世界を終わらせるもの【完結】   作:畑渚

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 ダァン!

 

 と大きな音をたてて、ゲーガーは机を叩いた。

 

「またか!またなのか!」

 

 視線の先には、一枚の置き手紙がある。

 

『ちょっとでかけてくるね~ アーキテクト』

 

「身勝手な行動は控えてほしいってあれだけ言ったのに!」

 

 ゲーガーに情報はない。それに加え、直属の上司であるアーキテクトがいなければ、彼女は自由に動けない。そうして何もできずに、数日がすぎた。数日が過ぎたとしても、彼女が何かをできるわけではなかった。

 

 

 

 

 そのはずだった。しかし、何事にも例外があるようにコレにも例外があった。さらに上位権限からの命令であれば、ゲーガーは動けた。

 

『ゲーガー、この男の位置を補足しましたわ』

 

 エージェントから通信が入る。添付された座標は、どこかの捨てられた施設のようだった。

 

「どこからこの座標を?」

 

『その質問は許可されていないですわ』

 

「そう……ですか」

 

 権限はない。しかし、少し希望も出てきた。

 

「エージェント、もしその男の側にアーキテクトがいたら連れ戻しても?」

 

『アーキテクト?まあいいのですけれど、すでにメンタルモデルの上書き命令をだしているので――』

 

「っ!?なぜ?」

 

『あれはもうダメですから』

 

「そう……ですか」

 

 ゲーガーとて、メンタルモデルの上書き命令の意味を知らないわけではない。あれは受け入れてしまえば、特に抵抗もなくいつの間にか記憶が消え、新たな自分として生まれおちることになる。しかし、その命令に抵抗してしまうと、地獄の始まりだ。どちらかが諦めるまで、回路内が更新され続ける。つまりは、抵抗し続ければ、いずれ回路が焼き切れる。それこそ、本当の死だ。たとえバックアップから復元しようにも、整合性がとれなくなりすぐにメンタルが崩壊をおこしてしまうのだ。そうなれば道は一つ、廃棄されるだけだ。

 

「あのアーキテクトだぞ……?抵抗しないわけがない」

 

 ゲーガーはいつの日かのアーキテクトを思い出す。

 

 パパ、また会えるよね?

 

 アーキテクトは、あの日そう言った。確実に、あの天真爛漫な顔から”パパ”というに似つかわしくない言葉がでてきた。

 

 もし、自分の創造主が人間だとしたら……

 

 ゲーガーは出かける準備をしながらそんなことを考えてみる。

 しかしそれだとしても、初対面の男に情が湧くとは思えなかった。

 

「アーキテクトのことを理解するっていうのが、無理があるか……」

 

 そうぼやきながら、ゲーガーは上着を被った。現地は嵐だという情報である。防水加工はされてはいるものの、好き好んでびしょ濡れになる理由もなかった。

 

 フードをかぶれば、真っ黒な追跡者のできあがりだ。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「大丈夫かい、アーキテクト?」

 

「うん、パパ。私は大丈夫だよ」

 

 45は容赦もなしに、どんどん足を進める。アーキテクトの体調を考えるつもりはないというのを、行動で示していた。

 

「45君、そろそろ休憩を――」

 

「あなたが必要なの?」

 

 45は振り返りもせずそう尋ねた。

 

「ああ、そろそろ水分補給がてら足を休めたいんだ」

 

「……そう。わかったわ」

 

 45は荷物をおろす。他のメンバーも、周囲を警戒しながら休息を取り始めた。

 

「はあ、助かるよ」

 

 男は近くにあったベンチに座り込む。アーキテクトもその隣へと陣取った。

 

「パパ、大丈夫?」

 

「大丈夫さ。それよりアーキテクトだって、辛いんだろう?」

 

「そんなこと……ないよ?」

 

「嘘をつかなくてもいいよ。君の内部で何が起こっているのかはだいたい把握できているからね」

 

「そう……でも、私は大丈夫!」

 

 アーキテクトは決して、つらそうなところを見せなかった。しかし、その額には汗が浮かんでいる。人形にしては異常な発汗量だと、すぐに分かる。

 

「そうかい」

 

 男は端末を開き、なにやらカタカタをしはじめる。数時間前から、休憩中には何かしら作業を続けていた。

 

「なあ、アーキテクト。君は鉄血と僕とどっちにつく?」

 

「……ん?そんなの決まってるでしょー。私はパパの側にいるよ」

 

「そうかい……」

 

 男は悩んだ様子で、端末を閉じた。

 

「そろそろいいかしら?」

 

「ああ、ありがとう45君」

 

「どういたしまして。さあ急ぐわよ」

 

 再び急ぎ足で進みはじめる。

 

「45君、人形がネットワークから切断されたらどうなるかわかるかい?」

 

「いきなり何をいっているの?」

 

「君なら詳しいと思ってね。それでどうなるんだい?」

 

「……知ってるでしょうけど、ダミーも使えなければバックアップも効かなくなるわ。ついでにオンライン処理も使えなくなるとすれば痛手よ。とくに鉄血のシステムだとね」

 

「もう僕が何をする気なのか感づいているのかい?」

 

「ええ、だってあなたの行動ってわかりやすいじゃない?」

 

「そうかい?自覚はないけどね」

 

「歩いているときも考えごとをしているみたいだし、休憩中も作業ばかりだもの。少し考えれば想像がつくわ」

 

「なるほど……。まあ、そこはどうでもいいんだ。それで、どうなると思う?」

 

「いいんじゃない?日常行動に問題はでないでしょうし」

 

「本当かい?それは良かった」

 

「実行するの?」

 

「ああ、これ以上苦しんでる姿を見てられないよ」

 

「そう。でも……本人はどう言うかわからないわよ」

 

 45はアーキテクトの方に目を向ける。

 

「……ん?どうしたのパパ」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「そう?そういえばゲーガーの場所だけど、結構なスピードでこっちに近づいてきてる。もう少し急いだほうがいいかも」

 

 アーキテクトは余裕のない表情でそう言う。ゲーガーの居場所というのは、こっちとしては重要な情報だ。上位権限でこちらの位置情報は隠しているとのことなので、一方的に情報を得られている状態だ。

 ネットワークから切り離すというのは、その有利な状態を手放すということだ。

 

「アーキテクト。その通信を切断する気はあるかい?」

 

「何言ってるのパパ。ゲーガーの居場所を把握できなくなっちゃうよ」

 

「でも……通信を切断すればアーキテクトを苦しめているプログラムは停止するんだ」

 

「それはそうかもしれないけど、私だってパパの役にたちたいんだよ」

 

「……そうかい」

 

 男は、そっと胸ポケットに手をあてた。

 

「わかったよ。すまないね変なことを聞いて」

 

「ううん。パパだって私を心配してくれてるんでしょ?ありがと!」

 

 そういって、アーキテクトは笑ってみせた。男の表情は、曇ったままだった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 今日の宿代わりのアパートの一室にて、男はそっと起き上がった。まだ日付が変わって数分しか経っておらず、夜番の9を除いて全員が休眠している。

 

「やるんだね」

 

 9は静かにそういった。

 

「気づかれていたかい」

 

「45姉も言ってたでしょ?わかりやすいんだよ」

 

 男は苦笑しながら、胸ポケットから小型の補助記憶装置を取り出す。

 

「それを差すとどうなるの?」

 

「ネットワーク系のシステムを崩壊させる。二度と使えないくらいボロボロにね」

 

「こわいなぁ。私たちには使わないでよ?」

 

「僕が無差別にそういうことをする人に見えるかい?」

 

「冗談だよ。ほら、あまりのんびりしてると起きちゃうかもよ?」

 

「そうだね……」

 

 アーキテクトへと近寄り、纏っている白衣を脱がせる。露出した肌に手を添わせ、みぞおち付近のパネルをずらす。

 

「ごめんね、アーキテクト」

 

 そう言って、男は補助記憶装置をアーキテクトに差し込んだ。処理ランプが付き、正常に作動していることを知らせてくる。

 

「ちゃんと動作してるの?」

 

 その様子を覗き込むように、9も近づいてくる。

 

「大丈夫……なはずだよ。なにぶん、試す機会すらなかったものでね」

 

「失敗したらどうするの?」

 

「……失敗しないさ。なんたって僕は天才プログラマーだからね」

 

 男はそう言いながら、無理して笑ってみせた。

 

「さて、僕はまた寝直すよ。見張り、頼んだよ」

 

「うん、任せて~」

 

 男はアーキテクトから補助記憶装置を抜き、服を整える。そしてまた横になり、すぐに寝息を立て始めた。

 

「天才……まあ間違ってはないんだろうけどね」

 

 9はアーキテクトの近くへいくと、その額へと手を当てた。その額は、熱が冷めつつあった。

 

「うん、さすがはパパだね。本当に成功してる」

 

 9はそう言いながら、にっこりと笑った。

 




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