「大丈夫!怪我はない!?」
416が急いで男に駆け寄る。
「ああ、416君かい。ありがとう」
「みたところ怪我はないようだけど、どこか具合が悪いの?」
416の言う通り、男の顔色は悪くない。
「いや、問題ないよ。それより、よくここがわかったね」
「それはね~」
「ちょっと9!」
何かを言いかけた9を416が止める。何かを訴えかけるような目で見てくる9に、45はため息をついた。
「いいわよ言っても」
「45!そんな簡単に」
「いいのよ。それに、感づいているみたいだから。そうでしょう?」
「僕に発信機か何かをつけたのかい?」
「だいせいか~い」
9が笑いながらそう言った。
男は革のソファに深く腰掛ける。程よい反発力が男の体を支える。
「何故……とは聞かないでおくよ。どうせわかりきってることだからね。それで、どこに何をしかけたんだい?」
「それも見当が付いているんでしょう?」
45が薄く笑う。
「君のことだ。居場所を送るだけなんてことはないんだろう?」
男は白衣を脱いだ。白衣を脱いだ男は、普段とは随分と違う雰囲気を纏っている。
「ええ、正解よ」
男は白衣をまさぐる。襟の裏やポケットの中など、思い当たる場所を総当たりして探す。
「そんなところを探しても無駄よ」
45は笑みを深める。それはまるでイタズラが成功した子供のようだった。
ゆっくりと男へと近寄り、そっと首筋にふれる。
「ここよ」
45の手は蛇のように男の首へとまとわりつき、何かをつまむ。針を抜く時のような痛さを男が感じると、45の手が離れていった。
その手の中には、小さなカプセル状の何かがあった。まるで発光ダイオードのように足が伸びており、そこが男の首に刺さっていたようだ。
「初めて見るものだ。説明はしてくれるのかい?」
「ええ、これは試作品の盗聴器ね。つけた対象の音声、位置、そして通信機器の使用まで記録するすぐれものよ」
「そんなに小さいのに随分と性能が良いんだね」
「人形の技術の応用よ」
「それで済むとは思えないが、まあいいよ。詮索するつもりはないからね」
男は白衣を羽織る。ソファから立ち上がり、45を見下ろした。
「それはともかくだね45君、とりあえず助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして。と言いたいけれど、まだお互い話したいことがあるみたいね」
「そうみたいだね。9君、416君、G11君、少し待っててくれるかい?」
「うん、私はいいよ~」
9と416が答えられずにいると、G11がそう気の抜けた返事をした。どうやら彼女は一眠りするらしく、ソファに寝転がってしまった。
そのまま、男と45は部屋を出て二階へと上がっていった。その場に残された9と416は、二人顔を見合わせてため息をついた。
「暇だね~416」
「そうね、9」
二人はすることが無く、次第に部屋を見渡すようになった。ただの一般家庭らしさの残るリビングだが、一箇所だけ使用形跡がある。テレビとその周りだ。
「何か見てたのかな?」
「あっちょっと9!そんな勝手に」
9がテレビをつけると、画面に日付が映し出される。
「この日付って……蝶事件のじゃない」
「でも真っ暗だね」
リモコンを操作して最初にまき戻る。
再生されてきた映像を見て、ふたりは息を呑んだ。
=*=*=*=*=
「ここまでくれば他には聞こえないだろう」
二階の部屋の一室に入り、45の方へと振り向く。
「それじゃあ45君からどうぞ」
「きっとあなたと同じことだからいいわよ」
「……それじゃあ聞かせてもらおう。通信機器の使用の記録ってなんだい?」
「そのままの意味よ。例えば電話だと通信の電波がでるでしょう?それを記録するのよ」
「それは意味があるのかい?」
「確かに通信をしたという記録と、未解析の電波の記録しかとれないわね」
「それじゃあ――」
「でもそれは子機の話」
男の言葉をさえぎって、45は端末の画面を見せる。
そこには、メールが表示されている。差出人は男で、その日の行動をレポートして現在位置が添付されている。送信日は一昨日だ。
そして、送り先は正規軍の幹部だ。45はその名前に見覚えがあった。もちろん、要注意人物としてだ。
「さて、私からの質問はそれよ。どういうつもりかしら?」
「どうもなにも、見たまんまだろう?」
「任務の妨害になるとは思わなかったの?」
「どうしてなるんだい?」
「だって正規軍よ?私たちどころか雇われ先のG&Kですらない組織に居場所を開示するなんて」
「別に構わないだろう?」
「はぁ。いくら通信を禁止しても鉄血に追われるわけね」
「……そこまで考えていなかったよ。すまないね」
「わからないわ。どうして正規軍にそんな情報を渡しているの?」
「それは言えないね」
即答する男に45はにっこりと笑う。
「私は一応拷問の心得があってね。爪剥ぎから催眠まであらゆる肉体的、精神的な拷問ができるのだけど……受けてみたい?」
「それは勘弁願いたいね」
「じゃあ言って」
「それは無理だね」
45はすっとロープを取り出す。
「ついさっき同じことをした鉄血の人形がいるんだが?」
「そう、じゃあ私と気が合いそうね」
「それじゃあ友達になってみたらどうだい?」
「それも良いかもね」
45は満面の笑みを浮かべて、男を椅子に無理やり座らせた。
「ちょっと待って45姉!」
「待ちなさい45!」
部屋に9と416が飛び込んでくる。その勢いのまま45を取り押さえ、男から遠ざける。
「二人とも離しなさいよ」
「待ってよ45姉。これ以上はこれを見てからにして!」
そういうと45の端末にファイルが届く。45を押さえつけたまま9が端末を操作し、中身の動画ファイルの再生を開始した。
=*=*=*=*=
45の顔からだんだんと笑みが消えていく。そのかわりに怒りのようなものが垣間見えるようになっていく。
それは人形に対する怒りなのか、それとも人間に対する怒りなのか、それともその両方であるのか分かる人はいない。しかし、確かな怒りの感情が宿っていた。
「あなたは……奥さんを……」
「やめてくれないか。哀れむ言葉なんていらない。同情なんてもっと必要ない」
「でもさ、ちょっといい?」
9が会話を遮る。
「なんだい9君」
「正規軍のことは恨んでるんだよね?じゃあどうして情報を売ってるの?」
「9、あなた分からないの?」
「うん、だってそうでしょ?どうして愛する人を殺した組織に媚びをうるの?」
「それはだって……」
そう言いよどむ45は男に共感すら感じていた。もし自分もこういう状況であれば、従っていたかもしれないなどと思っていた。
「遺体は彼らが持っているんだ」
「うん、だから?」
「9、あなたまさか」
416ですらも驚いた表情を浮かべる。
「どうして死体を持っていかれたら従わなくちゃいけないの?」
9の言葉は、場を凍りつかせるには十分だった。
「はは、9君の言う通りだね」
男の乾いた笑いが、静まりかえった部屋に響く。
「良かった、変なこと言ったのかと思ったよ~」
軽い笑い声を上げるのは9だ。無邪気な笑いは、狂気すら感じる。
「でもね9君。たとえ死んでしまっていても、側に居てほしい。そんな気すらするのが本当の愛なんだよ」
「ふ~ん。そうなんだね」
男の言葉は、9にはあまり響いていなかったようだった。
垣間見える狂気