「ねえ、大丈夫?」
416が振り返って男にそう話しかけると、男は微かに笑う。
「ああ、大丈夫だよ」
「……そう」
それ以上、何か言うことは無かった。アーキテクトを逃したあの日から、男が少し変わってしまったようだった。本人は大丈夫だと言い張るが、明らかに生気がなくなっている。
心配の目を向ける416だが、男の目はどこか上の空のままだった。
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夜、男がすっかり眠りについた頃、404の全員が集まっていた。珍しくG11も眠そうにしていない。
「それで、あいつのことなんだけど……」
416がそうポツリとつぶやく。
「元気ないよね。大丈夫とはいってるけどさ」
9も同意するかのようにそう呟いた。G11は何も言わない。
「とりあえず私たちには何もできないわ。彼がどんな過去を抱えていてもね」
「45、あなたまさか自分と重ねているわけじゃないわよね?」
「違うわ。彼と私の過去は似ているようで違う」
416の鋭い言葉を45は否定した。45はそのまま言葉を続ける。
「それでも、このタイミングはおかしいの。9、そうよね?」
「うん。私たちが確保したときに記憶喪失の症状は見当たらなかったよ」
9はいくつかの資料を端末で表示する。それには男の身体的、精神的健康状態の報告書のようだった。
「9、それはなに?」
「あっ416は知らなかったんだ。これは私がつけてる観察日記だよ」
「観察日記?」
「そう、観察日記。彼の状態を毎日記録してるんだ」
「観察日記って……あれは人間よ?」
「やめなさい416。これは私が指示したことでもあるわ」
45が416の言葉を遮る。416は標的を9から45へと変えた。
「あのねぇ、倫理的によくないわよこんなこと」
「仕方がないでしょう?これも依頼の内容に含まれていたのよ」
「……依頼主ってG&Kだったわね?」
「ええ、そうね」
「どういうことよ……あそこの指揮官はストーカー癖でもあるの?」
「案外間違いでもないかもしれないわよ?」
「45、冗談はよして。それより、アーキテクトとかいうハイエンドモデル、あれはいったい彼の何なの?」
416のその疑問に答えたのは、今まで黙り込んでいたG11だった。
「娘……でいいのかな、娘だと思うよ」
「あのねぇG11、寝ぼけているなら――」
「だって416も聞いたでしょ?アーキテクトがパパって呼んでたの」
「それはそうだけど」
「それよりもう寝てもいい?もう限界……」
そう言うとG11はその場で横になった。枕は416の膝である。
「ああもう!……あれ、でもG11はあの場にはいなかったはずじゃ……?」
416が同意を残り二人に求める。しかし、その頼みの綱の二人も、すでに寝息を立て始めていた。
「ちょっと、今日の夜番は私じゃないでしょ……」
416の言葉を聞き入れてくれる者は、もう誰も居なかった。
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次の日も、男は様子がおかしいままだった。何か別のことに気を取られているといった方が適切だ。
「ねえ、何をそんなに気にしているの?」
今日最初に話しかけたのは9だった。
「なんのことだい?」
「だって何かに気を取られてるでしょ?」
「9君の気のせいじゃないかい?」
「気のせいじゃないよ。だって……」
そう言いながら9は端末の画面を男に見せる。
「あの日より前から今までの呼吸数だよ」
そこには数時間単位で記録された男の呼吸数が書き込まれていた。
「まさか9君も45君のように僕に何か仕込んだのかい?」
「いいや、違うよ。呼吸数なんて見てればわかるからね」
「見てれば……?でも9君と一緒に行動していない時間だってあるだろう?」
「その部分は他の人形からもらったり、こっそりダミーをつけてたりね」
「ダミー?」
「そう、ダミー人形。メインフレームが操作する見た目が全く同じな人形」
9はチラリと他の隊員の様子を見て、男の耳に口を近づける。
「実はね、ここにいる私もダミーなんだ」
「嘘だろう?」
9はコロコロと笑う。
「さぁ、どっちだろうね〜」
笑いながら、9は右目の傷に手を当てた。
「ダミーとメインフレームにはスペックに大きな差があるはずだから、さすがに見分けはつくだろう?」
「もし私のダミーだけ特別製だとしたら?」
「たった一体の人形にそこまでコストをかけるわけがない、よってそれも違う。そうだろう?」
9は笑顔をより一層深める。
「よかった。いつもみたいに戻ったね」
「……ん、そうかい?」
「うん。呼吸数も安定してる。意識もしっかりと感じる。今までどおりだよ」
「そうかい、ありがとう9君」
「お礼はいいよ。任務が終わるまではね」
「終わったらもらうんだね、9君はちゃっかりしているな」
「まあね~」
「それで本当のところどうなんだい?」
「ん~?なんの話?」
「だから今僕の目の前にいる9君の正体だよ。メインフレームなのかい?それともダミーかい?」
「ふふふ、ないしょ~」
9は笑顔を浮かべながら、右目の傷に触れる。
傷は、シールのように剥げた。
「他のみんな……45姉にも内緒だよ?」
9は、怪しい笑みを浮かべながらそう笑った。
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416は9を疑いの目で見ていた。彼女と話してからというものの、男の様子が戻ったからだ。人形とのコミュニケーションに精神医学的効果はそれほど期待できるわけがない。しかし、会話以外の処置は施していないはずだった。会話の内容こそ耳にいれなかったが、9が男に変なことをしないかだけはずっと監視していた。
「ねえ416、私の顔に何かついてる~?」
ついつい9に視線を向けてしまう。慌ててそらすも、9がそんなところで食い下がる性格ではないと重々承知していた。
「別に、何もないわ」
「じゃあどうしてこっちをチラチラみるの?」
「それは……」
直接的に男との会話内容が気になると言いたかった。しかし416の変なプライドが、9に教えを乞うことを妨げる。
「まあいいけどさ~」
9は足元から石ころをひろうと、空へと投げた。
416がその行動の意味を考えながら前へと進んでいると、再び9が口を開いた。
「注意散漫なのはいけないよ?」
「何を言ってるの。私はしっかり警戒してるわ」
そう言い切って9へと振り返る。
次の瞬間、コツン、と416の頭に何かがぶつかる。それは小石だった。9が先ほど投げたものである。
「しっかり警戒して?」
9はいつもどおり笑顔だった。
「ぐっ……わ、わかってるわ」
416は唇を噛み締めることしかできなかった。完璧であることを自分に要求する彼女には、この怒りを感情に任せて発散するという理知的とはかけ離れた行動はできなかった。
「こら9、416をいじめないであげて」
クスクスと笑いながら45はそう言う。
「ちょっと45まで!」
「416、集中力を欠いたあなたが悪いでしょう?」
「それは……そうだけど」
「まあまあ45君に9君、待ってくれ。416君だって疲れているんだよ」
「あら、一番疲れているのはあなたじゃないかしら?」
「……やれやれ、45君に隠し事はできなさそうだな」
男は肩をすくめてそう言った。
「仕方ないわ、あなた人間だもの。今日はここらへんに泊まることにしましょうか。私と9が空き家を見繕ってくるわ」
そういって45、その跡に続いて9がその場から離れていった。
「その……ありがとう」
「416君、君は悪くないさ。人形にも疲労という概念は存在するんだ。そう設計した人間側のミスさ」
「そう……ね。人間側のミスなのね」
「だから気にせずに頑張ってほしい。なんたって君が頑張らないと僕は簡単に死にかねないからね」
「まったく、ほんともう少し頼りがいのある人がよかったわ」
「ははは、ちがいないね」
416の強張った表情が崩れるのを見ながら、G11は寝袋に入り込んだ。
そろそろクライマックスが見えてきたかな?