文化祭まであと一日。
ついに待望の文化祭も前日だ。今日は授業も終日休みとなり、丸一日文化祭の最終準備に充てられた。
生徒全員が朝から慌ただしく動き回っている。
「ふふ、皆忙しそうね」
そんな学園の様子を屋上から楯無が見下ろしていた。
楯無はこの屋上から学園を見下ろすことが好きだった。学生の長である自分が業務を行うことで生徒たちが毎日を過ごしている。それを見るのが好きなのだ。
楯無の実家は日本国の裏世界の住人だ。既に当主である彼女が大っぴらに人前ではしゃげる時間もあまりないだろう。
だから少しでも何かを残していきたい。そう考えているのだろう。
「今年の文化祭も問題なく開催できそうね」
手元のタブレットを見ながら頷く。タブレット内には各クラスの進捗情報が記録されている。前日という事もありほとんどのクラスは完成させている。まだ完成していないクラスも今日一日を使えば十分に間に合うだろう。
生徒会からの出し物もほぼ完成している。後は依頼していたものが届けばいい。
今年の文化祭は例年よりも生徒たちの気合も入っている。
それだけ最優秀賞の景品が魅力的という事なのだろう。
「うふふ、まあ、結果は見えてるのだけどね」
そう言ってくすくすと笑う。
そうしていると屋上の扉が開く。
「あ、ここにいたんですね。探しましたよ」
そう言いながら入ってきたのは翔介だ。彼も同じようなタブレットを持っている。生徒会の庶務である彼には色々な仕事を頼んでいた。
今日も副会長の虚と手分けをして各出し物の進捗状況を確認して回っている。二人が確認した進捗が楯無のタブレットに送られているのだ。
「あら、翔介君、どうしたのかしら?」
「どうしたじゃないですよ。クラスの出し物の進行状況は全部見てきましたよ」
そう言われて改めてタブレットを見る。先程送られてきたデータで全部のクラス、クラブの出し物の進捗が出たようだ。
「うん、大丈夫ね。これで前夜祭まで残るクラスはないわね」
「前夜祭?」
聞き慣れない言葉にオウム返しに聞く。
「ええ、文化祭前日。今日の夜から文化祭本番に向けての景気づけでやってるのよ」
前夜祭と言っても寮の食堂で簡易的に行うくらいのものだ。それでも前夜祭からが文化祭本番と考えている生徒も多く、寮暮らしの生徒は勿論実家から通学している生徒もその日ばかりは寮に泊って本番へ向けて英気を養っている。
教師陣も普段は厳しく取り締まるが、お目こぼしされている。授業などは厳しいが、割と生徒たちには大らかなところがあるのがIS学園の良いところだ。
「へぇ~、本番前から楽しいことがいっぱいですね」
「ええ、学年問わず参加大丈夫だから楽しむといいわ」
「はい。あ、そうだ。もう一つ報告がありました。さっき布仏先輩から生徒会の出し物で使う『アレ』が届いたそうですよ」
「おっ、それは重畳ね。これで私たちの勝ちは見えたわね」
そう言ってにっこり笑う。バッと開いた扇子には『勝利は我にあり』と書かれている。
「いいのかなぁ」
笑う楯無とは裏腹に微妙な表情を浮かべる翔介。
ここまで来ると既に止めることはできない以上、最早なるようになるしかないのだが。恐らくとんでもない目に合うであろう友人を思い浮かべ、心の中で手を合わせる。
ああ、友よ。これから訪れるであろう困難にどうか打ち勝ってくれ。
「そう言えばお師匠さまはここで何してたんですか?」
「ん? 別に特に何をしてたって訳ではないのよ。ただこの屋上は学園がよく見えるから」
そう言って楯無がちょいちょいと手招きをする。誘われるがまま彼女の隣に移動する。フェンス越しに見える学園祭の準備をする生徒たちが眼下に広がる。
「こうやって見てるとね改めて思うのよ…」
しみじみと語る楯無。
「この学園は生徒会長たる私の手中にあるのね…って」
飛んだ独裁者発言である。
「なんてこと思ってるんですか」
「あら、実際私が自由にやってるのは生徒会長だからっていうのもあるわよ?」
「その自覚があるならもう少し抑えてほしいです」
振り回される身にもなってほしい。
そう苦言を告げても当の本人はカラカラと笑うだけだ。
「でも退屈はしないでしょ?」
「退屈…はしないです。この学園に来てから一度も退屈になったことはないです」
「アッハッハッハ! 確かにそうね!」
入学早々から怒涛のように押し寄せる問題に対処してきた。退屈なんてしている暇などなかっただろう。
「大変かもしれないけれど。学生生活は楽しみなさい。学生の内だからこそできることもあるのだから」
「お師匠さまは僕と一つしか違わないのに随分と大人びてますね」
「一年の差は結構大きいわよ?」
彼女がこれだけ成熟している理由もそれだけではないが。
彼女の生い立ち、立場。それは大人にならなければ、大人でいなければいけないような世界だった。
だからこそ彼女の学園生活への想いは他の生徒よりも人一倍強いものだった。
「三年間は長いようで短いわ。無為に過ごしているとあっという間に卒業よ?」
「うっ…気を付けます」
師匠の言葉に思わず身が引き締まる。
彼女からしてみればその心配もあまりなさそうだが。
そして、ふと自分の言葉でとある疑問が浮かんできた。
「そう言えば翔介君。あなた、卒業後の進路とか決まってる?」
「進路、ですか? えっと…」
唐突な質問に言い淀む。
まだ高校入学からようやく半年を越えたところ。それで卒業後の進路と言われてもなかなかすぐには答えは出てこない。
「じゃあ、将来の夢は?」
「夢…夢なら…」
『宇宙へ飛び立つ。そして光の巨人にもう一度会う』
それが彼の夢。
これだけはすぐ答えられる。幼い頃からの変わらない夢。
「そう。それならそれに向けて進路を決めないとね」
彼の答えを聞き、納得したように頷く。
「でも進路なんてまだ早いんじゃ…?」
「そうでもないわよ? 早い子はもう入学前から目指す先を見据えてるから」
それを聞くとなるほどと感心してしまう。早めに目指す道が見えていればその分だけ準備ができる。努力をすることに早すぎるという事はない。
「それにこの文化祭。ただの観客だけじゃなくて企業のスカウトマンやらセールスが大勢来るわ。あなたもきっと色々接触があるはずよ」
IS学園での催しには時折外部の企業の人員を呼んで開催する。そうすることで将来的に学園の生徒が企業に就職することもある。
「う~ん…」
「まあ、さっきはああ言ったけどだからって焦って決めても良い事はないから。しっかり考えなさい」
「はい…」
考え込む翔介。
その横顔をじっと見つめる楯無。
彼がどんな進路を選び、どんな未来を進むのかはとても関心がある。
翔介は一夏と同じく世界的にも希少な存在だ。きっと色々なしがらみが生まれることもあるだろう。
でも愛弟子にはそんなしがらみなど無く、生きていってほしい。
その為にも楯無は裏世界の人間として生きていく。自分に守れるものを守るために。
「あはは、なんだか年寄りくさいわね…」
ポツリと呟く。
だが自分の愛弟子の事なのだ。これもしょうがない事だろう。
そう、楯無は師匠。弟子の今後を慮ることは何も変なことではない。
IS学園を卒業し、進学でも就職でも構わない。いつかは夢を掴む。
そして大人になればいつかは家庭を持つだろう。はてさて、愛弟子は一体どんな…。
「…………………あら?」
頭の中でまだまだ先の未来を夢想していた時。具体的に言えば家庭を持つという部分。
夢想の中の大人になった翔介の隣にいたのは…。
「……簪ちゃん?」
楯無最愛の妹だった。
何故、一体どうして簪がそこにいるのか。
何となく思い当たる節はある。少し前の訓練の際に合った簪の行動。あれがどこか心の隅に引っ掛かっていたのか。
「お師匠さま?」
「……え? あ、ごめんなさい。何かしら?」
すっかり考え込んでいたせいで、翔介に呼ばれていたことに気付かなかったようだ。
「いえ…大丈夫ですか? なんだかんだでお師匠さまも色々は頑張ってたし疲れてるんじゃ」
どうやら心配させてしまったようだ。お師匠さま失格である。
楯無はフッと笑みを浮かべる。一度先程の疑問は置いておこう。
「大丈夫よ。明日から本番なのだし今から疲れて楽しめなかったら勿体ないわ」
「そうですか?」
尚も心配そうな愛弟子に首肯で返す。
「それより。文化祭も明日から本番だし、楽しみにしておきなさい」
「はい。この学園に来てから楽しい事ばっかりですけど」
大変なことも多いが。
それでも彼にとっては何もかもが刺激にあふれている。
「でも、それってきっとこの学園に来ただけじゃわからなかったかもしれないです」
「と言うと?」
「IS学園に入学して、織斑君たちみたいな友達ができて、色んな行事があって…でもやっぱり一番楽しい事、嬉しかったことって…」
翔介はそう言って空を見上げる。
「空を飛べるようになったことだと思うんです。きっと僕だけじゃ今でも歩くのがやっとだったかも」
何も知らないまさしくゼロからのスタート。そんな不安ばかりの始まりだったが、今では大空を自由に飛べるほどまでに上達した。
「それもお師匠さまが教えてくれたからです。今、この学園生活がすごく楽しいって思えるのはきっと友達とお師匠さまのお陰」
だから、翔介はそう言って楯無に笑顔を向ける。
「だから、ありがとうございます、お師匠さま」
翔介からの素直な感謝の言葉だった。
すると見計らったかのように翔介の携帯が鳴る。電話の相手は一夏だ。
「あ、すいません。失礼します」
そう言って背をくるりと向けて携帯を耳に当てる。
「もしもし、どうしたの?」
『ああ、良かった。頼む! 翔介、助けてくれ!』
切羽詰まった一夏の声。
「何かあったの?」
『今にも一組と二組で抗争が起きそうなんだよ!』
「………何があったの?」
本当に何があってそうなったのか。
『それがクラスのポスター張ろうとしたところが二組と被ったらしくてな』
「どっちがポスターを貼るかってなってるんだね」
『頼む! すぐに来てくれ! じゃないとメイドとチャイナの抗争になっちまう!』
「わかった、すぐ行くよ。場所は…」
そして二言三言、会話をすると楯無に向き直り。
「すいません、お師匠さま。ちょっと行ってきます!」
一礼して駆け出して行く。
「あ…」
楯無の呼び止めようとした手が空を切る。いや、呼び止めて何を言おうとしたのか。
手を伸ばした楯無本人が一番困惑していた。
一人屋上に残された楯無。
「…………あ~…残暑かしらねぇ…」
そう言って見上げる空は秋の訪れを感じさせる涼し気な空だった。
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都内某所、某日。
「あぁクソ。本当にこれ着ていくのかよ」
亡国企業の実働部隊の一人、オータムがイライラと悪態を吐く。普段はラフな格好をしている彼女だが今はピッシリとしたスーツに身を包んでいる。彼女の性格的にその恰好は落ち着かないのだろう。
「そう腐るものではないわよ。似合ってるわ」
それを諫めるように話すのは金髪で長身の女性、スコール。
彼女にそう言われると頬を染めて満更でもない表情に変わる。それだけでも彼女たちの関係という物が伝わってくるだろう。
「それにこれは任務のために必要なことなの。不便かもしれないけどお願いするわ」
「任せてくれよ、スコール。私だけでもいいくらいだ」
そう言ってオータムは部屋の隅にいる黒い少女、エムを睨む。
「勿論あなただけでも十分とは思ってるわ。でも計画には保険をかけておくものよ。なにせ私たちが計画が動き出すのだから」
「…わかったよ、スコールがそういうなら」
渋々と言った様子で了承するオータム。すると誰かを探すように部屋を見渡す。
「もう一人のガキは?」
「ああ、ヤプールならスポンサーと一緒にISを見てるわ」
「スポンサーってあいつか…ちっ、ガキと一緒で不気味なやつだ」
オータムは吐き捨てるようにそう呟いた。
その様子もスコールはクスクスと笑う。
そんな彼女の手にはどこから入手したのか『IS学園文化祭』のチケットが握られていた。
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スコールたちのアジトの地下。
そこにISを纏ったヤプールと黒いスーツを着た男がいる。
男はコンソールを操作し、やがてエンターキーを押す。するとヤプールの乗り込んだISが鈍く光る。
「これでいい」
「はい」
短い問答の後にISが解除される。
スーツの男は笑みを、といっても笑っているのは口元のみ。視線は眼前のヤプールを見ながらもどこか見透かしているようにも見える。
そのどこか不気味な雰囲気を浮かべる男を前にしてもヤプールの表情は能面のように崩れない。
「ここからが我らの計画の本当の始まりだ。お前の役目は…わかっているな?」
「はい」
「ウルトラマンの力を持つ者の破壊」
ヤプールは淡々と答えるのだった。
本日はここまで。
出来るだけ次回の話に繋げるためにも今回は無理やり押し込んだ形になりました。
読みにくかったりしたら申し訳ありません。
梅雨明けの地域も増えて、いよいよ夏本番ですね。
夏と言えばウルサマ!
なのですが、今年も参加は見送りになりそうです。まだまだ油断できないご時世ゆえに仕方ないのですが早く毎年の楽しみとしていけたらいいなぁ、なんて。
首都圏の人は羨ましいなぁ。