「ねえ9……」
珍しくその顔を露骨に歪めながら、45がつぶやくように声をかける。
「ん? どうしたの45姉!」
「も、もう少し安全に走れない?」
車は峠道へと突入しており、狭い視界と幾度もの急カーブが45姉の三半規管モジュールを苦しめていた。
「いまからが楽しいんだよ?」
「ああ加速はやめっひぃ」
45の制止も聞かず、9はアクセルを踏み込んだ。急激なストップ・アンド・ゴーでシートベルトが軋む。
45が目を回しそうになっているというのに、416もG11も寝息をたてていた。それも仲良く肩を貸し合いながら。
そして男とアーキテクトは、この状況を楽しんでいた。
「9君は本当に運転がうまいね」
「えへへ、それほどでも~」
「はやいはや~い! でももっと行けるでしょ?」
「えっいいの?」
9の言葉にアーキテクトがNOと答えるはずもなく、9はさらに際どいコースを攻め始めたのだった。
45は、416の膝を借りて横になって耐えた。
=*=*=*=*=
「さすがにここまでみたいだね」
車は、寂れた駐車場に停まっていた。進行方向は生い茂った森があるのみで、車は入れそうになかった。
「ここからは歩きになるわ。荷物は最低限にしなさい」
未だ本調子じゃないのか、頭を抑えながら45がそう指示をだした。
「45姉! 大丈夫?」
「ええ、だれかさんの運転のおかげでね」
「あはは、ごめんごめん。久々に楽しい道だったから」
「これからは定期的にガス抜きさせないといけないってはっきりわかったわ」
「やった! 約束だからね!?」
はしゃぐ9を見て、45は呆れたようにため息をついた。
「まあいいわ。それじゃあ楽しんだ分、仕事をしてもらいましょうか。9は先行して偵察警戒ね」
「もしかして45姉怒ってる?」
「怒ってないわよ? ああそれと9はこの荷物担当ね」
「あっ意外と少ない」
「待ちなさいよ45」
分担された荷物の量を見てほっとする9に、416が割り込む。
「斥候に荷物もたせるわけ?」
「私の指示に意見でも?」
「そうだよ416、私が運転で遊んだのが原因なんだし」
「……はぁもう、わかったわよ! 9の分まで私が持つわ」
諦めたように416がそうつぶやく。45と9は顔をあわせないまま、ぱちんとハイタッチした。
「計画どおりね」
「まったく416はちょろいなぁ」
「416君……」
男から憐れむような目線を向けられて、416は手を差し伸べた。
「……? その手はなんだい?」
「どうせなんだからあんたの分の荷物も持つわ」
「いや、遠慮しておくよ。それより……」
「なによ」
男が416の後ろを覗き込む。
「そうだった……うちでいちばん大きい荷物があるんだった」
416は頭を抑えながら、いまだ車の中で寝息をたてるG11を叩き起こしに向かっていった。
=*=*=*=*=
足元に気をつけつつ森の中を進むと、突然先を行っていた45が手を挙げる。それが停止のハンドサインであることを、この長旅で男は理解していた。
45は通信機を手に取り、何やら連絡を取っている。男は姿勢を低くしたまま、45の方へと近づく。
「45君、なにがあったんだい?」
「9から連絡。鉄血の部隊を見つけたって」
45は通信機から耳を離して、男にそう応えた。
「9、敵はどのくらい?」
『ざっと3部隊分くらいかな? さすがに奇襲しても勝てなさそう』
「3部隊分ね……」
45は部隊の細かい位置を9に聞きながら、地図へと書き込んでいく。
「どうするんだい?」
「ルート変更は……無理ね」
男たちが進みたい方向に横切るように、部隊が移動していた。
「もう少し広い地図は出せるかい?」
「ええ」
45がより広域な地図に切り替えると、男は顎に手をあてて考え始める。
「鉄血の基地の間だったね、たしか場所は」
地図に場所を書き込むと、ちょうどほぼ直線で2つの基地を結ぶことができた。
「基地間の移動中ってわけね。でもどうしてこの規模を徒歩で」
「車両だと補足される恐れもある。なにかの作戦中の可能性もある」
「可能性は否定できないわね……」
45は肩にかけていた荷物を下ろす。後続の416も同様に荷物を地面において倒木に腰掛けた。G11はボストンバッグをだきまくらがわりにしてすでに寝息をたてていた。
「9君はどうするんだい?」
「近くで部隊を監視してもらっているわ」
「通信機、かしてもらえるかい?」
「ええ」
45から通信機をうけとり、男は咳払いをする。
「9君、君からみて北東の方角、ちょうど北東のほうになにか見えるかい?」
『ええっと、祠? みたいなものがあるよ』
「よし、地図は間違ってないみたいだね」
男は地図に、敵を示すマーク以外の色で線を引き始める。
「なに? 魔法陣でも描く気?」
「まさか! 45君、僕は魔術師じゃないよ」
「知ってるわ。それで、何をする気なのかしら」
「簡単な話さ」
男は、かばんを上げる。
「ねえそれ使う気?」
「試してみたいじゃないか」
「だってそれ全部を止めるんでしょう?」
「そこらへんの調整はバッチリさ。変更コードは僕しか知らないけれどね」
「へぇ」
気の抜けたような返事だったが、45の目は好奇心に満ちていた。
「止めてくれよ45君。僕じゃ君には勝てないよ」
「あらやだ。私がそんな野蛮に見える?」
「プログラムに触らないでって意味なんだが」
「どちらにせよあなたの私物に勝手にさわるような真似はもうしないわよ」
「……、もう?」
「だってしっかり監視してる犬がいるじゃない」
そういう45の視線の先には、G11の頬をつついて遊ぶアーキテクトがいる。
「君はアーキテクトを何だと思っているんだい……」
「さあ? 突然部隊に割り込んできた泥棒猫かしら」
「猫? 猫って私のこと?」
自分のことを話していると気づいたのか、アーキテクトが男と45の方へと寄ってくる。
「まあ確かに、アーキテクトは動物で例えるなら猫だね」
男は顎を撫でながらそう言った。45もそうねと言わんばかりにうなずいた。
「それじゃあ9は?」
いたずらな笑みを浮かべながら45は男にそう尋ねる。男はしばらく悩むように顎に手を当てて固まった。
「犬……のようで猫みたいなんだ、9君は。というよりも、404のメンバーは皆、結局は猫が一番近い気がするね」
「私も?」
首をかしげる45を、男は分析するようにじっくりと見つめる。
「45君は……猫のようなうさぎだね」
その言葉に、45は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべた。しかし、すぐさまいつものような怪しい笑顔へと戻る。
「私寂しいと死んじゃうのね」
「死にはしないだろうけど……、あくまで僕の印象であって本当にそうかは別問題だよ」
男は苦笑いしながら、大事にもつかばんを開いた。
「ちょっと、何をする気?」
「どうせ暇になるんだろう?」
「ええ、部隊が通り過ぎるまでは待機だけれど」
不思議そうにハテナマークを浮かべる45に、男は口角を上げる。
「どうせなら、これを試してみたいと思わないかい?」
言葉を理解するまでの数秒の間、45は固まって微動だにしなかった。
「待ちなさい、それをつかったら私達にまで被害が」
「落ち着きなよ45君。僕がそこらへんを考えていないように見えるかい?」
「どうする気?」
「これだよ」
男は小型の外部記憶装置をポケットから取り出した。
「この中にはプログラムの適用範囲を制限するコードがはいっている。一応セキュリティはかけているけれど、45君のような特化型の人形だとただの脆い壁程度だろうね」
「それで、わざわざ私にそれを見せる理由は?」
「これを君に託そう」
「どういうつもり?」
受け取る気がないのか45がはそれから距離をとる。しかし、男は装置を差し出したままだ。
「君ならこれを悪用したりしないだろう?」
「どうして? どうしてあなたが持ってちゃだめなの?」
「単純なリスク分散さ。僕が持ってるよりもいいだろう?」
45はしぶしぶといった面持ちで、受け取ることにした。
「頼むよ」
「随分と念を押すわね」
「使ってみればわかるさ。45君がそういう人形じゃないと信頼してはいるが、一応はね」
45は疑問符を浮かべながらも、装置を大事にポケットへとしまった。
「それで、どうやって試すつもり?」
「さっき9君に祠の場所を聞いただろう? そこをうまく使うんだ」
男は地図を地面に置き、作戦の内容を45に説明し始めた。