その日の夕食は、男の持っていた非常食を消費することはなかった。
人形たちは専用のMREを食べ、男は何も口にしなかった。空腹感がないことに加え、あまり食欲も沸かなかった。
日が沈んでいく様子を見ながら、たき火をUMP姉妹と男が囲む。416とG11は見張りのために離れていた。
「なあ9君」
「なにかな?」
「君たち人形に食事や睡眠の必要があるのはなぜだと思う?」
9はしばらく首をかしげ考え込む。
「理由なんてないんじゃないかな」
ふと9はそう呟いた。
「ほう、なぜそう思うんだい?」
「だってさ……」
9は立ち上がり、端末を操作する45に後ろから抱きつく。
「この温かさも、匂いも、感触も、すごく人間に似ている。でもそれは私たちの目的のためには必要ないと思うんだよね」
「確かにそうだな。戦闘性能だけを考えればそうかもしれない」
「必要ないものをわざわざ取り付ける、そこに理由が存在するとは限らないんじゃない?」
「なるほど、僕にはできない考え方だ」
「……あのね9、今重要な作業をしているから邪魔しないで」
「む~45姉のケチ」
しぶしぶといった様子で9は45から離れる。
「ああ、でもね」
「ん?なんだい?」
「私たちの中には人間に似ていることを利用している人形もいるんだよ」
9は端末の画面を男へと見せる。
「こ、これは……」
それは人形がいろいろな服を着ている写真だった。普段とは違い華やかな衣装に身を包んでいる。
「これは9君と……G11君かい?似合っているね」
「でしょう!ほらあとこんなのも」
「これは……45君かい!?驚いた、服だけでここまで印象が変わるなんて……」
「ちょっと9~?」
「あはは、45姉ごめんね~」
「ちょっと待ちなさい!その写真は消しといてって言ったやつでしょう!」
「こんなにかわいい45姉の写真消すわけないじゃん!」
おいかけっこのように逃げ回る9と追いかける45を見て、まるで少女のようだと男は感じた。中身はどうであれ、彼女たちはただの少女に過ぎないのだと、男の中の考えが少し変わった。
=*=*=*=*=
夜中、男はふと目を覚ました。たき火を消しているので見つかる心配は減っているが、そのせいで辺りは真っ暗で、少し冷えていた。
「どこへ行くの?」
男が立ち上がると、暗闇からそう聞こえる。見張りをしていた416の声だ。
「キジを撃ちにいくのさ」
「かってに離れようとしないで。あなた、命を狙われてるって自覚が本当にあるの?」
「あまりないというのが正確だね」
そう言って男は川の方へと歩いていく。
「まったく、どうしてこんな任務を受けたんだか」
416は呆れた表情をうかべながら立ち上がり、草木をかきわけて行った男のあとを追った。
「いや、416君。僕には羞恥を感じて悦ぶ趣味はないのだけど」
しばらく無言で歩いた後、突然男は416の方へと向き直ってそう言った。
「突然何を言ってるの?」
「いや、だからね?」
「私は気にしないからさっさとしなさいよ」
「まさかキジ撃ちの意味がわかっていない……?」
「わかってるわよ!まったく失礼ね」
そうは言うも416だって恥ずかしく感じているらしく、少し頬が赤くなっているようだった。男は416が真面目に男の警護のためだけについてきてくれたことを理解した。
「……ここで待っててくれ。ここから見えるとこまでしかいかないから」
「わかったわ」
男が少しいったところで立ち止まったのを確認し、416は周囲の警戒へと意識を切り替える。数時間内に鉄血らしき影は補足していなかった。しかし、そろそろ捜索の手がここらまで届いてもおかしくない頃合いだった。納得がいかなくとも任務は任務だと416は踏ん切りをつけていた。彼女の辞書に任務の失敗という項目は存在しない。完璧にこなしてこそだ。
しかし、さすがに416は男に気をつかい男の方に注意を向けていなかった。だから、男がこっそりと端末を使ったというのに、その光にすら気づけなかった。
「夜中に二人きりでどこかに行くって、随分と親しくなったようね」
たき火跡へ帰ってきた二人を迎えたのは、にっこりと笑う45だった。
「ち、違うわよ!この男が――」
「それ以上言わなくてもいいわ。ええ、私はわかっているもの。何事にも寛容でないと隊長は務まらないもの」
「はぁ、もう言いごたえする気力もないわ。見張りの交代をお願い」
416は呆れた表情をしながらG11の側で横になる。そして目を瞑ると、スイッチを切ったかのように寝息をたて始めた。
「あなたももう少し寝ていたほうがいいわよ。明日は長い距離を移動することになるわ」
45は男の方へと向き直りそう言った。
「そうさせてもらおうかな」
男は断熱シートにくるまって地面に横になる。
「ああ、45君。一つ聞いてもいいかい?」
「なに?」
「君たちはどこまで知らされているんだい?」
変に間が空いた。男にはその間が、とても不穏に感じた。
「何もよ」
「何も?」
「何も知らされてないわ。事前情報は作戦地域と対象――つまりはあなたの人相だけよ」
45の表情は変わらず笑顔のままだ。
「そうか……」
「知られていると不都合なことでも?」
「いや、いいんだ。忘れてくれ」
「……わかったわ。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
男は45に背中を向けるように寝返りをうった。
45は男の背中を見て、視線をその横のかばんへと移す。そこには世界を終わらせるプログラムがある。人形はすべて停止し、人類は滅びる。
45たち人形からすれば素晴らしいプログラムだ。これを手にした人形は、支配されるものから支配するものへと変貌する。全人形、全人類を手中に収めることができるのだ。
ほぼ意識せずに手が伸びていることに気がつく。
「ふふっ、自分を犠牲に……なんて私らしくないわね」
その葛藤は一瞬のようで、実のところ結構な時間がたっていた。既に空は白んできている。45は火を起こす準備を始める。戦術人形である404小隊には必要なくとも、護衛対象である男には朝食が必要だろう。45は9が持ち込んでいたレトルト食品のいくつかの封を切った。
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男が目を覚ますと、もう既に404小隊全員が起床した後だった。寝ぼけた脳を覚醒させ、45から朝食を受け取る。
「もう数ヶ月は朝食をとってなかった気がするよ。まったく僕を健康にしてどうするつもりだい?」
「健康になってから私たちに楽させてよ!どうも最近、動作効率が落ちてきた気がするんだよね~」
男の軽口に9がのっかる。
「そうか、そんな見た目でも頭はシステムなのか。まったく紛らわしいったらありゃしない」
「いいから早く食べなさい。いつ鉄血に追いつかれるかわからないのよ」
そう言う416は既に準備を終えている。その足元には準備を終わらせて再び眠りに付いたG11も転がっていた。
「416、焦っても仕方ないわ」
「45姉!おかえり」
草木をかき分けて45が戻ってくる。
「45君、通信はできたのかい?」
「ええ、なんとか見つからずにできたみたいよ。合流地点を指定されたわ」
そう言って45は地図を指差す。
「地点は首都中央。そのテレビ局跡地よ」
男はこの地域に地理感があるわけでもなく、運動もしないため距離を言われてもどれくらいなのか把握できなかった。
しかし、随分と遠いことだけは、はっきりと理解できた。