「よし、サイズもピッタリ。いい感じだ!」
来週は新しい学校での始業式。つまり俺の新しい学校生活が始まる。というわけで今は、学校から届いた制服を試着して不備なところがないか確認中だ。
ここの学校の制服は転校前のと同じでブレザーだ。色は違うけど。でも、同じブレザーということもあって姿見に映っている自分の新しい制服姿に違和感は覚えなかった。見慣れているからという理由もあるかもしれないけどやっぱりブレザーの方がしっくりくるな。
「念の為に書類を確認しておくか。」
俺は机の椅子に座り、カバンから学校から配布されていた書類を取り出した。書類には少し大きな文字で始業式のご案内と書かれており、そこから日程、開始時間、持参してくる物、その他注意事項が書かれていた。
「………別に今じゃなくても、始業式前日にまた確認するんだけどな。」
正直に言うと、新しい学校生活が楽しみで仕方がない。それが今の書類確認という行動に表れているんだろう。この感覚は昔からそうだ。小学校に入学する時もこんな感覚だった。中学の時も去年の高校の時も。新しいものが目の前にあると高揚感を感じるのはみんな同じ。万国共通なのかもな。
「することがないな………。」
書類一通り確認した後、椅子の背もたれに身体を預け、顔を上に向けて天井を見つめた。今日は仕事は休みだ。よってすることが何もない。ここに引っ越す前は、よくココアの実家にお邪魔してパンを作っていた。そして完成したパンをココアがほとんど平らげてしまうのがお決まりのパターンだった。
俺って暇な時はずっとパンばっかり作ってたんだな。今思い返してみると。喫茶店であるこのラビットハウスにオーブンなんてないと思うし、これを機に何か新しい趣味でも探そうか。でも趣味なんてすぐ見つかるものでもないしな。
「お兄ちゃん!一緒にお散歩に行こ………あぁ!それ新しい制服!?」
散歩に誘いに来たココアが、部屋に入るや否や俺の制服姿を見ると、興味津々で駆け寄ってきた。
「ああ。不備がないか確認のために着たんだ。」
「へぇ~。これがお兄ちゃんの新しい制服かぁ。前の学校と同じでブレザーなんだね!」
そう言って俺の周りをぐるぐると回りながら制服姿をじっくりと眺めている。
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
ぐるぐる
「………な、なあ、いつまで見るんだ?」
「もうちょっとだけ。」
「………俺は着替えたいんだけど。」
「ええ!?もうちょっと見たい!私の制服姿も見せるから!それならいいでしょ?まだちょっとしか見てないもん!」
そんな一方的な交換条件を出されてもな。十週以上ぐるぐる回って眺めることがお前にとってはちょっとなのか?
「わがまま言わない。ほら、早く出て。」
「むぅ………。」
頬を膨らませて不満いっぱいのココアを一旦廊下に出しドアを閉めた。そんな不満そうな顔しなくてもこれから通学中や学校内で何回も見れるのに。
そんなことを思いながら手早く着替え終えた後、立って廊下の壁に
「それで、散歩にいくのか?」
「うん!久しぶりにこの街を見て回りたいの!この街に着いたときは道中しか見て回れなかったから!お兄ちゃんも行こ?」
そういえばそうだったな。あの時はラビットハウスに急いで向かってたからあまり見て回れなかったんだよな。
やることなくて暇してたし色々変わったであろうこの街を覚えるために、あと思い出巡りも兼ねてココアの提案に乗るか。
「よし、じゃあ散歩に行くか。早く着替えてきな。」
「うん!」
ココアは嬉しそうに返事をすると、そのまま走って自分の部屋に戻っていった。余程楽しみなんだろうな。かく言う俺も、この街がどれくらい変わったのか楽しみではあるけどな。
「それじゃあ行くか。」
「うん!チノちゃんも来れば良かったのに。」
「仕方ないだろ?やる事があるんだから。ほら、行くぞ。」
身支度を終えた俺たちは、この街を見て回るために歩き始めた。ココアは俺の少し前を歩き、あちこちに視線を移しながら楽しそうに街を眺めている。そんなココアを見守りながら少し後ろから付いて行き俺も街を眺めている。ちなみにチノは、春休みの宿題がまだ少しだけ残っているらしく、それを片付けるために家に残るとのことだった。
………宿題か。宿題と聞くと大変だった思い出が
チノのお姉ちゃんになりたいって言ってたし、高校では流石にやってくれるかな?もし全然やってくれなかったらチノのお姉ちゃんという切り札を使って、半ば強引でも宿題をやらせてやる。
「ねえねえお兄ちゃん!あれ見て!あそこ!」
そんな風に苦労の日々を思い出しながら街を眺めていた俺に、ココアは呼びかけながらとある建物に指を差していた。
見てみると看板にはMilky Ice Dreamと書かれたアイスクリーム屋があった。もちろん文字通りソフトクリーム屋だが、俺はこの店の名前に見覚えがあった。昔この街に来た時、ココアと一緒に毎日ここのソフトクリームを食べていた店だ。
懐かしいな。そんな店だが昔と変わったところがある。見た目が変わっているのだ。昔は小さな屋台だったが今は建物自体が店、店舗になっていた。だが、看板に書かれている店の名前とその看板と一緒に描かれているちびキャラの子供たちが美味しそうにソフトクリームを食べているイラストは変わっていない。
「店、大きくなったんだな。」
「お兄ちゃん!久しぶりにあそこのアイスクリーム食べよ?」
「そうだな。食べて行くか。」
俺たちは思い出のあるソフトクリーム屋へ足を運んだ。店の前に着くと、店内には椅子とテーブルが並べられており、友人や家族連れ、カップルなどで賑わっていた。そして入口の隣には持ち帰り用のカウンター受付があった。俺たちは持ち帰りなので受付の前に立つとそこにはメニュー表が置かれており、これもまた内容が変わっていた。昔はソフトクリームだけだったのに、今はそれだけじゃなくパフェやケーキも売っているようだ。バリエーションが豊かになっている。これは店が賑わうのも納得だ。
昔よく通っていた店がここまで大きくなって
「どうする?店の中で食べていくか?」
「………ううん。今日は街を見て回りたいから店で食べるのはまた今度にする。」
ココアは少し悩んだ後そう答えた。
「それじゃあ、アイスは何味にする?」
「バニラ!」
「やっぱりか。本当に昔からバニラが好きだよな。」
「だって美味しいんだもん♪お兄ちゃんは何味にするの?」
「もちろんチョコだ!」
「えへへ!だよね!」
お互いわかりきってるな。ココアは昔からバニラだ。そして俺はチョコ。お互い好きな味を頼んで、よくそれで一口交換とかしたな。もうあれから十年近く経ってるんだよな。なんだかものすごい年を取ったような感覚になってくる。まだ高校生だけど。
「よし、決まりだな。すみませーん!」
「はーい!いらっしゃい!」
俺が呼びかけると、袖まくりをした白いYシャツと黒ズボンの上にベージュ色のエプロンと三角巾を着けた、ポニーテールで茶髪の女性店員がやってきた。
「ソフトクリームのバニラとチョコを一つずつください。」
「一つずつね。少し待ってね!」
俺は代金を支払い終えると、そのお姉さんはテキパキと準備を進めた。ココアは早く食べたそうに目を輝かせながらお姉さんが準備しているところをワクワクしながら眺めている。
昔はお年寄りのおばあさんが経営してたが、中をチラッと覗いても姿は見当たらない。十年近く経ってるからな。今はもう仕事を辞めて老後生活を送っているのかもしれない。ココアも何かを探すように店の中を見ている。多分おばあさんを探しているんだろう。よくおまけでアイスを多めにしてくれてたからな。いつも嬉しそうにしていたのを覚えてる。
どんどん新しくなるのは嬉しいけど、それと同時に昔はあったものがなくなるのは寂しくもなるな。
「はいお待たせ!バニラとチョコね!」
「ありがとうございます。あの、ここって前は屋台だったと思うんですけど、いつ店が大きくなったんですか?」
「えーっと、確か五年くらい前だったかな。お客さんが多くて店の前に大行列ができて、もう屋台じゃ小さいってことで店を大きくしたの。」
「そうだったんですか。」
五年前ってことは俺が中学生になったぐらいの時か。確かにここのアイスクリームは美味しいからな。大行列ができるのも頷ける。
「あの、ここにいたおばあちゃんはお仕事辞めちゃったんですか?」
ココアが少し残念そうに尋ねた。あのおばあさんに懐いてたからな。数日滞在した後この街から地元に帰る時、名残惜しそうに別れの挨拶をしてたし。
「ううん辞めてないよ。けど、少し前にギックリ腰をやっちゃってね。今はもう完治してるんだけど、念のためにあと一週間だけ安静にするようにってお医者さんから言われてるから来週から復帰するよ。」
「よかったぁ!」
安堵したように笑顔になった。良かったなココア。
「でも安静にはしてるんだけど、早く仕事に復帰したいってずっと文句言ってて元気が有り余ってるの。少しくらい大人しくしてほしいなとも思ってるんだけどね。」
………ちょっと気になってはいたが、会話の内容からしてこのお姉さん、おばあさんとは単なる同じ仕事仲間という感じがしない。それ以上の親密さを感じる。知り合ってからそれなりの年月が経っているのか?
「詳しいんですね。」
「もちろん!なんて言ったってそのおばあちゃん、私の祖母だもん。」
「「えっ!?」」
思わずココアと一緒に驚きの声を上げてしまった。なるほど、おばあさんのお孫さんだったのか。道理で詳しいはずだ。
「それに確信したわ。君たちがおばあちゃんが言ってた、昔よく店に来てくれた仲良し兄妹ね?」
「え?おばあさん覚えていてくれてたんですか?」
「うん!今でもたまに話してるよ。毎日来てくれてたみたいだし、それにすごく仲良しに見えたから印象に残ってるんだと思う。」
あれから結構年月が経っているのに、たった数日の間だけだったのに、それでも覚えていてくれてたのか。俺はもう覚えてないだろうなと思っていたけど、今でも話に出てくるくらい覚えていてくれてたのはすごく嬉しい。
「すみません!注文お願いします!」
「あ、はーい!ごめんね。仕事だからそろそろ行くね。来週からおばあちゃんも来るからよかったらまた来て!絶対喜ぶから!」
「はい!必ず!」
「それじゃ、またね!」
そう言ってお姉さんは注文を取りに仕事に戻って行った。
「おばあさん来週から来るってさ。」
「うん!絶対また来ようね!」
ココアもすごく喜んでいる。おばあさんは来週から復帰するみたいだし、またここに来よう。もちろんココアも連れて。楽しみが増えたな。
「それじゃ行くか?」
「うん!」
そのまま俺たちはアイスクリーム屋を後にして散歩を続けた。
「いただきまーす!」
歩きながら美味しそうにソフトクリームを一口パクッと食べると、余程美味しかったようで幸せそうに笑顔が溢れそのまま二口目、三口目と食べ進めた。
それを見た俺も一口食べると――――――美味しい!
この濃厚な味。昔よりも味が濃くなっているような気がする。久しぶりに食べたからなのかもしれないが美味しいのには変わりない。ココアが笑顔になるわけだ。これはまた昔のように頻繁にあの店に通うことになりそうだな。
「お兄ちゃん、一口ちょうだい!」
「あっ!こらっ!」
「ん~!チョコもおいしぃ~!」
そんなことを思っていると、横から断りもなく一口食べられてしまった。自分のとは違う味を楽しめて相変わらずの笑顔だ。
そうだ思い出した。そういえば昔もこんな感じだった。一口交換し合ったとは言ったが、それは俺のアイスをココアが勝手に食べたお詫びとして俺も一口食べさせてもらったからだったな。
ココアが横で喜んでいるから、一口食べられたからと言って別に怒りはしないが………一口って言ってたよな?三分の一くらい持っていかれたんだけど………。まあいいか。
そこから引き続き散歩を続けた。その間、美味しそうなスイーツ店の前を通る度に食べたいと駄々をこねられてしまった。シュークリームにバウムクーヘン、ワッフル、マカロン、ブラウニー、エクレア、等々、食べては歩いて、食べては歩いてを繰り返しながら。どこにそれだけの量を平らげれる胃袋があるんだ?もうこれ散歩じゃなくて食べ歩きがメインになってるよな?もしかして最初からこれが目的だったとか?街を見て回れてるから問題は無いけど。
そんな時間が過ぎていき今は午後五時。そろそろ帰らないといけないが、流石に少し歩き疲れたので今は公園のベンチに座って休憩中だ。隣に座っているココアは両手でクレープを持ち、美味しそうに頬張っている。しかも二人用のジャンボサイズ。それを一人で食べるときたものだ。いくら何でも食べ過ぎな気がする。それで夕飯が食べれないなんてことにはならないでくれよ?あと頬にクリーム付いてるぞ?
「色々変わってたな。この街。」
「うん!いろんなお店が増えててすごく楽しかった!」
そうだろうな。終始笑顔だったからな。俺も楽しかったし。
それにしても本当に色々変わってたな。ココアの言う通り店が増えていたし、人も昔より増えている気がする。この街が全体的に活気づいている印象を受けたな。
まだ見て回れていない所があるけど、もう時間だからまた今度一緒に街を見て回ろう。多分また食べ歩きになるだろうけどな。
「俺飲み物買ってくるけど、ココアもいるか?」
「うん!ジュースが飲みたい!」
「わかった。ちょっと待ってろ。」
そんなことを考えて少し喉が乾いた俺はココアの分と一緒に飲み物買いに行った。店の前に着くと、色んな飲み物が売っており、野菜ジュースまで売っていた。ココアは少し野菜嫌いなところがあるからこの真緑な野菜ジュースにしようかと思ったが、絶対に飲みたくないとか言い出して怒り始めるだろうから、無難にオレンジジュースにしておいた。
「ココア、ジュース買ってきた………あれ?ココア?」
無事に飲み物を買い、ベンチに戻るとそこにココアはいなかった。辺りを見渡しても見当たらない。
ここのベンチだったよな?どこに行った?
「ココア?ココアー?」
呼びかけても返事はない。またどこかに行ったのか?本当に目を離すとすぐいなくなる。昔からそうだ。待ってろって言ったのに。
またあの時みたいに野良ウサギを追いかけて迷子になってないだろうな?ここの公園少し広いから探すのに苦労しそうだ。早くしないとジュースも
「ココアー!」
「あ!お兄ちゃんお帰り!」
「お帰りじゃない!勝手にいなくなるな!探しただろ?」
「あはは、ごめんなさい。」
「まったく。ほら、ジュース。」
「ありがとう!」
そう言いながら俺はオレンジジュースが入ったストロー付きのカップを渡すと、ココアはチューチューと飲み始めた。それも勢いよく。
「ぷはぁ~!おいしい!」
そんなに喉が渇いていたのか?一気に飲み干したぞ。………そういえば今まで何も飲まずに食べ歩いてたな。喉が渇いて当然か。
「………ほらココア、俺のもあげる。」
「え、いいの?」
「ずっと飲まずに食べてたから喉乾いてるんだろ?俺は帰ってから飲むから。」
「ありがとう!それじゃあもらうね!」
そう嬉しそうに受け取ると美味しそうに飲み始めた。さっきみたいな一気飲みではなく、味わうように。それを見てクスッと笑った俺は隣に座って一息ついた
目の前には噴水がザーッと水を噴き出しており、それを夕日が照らしている。まるで透き通った琥珀色に輝いているみたいだ。
ココアが飲み終わるまで眺めていよう。………っとその前に。
「ところでココア。その手に持ってるのはなんだ?」
「これ?
「
「ん?もう食べたよ?」
「………………。」
この短時間であのサイズのクレープを平らげたことに正直かなり驚いたが……………それは置いておいて、どうやらココアが持っている所々黄色の
それにしても
「そうか。それで、その
「
「
「うん!お兄ちゃんがジュース買いに行ってくれてる時に野良ウサギを見つけて、追いかけてたら和服を着た女の子がいてその子に貰ったの!」
和服の女の子か………。ということは和菓子屋で働いている人か?
「お兄ちゃんも食べる?」
「俺はいいよ。もうすぐ夕飯だから。それよりそんなに食べて大丈夫なのか?夕飯食べれるのか?」
「大丈夫!デザートは別腹だから!」
「………そうかい。」
まあココアは食いしん坊なところがあるからその心配はないか。デザートは別腹というのはよく聞くけど、そういうのって食後に言うことじゃないか?まだ夕飯食べてないぞ?
「ココアちゃーん!」
突然遠くからココアの名前を呼びながら手を振り、こちらに小走りで近づいて来る女の子がいた。緑色の和服の上に肩の部分にフリルが付いた白いエプロンを着けている。手を振っていないもう片方の手には長方形の形をしたものをいくつか抱えている。多分ココアが食べているのと同じ
「はぁはぁ、お待たせ。」
「お帰り!この
「ふふ。ありがとう。………あら?こちらの方は………?」
そう言って和服の女の子は小首を
自己紹介しておかないとな。
「初めまして。俺は如月―――――」
俺が自己紹介をしようとした瞬間―――――
「も、もももももしかしてっ!!!」
その子は二、三歩後ずさり―――――
「な………ナンパァ!!!!」
そう言って大きく目を見開いた。
………ナンパ?ナンパってあのナンパだよな?船が
「ココアちゃん!逃げるわよ!」
「へ!?なんで!?」
和服の女の子はココアの手を掴んでベンチから立たせ、一緒に逃げるよう促している。
「ちょっと待て!ナンパなんかしてない!」
「近づかないで!」
俺が席を立ち近づこうとすると、ココアをかばうように前に立ち、キッと俺を
「待って!ナンパなんかされてないよ!」
「
ココアが
「いやだからこの人は―――――」
「ココアちゃん走って!」
そう叫びながらココアの手を引っ張り、どこかへ連れて行こうとしていた。
「ちょっと待っ―――――」
俺は呼び止めようと一歩踏み出した瞬間―――――
「うわっ!!!」
髪を引っ張られるように重心が後ろに傾き視界が一瞬で夕焼け空に変わった。そして背中の方に重力が働き―――――
「がはっ!!!………ゲホッ、ゲホッ!………痛った………。」
突然背中を殴られたような激痛が走り思わず咳込んでしまった。少し咳込んだ後、足元の方を見ると赤、黄、青、紫、いろんな色のビー玉がコロコロと転がっていた。すぐそばにはビー玉が入っていたのであろう
………背中が痛い。けど早く追いかけないと。
俺は急いで立ち上がり、跡を追いかけた。だが、あの女の子はこの街を知り尽くしているのか、俺に全速力で走らせないように狭い路地を通り、右に曲がり、左に曲がりを繰り返し見失わせようとしてくる。対して俺は昔来たことがある街とはいえ街全体を知っているわけではない。当然地の利は向こうにある。
「はぁ……はぁ………。」
ようやく狭い路地から出ると、目の前には大通りが広がっていた。もう夕方で夕飯時だからなのか人が少ない。周りを見渡しても二人の姿は見当たらない。
「おや、そこの君。そんなに慌ててどうしたんじゃ?」
突然横から、おじいさんが声をかけてきた。脚が弱いのか、杖をついている。
「あの、ここに二人の女の子がいませんでしたか!?片方は緑色の和服を着ているんですけど!?」
「和服………ああ!その女の子なら向かい側のあの狭い路地を通っていったよ。
「え、ええ………まあ。そんなところです。」
間違ってはいないだろう。俺が追いかける側で、向こうは逃げる側なんだし。
「そうかそうか!元気なのはいいことじゃ!頑張るんじゃぞ!」
「ありがとうございます!」
若干謎の罪悪感を感じたが、今はそれどころじゃない。
俺はおじいさんにお礼を言い、向こう側の狭い路地に入った。ここもさっきの路地と同じで陽が差しておらず薄暗い。足元に気を付けないと転びそうだ。
そのまま路地を進み、そこから出るとまた通りが広がっていた。さっきほどの広さではないけど。俺は周りを見渡し、逃げ道に最適そうな路地に入り、通りに出て、また路地に入りを繰り返した。
もう何度目かわからない通りに出ると、出た瞬間少し強めの風が吹き、思わず目を閉じた。目を開け前を見ると、今俺が立っている夕日に照らされた歩道、そして目の前には腰あたりまでの柵が並べられ、その奥には大きめの川が広がっており、そしてその向こうにも歩道があり、間に石畳の橋がかかっている。見渡す限り、俺以外人はいない。弱い風が落ち葉と一緒に吹いてくるだけだ。
ダメだ。完全に見失ってしまった。
「………はぁぁ~………。」
そして今、俺はこれ以上探しても見つからないだろうと思い、近くにあった小さい広場のベンチに座って大きなため息をついて途方に暮れていた。
ここからどうしよう。後先考えずに追いかけた
「………はぁぁ~………。」
とはいえどうやって探せばいいのか………。再び溜息をつきながら見上げた空はもうほとんど暗く青みがかっている。夕日も沈みかけてる。街灯も点灯し始めた。一度帰ってタカヒロさんたちに知らせた方が良いか?そうなると街の人に道を聞いて回って帰らないといけないから時間がかかる。
………いや待てよ。それなら先に公園の場所を聞いて、落としたケータイを見つけてココアに連絡した方がいいな。そうしよう。そっちの方が早い。
「あの………大丈夫ですか?」
目標が定まったと同時に突然声をかけられた。ふと前を向くと、金髪で癖っ毛のあるショートヘアの女の子が、斜めにかけたショルダーバッグのベルトをギュッと握りながら心配そうな顔で訪ねてきた。
「いや、大丈夫だよ。」
「………ぜ、全然そうは見えませんけど。」
苦笑いされながら言われた。
やっぱそう見えるか。実際大丈夫じゃないからな。はっきりと顔に出てるんだろう。
「私にできることなら、お手伝いしますよ?」
折角やるべきことが見えたんだ。あまり見ず知らずの女の子に心配させるわけにはいかない。それに目の前に人が現れたんだ。この子に聞いてみよう。
「実は道に迷ってしまって迷子なんだ。それでなんだけど、この近くに噴水がある公園を知らないかな?」
「噴水………あぁ、あの公園ですね。知ってますよ。」
「本当に!?悪いけどその場所を教えてもらえるかな?落とし物をしてしまったんだけど、場所がわからなくて。」
「構いませんけど、良ければ私がそこまで案内しますよ?」
「え、でも予定とかあるんじゃ………?」
「いえ、私帰り道の途中でしたので案内するくらい問題ないですよ。」
「そうか………。それじゃお願いするよ。」
少し考えた後、俺は金髪の女の子に公園の場所へ案内してもらいながら歩き始めた。良かった。これで何とかなりそうだ。ケータイを落とした場所はあのビー玉の場所だろう。そこにさえたどり着ければもうこっちのものだ。不安が一気に解消された気分だ。
「あ!そうでした!自己紹介がまだでしたね。私、
「シャロか。俺は如月リョーマ。よろしく。」
「リョーマさんですね。よろしくお願いします!」
この子の名前はシャロという名前みたいだ。チノみたいに言葉遣いが丁寧で礼儀正しいな。
「道に迷ってたって言ってましたけど、この街に来てまだ日が浅いんですか?」
「そうだな。この間引っ越して来たばかりだよ。昔、この街に少しだけ滞在してた事があったけど数日程度だったから、街の全部はわからなかったんだ。」
「そうだったんですね。ということはこの街の学校に通うということですか?」
「うん。今年度から共学になる学校があるだろ?そこの学校だよ。二年生の転校生としてだけど。」
今まで学校に転校生がやってくることは何度かあったけど、俺が転校生になるのは初めてだからな。期待と不安でいっぱいだ。世界中の転校生は皆こんな気持ちなのかな?
「そうなんですか!それじゃあ先輩ですね!」
「え?シャロもその学校に通ってるの?」
「いえ、私は違う学校ですけど、私は今年入学でリョーマさんは転校生で学年は二年。学校は違いますけどこの街の中の学校なのは同じです。ですのでリョーマ先輩と呼ばせてください!」
「………えっと………学校は違うけど、まあシャロが良いなら構わないよ?」
「はい!リョーマ先輩!」
何故か急に後輩が出来てしまった。違う学校なのに先輩呼びする人なんて初めて見たけど本人が望んでいるなら、とやかく言うのも野暮か。
そんなことがありながら歩いていると見覚えのある道に出た。この道は食べ歩きをした時の道だ。ここまで来れば大丈夫―――――と思ったが間違って覚えてるかもと頭によぎったので大人しく案内を続けてもらった。
「着きました。ここです。」
「ありがとう!本当に助かったよ!」
無事に到着し、公園の噴水前まで案内してもらった。急いで目の前にあるビー玉が転がったままのベンチまで向かい、暗くなった足元を探していると………。
「………あった!」
ケータイを見つけることができた。やっぱりここだったか。開くと着信履歴がずらーっと並んでいた。全部ココアからだ。10、20、全部で30件以上あるぞ。
「そういえば先輩。何を落としたんですか?」
「ケータイだよ。この公園に落としてしまっててな。」
「それで公園を探してたんですね。………ってすごい着信履歴来てますけど!?」
横から俺のケータイを覗くと驚いた表情を見せた。それはそうだろう。俺だってこんな着信履歴見たことがない。でもそれだけ心配させてしまったということだ。急いで電話をかけよう。
「………もしもし?」
『お兄ちゃん!?やっと繋がった!』
電話が繋がると同時にココアの安心したような声が聞こえてきた。
『もう!なんで出てくれなかったの!?ずっと電話かけてたんだよ!?』
「ごめん。ケータイを落としてしまってな。電話に出れなかった。」
『むぅ~………。」
電話越しからでもわかる。思いっきり頬を膨らませているな。
『………明日の晩ごはん、ハンバーグにしてくれたら許してあげる。』
「え……?この間食べただろ?」
『………何か文句でもあるの?全然電話に出てくれなくて、ものすごく心配させたお兄ちゃん?」
「………
「えへへ!じゃあ許してあげる♪」
流石のココアもご立腹だったが。急にご機嫌になったな。今度から転んだ時は何か落としてしまってないか確認するようにしよう。次は何を
「それで、今どこにいる?」
『それがどこかの建物に連れてこられたんだけど場所が全然わからなくて。今日はもう暗くて危ないから家に泊まっていって言われて私の話全然聞いてくれないの。まだお兄ちゃんの事ナンパの人だと思ってるみたいで。チノちゃんが心配すると思うから迎えに来て!』
「分かった。少し待ってろ。」
「うん!」
そう言って通話を切った後、俺はチノに少しだけ帰りが遅くなるとだけメールを送っておいた。流石にこのことを直接伝えると騒ぎになるだろうからな。
さて、ここからどうやって探そう。さっき電話で家に泊まっていってと言われたと言ってたから多分、和服の女の子の家にいるんだろう。その子の服は和服、そして
「あの先輩、もしかしてさっきの電話相手の人も迷子なんですか?」
「まあ、うん。そうなるのかな?」
場所が全然わからないって言ってたから迷子になるだろうな。
「先輩!私もその人探します!」
「え!?」
シャロも一緒に探すと言ってきた。気持ちは嬉しいがもう午後六時だ。夕日は沈み、空はもう暗い。こんな時間に女の子を外にいさせるのも良くないだろう。
「嬉しいけど、もう遅いから家に帰った方が良いよ?後は自分で何とかするよ。街の人に聞いて探すから。」
「ダメです!それだと時間がかかります!私の家近くですし、小さいときからこの街に住んでるので土地勘もあります!だから一緒に探させてください!」
熱意のある視線を向けて言ってきた。俺は街中の人に聞いて回って和菓子屋の場所を聞こうと思っていた。でもそれだと時間がかかる。シャロの言う通りだ。そして今目の前にいる土地勘のあるシャロに協力を頼めば今からすぐに探すことができる。シャロもそれを望んでいる。
ダメだな俺は。折角の親切心を迷惑をかけたくないという理由で振り払おうとしてる。昔から俺は自分で何とかしようとする悪い癖がある。今だってそうだ。
もしかしたら俺は誰かに頼ることを恥ずかしいことだと無意識に思ってしまっているのかもしれない。
それじゃダメだ。こういう時こそ頼らないと。
「わかった。それじゃあ何度も悪いけど一緒に探してくれるかな?」
「はい!」
シャロは嬉しそうに返事をした。
「それじゃ先輩、そもそもなんですけどどうして迷子になんかなったんですか?」
「ああ。妹と一緒に………正確には幼馴染だけど。ココアって言うんだけど、その子と一緒にこの街を巡ってたんだ。そしたら見知らぬ女の子がやってきて、その子に俺がココアをナンパしてると勘違いされて、ココアを連れてどこかに行ってしまったんだ。それで追いかけたけど、見失って迷子になって途方に暮れてた時にシャロと出会って今に至ってる。」
「………それって見方によっては誘拐になるんじゃ………?」
「………まあ事件としての視点から見ればそうなるかもしれないけど、助けたいという思いで連れて行っただろうから、少なくとも俺はそう思ってないよ。ちゃんと話せば誤解も解けるだろうから。」
シャロが引きつった顔をしている。多分誰が聞いてもそう思うだろうな。
「すごい勘違いされたんですね。それじゃあ先輩の妹さんを連れて行った女の子の特徴を教えてください!私も探します!」
「ありがとう。えっと、緑色の和服で肩の部分にフリルが付いた白いエプロンを着てて、前髪がパッツン髪でロングヘアの女の子だよ。お
「……………え?」
俺が特徴を言った途端、シャロは急に呆然とした顔で目が点になった。何か変な事言ったか?
「ん?どうした?」
「先輩…………その女の子の髪って黒髪ですか?」
「そうだけど。」
「……………緑色の瞳をしてますか?」
「うん。確かそうだったよ。」
「……………はぁ~~~~~………。」
シャロは首を垂らすように肩を落とし、かなり長めの溜息をついた。見た感じ『またか………』みたいなオーラを放っているが。
「先輩、付いてきてください。私、その子知ってます。」
「え!?本当に!?」
「はい。私の………幼馴染、です。」
「………そう、だったん、だ。」
こんな偶然あるか?シャロも驚いているだろうけど、俺も驚きすぎて上手く言葉が出てこない。
「ごめんなさい!ごめんなさい!私の幼馴染がご迷惑を!」
「い、いや、シャロが謝ることじゃないよ。」
シャロは深々と頭を下げ、何度も謝ってきた。この感じ、ココアが問題起こしたときに俺が代わりに謝っている時に似てるような。シャロも苦労人なのか?
「と、とりあえず今はココアを探すのか先決だから、案内頼めるかな?」
「はい!あっちです!」
申し訳なさ100%の顔のシャロだが、とりあえず案内してもらった。道中もずっと謝ってきて、逆にこっちが申し訳なくなってきたが、何とか
「着きました。ここです。」
案内してもらった場所は和風の建物で看板には『庵兎甘』と書かれた和菓子屋だった。
「………”あんとかん”?」
「これ右から読むんですよ。あと『兎』と『甘』は訓読みです。」
「あ、なるほど。」
右から読むなんて珍しいな。『甘兎庵』と書いて”あまうさあん”か。そういえばココアが
「チヤー?いる?」
ドアを開け、中に入ったシャロは店の奥にも聞こえるくらいの声で名前を呼んだ。店内は家族、複数人用のテーブルが壁際に並べられ、一人用のカウンター席も設置されている。しばらくすると、足音がだんだんこちらに近づき奥の部屋から
「あ!お帰りシャロちゃん!………ああああああああ!!!!」
俺の姿を見た途端、にっこりと微笑んでいた顔から一気に険しい顔になり、警戒態勢に入った。ココアが電話で言ってた通り、まだ勘違いされたままなんだな。
「ど、どうしてここが!?まだココアちゃんの事諦めてないのね!?」
「いや、何回も言ってるけどナンパじゃないって!」
「誰がそんなこと信じるっていうの!?」
ダメだ。全然俺の話聞いてくれない。シャロはめんどくさそうに溜息を吐いている。多分今まで何度も同じようなことが起こって、その
「チヤちゃんどうしたの………?あっ!お兄ちゃん!」
奥の部屋から今度はココアが
「ダメよココアちゃん!危ないわ!」
チヤが肩を掴んで引き留めてしまった。
「な、なあ、とにかく俺の話を聞いて―――――」
「誰があなたの話なんか聞くものですか!無理やりにでも
ナンパの次は
「チヤちゃん落ち着いて!
「いいえ!ココアちゃんは純粋すぎるわ!あの目を見て!あれは色目を使う目だわ!下心を隠して近づいて、誰もいない所に連れ込んで、あんなことやこんなことをするんだわ!あれは
………ちょっと待て。流石にカチンときたぞ。黙っていれば言いたい放題。色目を使う?そんなわけないだろう!俺はココアが見つかって安心してたんだぞ!これのどこが色目なんだ!
「シャロちゃんも危ないわ!その人から離れて!」
「……………。」
シャロはまるでチヤの声なんか聞こえていないかのように微動だにせず一言も声を発さず、ただジーッとジト目でチヤを睨んでいる。
「……………。」
そして無言のままチヤのもとへスタスタと歩き―――――
「この………!」
握りこぶしを作った右手を頭上に上げ―――――
「おばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そう叫びながらパシーンッ!と頭を思いっきり叩いた。痛そう。割と結構響いたぞ。
「痛ったぁ……………何するのシャロちゃん!?」
「うるさい!あんたは昔っっっっからそう!すぐ早とちりして全然人の話を聞かない!
「え……………?だってあの人、ココアちゃんを狙って………。」
「違うよ!あの人は私のお兄ちゃん!お兄ちゃんなの!」
「………お兄、ちゃん………?」
「「そう(よ)(だよ)!」」
ようやく二人の声が届いたようで、状況を飲み込めきれず目をパチパチとしている。『そうなの?』と言いたげな視線を送ってきたので、俺は
「……はわわわわわわわわわ!!!」
今までずっと自分の勘違いだったことに気付いたようで、口元を手で覆いながら首から頭の
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!私とんでもない勘違いを!!!」
「いや、誤解が解けてくれたならいいんだ。」
「………いえ、それじゃ私の気が収まらないわ!」
そう言って
どこかで見たことあるような………。
そしてそのカバーを外すとそこからギラリと光る刃が出てきた。包丁だ。しかもかなり切れ味の良さそうな。
「腹を切って
チヤはそう言って包丁を逆手に持ち、腹へ近づけた。あの目は本気だ。マズい!
「ちょちょちょちょちょちょっと待て!切るな!切らなくていい!」
俺は慌ててチヤが震えた手で持っている包丁を抑えた。だが余程覚悟が決まっていたのか、抑えた俺の手を振り払おうとしていた。続いてシャロとココアもチヤを抑え、シャロは
まさか包丁を出してくるとは思わなかった。普通
「……………ごめんなさい。」
「もう大丈夫だよ。誤解は解けたんだから。あまり謝られ過ぎると、俺が申し訳なくなってくるよ。」
「……………ごめんなさい。」
ようやく落ち着きはしたが、見ての通り俯いたままずっと謝ってばかりだ。俺たちは今、適当なテーブルに着き俺の隣にはココア、正面の向かい側にはチヤ、チヤの隣にシャロが座っている。そしてチヤの手首は
「そういえば名前言ってなかったな。俺は
「………………。」
俺が自己紹介をしてもチヤはコクッと頷くだけで返答はなかった。重症………いや、それ以上かもしれないな。
「こら、返事くらいしなさいよ。失礼でしょ?先輩すみません。この子こんな感じで落ち込みやすいですけど、その分立ち直りも早いのであまり気にしないでください。」
「そうなんだ………。」
「あんたもいつまでもしょげてるんじゃないわよ。」
「………だって私、リョーマ君に
「いや、もう大丈夫だから。もう気にし……てないから。そんなに気を落とさなくていいんだぞ?」
いや、本当は割と気にしているし、結構傷ついた。あんなに
「………でも………。」
「ああもうめんどくさいわね。そんなに罪悪感があるならお
「………………。」
シャロがそう提案しても乗り気ではないというか、それが
再び沈黙の空気が流れる。空気が重い。呼吸がしずらいのは俺の気の
「いいの!?じゃあこの店のメニュー全部一通り食べてみたい!」
「「「………………!」」」
突然ココアが今の空気感には似合わないくらい元気な声で無茶な要望を出してきた。俺含め三人とも、あまりに突然だったので言葉が出ず驚きの表情を出すことしかできなかった。
「あれ?みんなどうしたの?」
「いやいや欲張りすぎだろ。せめて一品だけにしておけ。というか今日あんなに食べただろ?それにもうすぐ夕飯なんだぞ?今度にしておけ。」
「あ!そっか。あはは………」
あははじゃないだろ。まったく。
「………ふふ、ココアちゃんは本当に食べるのが好きなのね。わかったわ。ココアちゃんにはこの店の全メニューを振る舞うわ。」
「え?いや、それは悪いって。店の売り上げに響くだろ?」
「ううん、いいの。これは
「やったー!」
ココアのおかげで空気は明るくなったけど、今度は俺が申し訳なくなってきた。でも俺がここで余計なことを言うと振り出しに戻りそうな気がする。折角空気が良くなったんだ。お言葉に甘えよう。
「ココアちゃんもごめんなさい。あなたのお兄さんに
「ううん。もう大丈夫だよ。でもこれからは人の話をしっかりと聞いてほしいな。………お兄ちゃんの悪口言われるのすごく嫌だから。」
「ええ。気を付けるわ。」
立ち直ってくれたみたいでなんとかなったな。それにしても相変わらずこういう時のココアってすごいよな。ココアオーラ恐るべし。
「そうだ!これ返すよ。」
一つ思い出した俺はポケットからビー玉が入った
「ありがとう!………その、大丈夫だった?
「まあ、痛かったけど今はもう大丈夫だよ。」
「そう、よかった。」
「………それあんたのおばあちゃんから貰ったものでしょ?なんてことに使ってるのよ。まったく。」
「うぅごめんなさい。」
「今はもう痛くないから、気にしなくていいぞ?」
シャロにそう
「そういえばチヤ。先輩たち、チヤと同じ学校なんだって。」
「え?そうなの?」
「ああ、俺は二年の転校生としてだけど。」
「ということはココアちゃんは今年入学なのね。私も今年入学なの!同じ学年ね!」
「え!?ほんと!?やったー!クラスも一緒になれるといいなぁ~!」
「ふふ、そうね。」
すっかり仲良くなったな。チヤもさっきまで罪悪感いっぱいだったのに、いつの間にか最初からそんなことなかったみたいに笑顔だ。そんなチヤをシャロは
ボーン、ボーン、ボーン。
空気が和んできたと同時に、振り子時計の時間を知らせる音が響き渡った。その音につられて時計を見ると午後七時を指していた。俺はそろそろお暇すると伝えると、チヤたちは見送ってくれるらしく四人で店の前へ出た。
「あ!そうだわ!ちょっと待ってて!」
店を出た瞬間チヤが何か思いついたように店に戻っていった。両手を紐で縛られている所為で少し動きづらそうだったけど。
「先輩、今日は色々とすみませんでした。」
チヤが戻ってくるのを待っている間、改めてシャロが頭を下げて謝ってきた。
「もう気にしなくていいよ。ココアも見つかったし、誤解も解けたから俺はもう充分だよ。」
「はい………。あの、チヤは昔からあんな感じですけど悪い子じゃないのであまり警戒せずに接してあげてください。」
少し不安気な表情で言ってきた。シャロが言っていることは間違いないだろう。俺がココアのことをよく知っているようにシャロもチヤのことをよく知ってるはずだ。小さいときからの幼馴染なんだから。
「もちろん。それに俺もココアの面倒で色々苦労したからシャロの気持ちはよくわかるよ。」
そう言いながら俺はポンッとココアの頭に手を置くと、照れたような表情を見せた。褒めてねぇよ。
そんなココアをシャロはチラッと見ると、
「確かにあんたはチヤと少し似てるわね。天然というか、お気楽というか。」
「そうかな?えへへ!」
いや、多分褒められてないぞ?その所為でいつも振り回されてきたんだから。それを証明するように軽い溜息をついてるし。
「お待たせ!」
店からチヤが緑色の
「これ、よかったら食後に食べて。」
「これは?」
「
そう言って
「よかったらまた来てね。その時は約束通りたくさんの和菓子をココアちゃん達に振る舞うわ!」
「ありがとうチヤちゃん!」
「俺もいいのか?」
「もちろん!むしろリョーマ君に一番
「そうか。じゃあその時は一品だけいただくよ。」
「ええ!待ってるわ!それじゃあ夜道に気を付けてね。」
「ああ、またな。」
「ところでシャロちゃん。そろそろこの紐解いてほしいんだけど………。」
確かに解いても大丈夫だろうな。もう暴れたりしないだろうし。
「何言ってるの?解くわけないでしょ?私の説教が残ってるんだから。」
「………え?」
わけがわからないみたいな顔で首を
「え?じゃないわよ!あれだけの事しておいて謝罪だけで済むわけないでしょ!今回ばかりは許さないわ!こっちに来なさい!お説教よ!」
そう言って紐で縛られたままのチヤの手を掴み、店の中へ連れて行こうとしていた。
「シャロ!別にそこまでしなくても………。」
「ごめんなさい。先輩の頼みでも聞けません。このおバカには一度ガツンと言わないとダメです。」
これはもう何を言ってもダメなやつだな。諦めよう。
「………そうか。その、ほどほどにな?」
「はい!ほ・ど・ほ・どにします!」
………うん、絶対ほどほどじゃないな。顔は
「ほら、行くわよ!」
「ひぃ!リョーマ君、ココアちゃん助けてぇ!」
俺たちに助けを求める声も
「チ、チヤちゃん大丈夫かな?」
「………立ち直りが早いって言ってたし多分大丈夫だろう。後のことはシャロに任せて俺たちは帰ろう。チノも待ってるだろうし。」
「そうだね。チヤちゃんまた来るね。」
去り際に説教を受けているチヤにボソッと呟くように告げたココアを連れて俺たちはラビットハウスへ向かった。
色々あったけど何とか事態は収束したな。この店に来てまだ一時間も経っていないのに、かなり長く感じた。誤解も解けて和解もできて、それにココアに新しい友達ができて、結果論ではあるけど良かったな。
ただ一つ心配事があるとすれば、ココアが甘兎庵のメニューを全部食べてみたいと言ってたことだ。有言実行する子だから本当にそうするんだろうけど、心配なのは栄養の偏りだ。あとこれは本人が一番気にするだろうけど………体重も。まあ一日一品とか数日に分けていけば大丈夫だろう。まさか一日で制覇するなんてことはしないだろう。いくら食いしん坊のココアでも。でも今日の食べっぷりを思い出すとその可能性も………いやまさかな。深く考えないでおこう。
To be continued
今回はナンパと勘違いされるというオリジナル展開にしてみましたが、いかがだったでしょうか?今後のリメイクもこんな感じでオリジナルを入れていく予定なので面白いと思っていただければ幸いです!