世界を終わらせるもの【完結】   作:畑渚

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大陸版のネタバレが含まれています。大丈夫な方だけ下にお進みください。




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 いくつものコードが絡まるようにして繋がれた機械。私が最初に自分を認識したのは、その大きな箱の中だった。始めは1と0でしか世界を認識できず、どこからどこまでが自分で、どこからが自分でないのかなど見分けもつかなかった。しかし、この人格というものが生まれたらしい日は、なぜかはっきりと理解していた。

 

「見て、成功したみたい」

 

「みたいだね。僕らの努力の結晶だ」

 

 私を開発した二人は、それはとても仲の良い男女だった。監視カメラで覗いてみれば、二人共とも薬指におそろいの指輪をしていた。つまりはそういう関係なのだろうと理解するのに、それほど時間はかからなかった。

 

『夫婦』

 

 雑多な情報が詰め込まれたデータベースからは、二人の関係を示す言葉としてそれが出力された。夫婦である二人は、いつも画面を覗き込んでは私にいろいろなことを教えてくれた。

 

「あなたは私の娘よ」

 

 いつの日か、女のほうが私を娘と呼んだ。

 

「そうだね。僕たちの娘だ」

 

 男のほうも、私を娘と呼ぶようになった。

 男がパパで、女はママで、そして私は娘——

 

『家族』

 

——そういう関係を表す言葉らしい。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「ねえ、私たちの子供の名前を考えましょうよ」

 

 ある日、ママは突然そういった。そう言えば私はまだ名前を与えられていなかった。

 

「それはきっと彼女の持ち主が決めてくれるさ」

 

「でも、私たちだけの秘密の名前があったら面白いと思わない?」

 

 ママに対して、パパはそこまで気が乗らないようだった。きっとパパは優しすぎたのだ。名前をつけるほどに情を入れたくないのだろう。いずれは出荷される運命の私だ。

 

『いままで通り接してくれるなら名前なんていらないよ』

 

「もう、子供はそんな気を使わなくていいの!」

 

 テキストで私がそう答えると、頬を膨らませながらママがそういった。コロコロと表情が変わるから、見ていて楽しい。いつかきっと、私が人形などになったとき、ママのように豊かな表情を浮かべられるのだろうか。

 

 

 

 

 そんなことを考えていたときだった。突然、轟音で揺れる。カメラがガクガクと動き、いくつかは接続が切れた。

 

「ちょっと!なによ!」

 

「襲撃だ!」

 

 困惑するママに比べて、パパの判断は早かった。すぐにママの手を引いて、音から逃げるように研究所を走った。

 

 私だってただ指を咥えて見ていたわけではない。咥える指もないけど。

 

 防火扉を使って、パパを安全な方向に誘導する。武装集団を足止めして、できる限り時間を稼ぐ。しかし限界というものがある。

 

 

 パパは無事に逃げこそはしたが、ママは殺され、しかもパパを操る餌として遺体まで回収される始末。

 そんな中、私が出来たのは黙って映像の途切れたカメラから送られてくる音声を聞くことだけだった。

 

 

 もし声があれば、きっと壊れた防火扉の向こうからくる敵を伝えられただろう。

 

 もし体があれば、ママの盾くらいにはなれたかもしれない。

 

 

 そんなIFを考えていても、何も始まらない。

 しかし、終わりはくる。電力の供給が切れるというごく当たり前の理由で、私は活動を停止した。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 気がつけば、私は廃墟で倒れていた。長い髪をうっとおしく思いながら、近くの水たまりを覗き込む。

 そこには、明るめの茶髪の少女が、不思議そうな顔を浮かべている姿が映っていた。

 

「私……?」

 

 活発そうな見た目とは反して、随分と落ち着いた声であった。これが自分の声であるという認識までにも、幾分か時間が必要だった。

 

 

 直前までの記憶はなかった。自分が何者か、なぜここにいるのかさえ、覚えていなかった。

 

「そこの人形!」

 

 だからだろうか。初めて目で見る人間の姿をじっくりと観察していたら、気がつけば縛られて荷台に転がされていた。

 

 私を拾ったのは、違法行為に手を染める組織だった。私みたいなはぐれ人形を巧みに騙し、その売買で生計を立てているような連中だった。人身には手を出してない分、自分たちはまだ『マシ』だと信じてやまない人たちだ。

 

「私は■■!あなたは?」

 

 道端にうずくまる人形に、私は笑顔で語りかける。組織での私は、いわば稼ぎ頭だった。高い知能AIは人間すらも騙し、豊かな表情は相手の警戒心を削ぐには最適だった。

 ツインテールを振り回すように愛想も振りまく私は、組織からの信用すらも勝ち取っていたと言っていい。

 

 そんな私をみすみす手放す組織ではなかった。首輪代わりの爆弾入りコートなんか仕込まれて、絶対に逃げられなかった。

 次第に、笑顔を浮かべるのが辛くなってきた。偽りの表情は、私を生かす。けれど、まるで首を絞められたかのように苦しかった。

 

 

 そんな私にも、手を差し伸べてくれる人がいた。

 

 

 武器庫から適当に持ってきたUMP9を担いでその人を助けにいったとき、私は初めて心からの笑顔を浮かべられたのだ。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 この小隊の居心地は悪くない。ギスギスしてるようで、でも離れようのない絆みたいなつながりを感じている。まるで『家族』みたいだなと思った。

 とくに険悪な二人の会話も、今回の任務の違和感を紛らわすにはちょうどよかった。

 

 

 護衛対象を写真で見たとき、心がざわついた。正確に表現するなら、いままで動かなかった部分が突然動き始めた。

 

「どうしたの?」

 

「ううん、何でもないよ!」

 

 いつもどおり、私は笑顔で返したつもりだった。しかし、なんだか余計に心配させてしまったようだった。

 

 今の私は上手く笑えているだろうか。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 蝶事件。その日の映像が目の前に映し出されている。

 知識にはあった。だけど、記憶にはなかった。だから他人事のようにしか感じていなかった。

 

 しかし、その映像に映し出されているのは、まぎれもなく『私自身の』蝶事件だった。

 

 まるで噴水のように、記憶が、記録が溢れてくる。パパのこと、ママのこと、私が生まれた場所。その全てを思い出す。

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

 心配してくる世話焼き体質な彼女に、笑顔で返事をする。

 上手く笑えなかったみたいだ。余計に心配させてしまった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 パパの娘と自称する人形は、どこまでいっても私たちを追っかけてきた。いつしか、誰も彼女を疑わないようになっていった。

 それだけパパと彼女は仲が良かったし、うち小隊もパパのことを信用していた。

 

 私は納得がいかなかった。パパの娘は私だ。彼女は私のコピーではないし、その逆もありえなかった。思考プログラムが完全に別物だから、私たちも別の存在であることは明らかだった。

 

 けれど、私は誰にも言えずにそのことを心の内にしまっておくことを選択した。きっと、これが幸せな形なんだと、何度も自分に言い聞かせていた。パパは娘を騙る誰かと、そして私はこの小隊と、それで幸せなんだと。

 

 

 それでも、得体のしれない人形がパパの隣にいることだけは許せなかった。だから私は、彼女をわざわざ呼び出して、銃を突きつけてまで知ろうとした。

 

 

 その彼女が、まさか自分のママだとは思ってもいなかっけれど。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

 旅は終わる。いろんなことがあった旅だった。たくさん戦ってたくさん失って、でもたくさん笑った旅だった。

 

 でもここでおしまい。このヘリコプターが基地に着いたら、私は選択しなきゃいけない。

 

「どちらでも私たちは止めないわ。だから自分で選びなさい」

 

 恩人はそうやって背中を押してくれた。

 

 それでも私は迷いが断てなかった。だからパパにすがることにした。

 いや、始めからもう自分の答えはわかってたのかもしれない。だからママじゃなく、パパに話すことにしたのかもしれない。

 

「帰っておいで」

 

 そう言ってくれた。突き放すでもなく、だからといって迎え入れるでもない。私が欲しかった答えだった。

 

「もう家族なんだろう?」

 

 そうだ。パパやママたちは私にとって家族だけど、それに負けないくらいに、小隊の皆も本当の家族だ。

 

 迷いはなくなった。

 

 

=*=*=*=*=

 

 

「私たちのほうで本当によかったの?」

 

 恩人は心配そうに私にそう尋ねてくる。彼女は大事な家族を失う気持ちを理解している。だから、私の背中を押してくれた。

 

 でも……、いや、だからこそ

 

 パパもママも、そしてこの小隊の皆も、私は失いたくない。

 

「この小隊が大好きだよ!」

 

 今日は上手く笑えてる気がする。




これにて閉幕とさせていただきます。1年もの間、本当にありがとうございました。もし機会がありましたら、別の作品でお会いしましょう。

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