「大丈夫?」
「ああ、もう少しだろう?」
額に流れる汗を拭きつつ、男はかばんを持つ手を右から左へと移す。
少し先を歩くアーキテクトは、男に手を差し出す。
「ん?どうしたんだいアーキテクト」
「荷物、持たせてよ」
「それは君でもだめだ」
男は首を横に振った。それははっきりとした拒絶である。
「どうして?」
「これは僕が持つべき荷物だからだよ。それよりほら、先行してる416君が暇そうだ。少し急ごう」
会話しながらも息を整えてから、男は再び歩き始める。アーキテクトは、すこしムスッとしながらも男の隣を歩く。
「どうしてそこまで頑固なの?」
「頑固……なのかもしれないね。でもこの荷物は、僕が持たなきゃいけない。他人に盗られることも、そして託すこともしちゃいけないんだよ」
「よくわかんないなぁ」
「わかってもらうつもりはないよ」
男はおもむろに端末を取り出すと、地図を表示する。
「でもこの旅ももう終わり。ようやくこの重荷を手放せるときが来るんだ。だからそこまでのラストスパートみたいなものだよ」
男は片方の手で草木をかき分けながら進む。
しかし、落ち葉で隠れていた天然の落とし穴に、無防備に足を突っ込んでしまう。
「うおっ!」
「まったくもう」
アーキテクトは男の空いた手を握って支える。
「ありがとう。おかげで転ばずに済んだよ」
「ただでさえ片手がふさがってるんだから足元には気をつけてよね」
「でもまた転びかけてもアーキテクトが支えてくれるんだろう?」
「私だってずっとパパのこと見ていられるわけじゃないんだよ?」
アーキテクトは呆れたように首を横に振りながら、男を思いっきり引っ張った。
「ほら、みんな待ってるよ」
「ああ、いそがないとまたG11君がすね始めてしまうね」
二人で笑いながら、皆が待つ方へと向かっていった。
=*=*=*=*=
バラバラとローターの回る音がする。目の前に降り立ったヘリコプターに、皆が乗り込んでいく。
「パパ?」
乗り込んだアーキテクトが不思議そうに首をかしげながら男に手を差し伸べる。
「ああ、いこうか」
男は姿勢を低くしながら、手を借りてヘリコプターに乗り込んだ。
無言なパイロットは男が乗り込んだのを確認すると、何も言わずにローターの回転速度をあげる。
「パパ、眠いの?」
「いや、そんなことは……」
男は言いよどむ。意識した瞬間に眠気がグッと襲いかかってきたからだ。
「眠いなら寝てたら?」
「そういうわけにもいかないだろう」
「大丈夫。もし何かがあっても私がパパを守るから」
「そうかい……?それじゃあお言葉に甘えることにするよ」
男は背もたれによりかかり、目を閉じる。長旅による疲れは、簡単に彼を眠りの中へと導いた。
=*=*=*=*=
「ねえパパ、起きて。もうすぐ着くよ」
男がアーキテクトに起こされたのは、目的地が見えてきたあたりだった。
「快適な空の旅も終わりか~」
「こら9、まだ任務は終わってないわ」
「でも45姉、基地についたら解散でしょう?」
「ええ、まあそうね。予定では」
「あっ見てみて」
9が指差す方向には、大きな軍事基地が見える。何層もの防壁と対空砲を超え、ヘリコプターは飛行場へと降り立つ。
全員が降りると、車が2台近づいてくる。
「お待ちしていました」
車から降りてきた兵士は男に握手を求める。男はかばんを持ち直して手を差し伸べた。
「長旅でお疲れでしょうが、将軍が会いたがっています」
「わかった。それじゃあ皆」
男は振り返ると、404の皆は別の車を強奪するように乗り込んでいるところだった。
「お礼はまだいいわ」
「じゃあ後日に菓子折りでも送っておいたほうがいいかい?」
「甘いものは好きよ」
「それはいいことを聞いた」
それだけいうと、404は去っていってしまった。
「ところでそちらの方は?」
「ん?アタシ?」
アーキテクトはキョロキョロとあたりを見回したあと、自分を指差す。
「彼女は……ツレだよ。プログラムの調整に必要なんだ」
「そうですか、わかりました。それでは部屋にご案内します」
軍用車に乗ったことはなかったが、以外にも快適だった。なにより、ここまでの旅での疲れが響いていて、再び眠りの世界に落ちかけたくらいだった。
「ねえパパ」
「なんだい」
「もうすぐこの旅も終わりだね」
「ああ、そうだね」
「終わったらパパはどうするの?」
「どうする?というと」
男の問いに、アーキテクトはしばらく悩む。
「どこか行くあてはあるの?」
「あるといえば嘘になるね」
「それならさ!保護区のはずれに家でも買って住むのはどう?」
「それはいい提案だね。ここは人が多すぎる」
先程から、しきりなしに兵士たちが行き交っている。まるで戦争の前準備でもしているかのようだった。
「到着します」
車が止まると、ビルの一室へと案内される。そこには、壁にならぶ多くの武装した兵士と、仰々しいコートを来た男性が立っていた。ボディチェックをうけ、武器を預けると男性が話しかけてくる。
「やあ、私はカーターというものだ。よろしく」
差し出された手を、男は警戒を解いて握り返した。
「やれ」
笑顔を見せていた男性は、急に冷酷な表情でそうつぶやいた。壁際の兵士が一気に構える。
「ねえ、これどういうこと?」
手を上げて降伏の意思を示しているアーキテクトは、首をかしげて男性を見る。
「どうもこうも、こういうことだよ」
男性は男のもう片方の手、かばんへと手をかける。
「待て。何をするつもりだ」
「プログラムを完成させ、そしてここに届ける。君の役目はそこまでだよ」
「……、妻に合わせてくれ」
「連れて行け」
かばんを手放した男は、二人の兵士に挟まれて通路へと出ていく。アーキテクトも、兵士たちを威嚇しながら男の後へと続く。
「すまない、カーターとかいったかな」
「なにかね」
「そのプログラムには触れないでくれ。もしなにが起こっても僕は責任はとれないからね」
男は吐き捨てるようにそういうと、再び兵士に促されて部屋を出ていった。
=*=*=*=*=
「そこの角を曲がった先だ」
兵士の言うとおりに進めば、病室のような部屋が見える。
「私もここまでにしておくね」
アーキテクトは、部屋に入る手前で足を止める。男は、それを気にもせずにその部屋の扉を開いた。
ひんやりとした室内で、カプセル状の機械の中で女性が横たわっている。男は無意識に左手の指輪をさすっていた。
「ようやく……ようやく来れたよ」
男は側にある端末を操作する。プシューとガスの抜ける音と共に、カプセルが開いていく。
男は、女性の左手を手に取る。
手は、外気に耐えきれずにボロボロと崩れ落ちた。
「おやすみ」
左手から、どんどんと身体が崩れていく。男は女性が跡形もなくなる様を最後まで見届けた後、踵を返した。
「ん、君は?」
「あら、気配は消していたのだけれど」
部屋の入り口に、不自然に目を瞑った女性が立っていた。あきらかに、ただものではないと男はポケットに手が伸びる。
「そんなに警戒しなくてもいいわ。ほら、会ったでしょう?この素体ではなかったけど」
「なるほど、君か」
「ずっとコソコソうごいてたから何かと思ってたら、こういうことだったのね」
「ここにいるということは君は味方なのかい?」
「味方かどうかは別として……、あなたに危害を加えるつもりはないわ」
「それならいいんだが。僕になにか用かい?」
「顔を拝みに来ただけよ」
女性は近づいて、それからポケットになにかをいれてくる。
「これは必要ないと思うんだけど、一応ね」
「どこでこれを」
「じゃあ私は行くから。ああ、監視カメラは止めてあげるから安心して」
「それはつまり、僕のことを監視しとくということかい?」
「ええ、だって面白いもの」
そう答えると、音もなく女性は去っていった。
「まさかね」
ポケットの中から物を取り出す。それは、ボディチェックで取り上げられたはずの拳銃だった。
「弾は……全部入ってるのか。よかった」
再びポケットにしまい、部屋を出る。そして別のポケットから、端末を取り出す。電話アプリを開き、連絡先に登録してある番号を呼び出す。
3回のコール音。そのあとに、どこか遠くで爆発音が鳴り響いた。
「だからかばんにさわるなと言ったのに……」
「あっパパ!おかえり!」
駆け寄ってきたアーキテクトの後ろでは、血相を変えた兵士たちが男に驚愕の形相を向けていた。
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