「……?アーキテクトはどこだ?」
「アーキテクト?知らないわよ」
「嘘はやめろ……貴様らがアーキテクトと一緒に行動していることは既に知っている」
「私が教えると思ったの?」
45がそう不敵に笑みをうかべる。ゲーガーは表情を変えずに、銃を構える。
「貴様らを倒してから探せばいいことか」
「……っ!撃って!」
45の斜め後ろの2箇所から、ちょうどゲーガーの位置で交差するように銃弾が飛び出す。
しかし、ゲーガーの周囲が青白く光り、銃弾がその境目で止まってしまう。
「45姉!危ない!」
「遅い!」
物陰から9が飛び出すが、ゲーガーの方が一足はやく45の元へとたどり着く。
「……致命傷は避けたか」
「遅いのはあなたのほうなんじゃない?」
そういってクスクスと45は笑う。しかし、その左足についた外骨格はきれいに切断されている。
「45姉大丈夫!?」
「ええ、それより作戦を思い出しなさい」
「でも想定外だよあの速さは!私が囮になるよ」
「9?いいから配置に戻っ――」
「ダメだよ!45姉は私と交代!」
9は珍しく45に詰め寄る。45はしばらく唖然として、そのあと少し考えを巡らせる。
「わかったわ。9、頼んだわ」
そういって45は走って建物の中へと走っていく。しかし、左足の動きが悪い。
「待ってくれるなんて随分と優しい鉄血もいたもんだね」
「別に誰が目の前にいようと斬るのみだ」
「あはは、私はそう簡単には斬られないよ?」
「試してみるか?」
ゲーガーの周囲が再び青白く光っていく。9は銃を近くの捨てられた車のボンネットに置いて、構える。
「……なんのつもりだ?」
「さすがの私でも、銃を持ったままだとキツイなってね」
「戯言を……行くぞ!」
ゲーガーの身体が瞬時に加速し、9の側を通り抜ける。
「……貴様、何者だ?」
「んー、まだ教える訳にはいかないかなー」
「ならば仕方ない、殺すまでだ」
「そう簡単には死なないよ!」
9は即座に目配せをし、ビル街からの銃撃でゲーガーの足を止めようとする。
「くっ、しつこいな」
一瞬、ゲーガーがちらりとビルの方へと視線を向けた。
「そうはさせないよ」
9は即座に銃を拾うと、撃ち始める。ダメージとしてはいまいちでも、ゲーガーをこの場に立ち止まらせるくらいは効果があった。
「そんなに早死したいのなら、お前から殺してやる」
ゲーガーの周囲を光りを満たす。
「9君!右に避けるんだ!」
9は言われた通りに右へと避ける。しかし、ゲーガーもそれを察知して方向を変えて足を踏み出した。
「やられる……!」
9の視界には、自分の方へととてつもない速さで突っ込んでくるゲーガーが映っていた。
「9君!諦めるんだ!」
「……そういうこと!?まったく無茶が過ぎるよ!」
9の身体を、ゲーガーの刃が通り過ぎる。あっという間にバラバラになっていく。9の容姿をした残骸が、その場に転がった。
「まずは1人か……。次はあの男にしておこう」
ゲーガーの目は、先程声が聞こえた方へと向く。そこには確かに、男の姿があった。
「隠れないとはなかなかに肝が座っているじゃないか」
「何を言っているんだい?僕はいつだって臆病な人間さ」
「ならば……避けてみることだ」
ゲーガーの周りが再び光り始める。今回は普段よりも出力を抑えていた。人間相手ならば十分と慢心した結果だった。
「……っ!」
ゲーガーは刃を地面に突き立てて減速する。しばらく地面に傷をつけたあと止まると、目の前には大きな柱があった。この柱を切り裂くのはなかなかに苦労しそうだった。
「貴様……いつの間にハッキングを?」
「君がさっき切り裂いた人形、9君っていうんだけどね?彼女ってば45君のためにハッキング用のプログラムを持っているのさ。発動条件は……直接の接触だよ」
「そのためだけに人形を犠牲にするのか貴様は」
ゲーガーは辺りを見回す。しかしどの方向を向いても、目の前に男がいる。正面にいると視界が訴えかけてくる。
「この程度で私が止まると思ったか」
目を閉じると、各種センサーを最大限に活用して男の居場所をさぐる。
「そんなわけないさ。僕だって戦術人形の知識はあるよ」
「そこだ!」
ゲーガーは地を蹴りつつも刃を光らせる。人間相手であれば、その鋭い刃をさらに強化せずとも真っ二つにできることは事実だ。
しかし、やはりそこにも男はいなかった。
「なるほど……この処理能力を見るに、そっちにも電子戦特化の個体がいるみたいだな」
「そっちにも?そう言ったのかい?」
「ああ、そうだ」
男は物陰へと身を潜め、近くに座り込んでいる45の顔色をうかがう。
「確かにこれは……なかなか手こずりそうね」
「どういうことだい?あの人形は電子戦も強いのかい?」
「いいえ、これは上位権限による機能解放でゴリ押しして来てるだけよ。おそらく配下の兵のほとんどが動けなくなってるはずよ」
「なるほど。45君、大丈夫かい?」
「ふふっ心配してくれているの?」
「当たり前だろう?ここを皆で乗り越えるんだ」
「まるで9みたいなことを言うのね」
「僕に人間の娘がいたとしても、あんな風には育たないだろうさ」
男は自分の端末を取り出すと、端子を45の方へ差し出す。
「手助けはいらないわ」
「そう言うなよ。今もギリギリなんだろう?焼け石にかける水よりかは役に立って見せるよ」
「そう……、それじゃあお願いしようかしら」
45は自分の身体に端子を差して、作業を割り振る。
「この程度でいいのかい?」
「あら?じゃああと5倍くらい増やしましょうか?」
「3倍までにしてくれるかい?」
「冗談よ。でも、もう少し頼むわ」
男は端末に向き合うと集中力を高めていく。そのタイプ音だけでも気が付かれそうだが、音声センサー系統は完全に掌握できているので心配する必要はなかった。
『ねえ45』
「416、今忙しいのだけれど」
『9が死んだことに対して何も感じないの?』
「死んだ……?何を言っているの?あの9はダミーで」
『端末を……見なさい』
「いったい何を……」
端末の画面を見た45は、しばらくパクパクと口を動かしたあとに男へと目を向ける。
「ど、どういうこと?9はダミーだから身を捨ててまで私を逃したんじゃ」
男は何も言わずに、視線をそらした。45には、それが否定しているようにしか見えなかった。
「今は生き残ることだけを考えるんだ」
「あなたさっき皆でって」
「落ち着くんだ45君!」
「これで落ち着いていられるわけが!」
「9君なら大丈夫だ!僕が保証する!だから今は作業に戻ってくれ」
45は口をグッと閉じて、端末へと目を戻す。そこには、9が404のネットワークから切断されているという警告が表示されていた。
「わかっ……たわ」
「助かるよ。それで、状況はどうだい?」
「良くないわ」
「だろうね」
短い言葉でも、男には十分に伝わった。端末に流れてくる仕事の量も増える一方だった。
「45君!これは?」
「他の人形からも侵入をうけてる……もう無理よ」
「いいや、まだだ。見ているんだろう?この通りさ。助けてくれないかい?」
「いったい何を?」
困惑する45を気にもとめず、男はしっかりと目を見て話す。
「だから何を言って……タスクが勝手に消化されてる?」
端末に目を戻せば、多少ではあるが仕事が勝手に終わっていく。その作業量は男とほぼ変わらないが、それでも十分だった。
「これならなんとか……!」
「なると思ったのか?」
入り口の方からそう聞こえる。間違えようもない。ゲーガーの声だった。
「ここまで私を苦しめたのは褒めてやろう。でも、ここで死ね」
「おっとゲーガー、私がいることを忘れてない?」
そういってゲーガーの前に飛び出したのは、アーキテクトだった。
「アーキテクト、どうして邪魔をする?」
「ゲーガー、お願いだから回れ右して帰って」
「お願い……だと?」
「そう、お願い」
ゲーガーは一度うつむき、肩を震わせる。
「お願いなど聞くものか!そんなに嫌ならば命令してみろ!」
「無理だよ~、だって私、今ネットワークから孤立してるし」
「そうだろうな。そして武器も持たないのだろう?待っていてくれ、すぐに後ろの連中を殺す。そしたら一緒に帰ろう」
「……ゲーガー?私は帰らないよ」
「いいや、無理にでも帰らせる」
「そんなことしたら舌噛みきって死ぬ!」
べーっとアーキテクトは舌を出してみせる。
「そんなことで人形は死ねない。そこをどいてくれ」
「どくもんか!」
「そうか……」
ゲーガーは武器を構える。覚悟をした面持ちだ。
「腕の一本くらいは許してくれ」
「ねえねえ上官である私に武器を向けるわけ?」
「幸い咎めるモノはなにもないからな!」
ゲーガーの踏み込みに合わせて、アーキテクトも前に出る。それは自殺行為に等しかった。
「だめだよ躊躇ったらさ」
「アーキテクト、お前……」
「ほら腕一本。これで満足?」
アーキテクトの左腕は、肘から先がすっぱりと斬られている。しかし、他はまったくもって無傷だ。躊躇いが刃にのったのだと、ゲーガーは唇を噛む。
「どうしてそっち側につくんだ!」
「だってこっちには……パパがいるから」
「パパ?どうやら本当に狂ってしまったみたいだな」
「はははっ!ゲーガーには一生わからないよ、この気持ちはね!」
「そんなもの理解する気もない。次は手加減せずに行くぞ?」
ゲーガーの周囲が光りを帯び始める。次こそは本気の一撃だった。足が地面をければ、無力化を考えない一本の矢と化すだろう。
「待つんだゲーガー君!」
その言葉にゲーガーだけでなくアーキテクトも振り向いた。
「パパ!危ないから隠れてて!」
「そうはいかないさ。それにゲーガー君だったね、もう君の負けだ」
「何を言っているんだ貴様は」
「だからこう言っているんだ。チェックメイトだってね」
男は手を高々とあげると、その指をパチンと鳴らした。
次の瞬間、ゲーガーの視界は光りぬ包まれ、耳は爆音を検知した。
次回、第30話「return0;」