コツコツ続けていきます!
「そろそろ休憩にしましょうか」
45の言葉で一行は足を止める。
「ほら、水よ」
「ありがとう416君」
水のボトルを受け取った男はそのままどこかへ行こうとする。
「ちょっとちょっと、どこに行くの?」
「9君。ちょっとお手洗いにね」
「そう、いってらっしゃ~い」
何もおかしいことはなかった。小隊の皆も一瞬警戒の視線を向けるも、すぐに気にせずに休憩を始めた。
彼は男だし、彼女らも人形とはいえ少女である。男が席を外すことに疑問を抱くものはいない。
「……416、そわそわしないでよ」
「し、してないわ!」
しかしその実、416は落ち着かずちらちらと男の向かった方向を見ていた。
「す、少し遅くないかしら」
「きっと踏ん張ってるんだよ」
心配そうな416をよそに、9がそうこたえた。
「……はぁ、416。様子を見てきなさい」
落ち着かない416を見かねて45がそう指示を出した。
「まったく、どこまで行ったのよ」
男の向かった方向へ416は歩く。もう小隊のいた場所からは見えないところまで来たというのに、男の姿は見当たらない。
「お手洗いにいって帰ってくることすらできないのかしら」
グチグチと口で言ってはいるものの、その表情は曇っていくばかりだ。
「まさかね……」
彼は戦えない。たとえ蛇一匹だとしても、彼が動けなくなる理由としては十分に考えられた。
突然、416の足が止まる。416の視界にあるものが入ったからだ。見覚えのあるソレは、彼自身といっても差し支えなかった。
「……45、大変なことになったわ」
通信機を片手に、ソレに416は近寄る。手にとったそれは――
――男が肌身離さず持ち歩いていた、プログラムの入ったかばんだった。無造作に投げ捨てられたようなソレは、持ち主に何が起こったのかを明確に表していた。
=*=*=*=*=
男は目を開ける。どうやらどこかの施設の中にいるようで、意識を失う前にいた森とはかけ離れている場所のようだった。
「やっほー?目、覚めた?」
顔を覗き込んできた少女に驚き、男は身を動かして後ずさろうとする。
そこで男は、自分が拘束されていることに気がつく。椅子に座らされて後ろで手を縛られている。しかし、足は自由である。
「君は誰だい?」
「私?私は~謎の少女Aってことで」
「じゃあA君、この縛っているのを解いてくれないかい?」
「う~んだめ~」
少女は無邪気にケラケラと笑う。
「君……鉄血の人形だろう?」
「うん、そうだよ~」
あっけらかんとしてそういう少女Aに男は純粋に驚いた。
「鉄血か……僕を殺すのかい?」
少女は動きを止める。その背中が物語っていた。
「そうか……せめて痛みなく殺して――」
「なんてね!」
振り向いた少女はいたずらに笑みを浮かべていた。
「えっ?どういうことだい?」
「あなたみたいなおもしろい人を殺すわけ無いじゃん!」
「お、おもしろい?」
「うん。おもしろいよ」
少女は向かい側の椅子に座り足を組む。
「人形を殺すプログラムを人形の開発者が作るなんておもしろいじゃない?」
「……何の話だい?」
「親が子供を殺す物語は――私は嫌いじゃないよ」
「親?僕は人形の開発に関わったことはないよ」
「……うそばっかり」
少女Aはつまらなさそうに口を尖らせる。
しばらく沈黙が続くも、男の腹の虫が静寂を破った。
「おなかがすいてるんだね!何か持ってくるよ」
少女Aは唯一の扉に手をかけて一度振り返る。
「外には出ないでね、殺されちゃうから~」
「こ、ころされる?」
「私は殺さない派だけど~、他はどうか知らないから」
そう言って少女Aは出ていった。鍵すらかけていない。彼女は本当に、男がこの部屋から出ないと考えているようだ。
「なんなんだいったい。訳がわからないな」
男は椅子に座り直して部屋の中を見回す。
質素な部屋だ。机と椅子だけで装飾もなにもない。窓らしきものはなく、先程から換気扇が音を立ててるくらいで静かなものである。
男はふと、意識を失う前に投げ捨てたかばんを思い出す。あれが回収されていれば、人類の敗北だ。逆に404小隊が回収してくれていれば、まだ勝算はある。
敵地で男ができることは少ない。プログラムがない今、自分の命を一番に優先できる。彼にはここから抜け出すような芸当はできなくとも、現在殺さないと言う者に保護されている。
「ただいま~」
「ああ、おかえり」
両手にいっぱいの缶詰を抱えて少女Aは戻ってきた。
「これはどうしたんだい?」
「食料のこと?倉庫にいっぱい積まれてたから少し貰ってきたの」
「大丈夫なのかい?君の食料だろう?」
「問題ないよ。だって私たちは食べないから」
「……どういうことだい?」
「私たちは人間の食料なんて食べないよ?エネルギーの変換効率も悪いから」
そういいながら少女Aはバランス栄養食のようなものを頬張る。
「おいしいのかい?」
「ん~食べてみる?」
少女Aが差し出してきた一欠片を口に含み、男は激しくむせた。
「ガハッ、ゴホッ、なんだこれは」
「やっぱり人間には無理か~」
少女は楽しそうにケラケラと笑う。
男は水で口をゆすぐ。まるで味覚のすべてを同時に刺激されたかのようだった。脳がオーバーフローをおこし、危険だという信号を分泌していた。
「これはちょっと強烈だからね」
そういいながらも少女Aは食べる手を止めない。まるで平気のようだった。
「味覚はないのかい?」
「一応、あるよ。でも食べ物を楽しむためのものじゃないかな」
少女Aはペラペラと何で話した。男も興味深そうに耳を傾けていた。
団らんを遮ったのはサイレンの音だった。続いて少女Aの持つ通信機に着信がかかる。
「あ~、行かなきゃいけないみたい。ちょっと行ってくるね」
少女Aは小走りで出ていった。男は手持ち無沙汰になり、目を瞑り休息をとることにした。
少女Aが部屋を出て行ってから数十分ほど経過したころ、男は大きな物音で目を覚ました。
それは扉を開く音だ。開いた扉からは銃口がのぞいている。
「……なんだ、416君か」
「なんで残念そうなのよ」
部屋に入ってきたのは416とG11だった。G11が警戒しながら、416はナイフで男の拘束を解く。
「よく場所がわかったね」
「私たちは特務部隊よ。追跡なんてお手の物だわ」
「そうか。ひとまず助かったよ、ありがとう」
「まだよ。まだ感謝を受け取れないわ」
「ん?どうしてだい?」
「昔からよく言うでしょう?遠足は帰るまでが遠足だって」
416は男にかばんを手渡す。
「誰も中身は開いてないわ、安心しなさい」
「さすがは416君だね。9君あたりが見てそうな気もするが」
「9には触らせてないわよ。私を疑う気?」
「いや、すまない。そういうつもりじゃないんだ」
「まあ良いわ、早くここを出ましょう」
G11と416に守られながら、男は部屋を出る。
最後にいちど部屋を見渡してから、男は扉を閉めた。
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「なあ、アーキテクト。これはどういうことだ?」
ゲーガーから声をかけられても、アーキテクトは何もこたえなかった。
「彼を保護すると言ったのはアーキテクトじゃないか」
アーキテクトはもぬけの殻となった部屋を眺めるだけだ。
「はあ、まったく。無駄な労力だったな」
ゲーガーは踵を返す。
アーキテクトがボソリと声を漏らす。
「パパ、また会えるよね?」
「ん?何か言ったか?」
「ううん、なんでもない!」
振り返ったアーキテクトは無邪気に笑みを浮かべている。いつもどおりの表情に、ゲーガーは少し呆れながら、止めた歩みを再開した。