「ちょ、ちょっと待ってくれ」
男の言葉に全員が立ち止まる。座り込んだ男の方へ45は近づいた。
「……休憩にしましょうか」
「いや、水分補給だけでいい」
「休んだほうがいいわ。ごめんなさいね、人間の疲れるペースはよくわからなくて」
45が申し訳なさそうにしていると、416が横槍をいれる。
「45、まだ今日の目標の半分にも行ってないのよ?これ以上のんびりするわけにはいかないわ」
「そうは言っても彼に倒れられても困るでしょう?」
「そ、それはそうだけど……」
「いや、本当に休憩はいいんだ。416君の言う通り少し先を急ごう」
よいしょと口にしながら立ち上がる。
「まったく、ほら」
「416君?なんだいその手は」
416から差し伸べられた手に男は首をかしげた。416は顔を真っ赤にする。
「荷物を持ってあげるってことよ!」
「そうか、ありがとう」
男は背負っていたナップザックを416に手渡した。
「そっちのかばんもよこしなさいよ」
「いや、それはできないね」
「まだ私たちを信用できないって言うの?」
416が少し苛立ちのこもった声でそう言った。
小隊は移動を開始する。
「そういうわけじゃないんだ。ただこれは、これだけは僕が守らなきゃいけないんだ」
「……そう。悪かったわ」
416の声は小さかった。
「えっなんて言ったんだい?もう一度言ってくれないか」
「悪かったわと言ったのよ!」
416はそのまま後ろの方へと行ってしまった。場所を交代したようで、男の側には9がやってきた。
「あの416を籠絡しようとするなんてやるね」
「おいおい9君、勘違いはやめたまえ」
「その否定の言葉も怪しく聞こえるな~」
「ははは、9君には何を言っても無駄なようだ」
9との会話は男にとっても気楽なものだった。まだ会って一日も断たないというのに、すんなりと冗談を言い合えるほどに仲を深めている。それはひとえに9の性格によるものだろう。彼女がいるからこそ、個性の強い404小隊が隊として成立しているようだと男は考えた。
「……ねぇ、人形と人間が結ばれることは可能だと思う?」
「どうしたんだい9君。君らしくない話題だね」
「深い意味はないんだよ?ただ私たちは人形の立場でしか物事を考えられないから、人間の意見を聞いてみたいなって」
「うーん、人形と人間か……難しい問題だ」
「だよね、しょせんは作り物と生物。結ばれることはないよね」
「いや、そういう難しい話じゃない」
「どういうこと?」
「単純に難しいのさ。僕は人間だからね。君たちとは逆に人間の立場でしか考えられないのさ」
「ふ~ん。それで、人間の立場からだとどうなの?」
「可能さ」
男はそう端的に言った。
「僕にはそういうことを研究した知り合いがいたんだ」
「いた?今その人は?」
「今は土の中さ。愛した人形と共にね」
「人形を愛した……」
「変わったヤツだったよ。理想の嫁を作ると言って徹夜続きで開発をし、最終的にはその不摂生がたたって死んだんだ」
「でも人形の方の寿命はもっとあるんじゃないの?」
9の疑問も最もだ。数年程度で動けなくなるほど人形はヤワではない。高度なメンテナンスをしなくても、十年は動作するはずだ。
男は手に持っているペットボトルのふたを開けた。
「人形自ら、ヤツの側を離れなかったんだ。同じ棺に入ってね」
「それじゃあ今もその人形は」
「ああ、身動き一つしなくとも動作はし続けているんだろうね。掘り返す気にはならないが」
「ひどい……」
「誰も救われない悲しい話だよ。でも一つわかることがある」
男は残り少ない水を飲み干して口を拭う。
「人形は人を愛せる。それこそ死んでも離れたくないと考えるくらいにはね」
「その人を愛するように作られていたんじゃないの?」
「違うね。人形は心の底から愛していたのさ。たとえ過ごした時間が少なくてもね」
「そうなんだ……人形も愛せるのか……」
何かを思い浮かべている様子の9に男の顔がニヤける。
「9君は好きな人間がいるのかい?」
「えっ?いやいないよ!」
「即座に否定するなんて怪しいな~」
「もう!いないってば~!」
楽しそうではあるが大声で話す二人を416が咎めに来たのは、それから三分後だった。
=*=*=*=*=
「今日はここで野営ね」
先導していた45に追いつくと、45は既に荷物を下ろしていた。森の中でも少し開けた場所であり、一方は崖が反り立っている。
「大丈夫なのかい?僕は落石には耐えられないんだが」
「私たちだってそうよ。それに地質的に大丈夫と判断してのことよ。安心しなさい」
「そうかい。それなら良いんだ」
そう言って男は野営地の中心付近に座り込んだ。G11も直ぐ側で寝転がっている。
「あんたたち少しは手伝おうと思わないわけ?」
苛立った様子で416がそう言ってから、やっと男は重い腰を上げた。
「すまなかった。何をすればいいんだい?」
「テントの設営はできる?」
「できないね」
「火を起こすのは?」
「したことがないな」
「周囲の警戒を……しなくていいわ」
「君たち人形のほうが優れているだろうからね、それが正解さ」
「ああもう!まきでも拾ってきて!」
「了解したよ」
かばんとナップザックを手に取り、野営場所から離れていく。
「あまり遠くにいかないでよね!」
「わかっているさ」
背中を見せながら去っていく男を見て、416は深くため息をついた。
「オカン?」
「うるさい」
G11のツッコミに軽くキレながら416はそう返した。
=*=*=*=*=
「あんた……これ」
男がやっと戻ってきたかと思えば、416はさらに頭が痛くなる事態となっていた。
「どうだい?」
「湿ってるわね……これもダメ。この束もつかいものにならないわ」
男の持ってきたまきの半分は湿っていた。それなのに男は一仕事終えたと座り込み、水分をとりながら何かを口にしている。
「そうか……力に成れずにすまない」
「で、でももう半分は問題ないわよ!」
落ち込む男を慌ててフォローする。普段はあんな態度をとる416だが、その根は真面目で優しい人形なのだ。
「そうか、少しでも役に立てたのなら良かったよ」
「え、ええ。助かったわ」
たき火に火を入れる。お湯を沸かしてレトルト食品で栄養を補給する。
「ごちそうさま」
そう言って男は地面にゴミを置いた。
「……もう寝なさい。明日は今日以上に歩かないといけないんだから」
「じゃあお言葉に甘えて」
男は断熱シートを取り出し、地面に横になる。さすがに男も疲れていたようで、すぐに寝息が聞こえてきた。
「おやすみなさいも言えないのかしら……」
416は立ち上がり、男がそのままにしていたゴミを袋に回収し、男の荷物の中へと無造作に突っ込む。
「ゴミくらい片付けなさいよ……」
ゴミひとつでどれだけ追っ手に情報を与えてしまうのか、男は知らない。もし416がこのゴミに気が付かなければ、もしそのままにしてしまっていたら、この行軍は無駄となってしまっていただろう。
この男には危機感が足りていない。416はそのことが不思議でならなかった。確かに研究者が変わった人物が多いことは百も承知だった。しかし、この男がその手の考えのおかしい者でないことくらいは416にもわかっていた。
「ほんと……手のかかる護衛対象だこと」
416は火を消して自分も横になる。システムが休眠状態へと入ることを感じながら、目をつむった。
416にヒモ男にされたい……