休眠モードから復帰し、システムチェックが異常がないことを告げる。まだ日が明るいうちに眠りについたので、外は真っ暗だ。
見張りにつく前にコーヒーで眠気を覚まそうと416は台所へと向かう。
草木も眠る丑三つ時、直前までの当番の9とは先程部屋の前ですれ違った。しかし、台所の灯りがついている。物音まで聞こえ、そこに誰かがいることは明らかだった。
416はそっと銃に手をかける。
「……誰?ってあんただったのね」
「おっと9君の次は416君かい」
ダイニングでは男が端末を前に頭を悩ませているようだった。
「こんな時間まで何をしているの?」
「明日の……じゃなくてもう今日だね。45君との勝負の準備だよ」
「こんな時間まで?睡眠不足で負けるわよ」
コーヒーを淹れながら、416は呆れた様子でそう言った。
「416君は電子戦というものがわかってないみたいだね」
「……どういうこと?」
「よーいどんで直接戦うまでに勝負はついているんだよ。とくに対人形における電子戦はね」
「前準備が重要ということ?」
「そういうことだよ。さすがは416君だ、飲み込みが早い」
「しかし45は電子戦においては強いわ」
「珍しいね、416君が他人をそんなふうに言うなんて」
カップに注いだコーヒーを机に置き、416は男の対面に座る。
「別に私は他人の実力が見えないわけじゃないわ。現に私はこうして45の実力を認めている……」
「416君は僕が45君に負けると思っているのかい?」
「当たり前よ。45に勝てたら正式にスカウトしたいくらいだわ」
「おっと僕はお金だけで動く人間じゃないよ」
「もしもの話よ。そしてその”もしも”はほぼゼロよ」
「随分と言ってくれるじゃないか」
「人間が人形に勝てるわけがないわ」
「まあ今はそう思っていればいいさ。次の見張りは君なのだろう?」
「ええ、そうだったわ」
416はカップに残ったコーヒーを飲み干し、台所から出ていった。
「人形には勝てない……か」
端末を操作する手を止め、自分もコーヒーを淹れようと立ち上がる。
しかし、コーヒーポッドには、まだもう1人分の淹れたてのコーヒーが残っていた。
「まったく、応援してくれてるのかな」
コーヒーをカップに注ぎ、啜る。何も淹れずに飲むコーヒーは随分と苦かったが、どこか甘さのようなものも感じた。
=*=*=*=*=
「さて、準備はいいかしら?」
「ああ、もちろんさ。今できる最高のものを用意したよ」
「それは楽しみね」
「君こそ大丈夫なのかい?あっさりと負けても泣きわめかないで」
「……そんなことしないわよ」
「45君は静かに泣くタイプだったのかい?」
「そもそも負けないわよ!」
「まあまあ落ち着いてよ45姉!それじゃあ二人とも席について!」
9の言葉に二人は向かい合って座る。それぞれの前には端末が置かれている。
「よ~いスタート!」
9の掛け声とともにふたりともタイピングし始める。
G11はその音を聞きながら本日3度目の睡眠を、416は外の様子を伺いながらもチラチラと勝負の行方が気になっているようだった。
「さすがは45君だね……これは手こずりそうだ」
「ふふふ、無駄口を叩いている暇があるなんて余裕ね」
「そんなことは無いわよ。私だって手こずってるわ」
そうは言うものの、45は涼しい顔をしたままだ。苦しそうな顔を浮かべている男とは大違いだった。
「なるほど、ここがこうなって……ああクソ、これもダメなのか……」
男がブツブツと呟いたり、紙になにか書きなぐっていたりする中、45の端末を操作する手は止まらない。
「さすがは45ね、圧勝じゃない」
「416も勝負の行方が気になるんだね」
「そ、そういうわけじゃないわよ」
9の言葉に416は顔をそらす。
「でもね……」
「ん?どうしたのよ」
「45姉の負けだよ……」
「珍しいわね、あんたがそう言うなんて」
「私はたしかに45姉のことを信用してる。でもね、負けるときは負けるんだよ」
45はまだ端末を操作している。男は手詰まったようで、一度席を外している。
416は男の端末を覗き込む。確かに、あまり進んで無さそうなことだけはわかった。
「ダメだな、僕の負けだよ」
部屋に戻ってきた男はそう言った。
「ほら、やっぱりね」
「うん、どうやら私の想定違いだったみたいだね」
9はそう苦笑いをする。
「それじゃあ私は見張りに戻るわ」
ヒラヒラと416に手を振りかえしながら、45の方を見る。
「45姉、良かったね」
「え?ええ。そうね」
「惜しかったね~」
「いや、完敗だよ。僕にはあのセキュリティは突破できない」
「いいや、惜しかったよ~」
「ん?どういうことだい?」
「それは――」
「9?」
9の言葉を45が遮った。笑顔こそ浮かべてはいるが、その表情はいつもとは少し違うように見えた。
「それじゃあ私は見てない家を物色してくるから!」
9は逃げるように部屋を飛び出していった。部屋の中には、立ったままコーヒーを啜る男と未だ端末の前から動かない45、それから静かに寝息をたてるG11だけが残った。
「45君、さすがは人形だね。僕には太刀打ちできなかったよ」
男はコーヒーを飲みきり、カップをシンクへと置いた。
「……45君?」
45はまだ、端末の前から動かない。
「45君、聞こえてないのかい?」
45は目を開けたまま、微動だにしない。
「45君!?」
男はためらわず45の肩をゆする。目の焦点はあっておらず、口が小刻みに動いている。
「……45君、すまない!」
男は45の服を緩め、首筋に手を這わせる。
「やっぱりここに……さっきのプロトコルも……」
首筋にはパネルがあり、そこをズラすと端子がでてくる。
「確かここらへんに……あった!」
男は自分のポーチからコードを取り出すと、45の端子と男の端末を直接つなぐ。
「確かこのセキュリティにはこのソフトが……良し、この次は……」
先程とは比べ物にならない速さで端末を操作していく。迷いのない操作は、一つ一つ45のセキュリティを紐解いていく。
『あれ……?私』
しばらくすると、45の言葉が男の端末上に表示され始める。
「45君、今の状況が理解できるかい?」
『ええ、私がフリーズしてあなたがそれを直してくれたってところかしら?』
「そのとおりだよ。今は第二階層レベルまで意識を上げているところだね」
『そう……私フリーズして』
しばらく45は黙り込む。男の端末の操作音だけが部屋に響き渡る。
「よし、意識を第一階層までもどすよ」
『ええ、お願い』
しばらくするとだんだんと45の目が動きはじめる。
「……大丈夫みたいね、ありがとう」
「俺には及ばないよ。どういうわけか僕のせいみたいだからね」
45は体を動かしながら調子を確かめる。
「それで、あなた何者なの?」
「ん?どういうことだい」
「なんで私のメンテナンスモードを開けるの?」
「僕は天才プログラマーだよ」
「天才?違うでしょう?このログを見る限り……随分と前に用意したシステムを使ってくれたみたいじゃない。どういうこと?」
「……まあ昔、いろいろあったんだよ」
男はもう一度コーヒーを淹れて、それを啜った。