告げるマスター奏。そして、翔介の後ろにいる二人に視線を向ける。
「おや、今日はお連れ様も一緒かい? 随分な器量よしじゃないか。それを二人も引き連れるとは少年もやるじゃないか」
「山風さんもそうだけど、大人の人ってみんなそう言うんですか?」
以前に簪を伴って科特研に行った際も同じようなことを言われた。
山風然り、マスター奏然り、翔介が異性といるとそんなに意外なのだろうか。
勿論、箒とセシリアが器量よしなのは否定はしないし、IS学園に入学していなければまず接点はなかっただろうが。
「違いますよ。二人とも僕の友達です」
何より二人とも好意を寄せている人物がいる。それもどっちも同じ人物を、という言葉は翔介は飲み込んだ。
「はっはっは、冗談だよ。悪かったね、二人とも。私は木ノ崎奏。一応ここのマスターだよ。よろしく」
マスター奏はそう言いながら軽く会釈する。それに倣うように箒とセシリアも挨拶で返した。
「それで少年。今日はコーヒーかい? CDかい?」
「今日はコーヒーで。暑くて、少し休憩しに来ました」
「そうか、外はそんなに暑いのか。ずっと涼しい店内にいるからわからなかったよ」
喫茶店なのだから当然と言えば当然なのだが、そこはかとなく感じる引きこもり感。
「アイスコーヒーでいいかい?」
「はい、何も入れないで」
「あの、わたくしは紅茶を…」
「私は日本茶を…」
「すまないね、生憎ここはコーヒーしか置いてないんだ」
飄々と言ってのける。喫茶店なのだからもう少しドリンクの幅はあってもいいと思うが。
「あ、ごめん、二人ともコーヒー飲めなかった?」
すまなそうな表情で二人を見る翔介。
「い、いえ、普段あまり飲まないだけで苦手という訳ではないですわ」
「冷たいものが頂けるなら文句はないぞ」
慌てて首を振る二人。どうにも翔介にそんな表情をされると何も言えなくなる。
「それよりも意外でしたわ。翔介さん、コーヒーが飲めるのですね。それもブラックで」
おおよそイメージにはそぐわない。ちなみに彼の印象からすれば縁側で日本茶を飲んでいるイメージだ。お茶を飲むだけのイメージに縁側が表れてくるあたり牧歌的なものである。
「僕もここに来るまでは飲めなかったよ。でも、ここのコーヒーは本当に美味しいから!」
「そんなにハードルを上げるものじゃないよ、少年」
そんな事を言いながら満更でもなさそうなマスター奏。
やがて三人の前にアイスコーヒーの入ったグラスが差し出される。翔介はすぐさまストローを咥えて一口。
その様子を見て一拍置いて箒とセシリアもアイスコーヒーを一口。
口の中に広がるコーヒー特有の苦みと酸味。普段飲み慣れない味だが、飲み込んだ後に残る後味とアイスコーヒーの涼やかさが先程までの炎天下を忘れさせてくれる。
「本当ですわ…コーヒーとはこんなに美味しいものですのね」
「ああ、苦みも酸味も丁度良く飲みやすい」
どうやら二人にも好評の様だ。
その様子を見て翔介は小さな優越感を感じながらコーヒーを飲む。自分が好きになったものを他の誰かに喜んでもらえたこと。そしてそれを誰よりも先に自分が知っていたことの嬉しさという物はなんとも言えないものだ。
「そう言えば随分と大荷物だね。何に使うんだい?」
マスター奏が椅子の横に置かれた文化祭の荷物を見ながら尋ねる。
「今度IS学園で文化祭をやるんです。これはその時の材料」
「ほう、文化祭…そういえば…」
マスター奏はそれを聞くと何やら思案顔を浮かべる。
そして何を思ったのか。カウンター裏からなにやら箱を取り出してくる。箱には手を入れる場所があり、たまに見かける福引の入った箱の様に見える
そしてその箱の中にパラパラと数枚の紙を入れ、箱を揺らしてシャッフルをする。
「唐突だが少年。ここから一枚引いてくれ」
「なんです、これ?」
「まあ、気にせず一枚」
そう言って箱を差し出してくる。どうしたものかと隣に座る箒とセシリアに視線を向ける。二人も要領が得ないといった表情だが、取りあえず引いてみろと目が訴えかけている。
「それじゃあ…」
箱の中に手を突っ込みゴソゴソと中身を漁る。そして、紙を一枚掴み引き抜く。
「渡してくれるかい?」
差し出された手に紙を渡す。マスター奏は紙を開くと「ほう…」と呟く。
「あの、それは何ですの?」
セシリアが尋ねる。
「なに、ただのキャンペーンだよ。少年たちは運がいい。ほら、景品だ」
そう言って三人の前にひんやり冷えたチーズケーキが置かれる。
どうやら当たりだったようだ。
三人は不思議そうな顔をしながらも振舞われたチーズケーキとアイスコーヒーを味わうのだった。
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それから外が涼しくなってきたのを見計らい、翔介たちはレコー堂を後にした。
そしてガランとしたレコー堂のカウンターでマスター奏は電話越しに誰かに連絡を取っている。
「ええ、今年はそこで。よろしくお願いします、丸さん」
マスター奏はそう言い終えると携帯をしまう。
そして先程まで三人が座っていたカウンター席を見ながらフッと笑みを浮かべる。
「本当に運がいいな、少年」
先程翔介が引いた紙をゆらゆらと揺らす。そこには『IS学園』と書かれている。
「さて、こうなるとますますカッコ悪いところは見せられないな、困ったものだね」
マスター奏は困ったと言いながらもその表情は笑みを浮かべていた。
後日、IS学園の文化祭に詩月梢が来訪することが生徒会に告げられた。
翔介が諸手を挙げて喜んだことをここに付け加える。
一年近くお休みして大変申し訳ございません!
ここからまた時間を空けながらになるかもしれませんが、投稿を続けて行きたいと思います!
今日まで読んでいてくださった皆様、こんな投降者ですが気長なお付き合いをお願いいたします!
シン・ウルトラマン最高!