辺りはすっかりと暗くなり、男らはある一軒家を今晩の宿にすることに決めた。周囲の安全を確認したあと、もうすっかりと慣れた手付きで分担された作業をこなしていく。
「ねえ、416」
「なによ、9」
しかし慣れているとはいえ、彼女らは珍しい組み合わせだった。基本的にどちらか一方が見張りに立つことが多く、2人だけでの行動というのは珍しかった。
「彼のことどう思う?」
「どう思うって……あんたどうしたのよ」
「ううん、ただちょっと気になっててさ」
「まあいいわ……」
416は焚き木を拾いながら、ぶつぶつと言葉を漏らす。
「特に何も思ってないわよ」
「ほんとに?」
「今日はいつにもましてしつこいわね」
416はやれやれと首を横に振った。しかし、9の目はしっかりとその真意を見極めようとしていた。
「まあどちらかというと好意と捉えてもらっていいわ」
「へえ、好きなんだ」
416は9の浮かべた笑顔をみてほっと一息をついた。どうやら正解を引けたようだった。
「言っておくけどその恋愛とかそういう」
「うん、わかってるよ」
「そう……そういうあんたはどうなのよ」
「私……?」
9は少し驚いたように目を見開いたあと、いつも以上に顔を笑顔で埋めつくす。
「もちろん大好きだよ!彼も、404も、そしてアーキテクトも!」
「アーキテクトも?」
416は少し怪訝そうな表情を浮かべる。アーキテクトは鉄血の人形。いわば自分たちの敵であった。鉄血に対して『好き』と言えるわけがなかった。特に416は。
「アーキテクトはこっち側だよ?」
「あいつも鉄血よ?」
「うーん、416はもうすこし考え方を変えた方がいいよ?」
「どういう意味よ」
「鉄血は敵かもしれない。でも私達は人類側の組織じゃなくて、404小隊。鉄血と敵対するだけが道じゃないんだよ」
「理解できないわね」
416はそう吐き捨てて、薪をロープで縛った。
「いずれ416にもわかるときが来るよ」
「来ないことを願うばかりね」
すこしむすっとしている9を傍目に、416は荷物を背負う。
「もう十分でしょう?帰りましょう?」
「帰る……うん!そうだね」
「何よ」
「ううん。ただ『家族の元に帰る』ってのがいいなって思っただけ!」
「あんた本当に変わってるわ」
「きっと製作者たちがひねくれてたんでしょ」
「いずれ顔をおがんでみたいわ」
「たぶん驚くと思うよ?」
「そうね、そうかもしれないわね」
「もう……真面目に聞いてよね!」
「はいはいごめんなさい、ほら、行くわよ」
「あっちょっと待ってよ416~!」
先にすたすたと帰っていく416を、9は慌てて追いかけた。
=*=*=*=*=
パチパチと暖炉が音を奏でる。男はその前のソファーでくつろぎながら、小箱を取り出した。
「ん?それは何?」
うしろから、アーキテクトが体重をかけてくる。男は小箱をそっとポケットにしまった。
「大事な物さ」
「へぇ~。見せて?」
「見たいのかい?」
「うん、みたいな」
「……、まあいいかな」
男は再びポケットから小箱を取り出す。手のひらに収まるサイズのそれを、アーキテクトは両手で受け取った。
「開けてもいい?」
「君の好きにしていいよ」
アーキテクトはおそるおそるそれを開けた。しかし、中は空だった。それは指輪ケースのようだが、肝心の指輪は入っていなかった。
「これ何もはいってないのに大事なの?」
「中身も大事だったんだけど僕はなくしてしまったからね」
「へ~」
アーキテクトはくるくると小箱を弄んだあと、男に返す。
「私にはわからないや」
「そうかい?」
「うん。それに……」
「どうしたんだい?」
「……ううん、なんでもない」
アーキテクトはグッと何かをこらえたようだった。男は、自分の左手の指輪を撫でる。
「二人とも、もうすぐ準備ができるわ」
片目を瞑った45が、部屋の扉をノックする。
「ああ、何か手伝うことはあるかい?」
「416に聞いて。私は少し出てくるわ」
「一人でかい?」
「ええ。大丈夫、少し通信するだけだから」
「そうかい。それじゃあ先に食卓の準備をしておくよ」
「任せたわ。おそらく……こうやって落ち着いて夕食をとれるのは今日が最後だから……」
「やはり森を抜けるルートになりそうなんだね」
「回り道するには遠すぎるわ。それに鉄血の基地もある。人間を連れていることを考えれば、より遠い道も候補にいれるべきなのでしょうけど」
「森が一番適切だって判断したんだろう?僕は君の指示に従うまでだよ」
「少し、というよりかなりつらくなると思うわ。ここまで車でこれたから余計に」
「覚悟くらいはしておくよ」
「そうね。それじゃあ行ってくるわ」
「いってらっしゃい」
45を見送った男は、ソファから立ち上がる。
「さて、アーキテクト。準備を手伝いにいこうか」
「あっそういえばさっきの小箱貸してくれる?」
「ん?ああもちろん」
男はアーキテクトに小箱を投げ渡した。
「ん、ありがと」
「どういたしまして?それじゃあ僕は先に行ってるね」
「うん、すぐに私も行くから」
男は何も疑わずに、部屋から出ていく。アーキテクトは男が見えなくなるまでその小箱を胸に抱えていた。
「えいっ」
そう小さい声とともに、アーキテクトはその小箱を暖炉へと投げ込んだ。パチパチと音をたてて燃える炎が、あっというまに小箱を包み込む。
「中身のない小箱なんて意味がない……必要がないんだよ」
アーキテクトは胸の前で左手を握り込む。まるで、そこにない何かを握り込むように。
=*=*=*=*=
「今日は随分と豪華だね」
「忘れてるようだけど今夜はクリスマスよ」
「そういえばそんな行事もあったね」
「あんたって本当にそこらへんがてきとうよね」
416の作った食事を男が食卓へと運ぶ。料理の皿は、男が数往復しなければいけないほどに多かった。
「それにしてもおおすぎないかい?」
「今後はおそらく険しい道程になるわ。荷物を軽くする意味も兼ねてよ」
「最期の晩餐には悪くない日だね」
「へんな例えをしないで」
416は料理の手を止めずにそういう。
「そうだよ。そのために私達がいるんでしょ!」
「9君」
「わぁ、おいしそう!」
「あっコラっ!外から帰ってきたなら先に手を洗いなさい!」
「416君はすっかりお母さんだね……」
「お母さんじゃないわ!あっG11!つまみ食いはやめなさい!」
「え~、ケチ~」
「それよりほら、手伝って……って寝るな!あっ9!G11を叩き起こして!」
「やっぱりお母さんだね……」
男が苦笑いをしながら椅子に座ると、そのすぐとなりにアーキテクトが座る。
「ん?もういいのかい?」
「うん。それよりすっごく豪華だね今日は」
「クリスマス・イブだからね」
「ああ、そうか。クリスマスか……」
「どうかしたのかい?」
「ううん、べつに。それよりほら、早く食べようよ。416ママー、まだー?」
「あんた元は敵でしょ!あんたにママって言われる筋合いはないわ!」
「まあまあどうどう。ほらせっかくの料理が冷めちゃうよ~」
9が416をながめつつ椅子に座らせる。
「そういえば45は?」
「45君ならそろそろ――」
男が言いかけると、ちょうど扉が開いた。上着を脱いだ45が、椅子に座る。
「おまたせ。それじゃあ食べましょうか」
45のその一声で、男たちの最後の豪華な夕食が始まった。