「あわわわわ……」
「道野君、しっかり」
緊張して固まっている翔介に付き添いの虚が声をかける。
しっかりしないといけないのは分かっているが、そうもいかない。
何故なら。
「初めまして、で良いのかな? 詩月梢です。よろしくお願いします」
そう言って悪戯っぽく笑う最推しが目の前にいるからである。
現在、翔介たちは応接室にて文化祭のオオトリであるサプライズライブのための最後の打ち合わせのために集まっていた。
自分から立候補した役目であるが、とんでもない緊張感である。
昨日、別の意味でサプライズ訪問され、会ったばかりだがそれはそれ、これはこれである。
「こ、こここちらこそ、この度ははは…!」
ガッチガチギッチギチゴッチゴチな翔介。
すると梢の隣に立つ中年の男性が近づいてくる。
「そんなに緊張なさらず。あまり固まっていると周りにバレてしまいますよ」
「は、はいぃ…え、えっと…?」
「申し遅れました。私は丸山浩二です。詩月梢のマネージャーをしております」
そう言って丸山は名刺を差し出す。翔介はわたわたとしながらそれを受け取る。
そんな彼を丸山がマジマジと見つめる。
「あ、あの…?」
「ああ、すいません。梢が興味を持っている男の子がどんな子かと思いまして」
「丸さん」
はははっと苦笑いをする丸山。
そこをコホンと咳払いをして虚が話を進める。
「それでは本日の予定の方を道野の方から説明させていただきます」
そう言って翔介を促す。
「は、はい! そ、それでは本日の予定を説明させていただきます」
緊張の面持ちを見せながらもタブレットを使用しながらスケジュールを説明を始める。
詩月梢によるサプライズライブは文化祭の閉会式直前に行われることとなっている。会場はかつてクラス代表戦などが行われたアリーナ。現在はとあるイベントで使用されており、それが終わったらすぐさま会場設営となる。
その間、リハーサルは使用していないアリーナで行い、設営が終われば本番のアリーナに移動し閉会式の直前でサプライズでライブを始めるというのが大まかな流れになっている。
「気を付けたいのはこのライブはサプライズですので、本番まで他の生徒にバレないようにすることです」
「ですが、ここからアリーナまでは結構距離があるみたいですが?」
「そこは格納庫のIS搬入通路を使用してアリーナまでは行きます。そこまでのルートは文化祭中は使用されないルートです。一応、移動中は気を付ける必要はあると思いますが」
折角のサプライズライブ、バレてしまうのは勿体ない。
「わかりました。それじゃあ、そこまでの案内も彼がしてくれるんですね。よろしくね、道野翔介君」
「は、はい!」
梢の目配せにビシッと背筋が伸びる。ライブが終わるまでエスコートをすることが今日の翔介の大仕事だ。身が引き締まる思いだ。
「それでは早速ですが道野君。お二人のエスコートをお願いしますね。私はクラスの出し物の巡回をしてきます」
「わかりました」
そういうと虚は梢たちに一礼をして退出する。彼女には文化祭の巡回と一緒に移動までの人払いなどの役目も担っているのだ。
退出してから数分後に翔介は二人を先導しながら応接室を退出した。
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道中はイベントの計画通りに生徒が通らないルートを選んだため、ほとんどすれ違う事もなく移動ができた。勿論、虚や教師陣などの協力のもと人払いがしっかりされているという事だ。
それでも遠くからは文化祭の賑わいが耳に届いてくる。
今日もIS学園の文化祭は大盛況だ。
「こちらです。少し足元が悪くなるので気を付けてください」
学園の格納庫まで来ると、翔介は格納庫へと降りる階段を前に梢に手を差し出す。
「あら、紳士的ね」
そう笑いながらその手を取りながら梢は段差を下りていく。
まあ、これは楯無に指導されたものなのだが。翔介としては手汗が梢の手につかないだろうかと気が気でないが。
「へえ、流石はIS学園ね。学校なのに立派な設備が整ってるのね」
「はい、日本で唯一ですから。今日は誰もいないですけど」
格納庫を見渡しながら感心したように呟く。ISと関りの少ない人からすれば珍しい光景なのだろう。
普段であれば整備士志望の生徒たちがISの整備をしている場所であるが文化祭で賑わう今日はいない。
「翔介?」
いない、はずだったのだが。
「え、更識さん!?」
何故、そこにいるのか更識簪。
予想だにしない会合に仰天する翔介。
「どうしてここに!?」
「クラス出し物のシフトが午後からだから、少しだけISの調整に来たの。翔介こそどうして……」
そう言う簪が翔介の後ろに立つ梢に視線を送る。
服装などは違うが、間違いなく昨日クラス出し物のゲームセンターに翔介と一緒に来た女性だ。
そうと分かると簪の眉間にうっすらと皺が寄る。
「その人、誰? ここは関係者以外立ち入り禁止のはずだけど」
「え、あ、えっとね!?」
どうする、どうすればいい。
頭の中がグルグルと思考を巡らすが、一向に何も思い浮かばない。
どうして文化祭という学校行事の最中にISの調整なんてしているのか、このストイックさんめ。
なんて言えるはずもなく、ワタワタオロオロ。
そんな翔介をさらに訝し気な表情で近づく簪。ここからがっちり問い質すつもりなのだろう。
すると、後ろからクスッと笑い声が聞こえたかと思うと控えていた梢が簪の前に出る。
「どちら様ですか?」
言葉の端々に棘を感じる。そんな彼女の背後には牙をむき出しにして、毛を逆立てている三毛猫が見える。
「いや、申し訳ない。彼を怒らないであげてほしい。彼は私たちのために案内をしてくれたんだ」
「…それはどういう…」
簪が問い返そうとすると、梢が変装用に着用していたサングラスを外す。
しかめっ面の簪もその素顔を見ると、目を丸くする。
「詩月梢…?」
「初めまして。ああ、静かに頼むよ」
口元に人差し指を当てる梢。
簪は今度は驚きの表情で翔介の方を見やる。
「最後のイベントで…」
「そうなんだよ、だからお願い! この事は誰にも言わないで!」
そう言って手を合わせて必死に懇願する。
思い返してみれば、詩月梢のライブの話は楯無との会話の中でも聞いていた。
そうなればサプライズイベントのため、秘密裏に移動する必要がある。当日は使用されていないはずのIS搬入通路を使うのも納得できる。
生徒会主催であるならば間違いなく姉の楯無が関わっているだろうことも容易に想像できる。
しかし、彼女には一つだけ疑問が残っていた。
「今日、ここにいるのはわかったけど。じゃあ、昨日はなんでいたの」
「へ?」
「サプライズのイベントなら昨日文化祭を一緒に楽しんでるのはおかしいと思うのだけど。それも特に関りのない筈の翔介と一緒に回って」
何も言い返せないド正論。秘密にしたいはずなのに、なんでわざわざ見つかる可能性がありそうなことをしたのか。
正直、翔介自身も訳が分かってはいないのだが。
そうしていると、ポケットの携帯から着信音が鳴る。チラリと相手を見るとどうやら一夏からの様だ。
確か、今の時間は『アレ』の真っ最中であるはず。状況も状況なため、着信を切ろうとすると。
「急ぎかもしれないじゃないか。私がこの子に説明をしておくから出てあげなさい」
「でも…」
「良いから」
有無を言わさず梢の細い指が通話ボタンを押す。
慌てて携帯を耳に当てると。
「しょ、翔介か!? た、助けてくれぇ!!」
開口一番に悲痛なSOS。
「ど、どうしたの、織斑君」
「どうしたも! お前、このこと知ってただろ!?」
申し訳ないが、その通りである。
今、織斑一夏が巻き込まれているのは『演劇』だ。
それもただの演劇ではない『観客参加型演劇』。生徒会主催の出し物だ。ちなみに演目はシンデレラなのだが…。
演劇とは名ばかりで実際のところは王子様役である一夏の王冠から機密文書を奪い取るという血で血を洗うかの如き争奪戦ゲームだ。
見事に王冠を手に入れた生徒には織斑一夏と同室同居の権利を生徒会長権限で与えるというこれまた火に油、いやニトロを注ぐような条件だ。
通話の奥から銃声やら金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。まるで、というよりもはや戦場そのもの。阿鼻叫喚である。
「なんでもいいから助けてくれ! シャルが助けてくれるけど、箒たちだけじゃなくて他の生徒まで混じってきて…」
と言いかけたところで、ブツっと通話が切れた。充電が切れたかのか、はたまた形態が真っ二つにされたか。
どちらにせよ。
「織斑君、ごめんねぇ…」
生徒会長の凶行を止めることのできなかった謝罪を口にするしかできなかった。
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翔介が一夏からのSOSコールを受けている間。
それを横目に見ながら梢は簪を手招きする。
「彼も忙しいね」
「…はい」
「やっぱり学園で二人しかいない男の子だと色々頼られたりするのかな?」
「それは、男の子だからじゃなくて翔介だからだと思います」
簪の答えにそうかそうか、と嬉しそうにうなずく梢。
どうして、この歌姫は一ファンでしかないはずの翔介をそんなに気にするのか。
「あの」
「ん?」
「何が目的なんですか?」
簪の瞳が梢を見据える。
「何ってサプライズライブだよ」
「それは分かります。どうして翔介だったんですか?」
ライブのために来たのは言うまでもなくわかっている。彼女が聞きたいのはどうして昨日お忍びで文化祭を訪れ、しかも翔介とともに回っていたのか。
生徒会の一員である彼がゲストの案内をすること自体はおかしい事でもない。だけど、先程からどこか別な思惑があるように思えてならなかった。
そこで思い至るのは…広告塔。
一夏のように容姿的な花はないが、男性操縦者である彼も十分に目立つ。それを上手く利用すれば知名度アップくらい訳はないだろう。
「ん~…いや、そんなに大したことではないんだよ」
梢がそう伝えるも、どうやら簪は納得していない様子。
「…うん、そうだなぁ。敢えて言うなら…彼のことが気に入ってるんだよ」
「気に入ってる?」
推しにそう言われたいと思うファンはどれ程いることだろうか。中には認知されたくないファンもいるが。
「あまり詳しくは言えないけどね」
そう言って楽しそうにウインクする。わからない人だ。
納得できない様子でムスッとする表情の簪。
その様子を見て、なおも楽しそうな表情で簪の耳元に顔を近づけると。
「気に入ってるとは言っても保護者的な目線だよ。流石にあの齢の子に恋愛感情を抱いたりはしないよ」
「!?」
「君も随分と彼のことを信頼してるみたいだね。でも、それなら彼にはしかめっ面じゃなくて笑顔を見せてあげるといいよ」
悪戯っぽく微笑む梢。この人物、姉である楯無に似ている気がする。主に人をからかうのが好きな点が特に。
「すいません! お待たせしました!」
そうこうしていると電話を終えた翔介が戻ってきた。
すっかり梢の方に気を取られていた簪の肩がびくっと震える。
「あれ、どうしたの?」
「な、なんでもない!」
慌てた様子の簪に首を傾げる。
「電話の方は大丈夫かな?」
「大丈夫ではなさそうですけど…」
自分に出来ることはもはや祈る事のみ。
「ああ、それと簪ちゃんだったかな? 彼女も一緒にエスコートしてもらうことにしたよ」
梢の言葉にバッと振り返る簪。
「そうなんですか?」
「このまま別れて誰かにライブの情報がバレるより一緒に行った方が良いからね」
「更識さんがそんなことするとは思えませんけど…でも、そうですね。更識さん、一緒に来てもらってもいい?」
「え? でも…」
なんだか乗り気じゃない簪だが、翔介は近づきこっそりと。
「お願い。もうこのままだと間が…」
実は結構いっぱいいっぱいの様だ。むしろよく頑張った方だろうか。
「……わかった。一緒に行く。クラスの方に生徒会の仕事手伝うって連絡するから待って」
「ありがとう…! 更識さん」
心底感謝してくる翔介に満更でもなさそうな様子で携帯でクラスメイトに連絡を付ける。そんな二人を見ながらなんだかホクホク顔の梢だった。
「連絡ついたよ」
「それじゃあこのままアリーナの方まで…」
翔介がそう言いかけた瞬間。
ズズンっ!
学園全体を大きな揺れが襲った。
本日はここまで。
文化祭編もようやくクライマックスです。
長くかかってしまいましたが、これからもよろしくお願いします。
コロナの規制も落ち着いてきて、イベントも徐々に復活してきましたね。
今年こそはウルサマやツブコンに絶対に参加したいです。
他にもウルトラマン関係のイベントにはあっちこっち行ってみたいなぁ。