「……!止まって!」
先行する9がそう声を上げた。あたりは木々がそびえ立つばかりで、男には何の異常も見つけられなかった。
「9、何を見つけたの?」
「45姉、あそこを見て」
9が指さしたのは木にくくりつけられたプレートだ。随分と風化しており、文字がかすれてしまっている。
「えっと……罠が張ってあるみたい」
ゆっくりとプレートに近づいた9は、内容を読んでそう言った。
「気をつけて進むしかなさそうね」
45はつぶやくようにそう言った。9と416はその言葉に頷き、男を囲むように移動する。
罠があるのはわかっても、その罠の種類に検討はつかなかった。人形ならば多少の傷は差し支えないが、男が怪我をしてしまっては行程がさらに遅れることは明らかだった。
「女の子に守られるというのは気が進まないんだがね。まあ今さらでもあるのだけど」
「あら、あなたって男が女を守るという観念を持っていたのね」
416は鼻で笑いながらそう言った。
「あたりまえだろう?僕だって男なんだ。女性は守る対象だって教育されてきたんだよ」
「フッそんな時は永遠にこないでしょうね。だってあなた戦えなさそうだもの」
「残念だけど、まったくもってそのとおりだから何も言えないな」
そう言って踏み出した男の足首を何かが締め上げる。
「いてててて!」
「ちょっと……早速ひっかかってるじゃない……」
416は呆れながら罠を解除する。男の足首には、赤く跡が残っていた。
9はその様子を見て笑っており、45もやれやれと首を振った。
「もう416におんぶしてもらったほうがいいんじゃないの」
「ははは、9君。笑えない冗談はやめたまえ」
「私は構わないわよ。そのほうが早く前に進めそうね」
「416君もやめてくれ。さすがの僕も少女におんぶされる趣味はないよ」
「冗談よ。私だって男性を背負う趣味はないわ」
416の言葉に9はさらに笑い声をあげる。その笑い声はなぜか、不快ではなかった。自然と男が笑顔になったように、416も45も笑顔になった。
その様子を見ながら、G11は眠そうに目をこすった。
=*=*=*=*=
「それでね、そのとき45姉が……伏せて!」
男が隣にきた9と話していると、突然9から地面に押し倒される。
「9君、どうしたんだい」
「しっ、静かに」
まもなくして、辺りを銃撃音が埋めつくす。
「このあたりにいるのはわかっているのよ。出てきなさい」
男はその声に聞き覚えがあった。イントゥルーダーだ。
「何か用かしら?鉄血の人形さん」
次の声は45だった。45は銃を手に取らずに、草むらからイントゥルーダーの前へと出た。
「驚いたわ。まさかノコノコと出てくるなんてね」
「それはこっちのセリフよイントゥルーダー」
イントゥルーダーは視線を左右に走らせる。45の左右には416とG11が銃口を向けていた。迷いのない視線から、彼女らが確実に自分を撃ち抜くであろうことを理解した。
「たしか小隊メンバーは4体だったわね。ということは彼は最後の1体と一緒なのかしら」
「あら、私の小隊メンバーは3人よ?」
イントゥルーダーは45の言葉ににっこりと微笑み、銃口を45に向けた。
「ヘドが出るわ。ワタクシ、あなたみたいな人は嫌いみたいだわ」
416とG11はすばやく反応し、引き金を引ききった。
「残念ね。すでに掌握済みよ」
416とG11の銃から弾が発射されることはなかった。引き金を引いても、撃鉄が落ちていない。オートセーフティがかけられていた。
「……45!」
「わかってるわ!」
45は416の叫びにも近い声にそう答える。しかし、目の前のイントゥルーダーが自由に動かせてくれるはずがなかった。
ガトリングの弾を木の陰へと隠れてなんとか避ける。数発貫通してきてはいるが、行動に支障が出るほどの傷は負わずに済んだ。
「あなたさえ潰せば小隊はおしまい。そうでしょう?」
「そんなわけないでしょう!私の変わりが入隊するだけよ」
「それが無理なこともわかっているでしょうに!」
場は膠着したかのように見えた。45は隠れたまま、その場を動いていない。イントゥルーダーも銃撃をやめていた。
しかし、それは表面上の話であって、ネットワーク上では壮絶な戦いが繰り広げられていた。
「くっ!1人じゃ抑えきれない!」
45の苦しそうな声を聞いて9は身体が動きそうになる。しかし必死でこらえる。今優先するべきは男の安全の確保だ。今動いてしまってはせっかく45が作った隙を無駄にしてしまうということにはすぐに気がついた。
「9君。提案がある」
唇を噛み締める9に男はそう静かに述べた。男はコソコソとその提案とやらを9に語った。
「……わかった。45姉はお願いね」
「任せてくれ。こっちは僕も専門分野だ」
男は緊急用品から無線機を取り出し、携帯端末へとつなぐ。
その際に出る物音は、9がかき消す。
「イントゥルーダー!私はこっちだよ!」
突然飛び出してきた9に、イントゥルーダーは一瞬反応が遅れた。
UMP9が火を吹き、銃弾がイントゥルーダーの肢体を貫く。
「そんな!シナリオにはこんなことなかったのに!」
「悔しかったら私を止めて見たら~!」
動き回る9にイントゥルーダーの弾はなかなか当たらなかった。
「こうなったら全員……ん?なにかしら」
イントゥルーダーの怒りに満ちた表情に笑みが混じっていく。
「あらあら、随分と幼稚なのね」
イントゥルーダーは男のいる方向を向いた。その目には確信を持っている。
「させないんだから!」
「うるさいわ!」
カチリと9の銃から音がする。システムによるオートセーフティが働いた音だ。
「416!」
「わかってるわ!」
416は既に男の方へと走り出していた。草むらをかき分けると、端末に夢中で416にすら気が付かない男がいた。
「危ない!」
画面から顔を上げた男の目には、近づいてくる弾丸と、その間に割り込む416の姿が映る。
416はそのまま、男に覆いかぶさるように倒れ込んだ。
「416君!無事かい!」
「このくらいなんてこと無いわよ!」
しかし、無情にも416の瞳には、左膝の駆動部に異常が出たというメッセージが表示されていた。
「はぁ、少し取り乱しちゃったわ。でもここでおしまいね」
416は自分に銃口が向いたことを感じとった。目を瞑り、その時を待つ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」
「えっ?」
その疑問の声は416のものか、それともイントゥルーダーのものであったかはわからない。しかし、その場の誰もがその行動を予測していなかった。
男はイントゥルーダーに走っていく。予想外の行動に固まったイントゥルーダーの腰へと掴みかかる。そのまま足の浮いたイントゥルーダーを抱え、真っすぐと走っていく。
「ば、ばか!そっちは」
416の言葉は遅かった。男は落ちていく。男が走っていった方向は崖だった。先程416が確認したときには、その下は岩場であった。つまりは、落ちてしまえば人間でも人形でもひとたまりもないような、危険なポイントだ。
左足を引きずりながら416は崖の方へと向かう。木を支えにして立ち上がり、木に手をつきながら崖を見下ろした。
「まったく……無茶しないでよね」
416が手をついた木には、罠が設置してあるというプレートがかかっていた。
=*=*=*=*=
「まったく、慣れないことはするもんじゃないね」
男は赤くなった足首を抑える。先程のとは比べ物にならないほど跡がくっきりと残ってしまっていた。
「全体重を足首のワイヤー一本だけで支えてたからねぇ。でも大きな怪我はしなくて良かったね」
「9の言う通りね。今後は無茶は控えてくれると助かるんだけど」
「そうするよ。僕はキーボードを叩いてるほうが性に合うみたいだ」
416は火を囲んで団らんする三人から少し離れたところにいた。
「入ってこなくていいの?」
「何がよ」
G11の言葉にぶっきらぼうに答える。
「だってさっきからずっと眺めてるじゃん」
「眺めてなんかないわよ」
そういう416の視線は、確かに男の方へと向いていた。
「……も、もしかして」
「何よ」
「照れてるの?」
「馬鹿ね、そんなわけないじゃない」
416は顔を伏せた。しかし、となりに寝転がっているG11からは赤くなった顔が丸見えだった。
「まあ照れる気持ちはわかるよ?私そういう本見た」
「なんて本よそれ」
「日本って国の少女漫画ってやつ」
「……!」
416は無言でG11を殴りつける。もちろん本気でもないため、G11は痛くもなんともなかった。
「自分がピンチのときに身を挺してかばってくれたもんね。そりゃ惚れてもおかしくないよ」
「誰が惚れてるですって!」
「即否定すると本当に惚れてるみたいだからやめときなよ。それじゃおやすみ」
「ちょっと!G11!……寝ちゃった」
416は男の方へと視線を向ける。視線に気づいたのか男もこちらを向き、目線があう。
416はすばやく目線をそらした。不思議にも顔が火照っているように感じた。
416回。最初はこの子だと決めてました。でも正直、難しかった。