脇に乗り捨てられた車が散乱するハイウェイを、男たちは駆け抜けていた。手に入れた車はしっかりと整備されていたらしく、不調をきたすことはない。心配だったガソリンも、乗り捨てられた車から回収すれば十分に足りていた。
「随分と快適な旅だね」
助手席に座って地図を広げながら、男はそうつぶやいた。今までずっと徒歩で移動だったことを考えれば、たしかにそのとおりである。現に後部座席に座る4人も、寝息をたてていた。
しかし、完全に快適な旅とも言えなかった。
「ちょっと~私はまったく休憩してないんだけど!」
運転席に座る9は口を尖らせる。まともに運転できるのは9くらいで、他は満場一致でハンドルを握らせたくないという結論が出ていた。よってここまでずっと運転してきた9には、今後もアクセルを踏み続ける未来が待っている。
「本当にすまない、9君」
男は付近の地図を開く。しばらく道を指でたどり、一つのポイントで止める。そこには、ガスのマークが印刷されていた。
「もう少ししたらガソリンスタンドがあるはずだ。そこで一旦休憩しようか」
「やった!やっと休めるよ」
9は一層笑顔を明るめながら、アクセルを思いきり踏んだ。エンジンの回転数が高まる音をBGMに、男は少しの間目を閉じて体を休めることにした。
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「45姉、おはよ!」
「う……ん?ああ、9。おはよう」
45は瞬きを繰り返して目のピントを調整する。車の外がガソリンスタンドであることを理解するのに、さほど時間はかからなかった。
「休憩?」
「うん、さすがに私も疲れたよ」
「そう。それじゃあしっかり休んで。見張りは私たちがするから安心してね」
「ありがとう45姉!」
45が荷物を纏めて車を出ると、9は助手席の椅子を倒して本格的に寝息を立て始めた。寝ている間の警戒モジュールすらも切っており、今の9はすべての機能のメンテナンスを始めている。
「45君、どうかしたのかい?」
たまたま近くにいた男に話しかけられて、45は少し動きが止まる。
「……いいえ、なんでもないわ」
45は眠る9の頬を撫で、それから右目の傷に指を添わせた。自分とは違う傷の感触をその指先に感じながら、フッと優しく笑う。
「さて、私たちは周囲の警戒をしておくわ。あなたは?」
「僕かい?僕は少し作業でもしているよ」
男は近くの箱を椅子代わりにして、端末を開く。そして例の鞄と端末とを線でつなぎ、キーボードを叩き始めた。
45はヤレヤレと首を横に振ると、ショップの方へと向かう。
中では、アーキテクトが残っていた商品を物色していた。カウンターには壊されたレジと、現金の束がある。
「あれ、45じゃん。起きたの?」
「ええ、9を休ませないといけないからね」
「なるほどね。そういや、パパはどこ?」
「あっちでプログラムをいじってるわ」
「ほんと?じゃあ私も行ってこよ!」
アーキテクトは埃を手にとった缶コーヒーの埃を振り払って、ショップの出口へと向かおうとする。しかし、外に出るには45が邪魔だった。
「……45?どいてくれない?」
「あなた、あの人の何なの?」
「言ってるでしょ?娘だって」
しばらく黙り込んでいた45はすっと体をそらして道を開けた。アーキテクトは怪訝な表情を浮かべながらも、45の前を通って外に出ていく。
その背中が見えなくなるまで眺めた後、45はショップの中を見回す。めぼしいものはないが、近辺の地図や少し残っている食料をかきあつめた。
「仲良くしていることだし、9だったら本当のことを知っているかしら……」
そう独り言をぼやきながら、端末で416とG11の場所を確認する。45は二人のために缶コーヒーを両手に持って、地図を見ながらショップの扉を開いた。
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「パパ、何してるの?」
「ああ、アーキテクトかい」
一瞬で画面を切り替えた男は、ようやくキーボードから手を離した。
「どうしたんだい?」
「これ、差し入れ」
そう言って差し出されたコーヒーを、男はありがとうと言って快く受け取る。中のガスが抜ける音が立ち、開いた缶から黒い液体を喉に流し込む。
「美味しいや。ありがとう、アーキテクト」
「パパの口に合ったようで何よりだよ」
「これはね、僕が良く飲んでた缶コーヒーだよ。しばらく飲めてなかったから懐かしいや」
男は飲み干した缶のパッケージを見る。有名なメーカーの、定番の微糖のコーヒー。常に彼の研究室にストックしてあったものだ。
「そういえばプログラムをいじってたんでしょう?私にも見せて?」
「君、プログラムができるのかい?」
「うん、少しだけね。これでも鉄血の新施設の立ち上げなんかもやってたんだよ!」
アーキテクトはそう言いながら、これまで作ったプログラムに関わることをいくつかあげていく。その中には、鉄血側にとって最重要機密であるものも当然含まれていた。
「アーキテクト、君が抜けたことで鉄血は随分と痛手だろうね」
「そうかも」
男の言葉に返ってきたのは、気の抜けた返事だった。
「でも今更戻る気もないかな。もともとはとりあえずで歩調をあわせてたに過ぎないし」
「そうかい。ならいいんだ」
男は端末を操作して画面を戻す。
「それで、プログラムを見たいんだったかな?」
「うん!」
画面を覗き込んだアーキテクトは、驚いたり感心したりとコロコロと表情を変える。
「へえ、ここで書き換えて、ここでフラグを。それでこうして……ああ、こうやって処理したんだ」
「本当に分かるんだね」
「あれ、疑ってたの?」
「そりゃ、自分でも難しいと感じるプログラムを書いているからね。すぐに理解されてしまうようではまだまだかな」
「そんなことないよ」
乾いた笑いを浮かべる男に、アーキテクトは詰めよる。
「パパのプログラムはホントにすごいよ!私じゃなかったら誰もわからないんじゃないかな」
「そ、そうかい?そこまで言ってもらえるのは嬉しいよ」
「お世辞でも何でもないからね!」
念を押すかのようにアーキテクトは男の瞳を見つめる。
「でもさ……ここは別の書き方をしたほうがいいよ思うよ」
その一言で、男の表情が変わる。研究所ではよく見られた、集中したときの真面目な顔だ。
「アーキテクト、他にもあるんだろう?」
「えっ?まあそうだけど」
「……全部教えてくれるかい?」
彼にも研究者としてのプライドはある。しかしそれ以上に、このアーキテクトがどのようなプログラムを書くのかが気になっていた。
端末を渡されたアーキテクトは、慣れた手付きでプログラムを書き換えていく。それはより高速で、効率の良いものへと進化していく。
男は食い入るように画面を見つめていた。
「驚いた。ここまで気づかないものなんだね」
男はアーキテクトの肩に手を置いて手を止めさせる。
「ここはこうしたほうがいいんじゃないかい?」
「ああ、そうか。パパもなかなかやるね」
鼻歌まじりにアーキテクトはプログラムを書き換えていく。完成度が男一人のときとは段違いなスピードで上がっていく。
アーキテクトが書き直し、男がそれを訂正し、さらにアーキテクトが追加していく。男では解決できず後回しになっていた部分でも、アーキテクトの一声で作業が進んでいく。
そしてついには、世界を終わらせるプログラムは完成してしまった。
ボタンひとつで世界が終わるとしたら
あなたは押せますか?