森をかき分けて、416は目的のポイントまで向かう。身につけているのは最低限の装備と、それから改造された通信機だった。
『こっちは設置完了よ』
『私も終わったよ!』
『私も終わり。寝ててもいい?』
通信機から声が聞こえる。
『よし、それじゃあ45君と9君はポイントBで待機、G11君はその場で狙撃準備を』
男の言葉に、三者三様の返事を返す。
『416君、大丈夫かい?』
「ええ、順調とはいかないけれどね」
進路上の邪魔な鉄血を排除しつつ、先へと進む。すでに人形の独特な体液を被っており、不快そうに手で払う。
「もう少しで——」
そう呟いた瞬間、銃弾が416の頭をかすめ帽子を吹き飛ばす。
『416君!』
「ああもう!」
いそいで木を盾にするが、だんだんと集まっていく銃弾が木をえぐり始める。
『プログラムを起動するわ』
『45君!?』
『45姉!それじゃあ416が巻き込まれちゃう!』
『仕方ないわ』
416は目元に熱がこもるのを感じながらも、自らの相棒HK416を抱きかかえる。
「そうね、これは仕方ないことよ。なに、死ぬわけじゃないんでしょう」
『416君……』
「ほら!早く起動させて!」
416は叫びながら榴弾を装填する。
『45姉!』
『45君!』
二人の声を聞きながら、416は穴だらけの木の影から飛び出した。
「最後の一矢くらい!」
416は榴弾を発射しようと——
——したが、引き金に指がかかることはなかった。
「えっ……」
敵から銃弾は飛んできていない。しかし、416はそんなことを気にする余裕すらなかった。
「敵を、倒さないと、でもどうやって」
銃をとりあえず握る彼女は、その危険物を地面にそっと置く。
「なんで……、どうして」
彼女は地面に座り込んでしまう。そして、頭を抱えてブツブツとつぶやきはじめた。
「いままでみたいに鉄血を吹き飛ばしたいのに、なのに、なにもわからない。どうしていいのか何も……」
こころにぽっかりと穴があいたような気分だった。なにか自分を構成する要素が、ぽっかりとなくなってしまったかのような喪失感が、彼女に襲いかかっていた。
「たたかえない戦術人形なんて……」
うずくまってしまった彼女の周りでは、さらにひどいことがおきていた。
低位の鉄血たちは、まるで案山子である。そしてそれらを束ねる高位の鉄血は、状況に困り集まりはじめている。
突如、空気を切り裂いて案山子に銃弾が打ち込まれる。それを皮切りに、4方向からの銃弾が、何もできない鉄血を蹂躙しはじめる。
「416ちゃん、元気~?」
「……、アーキテクト?」
小銃を片手間に撃ちながら、アーキテクトは416の近くへと寄る。
「助けに来たよ。ほら、大丈夫」
「わ、わたし……」
「……416ちゃん?ちゃんと——」
416の中の違和感が、ようやく解消される。
「——銃を置くならセーフティかけないと危ないよ?」
「セーフティって……?」
「えっそれ本気?」
「何が……?」
「……、パパ!早く来て!416ちゃんがおかしいんだけど!」
「ああ!今行く!」
近くの茂みから、荷物をたくさん抱えた男が飛び出してくる。そして416の近くへ座り込むと、端末を乱暴に開く。
「416君!すぐに戻すからもうしばらく待ってくれ!」
「416……ああ416。HK416が……私の……」
416の目は虚ろで、男の言葉にしっかりと反応することすらままならなかった。
「すまない!」
男が目配せをすると、アーキテクトが416を地面に押さえつけた。
「何を!するのよ!離して!離してよ!」
まるで何もわからぬ一般人のように416が喚き立てる。そして抵抗をするかのように無意味に手足をバタバタとさせる。
「本当に、すまない」
男が416の首元へと触れ、端子にコードを接続する。416は自分の意識レベルが落ちていくのを感じながらも、わけのわからぬ恐怖におびえていた。
=*=*=*=*=
「この銃か」
「おまえは負けるな」
「おまえならできるはずだ」
周りの人間が、一人の少女を囲みながらそう言う。少女はわけもわからず、その言葉を受け取ってしまう。
「この程度か」
「つまらん」
「本気をだせ」
周りの人のカタチをした何かが、一人の少女に言葉を投げかける。少女は耳をふさごうとするも、手はすべての音を遮断してくれない。
「どうしてこんなこともまともにできないの」
「しょせんは偽物」
「スペック不足ね」
周りの少女が、一人の女性に言葉をぶつける。女性は、そのクスクスとした笑い声を上げる少女を——
手に持つナイフで突き刺した。動きは止まらない。ナイフから手を離すと流れるように太ももから拳銃を抜く。二人、三人と殺していけば、いずれ弾が切れる。最後の一発を死亡確認につかうと、いつのまにか持っていたHK416を構える。素早くツータップ。発射された殺意は、綺麗に頭部と心臓を穿つ。
「私は……完璧よ」
上から自らの名前を呼ぶ声が聞こえる。だんだんと光が近づいてくる。それが自らの意識レベルを可視化させたものだと気づくのは、そう難しいことでもなかった。
=*=*=*=*=
「416君、大丈夫かい?」
男の声に、416は無言で起き上がる。
「寝ている間に何かをしたの?」
「いいや、ただプログラムで破壊されたシステムを修復していただけだよ」
「おかしい……」
416は、先程まで自分の見ていた幻影を思い出す。
「変なものを見ていたの。まるで仮想空間のトレーニングのような」
「詳しく聞かせてくれるかい?」
「……、後でログでもなんでも見ればいいでしょう?」
「それがだね」
416は端末の画面を見せられる。
「君の視覚情報には何のログも残っていないよ」
「どういうこと?確かに私は」
「もっと深い、僕では立ち入れないほど深いところでの出来事なんだろうね。人間の夢のような、しかし根本的に違うなにかだ」
「まあその解明に私は興味ないわ」
416は起き上がると、手慣れた様子で装備をととのえる。そしてHK416を手に取ると、縫うように繊細な手付きで動作確認を行う。
「調子は大丈夫そうだね」
「ええ、万全よ」
男には、そういって荷物を持ちあげる416が、いままでとはどこか違うように見えた気がした。
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「しかし、本当にすごい威力ね……」
45はあたりに転がる鉄血人形を銃で突きながら、近くで同じく死亡確認している9に話しかける。
「ほんと、すごいよね。プログラムひとつで案山子になるんだもの」
「どうやら鉄血の特性らしくて、他のメーカーの人形だとそうはいかないみたいだけどね」
「45姉はどうする?」
「なに?」
「もし私や45姉が戦う力を失ったらどうなるのかなって」
「そうね……」
45は空を仰ぐ。随分と無駄に晴れ渡った空だった。
「そのときは……、私は耐えきれずに自壊するかもしれないわ」
「そんな!」
「冗談よ。404があるかぎりね」
「でも戦えないんだよ?」
「そうね、そのときはパン屋さんにでもなろうかしら。きっと9なら良い看板娘になるでしょうし」
「パン屋さん!あはは、45姉ってばかわいい!」
「なによ……べつにいいでしょう?」
「そうだけどさ!45姉は電子系に強いんだしハッカーでもするのかなって」
「戦えなくなるなら裏事業からも手を引くわよ」
「まあ、そんな日はこないだろうけどね」
45は9の方へと振り向く。
そこには、真意の読めない笑顔の9ではなく、緊張していない、どこか確信を持っている顔をした9がいた。