「ねえ、起きて?起きてよー!」
「ん、……ん?ああ、おはよう、9君」
男は眠たげな目をこすりながら、時刻を見る。少し寝坊したのだと気づくのに、それほど時間はかからなかった。窓から外を見れば、昨日までの暴風雨が嘘かのように、空は晴れ渡っていた。
「もう皆準備できてるよ?」
「ははは、すまないね。すぐに準備をするよ」
「はーい、45姉にも伝えてくるね」
男はじっと9を見つめる。
「……?何?」
「いや、僕に娘がいたらこんな風なのかなってね」
「……。なにそれ~。それにアーキテクトがいるでしょ?」
「アーキテクト……か」
「そろそろ認知してあげたら?まだ父親じゃないって思ってるんでしょ?」
9の言葉に男は苦い顔をする。
「無理だよ。僕に娘なんてね。相方だっていないのに」
「あ、ごめん……」
「いや、気にしないでくれ。それより、急いで準備をするよ」
「うん、わかったよ。それじゃあ先に行ってるね」
9が仮眠室から出ていく。その後ろ姿を見ながら、男はそっとカバンを手に取る。
「ある意味、僕の子供といえるのはこのプログラムくらいかもね」
そう、誰に聞かせるでもなくつぶやいた。
=*=*=*=*=
「あっパパ、もう準備できたんだ」
「昨日のうちに荷作りは済ませていたからね」
皆のいる部屋へ向かう途中、廊下の向こう側からアーキテクトが歩いてくる。アーキテクトはいつもどおり、機嫌の良さそうな笑顔を浮かべていた。
「よかった。二度寝でもしてたらどうかと思ったよ」
「……それは?」
アーキテクトの右手には、湯気を立てているコーヒーカップがある。
「飲むかなって思って」
「よく知ってるね」
「あっバレた?これもママからの受け売りだけどね」
入れられたコーヒーには、いつもより多めにミルクが注がれている。完璧なまでに、男の大切な人が毎朝淹れていたコーヒーを再現していた。
「本当に、あの人の味だ。温度もちょうど良い」
「喜んでくれた?よかった……うれしいな」
「よし、おかげで目が冴えたよ。ありがとう」
「パパの役に立てて何よりだよ」
アーキテクトはニシシと笑ってみせた。それはいつもと変わらぬように見えていた。
端末のたくさん置かれた部屋に2人は到着する。すでに404小隊のメンバーは集合済みである。
「おはよう。よく眠れた?」
「ああ、45君たちのおかげでね」
「それはなによりね。それじゃあ今後の日程を確認するわ」
45は地図に日程を書き込んでいく。
「随分と余裕があるね」
男はつい口に出す。これまでの半分以下のペースだ。再通達した集合日時に余裕があるとはいえ、あまりにも遅いペースの日程だ。
「嵐のあとだからよ。道が通れないなんてこともありえるわ」
「なるほど。納得したよ」
「ならいいわ。他に異論はない?」
9とG11は無言で頷いた。
「416?」
「こいつはどうするのよ」
そういって目線を向けるのは、アーキテクトの方だ。当然の疑問である。アーキテクトは男という存在がいるとはいえ、鉄血という敵対組織のそれなりの地位をもつ人形である。
「アーキテクト、あなたはどうするの?」
45はそう問いかけることにした。
「……えっ?あ、私?私はパパについていくだけだよ」
「それじゃあしばらくは私たちに従ってくれるわけね?」
再びの45の問いにも、アーキテクトはしばらくボーッとして答えなかった。
「……えっ、うんそうだね」
「……アーキテクト?」
男が近寄っても、アーキテクトは動かなかった。そのままそっと額に手を当てる。
「あっ……うう……」
「すごい熱だ……どういうことだい?」
明らかに異常な熱を持っている。それこそ、電脳を焼きかねないほどだ。
「45君!」
男が叫ぶようにそう言うと、45もすばやく行動を開始する。
「はぁ、もうしょうがないんだから!」
45は端末を開いて何やら操作をしはじめる。その操作の速度は、電子戦特化だからこそできるものだ。
「アーキテクト、先に謝っておくよ、ごめんね」
そういって男は、アーキテクトの服を引きちぎった。思い切り胸がはだけるが、それに目すらむけない。
男はみぞおちのあたりに手を添わせる。しばらくペタペタと感触を確かめたあと、一部をグッと押し込む。するとパネル状になっていた肌の部分がスライドし、端子が顔を覗かせる。
「準備はできてるわ!」
「ありがとう!」
45の端末から伸びるケーブルを、アーキテクトの端子につなぐ。その瞬間、45の端末には膨大なログが表示されていく。
「……定期更新みたいよ?嵐で滞ってた……にしても量が多すぎるわ」
「わかるかい?」
「ええ、これは……メンタルモデルを上書きする勢いよ」
人形は基本的に死という概念はない。どこかにバックアップを残しておけば死なずに復活できるからだ。
しかし、そんな人形を殺すのは簡単だ。メンタルモデルを上書きしてしまえばいい。もちろん、そんな量のシステムを通信だけでやるには、負荷がかかりすぎる。
「いや、まさしくそれをする気だろうね」
男は45の後ろへと回ると、高速で流れるログに目を走らせる。
「45君、通信を切断できるかい?」
「無理よ。私じゃ時間がかかりすぎる」
「そうか……残念だ……」
男はうつむく。45も、全てを察したかのように顔をそらした。
「ちょっと!」
荒げた声を出したのは、9だった。
「もしかしてアーキテクトを見殺しにするの!?」
「手の施しようがないんだ……」
「そんな!せっかく会えた家族なんだよ!?」
「僕にだってできないこともある!……僕だって悔しいさ……」
男は珍しく、激しい感情を顕にする。そんな男の手に、小さな白い手が触れる。
「あはは……パパったら……」
「アーキテクト!」
「大丈夫だよ……私は消えたりなんかしないから……」
アーキテクトはゆっくりと起き上がる。その表情は相変わらず苦しそうだ。
「無茶よ……まさかそれが意志だというの?」
45の驚愕した表情を見て、アーキテクトは笑みを浮かべる。
「あはは、あいにく一介の人形ごときとは比べ物にならないくらい背負っているものが多いからね」
「アーキテクト!いったい何が」
「これもママが残してくれた大事なプログラムだよ。大丈夫、私は消えないから」
アーキテクトは立ち上がり、腹部の端子を引き抜いた。
「それより着るもの、何かないかな。さすがの私でもパパの前でこのままでいるのは恥ずかしいな」
「……これでも着ていてくれ」
男はそっと白衣を脱いでアーキテクトに渡す。
「これもママとおそろいなんだよね」
「そんなことまで知ってるのかい?」
「当たり前だよ。だってママの唯一のデートの記憶だよ?」
「デート……といっても良かったのかなアレは」
「少なくともママにとっては重要な記憶だったんだよ。そう、私に伝えるくらいにはね?」
「そうかい。じゃあそのデートのときの――」
「ごめんなさい、話はそこまでよ」
45は男の言葉をさえぎる。その表情から、切羽詰まった話題であることは明らかだった。
「鉄血のハイエンドモデルが近づいてきてるわ」
「ああ、ゲーガーが近づいてきてるみたい」
45の言葉をアーキテクトが肯定する。
「随分と早いわ。急いで出発しないと」
「まってくれ!アーキテクトはどうするんだい?」
「大丈夫だよパパ、私もついていく」
「……わかった」
熱が下がる様子はない。しかし、アーキテクトはついてくるつもりのようだった。
「45って言ったっけ。私のことは気にしなくていいから」
「……わかった。遅れても置いていくから」
「あはは、そうでなくっちゃ」
アーキテクトは苦しそうに声を出しながらも、いつものように笑ってみせた。
30話まで、残り4話……