今回の話なんですけど前半はいつも通りの流れで、後半は殺伐とした感じでしかもココアのイメージを壊してしまう恐れがあるので、ちょっとそういうの無理だなって方はブラウザバックをしたほうがいいと思います。
12時を過ぎラビットハウスから出発して約10分後、甘兎庵に到着できた。チヤからは裏口からくるように言われている。ココアはちゃんと勉強してるだろうか?まあ行けばわかるだろう。
俺はチヤに予め指示されていた甘兎庵の裏手に周った。裏口がある建物と建物の間の道は陽は入っておらず、6月ということもあり少し蒸し暑かった俺の体を少しだけ涼ませてくれた。俺はそのまま道なりに進むと裏口である引き戸を見つけ、隣にあったチャイムを鳴らした。
「ん?なんだい?」
引き戸が開くと中からおばあさんが出てきた。薄茶色の髪をしていて黄緑色の和服の上に白いエプロンを着ている。恐らくこの人がチヤのおばあさんなのだろう。
「初めまして如月リョーマといいます。今日はココアとチヤの勉強会でお邪魔しに来ました。」
「なんだい?あんたうちに弟子入りに来たのかい?だったらそうと早く言いな。それになんで裏口から来るんだい?弟子入りに来たのなら普通正面の入り口から来るだろうに。」
「..........え?」
俺の聞き間違いか?弟子入り?どこをどう聞き間違えたらそうなるんだ?
俺は状況が飲み込めず、動くことができなかった。
「ほら、早くこっちに来な。ビシバシ鍛えるからね。」
「あの!俺弟子入りに来たんじゃなくて勉強会にきたんですけど......!」
「何グズグズしてんだい。早く来な。」
「あのですから。」
「早く来なって言ってるのが聞こえないのかい!!!」
「は、はい!」
ものすごい圧だ。おばあさんはそのまま俺に背を向けたまま奥へ入って行ったが後ろ姿だけでも気圧されそうになる。俺はおばあさんに従うことしかできずそのまま付いて行った。
※
「着替えたね。なかなか似合ってるじゃないかい。」
「あ、ありがとうございます。」
言われるがまま制服に着替えさせられ台所へ連れてこられた。七分袖で
「それじゃ早速始めるよ。言っておくけど手抜いたり、ましてや間違えてコーヒーなんか入れたらただじゃおかないからね。」
「は、はい。.........あの、それよりおばあさん。俺勉強会に........」
「いちいち口答えするんじゃないよ!!!それにおばあさんってなんだい!あたしのことは師匠って呼びな!!!」
「は、はい!すみません!」
こ、怖すぎる。この人には絶対に勝てない。直感的にそう思ってしまう。というか多分そうだろう。今はこの人に従おう。
「ほら、突っ立ってないで早くこの小豆を茹でな。まずは餡子から作るよ。」
「はい!」
俺はおばあさんから小豆が入ったボウルを受け取り、お湯が入った鍋に移した。
「そのまま暫く茹でてな。小豆が出ないようにこまめに水を入れて
「わかりました!」
おばあさんはそう言い残しどこかへ行ってしまった。
「.......なんでこうなったんだろう。」
元々ココアたちの勉強会に来たのにこんなことになるとは想像もしてなかった。このままじゃさらに勉強会に遅れてしまう。
俺は申し訳ない思いで鍋に水を足しながら灰汁を取っていく。周りは無音で小豆を茹でるコンロの火の音と沸騰の音だけが響き渡る。ココアたちにメールを送りたいけど制服に着替えた時にケータイも置いてきてしまったから連絡を取ろうにも取れない。
「そろそろいい頃かね。」
暫くしてるとおばあさんが
「おばあさ.........コホン、師匠もういいんですか?」
危ない危ない、怒鳴られるところだった。
「...........んん、もういいだろう。次はザルに移してヘラで潰していきな。」
「はい!」
俺はおばあさんに言われた通りに取り掛かっていく。その後もおばあさんの指示通りに今度は布きんでこしとりさらし餡を完成させた。その次は鍋にさらし餡と水と砂糖を入れ強火で火をかけ混ぜていく。
「いいかい?ここが一番大事だ。焦がさないようにしっかりと鍋底から混ぜていきな。」
「はい!」
俺は細心の注意を払いながらしっかりと混ぜていく。隣でおばあさんが見てるからなんだかすごく緊張する。程よい硬さになると今度は塩を加えてしっかりと混ぜて火を止めた。すごく暑い。
「よし、それじゃそれを冷蔵庫に入れて冷やしてきな。」
「わかりました!」
俺は餡子を冷蔵庫に入れ、タオルで汗を拭っておばあさんの所に戻った。
「次はの生地を作っていくよ。休んでる暇なんかないよ。まずはボウルに砂糖と水を混ぜな。」
俺は指示通りに砂糖と水を入れ丁寧に混ぜていく。混ぜ終わったら次は小麦粉を入れヘラで混ぜていき、しばらく寝かせた後、次は手でこねていく。
「.........ん?あんた、随分慣れた手付きしてるじゃないかい。何かやってるのかい?」
「パン作りを頑張ってるんです。こねるのは得意なんですよ。」
「ふーん、そうかい。」
良い感じに生地をこね終わると、ちょうど餡子が完成したみたいで冷蔵庫から取り出しその餡子を生地に包んでいった。おばあさんから見たらどうかわからないけど我ながらいい感じにできたと思う。
「そしたらそれを蒸し器に入れな。それでしばらく待ったら完成さ。」
俺は包み終わった生地を蒸し器に入れ、強火で蒸した。10分後蓋を開けるとふっくらとした
「ふん、いい感じじゃないか。あとはそのまま置いて冷ましておきな。」
「はい!」
俺は蒸し器から饅頭を取り出しテーブルに置いて冷ますことにした。無事に終えるとおばあさんが椅子を出してくれたのでお互い向き合うように座った。
「どうだった?初めて饅頭を作ってみて。」
「はい、思ってたよりだいぶ大変でした。特に餡子づくりが。」
「ふん、饅頭は生地も大事だけど餡子の味が物を言うからね。餡子づくりを怠ればその分味が落ちるもんさ。」
「確かにそうですね。」
俺はおばあさんと一緒に話をして少し打ち解け合った。最初はとても怖そうに見えたけどそんなことはなく本当はとても優しくほんの少しだけ不器用なおばあさんということがわかった。
「おばあちゃん!ココアちゃんとお饅頭を食べ..........リョーマ君!?」
「よおチヤ。」
「ん?なんだいチヤ、この弟子と知り合いかい?」
「弟子!?リョーマ君どうなってるの?」
「えっと、それがな........。」
驚いているチヤに事の経緯を説明した。弟子入りと間違えられたこと、ケータイを置いてしまって連絡ができなかったこと等を説明するとチヤはなるほどと納得したみたいだ。
「そうだったの。おばあちゃんが弟子なんて言うからびっくりしちゃったわ。」
「ん?なんだいあんた、うちに弟子入りに来たんじゃないのかい?」
「はい、勉強会に来たって何度も言ってたんですけどね。」
「そうだったのかい、そいつはすまなかったね。.........ん?」
おばあさんは何か疑問に思ったような表情になり俺に近寄り俺の目をジッと見始めた。
「あの........何ですか?」
「.........あんた、この近くの路地裏にあるいろんな国の土産物が売ってる店行ったことあるかい?」
多分前にチノのお土産を買い忘れてしまった時にお世話になったおばあさんの店の事だろう。あの時は本当にお世話になった。
「はい、前に1度行ったことあります。」
「ひょっとしてその時、妹のために水饅頭を貰わなかったかい?」
「え?どうして知ってるんですか?」
「.........そうかい。あんたがあのババァが言ってたガキんちょかい。確かに優しい目をしてる。」
そういえばお土産屋のおばあさんとチヤのおばあさんはとても仲が良いって確か前にチヤが言ってたな。
「この前うちにやって来てね、あんたの事話してたよ。妹のために頑張る所がクソ兄貴によく似てるって言ってたよ。」
「そうなんですか?」
「まあそのクソ兄貴はもうお空の上だけどね。」
「あ.......そう、ですか。」
そうだったのか。だからあの時おばあさんは少し悲しそうな顔をしていたのか。俺を亡くなった兄と重ねて見てしまったというわけか。知らなかったとはいえおばあさんには辛い思いをさせてしまったかな。
「もう辛気臭い話はやめだ。それよりそろそろ饅頭が冷めた頃だね。弟子入りじゃなかったとはいえ一応審査させてもらうよ。」
「はい、どうぞ。」
おばあさんは饅頭を1つ手に取り、感触や色味をじっくりと確かめ、パクっと饅頭を1口食べゆっくりと咀嚼して審査していた。弟子入りじゃないのに何故か緊張してしまう。
「..........あんた、リョーマっていったかね?」
「はい、如月リョーマです。」
「あんた、うちで働きな。」
「「え!?」」
俺は突然の事に驚いたが、横にいたチヤも驚いていた。自分の祖母が突然こんなこと言い出したから驚くのも無理ないか。
「お、おばあちゃん!どうしたの急に!?」
「リョーマの作った饅頭は生地はしっかりと柔らかさがあって噛み応えも良かった。パン作りをしてるだけの事はある。餡子の方はまだまだだけど、初めてにしては上出来だったからね。磨けば輝くだろうさ。」
褒めてくれたのはすごく嬉しかったけど、俺はここで働けって言われた驚きの方が上だった。
「すみません、お気持ちは嬉しいんですけど俺はもう別の店で働いてるので。」
「そうかい。ちなみにどこの店だい?」
「ラビットハウスです。コーヒーの喫茶店です。」
「なんだい、あのクソジジィの店かい。」
「え?おじいさんを知ってるんですか?」
「ふん!あんなぶきっちょ面で業突く張りで図々しいジジィなんて知らないよ!」
その割にはけっこう知ってるような口ぶりだけど突っ込まないでおこう。この様子だとライバル関係だったのだろうか?今度おじいさんに聞いてみようかな。もし本当にライバル関係なら今のおばあさんと同じ態度を取りそうだけど。
「まあ、気が変わったらいつでも来な。それより今日はチヤ達の勉強会に来たんだろ?早く行きな。あとチヤ、今日はリョーマが作った饅頭持って行きな。」
「わかったわ!」
「それじゃお邪魔しますね。」
俺はそのままチヤに案内されて2階に向かった。
「.......まったくあのクソジジィ良い子に巡り合えたもんだ。」
※
「大変だったわねリョーマ君。」
「まあな。でもいい体験ができたよ。」
服を着替えた俺はチヤと話しながら2階の廊下を歩いていた。甘兎に来たら弟子入りとかうちで働けと言われたりとか驚きの連続だったけど、今振り返って思うと和菓子を作る大変さを知ることが出来たし和菓子作りも楽しかったと思えた。
「それにおばあちゃんも楽しそうだったし。」
「え?そうなのか?」
「ええ、おばあちゃん和菓子作る時はあまりしゃべらないの。2階でココアちゃんと勉強してた時、下からおばあちゃんの和菓子の作り方を教えてる話し声が聞こえて誰と話してるんだろうと思ってたけど、声のトーンがいつもより楽しそうな声だったの。まさか教えてる相手がリョーマ君だったとは思わなかったけどね。」
俺は全然わからなかったけどチヤはおばあさんと一緒に暮らしてるから些細な違いでもすぐに分かるんだろう。
「リョーマ君ここよ。」
チヤと話ながら歩いてると目的地の部屋に着いた。
そしてチヤはココアに聞こえないように囁き声で話してきた。
「ココアちゃんすごく頑張ってるでしょ?」
「そうだな。いつも勉強嫌がるのに」
「最近のココアちゃん、学校の授業でもこんな感じなの。今までは授業中よくうたた寝することがあったんだけど、最近はそんなことないし小テストも良い点取ってるから私もびっくりしてるの。」
「そうなのか...........ちょっと待て。ココア今までよくうたた寝してたのか?」
「........あ!」
チヤは慌てて口を押えた。多分ココアから秘密にしててとか言われてたんだろうな。普通に聞き逃しそうになったぞ。
「いいよ、今のは聞かなかったことにする。頑張ってるんだったら無理に注意しない方が良いだろうし。」
「ありがとうリョーマ君。」
ここで注意してそれで落ち込んでしまったら折角頑張ってるココアに悪いし、それが原因でやる気を無くさせてしまったら元も子もないからな。野暮なことはやめておこう。そう心に留めた俺はそのまま部屋に入った。
「ココア、遅れてごめんな。」
「..........ん?あ!もーーお兄ちゃん遅いよ!もうお昼の2時だよ!何してたの!」
真剣だった顔は一瞬で無くなり、頬を膨らませてプンスカと怒っていた。
「ごめん、ちょっとチヤのおばあさんと饅頭作っててな。」
俺はさっきチヤに説明した通りにココアにも事の経緯を話した。最初は頬を膨らましたまま聞いていたが、だんだん納得してくれたようで許してくれた。
「へぇ~、お兄ちゃんお饅頭作ってたんだ。じゃあチヤちゃんが持ってるのはお兄ちゃんが作ったお饅頭なの?」
「ええそうよ。お饅頭あるし少し休憩にしましょ?おばあちゃん、初めてにしては上出来って言ってたからきっとおいしいわ!」
「ほんと!?やったー!お饅頭♪お饅頭♪」
ココアはすごい上機嫌でちゃぶ台にあった教科書やノートを片付け始めた。その無邪気な姿に俺とチヤは互いに笑みをこぼし、ちゃぶ台の前に座った。
「いただきまーす!」
ココアは元気な声でいただきますと言って饅頭を美味しそうに食べ始めた。少し味の心配をしてたけどおばあさんが悪くないって言ってたから大丈夫だろう。
「ん~!もちもちしてる!」
「まあ!生地がしっかりしてるわね!」
2人とも好評みたいだ。初めて作ったものを食べてもらうってなんだかドキドキするけどココア達の口に合ったようでよかった。
「そうだ、あとこれ。遅れたお詫びにハンバーグサンドを作ってきたよ。」
「ハンバーグサンド!?やったー!!!お兄ちゃん早く早く!」
饅頭の時以上にすごく喜んでいる。俺の体を揺すってもう待ちきれない様子だ。俺はハンバーグサンドが入った箱を取り出し、ちゃぶ台の上で蓋を開けてココアに見せると目を輝かせてものすごく凝視していた。
「お饅頭も食べれてハンバーグサンドも食べれて、今日はすごくいい日だね!」
「そうね!」
ココアは有無を言わせずハンバーグサンドをパクパクと食べ始めた。饅頭の時より食べる速度がものすごく速いしチヤもニコニコしながら美味しそうに食べている。もうちょっと多く作った方が良かったか?
ココアとチヤはそのままハンバーグサンドを食べ、間に饅頭も食べてすっかり夢中になっていた。もうほとんど残っていない。まだ1つも食べてないのに。
俺は饅頭とハンバーグサンドを1つずつ取って残りはココアとチヤに食べさせることにした。
※
「「ごちそうさまでした!」」
「お粗末様。」
「はぁ~美味しかった!」
食べ終えたココアはそのまま俺の膝を枕にしながら横になりすっかりリラックス状態だ。俺はココアの頭にそっと手を添えるとふにゃっとした笑顔でとても嬉しそうだった。するとココアは俺が添えていた手を手に取り自分の頬に移していた。今日のココアは一段と甘えん坊だ。
「えへへ///今日はチノちゃんいないからお兄ちゃん独り占め♪」
こんなことチノが聞いたらチノの火山が大噴火間違いなしだな。最近はチノばっかり甘えててそれを見たココアは時々少し嫌そうな顔をして我慢してた節があったから今日くらいは存分に甘えさせてあげよう。
「よしよし、じゃあ今日はいっぱい甘えていいぞ!」
「ほんと!?じゃあいっぱい頭撫でて!」
今のココア何だか猫みたいだ。甘えるのに夢中で他の事なんか忘れて我慢してたのが一気に出てきた感じだ。甘えん坊になったばかりの頃のチノに似てる。
「..........んぅ~........。」
撫で続けているとだんだんココアの瞼が重くなってきていた。言葉もあまり発さなくなり吐息だけが聞こえてくる。
「眠いのか?」
「........うん........。」
「じゃあちょっとだけ寝ようか。」
「........うん.......。」
ココアは『うん』だけ言って少しずつ目を閉じていきそのまま眠ってしまった。何か掛けるものはないか辺りを探しているとチヤが毛布を持ってきてくれたので、俺はそれを受け取りココアに掛けた。
「ココアちゃんぐっすりね。」
「そうだな。」
まだ1分も経ってないのにココアはもう熟睡していた。ずっと勉強してたから疲れたんだろう。
「それにしてもココアがこんなに勉強頑張るなんてな。」
「そうね私も最初は驚いたわ。何かあったのかしら?リョーマ君は何も知らないの?」
「う〜ん、強いて言えば前に俺が高熱で病院に運ばれただろ?その日くらいから急に頑張るようになったんだ。なぜかはわからないけどそれくらいしかわからないな。」
「そうなの?」
「うん。」
「...............。」
チヤはそのまま手を顎に当ててココアを見ながら何かを考えて始めた。しかもいつになく少し真剣な顔で。
「.........ひょっとしてココアちゃん...........う〜ん、考えすぎかしら?」
「ん?どうした?」
「........ううん何でもない。」
何かボソボソと呟いていたが結局何もわからないままこの話は終わってしまった。そんなに深く考えなくてもいつかわかる時が来るだろう。
「ん〜...........」
突然ココアがもぞもぞと動き出し、起きるのかと思ったが寝ながら俺の方へ少しずつ這い上がって来て俺のお腹辺りに抱きついてきた。
夢の中でもハグしてるのか?
それよりもお腹に抱きつかれると身動きがほとんど取れない。下手に動いたらココアを起こしてしまうだろうし。
「ココアちゃんリョーマ君の前だと寝てる時も甘えん坊なのね。」
「チノもこんな感じだぞ。寝る時は隣で寝てるけど朝起きた時は俺に抱きついて寝てることがしょっちゅうだし。」
「なんだか姉妹っぽいわね。」
「はは、そうかもな。」
「私たちも少し寝る?」
「う〜ん........そうだな。少し時間あるし昼寝でもするか。」
「ええ!」
俺たちは少しだけ昼寝をすることにした。俺はココアを起こさないように慎重に横になりチヤも隣で横になった。天井がいつもと違うから少し新鮮な気持ちになる。
「それじゃリョーマ君おやすみなさい。」
「ああ、おやすみ。」
※
「........せん.........い。」
誰かの声が聞こえる。
「せん....い..........起き...........さい」
声がだんだんはっきりと聞こえ、うっすらと目を開けると誰かが俺を起こそうとしていたのが分かった。だけど天井にある電気の逆光の所為でそれが誰なのかがわからない。
「あ、やっと起きた。」
誰かはわからないけど多分ココアだろう。お腹辺りの上にココアの頭が置かれてる感覚が無いからココアが俺を起こそうとしてくれたんだろう。
「ココア、起こしてくれてありがとう。」
「え?..........ひゃあ!」
俺はお礼を言いながらギュッと抱きしめた。するとその子はびっくりしたような声を出して固まってしまった。頭を撫でたが何だか少し違和感がある。髪が少し癖毛のような感じがするしココアはハグされてびっくりするような子じゃない。だんだん違和感に気付き少し寝ぼけていた意識がはっきりとすると今抱きしめてる子がココアじゃないとすぐに分かった。
「ココア.....じゃない?...........シャロ!?」
「あの.......はぅ~~~////」
「ご、ごめんシャロてっきりココアかと!シャロしっかりしてくれ!」
「あぅ~~////.........。」
「シャロちゃん、リョーマ君起きた?ってシャロちゃんどうしたの!?」
「わわわ!シャロちゃんが気絶してる!」
開いた襖から湯呑みを乗せた御盆を持ったチヤとそれに付いていたココアが入って来た。頭から湯気を出して気絶しているシャロに気付いたチヤは慌てて御盆をちゃぶ台に置いて駆け寄り、ココアは急いで氷を持って来ようとキッチンの方へ向かっていった。俺の勘違いが生んだ大パニック劇は幕が下りるまで20分近く続いた。
※
「ほんっっっっっっっとにごめんシャロ!てっきりココアかと思ってしまって!」
「い、いいんですよ先輩。もう気にしてませんから////」
俺は頭を床につけて土下座をして謝っていた。今の俺の土下座、もしかしたら教科書に土下座の例として載るんじゃないか?
「その割にはシャロちゃん顔真っ赤になってるわよ。」
「しょ、しょうがないでしょ!男の人にハグされたの初めてなんだから。」
あれ?前にシャロがカフェインで酔って俺に抱き着いてきた覚えがあるんだけど覚えてないのか?.......これは言わない方が良いな。
「え?初めて?シャロちゃん前にお兄ちゃんに自分から抱きつiむぐぅ!」
こいつ今とんでもない事言おうとしたな。そんなこと言ったらまたシャロが湯気を出して気絶してしまうに決まってる。知らない方がいいことだってある。今のが正にそれだ。
「わ、私はもう大丈夫ですから勉強の続きをしましょう?」
「そ、そうだな。」
俺たちは少しぎこちない雰囲気でちゃぶ台を囲んで勉強会の続きが始まった。
そういえばなんでシャロがいるんだろう?バイト帰りに寄ってきたのか?
「そういえばシャロ、なんでここにいるんだ?バイト帰りか?」
「いえ、実は今日私も勉強会に来る予定で時間になったら呼びに来るって言われてたんですけど、この和菓子娘が呼びに来るのをすっかり忘れてたんですよ。」
そう言ってシャロはチヤの耳を軽く引っ張って強調していた。
「シャロちゃんごめんなさいね。」
「も~頭撫でるな~!」
チヤはシャロを
「お兄ちゃん!勉強いっぱい頑張ったからちょっとテストして!」
隣にいたココアが割と自信有り気な感じで言ってきた。
一応勉強会のために昨日ココア用のテストを作ってきたけど大丈夫かな?最近頑張ってるから少し難しめに作ろうと思って作ったけど難しく作りすぎたかもしれない。まあでもこれはこれで今のココアのレベルがわかるからとりあえずやらせてみよう。
「それじゃまずは国語からいくぞ。20問で制限時間20分だ。」
「任せて!」
「ちなみに全部50点以上取れたらハグしてあげる。」
「ほんと!?よーし!」
ココアは袖をまくってテスト用紙に書き始めた。最初はスラスラと書けていたが途中から鉛筆が止まり始めていた。どこの学校もそうかもしれないけどテストの最初辺りは割と簡単で最後に行けば行くほど難しくなってくる。今回のテストは俺もそういう感じで作ったから多分こうなるだろうとは思っていた。
そのままココアは途中で詰まってしまったり、時々閃いたりしてなんとか20分ギリギリで最後まで書き切ることが出来た。そのまま同様に社会、英語と続けていく。ちなみにココアはいつも理科と数学は高得点だから今回は文系だけのテストになる。
「ん~........。」
最後の英語でココアが完全に手が止まってしまっていた。ココアは英語が文系の中で一番苦手で点数が1桁の時があったくらいだ。昨日の学校の小テストを見せてもらった時、国語だったけど60点あったから少しは良い点を取れると思うけど。
「できた!」
「終わったか?」
「うん、英語だけちょっと自信ないけど。」
「よし、じゃあ答え合わせするからちょっと待ってな。」
ココアはやり切った感を出して倒れるように寝転がった。合計で1時間も集中してたから疲れるのも無理ないか。向かいに座っているチヤとシャロを見てみるとシャロがチヤに丁寧に数学を教えていた。俺は黙々とココアの解答用紙を採点していった。
「やったー!全部50点以上だ!」
採点した結果、全部50点を超えていた。国語が70点、社会が65点、英語がギリギリの50点で予想していた点数をはるかに上回っていた。少し難しく作ってしまったから全部30点代か40点代くらいで50点を超えることはないだろう思っていたせいで思わず呆気に取られていた。
「すごいなココア。思ってたよりよくできたよ。」
「えへへ、それじゃお兄ちゃん!約束通り全部50点以上取れたから早くハグさせて!」
「わかったわかった別に逃げたりしないから。おいで。」
「うん!」
ココアは俺を押し倒すように抱きしめてきた。何かを達成した時のハグは格別なんだろうな。今のココアからそんなものを感じる。それにしても全部50点以上取れるなんて本当に驚いた。次は60点を合格ラインにしてみようかな。
「お前たち、そろそろお腹減っただろう?夕飯作ったから食べな。」
襖が開くとおばあさんが入って来た。目途が立ったと同時におばあさんが夕飯を作ってくれたらしい。俺たちは教科書やノートを片付け、階段を下りて1階の食卓へ向かった。中に入るとそこには筑前煮や小海老の天ぷら、味噌汁、茄子の油味噌炒めが並べられていて、これぞおばあちゃんの料理みたいなオーラが輝いていた。俺たちはそれぞれ椅子に座るとおばあさんが人数分のご飯をよそってくれた。
「ほら、冷めないうちに早く食べな。」
「「「「いただきます!」」」」
俺たちは晩御飯を食べ始めた。どれも程よい味付けでこの味の出し方を教えて欲しいくらいだ。ココアたちも美味しそうに夢中で食べてるし、その様子を見ていたおばあさんは硬い表情をしていたが、よく目を凝らして見てみるとほんの少しだけ口元が
※
「チヤ、風呂上がったよ。」
「わかったわ。」
「あれ?ココアは?」
「ココアちゃんなら何も言わずに部屋を出ちゃったけど、多分トイレじゃないかしら?」
「そうか、わかった。」
「それじゃお風呂に入ってくるわね。シャロちゃん一緒に入りましょ?」
「はいはいわかったわよ。」
夕飯後、ココアの後に風呂に入った俺はチヤに風呂から上がったことを伝えるとシャロと一緒に風呂場へ向かっていった。ココアが見当たらなかったけどトイレに行ったんだったらしばらくすれば戻ってくるだろう。
プルルルルッ
「ん?」
既に敷かれていた布団の上でのんびりしていると突然俺のケータイから電話が鳴りだし、画面を見てみるとチノからの電話だった。きっと今日の出来事を言いに掛けてきたんだろう。
「もしもし?チノか?」
「はいお兄ちゃん!あの、今お話ししてもいいですか?」
「ああ、いいよ。そっちは今日一日どうだった?」
「はい、ちゃんと最後まで問題なくできました。あとお兄ちゃん、私今日も夕飯の準備と片付けと勉強を頑張りました!」
「そうか。じゃあ帰ったらいっぱいハグしないとな。」
「本当ですか!........ちょっとマヤさん!邪魔しないでください!」
「チノばっかりずるいぞ!」
「そうだよチノちゃん!私にもお兄さんとお話しさせて!」
「今は私がお兄ちゃんと話してるんです!後にしてください!」
電話越しからマヤとメグの声が聞こえる。聞いた感じだと電話をめぐって喧嘩してるみたいだ。このままだと喧嘩が続く一方だし順番に電話を交代させよう。
「チノ、独り占めは良くないぞ。ちゃんと代わってやらないとダメだぞ?」
「で、でも..........わかりました。........マヤさん、どうぞ。」
「やったー!」
チノは渋々マヤに代わっていた。気持ちはわかるけどチノだけになるとマヤとメグが可哀そうだからな。ちゃんと平等にしてあげないと。
「もしもし兄貴?」
「ああ。今日の仕事の手伝いしてみてどうだった?」
「すごく楽しかった!なあなあ兄貴明日も頑張るからさ、帰ってきたらいっぱいハグして!」
「ああわかった。約束な。」
「へへ!約束だぞ!」
今のマヤの声はすごくウキウキしたような声に聞こえる。ハグができるとわかっただけでこんなにも元気になるなんてチノとメグもそうだけどすごいピュアだな。
「そんじゃメグに代わるな!.........はいメグ!」
「ありがとう!.........もしもしお兄さん?」
「ああ、ちゃんと手伝い出来たか?」
「うん!あとお兄さん、さっきマヤちゃんが言ってたけど明日も頑張ったらハグしてくれるの?」
「うん、ちゃんとするよ。」
「それじゃお兄さん!明日頑張ったらハグと頭撫で撫でして!」
メグは欲張って2つ注文してきた。俺は全然構わないけどそれをしたら残りの2人が、特にチノが文句を言ってくるだろう。ここは1つまでにしておこう。
「メグ、1つに絞ろう?チノもマヤもしてほしい事を1つしか選んでないだろ?」
「ん~と..........それじゃ、ハグしながら頭撫でて!これなら同時にするから2つじゃなくて1つだよね!だからいいでしょ?ね?ね?」
「ちょっとメグさん!そんなのずるいです!」
「そうだぞ!そんなの反則だ!」
「反則じゃないよ!ちゃんと1つしか選んでないよ!
.......メグってピュアだけどずる賢い所もあったんだな。意外な一面だ。
そして予想通りチノとマヤが文句を言って喧嘩をし始めた。こうなることは想像できてたからここは3人とも同じにしよう。
「3人とも、ハグしながら頭撫でてあげるから喧嘩はもうやめな。」
「そうなの?........ チノちゃんもマヤちゃんも頭撫で撫で追加してくれるって!」
「本当ですか!?」
「やったー!さすが兄貴!」
「それじゃ最後にチノちゃんに代わるね!.......はいチノちゃん!」
「.........あのお兄ちゃん、最後に1つだけお願いがあるんですけどいいですか?」
「ん?どうした?」
「あの、えっと........今日マヤさんたちと一緒にお兄ちゃんの部屋で寝てもいいですか?」
「え?いいけどどうして?」
「お兄ちゃんのベッドで寝るとお兄ちゃんに包まれてる感じがしてすごく安心できるんです。だから今日はお兄ちゃんがいないのでお兄ちゃんの部屋で寝たいんです。」
そうか。だからチノは俺が学校から帰って来た時によく俺の部屋のベッドで寝てたのか。俺が帰ってくるまでの間の寂しい思いを紛らわすためだったということか。まあ俺の部屋で暴れたり散らかしたりしなければそこで寝ても構わないけど。
「いいよ、そのかわり部屋を散らかしたりしないようにな。」
「はい!ありがとうございます!.........OKみたいです!」
「「やったー!」」
すごい喜んでる声が電話越しでもはっきりと聞こえる。もし今日俺がラビットハウスで寝ることになってたら多分引っ張りだこだっただろうな。
「じゃあもう夜も遅いから、そろそろ切るよ?」
「はい!お兄ちゃんおやすみなさい!」
「おやすみ。」
俺はそのまま通話を切った。帰ったらチノ達からハグが殺到してくるだろうな。それでそれを見たココアも参加してきてハグラッシュの嵐になるのがなんとなく予想ができる。
「あ、お兄ちゃんお風呂あがってたんだ。」
電話を切ったと同時にココアが部屋に入って来た。
「ココアどこ行ってたんだ?俺が風呂から戻って来た時いなかったけど。」
「え....えっと、お水飲みに行ってた。」
「水?水筒持ってただろ?」
「そ、そうだけど.......冷たいお水が飲みたかったから。」
なんだか今のココアは様子がおかしいし歯切れが悪い。ココアも布団の上に座ったが何かを隠してるのか、俺と目を合わそうとしない。ラビットハウスを出る前は元気だったのに。
「ココア何か悩み事か?ちょっと様子おかしいけど。」
「う、ううん。本当に何もないよ。」
「そうか?それならいいけど。」
「............。」
「............。」
しばらく沈黙が流れる。ココアと一緒にいる時はいつも話が絶えなかったから今の状況はなんだか調子が狂う。それに風呂上がりだから喉も乾いてきた。ちょっと水を飲みに行こう。
「俺も水飲みに行ってくる。ココアはもう大丈夫か?」
「うん大丈夫だよ。いってらっしゃい。」
俺は部屋を出て襖を閉め1階のキッチンへ向かった。入るとそこには誰もおらず、ココアが使ったであろうコップが1つ置いてあった。ここで水を飲んだのは本当みたいだな。俺は新しいコップを1つ取り出し、水を入れてグッと飲み干した。
「ふぅ、風呂上がりの水は美味しいな。.........ん?」
部屋に戻ろうとしたとき、あるものが目についた。手に取ってみてみると空のPTP包装シート(※錠剤やカプセルを押し出して取り出すシートのこと)だった。
ココアが使ったのか?でも病院に通ってるなんて聞いてないし、多分チヤのおばあさんのだろう。
俺はそれをゴミ箱に捨て、そのまま部屋へ戻った。
「あ、もう上がってたのか。」
「あら?リョーマ君どこ行ってたの?」
「ちょっと水を飲みに行ってた。」
部屋に戻ると風呂から上がったチヤとシャロがいた。後はこのままみんなで寝るだけだ。もう夜の11時だからそろそろ寝た方が良いだろう。
「そろそろ寝るか?夜更かしはよくないし。」
「そうね、そろそろ寝ましょうか?」
俺たちはそれぞれ布団に入った。ちなみに寝る位置は俺の左隣にココア、右にチヤ、その奥にシャロといった感じだ。みんな布団に入ったがココアだけ何故か布団に入ろうとせずそわそわしている。
「ねえねえ、折角みんなでお泊りなんだし朝までお話ししない?」
「何言ってんだよ良いわけないだろ?折角勉強したのに全部無駄になっちゃうぞ?ほら、早く布団に入って。」
「そう、だよね。ごめんねやっぱり寝るよ。」
そう言ってココアも布団に入った。水筒を持ってるのにわざわざ1階のキッチンまで行って水を飲んだり、朝まで起きてようと言ったりやっぱり今のココアは変だ。なにかあったのだろうか。朝の時の様子は別に変わったことはなかったし、ここに来た時も特に気になる所はなかったし、考えても心当たりは全くなかった。
「それじゃおやすみ。」
俺はそう言ってゆっくりと目を閉じ眠りについた。
※
「.........ん?」
ふと目を覚ましてしまい起き上がって時計を見ると夜中の3時だった。昼寝をしたせいだろうかこんな時間に目が覚めるなんて珍しい。時計の秒針が進む音だけが響いている。右隣を見てみるとチヤは静かな寝息を立てて眠っており、その奥のシャロは、メロンパンとか52円とか寝言を言っていた。
「はぁ〜、完全に目を覚ましちゃったなこれ。」
こうなってしまったらもう寝るのは無理だろう。
俺は昼寝をしたのを少し後悔しながらせめて目を瞑って横になろう思い再び布団に横になった。
「.........や.......だ............やだ......」
目を瞑ろうとした瞬間どこかから声が聞こえた。探してみると左隣のココアがうなされていた。少し汗をかいていて息も荒い。
「.......... やだ..........お兄......ちゃん........死んじゃやだ..........いかないで.......ヤダ.........ヤダ!ヤダ!!!」
「ココア!?ココア!!」
「はっ!?........はぁ、はぁ、はぁ.......お兄......ちゃん。」
これは尋常じゃないと思った俺は即座にココアを起こした。目を覚ましたココアはあまりの恐怖で引きつった顔をしていた。起き上がったココアは縋るように俺を抱きしめてきた。抱きしめている手はすごく震えていて呼吸も寝ていた時よりも荒かった。
「ココア、少し落ち着こう?立てるか?」
「ヤダ!お兄ちゃん行かないで!置いて行かないで!」
ココアは置いて行かれるんじゃないかと勘違いしてパニック状態になっている。
「大丈夫俺も一緒に行くから。お茶でも飲んで落ち着こう?」
「..........。」
ココアは無言でコクリとうなずき、俺はココアを立ち上がらせて部屋を出てゆっくりと廊下を歩き出した。俺はココアの肩を掴んでリードしていたが、ココアは足取りが悪く何度か転びそうになっていた。俺は細心の注意を払って1階の食卓へ向かった。
電気をつけて中に入ると当然誰もおらず、テーブルやキッチンとかがあるだけだった。とにかくココアを椅子に座らせようと思いテーブルの椅子にゆっくりと座らせた。
「ここに座って待ってな。今お茶淹れるから。」
「........。」
急須と茶葉を借りて熱いお茶を作り湯呑みに入れてココアに差し出し俺はココアと向かいように椅子に座った。だがココアはずっと黙り込んだままでうなされてた所為か、お茶の水面に写っているココアの顔はすごく気持ちが底まで沈んでいるような顔だった。俺は何から話したらいいのかわからず、キッチンの蛇口から水が一滴ずつ漏れ、それが水が貯まったお椀に落ちていく音だけが聞こえる。
「...........。」
「...........。」
無言の時間が流れる。心なしかココアが少し
「その、何かあったのか?あのうなされ方は普通じゃなかったぞ。俺で良かったら聞くぞ?」
「っ!!!.....イヤーーーッ!」
「ココア!」
うなされていた時のことを思い出してしまったのかココアは両手でくしゃくしゃと髪を掴んで怯え始めてしまった。俺は少しでも落ち着かせようと椅子から立ち上がりココアの肩を掴んだ。
いつもあんなに元気なココアがこんなに怯えるなんて。よほど怖い思いをしたに違いない。ずっと震えてて涙も流している。
「ヤダ!そんなのヤダ!お兄ちゃん死なないで!ヤダ!ヤ゛ダア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ」
「ココアしっかりしろ!俺は死んでなんかない!ちゃんとここにいる!」
「イ゛ヤ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
到頭ココアは極限状態に陥ってしまい暴れ始め夢と現実の区別がつかなくなってしまった。暴れたはずみで湯呑みが倒れお茶は零れ、割れはしなかったが急須が床に落ちてしまった。だが俺は暴れているココアを止めるのに必死で気にしていられなかった。
「ココア頼む!正気に!」
「イヤ!離して!お兄ちゃんがいないなんてヤダ!お兄ちゃんを返して!」
もう目の前の人物が誰なのかもわかっていない。夢の内容なのにそれに気づくことが出来ず、ひたすら叫んで否定することしかできなくなっている。
「ココア!お前が見たのは全部夢だ!」
「離して!」
「う゛っ!」
ココアは女の子とは思えない力で俺を突き放し、その勢いで俺は後ろにあった棚に背中をぶつけてしまった。少し咳込んだ後、ココアを見るとキッチンの棚の中にある包丁を無我夢中で取り出し、自分で自分を刺そうとしていた。
「やめろお!!!」
刺そうとしている位置的に心臓を目掛けている。俺は今まで出したことがないくらい声を上げながら急いで立ち上がり、タックルするくらいの勢いで突っ走った。なんとか
「っ!!!」
包丁を払い除けることはできたがその時、右手の
俺は急いでココアへ近づいた。
「何やってんだお前!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
ココアは両手で髪を掴み、その場に
けどどうすればいいんだ?今までこんな状況に
(..........っ!!)
その時、走馬灯のような記憶が頭の中を駆け巡った。俺がまだ幼い幼稚園児の頃の、ココアと出会う前の記憶が。
『いいリョーマ?キスってすごいのよ?』
『きす?何それ?』
『キスっていうのは男の子と女の子がお口にチューすることよ。』
『えーほんとに?お口にちゅーするの?なんか気持ち悪いよ!』
『気持ち悪くなんかないわよ。キスって本当にすごいのよ!不安になった時とか怖くて怖くてどうしようもなくなっちゃった時とかにキスをするとそんなもの一瞬で吹き飛んじゃうのよ!』
『そーなんだ!ママはパパとちゅーしたことあるの?』
『ええもちろんよ!それにねリョーマ?キスは不安とかを吹き飛ばすだけじゃないの。すごく幸せな気持ちになれるの!キスって幸せな気持ちになれるすごい魔法なのよ!』
『すごいすごい!キスってすごい魔法なんだね!』
『ええ!リョーマも大きくなったらいつかわかる時が来るわ!』
『うん!』
キス............。
不安や怖い思いを吹き飛ばし、幸せになれるすごい魔法............。
けど、そんなことしていいのか?俺は初めてだし、ココアだって初めてだろう。初めてのキスがこんな不本意な形になったら、後でココアが傷つくんじゃないのか?そんなこと俺には...........。
「ア゛ア゛...........ヤダ................ヤダァ。」
「...............っ」
でも...........
もう他に方法が思いつかない。
ごめん...........
ごめんココア...........。
俺は手をグッと握りしめて決意してココアの肩を掴んで起こし、涙を流しながら
ココアの唇にそっとキスをした。
「っ!?」
驚いたのか、ココアは一瞬体をビクッと震わせ俺の肩を掴んでいた。弱い力で俺を引き離そうとしてるかのように感じたが、やがて手の力が弱くなっていき次第にココアは掴んでいた手を離し、全身の力が抜けていくようになっていった。
どのくらい時間が経ったのかわからない。10秒くらいだったかもしれないし、もしかしたら1分、2分、それ以上かもしれない。俺はキスをしていた唇をそっと離した。
「............お兄、ちゃん?」
ココアの目を見てみると虚ろだった目に光が戻り、俺のことをしっかりと認識していた。いつもの、毎日見ているココアの目だ。
「ココア大丈夫か?」
「お兄、ちゃん。生き......てる。」
そう言ってココアは震えている両手を俺の頬に添えてきた。俺がそこにいるのを確かめるかのように。
「ああ。ちゃんとここにいる。」
「生き、てるんだよね?..........死んで......ないん、だよね?」
「ああ。お前が見たのは全部夢だから、もう安心していいんだ。」
「.......っ..........うっ........。」
ココアは安心すると、顔を俺の胸に埋めるように抱きつき、俺もココアを抱きしめ頭を撫でた。再び涙を流して我慢するかのようにすすり泣いている。俺はココアが泣き止むまでこのままでいることにした。
俺の知らないうちココアはここまで追い込まれていた。俺が死んでしまったと思い込んであんなに取り乱していたんだ。そうなってしまった原因は恐らく俺にあるだろう。ココアが泣き止んだら理由を聞こう。
※
「落ち着いたか?」
「........うん。」
30分経つとココアは泣き止み大分落ち着いたみたいだ。俺はココアをテーブルの椅子に座らせ、零れてしまったお茶や湯呑み、急須を片付け俺もココアの隣の椅子に座った。もう怖がっている様子はないが、暴れて散らかしてしまった事に申し訳なさを感じているような様子だった。ココアには辛いかもしれないけど一体何があったのかを聞いてみよう。聞いてみないことには何も進まない。
「ココア、辛いと思うけど何があったのか教えてくれないか?ゆっくりでいいから。」
「っ........。」
一瞬ココアは体を少し震えさせたが、決心がついたのか手を握り締めゆっくりと話してくれた。
「........夢を、見るの。」
「.......夢?」
「..........お兄ちゃんが高熱で病院に運ばれた日の夢。けど夢の中じゃお兄ちゃんは死んでて、すごく冷たくなってて、そんな夢を何回も何回も見るの。私、本当に怖くて........。」
「.......もしかして朝起きた時、時々血相変えて抱きしめてきたのはそれが理由か?」
「.........うん。」
思い返せばそんな日がたまにあった。何もない日はいつも通り元気だったけど、血相を変えてハグをしてきた日はいつもより元気が無くて何かあったのかと聞いても少し無理して作ったような笑顔で何もないとはぐらかされることがあった。
「それと、みんなに隠してたんだけど病院に通ってたの。」
「病院?いつから?」
「........お兄ちゃんが病院を退院してから1週間後くらい。毎日お薬を飲んでなんとか頑張ってたの。」
「それじゃあ、寝る前にキッチンで水を飲んでたのって.......。」
「うん........お薬、飲んでたの。」
「........なんで、言ってくれなかったんだ?」
「心配......掛けたくなかったから。」
「.........。」
.........知らなかった。てっきりあれはチヤのおばあさんが使った跡かと思っていたがココアのだった。みんなを心配させないように隠れて薬を飲んでなんとか凌いでいたのか。
ココアが誰にも言えず苦しんでいたというのにそれに気づかずチノにばっかり構っていたのだと思うと俺はものすごい罪悪感に
「お兄ちゃん、なんで、泣いてるの?」
「...........え?」
そんなはずはないと思って自分の顔を触ったが嘘じゃなかった。一滴や二滴の涙ではなく何滴もポロポロと涙が出てきて、拭っても拭ってもどんどん出てくる。
「あれ?........なん.....で?」
「お兄ちゃん大丈夫?」
そう言ってココアは立ち上がり俺の頭を覆うように抱きしめた。その瞬間俺の意思とは無関係に溢れるような涙が流れ、無意識に俺はココアを抱きしめていた。
「......ごめん...........ごめんココア!」
「お、お兄ちゃん泣かないで?」
「こんな、辛い思いさせて...........最低だ.......俺............ごめん..........本当に.....ごめん....全部........全部、俺の所為だ......!」
「お兄ちゃん..........。」
涙が止まらない。止めようとしても止まらない。年下の女の子の前で泣くなんて格好悪いと思われるかもしれないが今の俺にはそんなことどうでもよかった。頭の中にはごめんという言葉しか浮かんでこない。
気づかないうちにココアを苦しめていた。
その事実だけで胸を締め付けられるような思いになりどうにかなってしまいそうだった。
「.........それじゃお兄ちゃんが泣き止むまで私を抱きしめてくれる?すごく寂しかったから。」
「..........ああ......。」
※
「もう大丈夫?」
「ああ、ありがとう。」
どのくらい時間が経ったかわからないがようやく涙を止めることが出来た。だがそれとは逆に罪悪感は増すばかりだった。俺の所為でココアはあんな怖い思いをしてしまった。責任を取らないと俺の気が済まない。
「ココア、これからは毎日一緒に寝よう?」
「え?いいの?でもチノちゃんが..........。」
「チノは話せばわかってくれる。俺の所為でココアを苦しめてしまったんだ。けじめ取らせてくれ。」
「でも、私までわがまま言ったらお兄ちゃんが疲れちゃうよ。そしたらまた、あの時みたいに高熱で倒れちゃう。」
「あれは俺が体調管理ができてなかったから倒れたんだ。お前の所為じゃない。」
「でも..........。」
俺があの日高熱で病院へ運ばれたことにココアは後ろめたさを感じてるみたいだ。ここでまたココアが我慢して、いつかまた今回みたいなことが起こるのは絶対に嫌だ。もしそうなったら今度は俺がどうにかなってしまいそうだ。
「ココア、もう遠慮しなくていいよ。我慢される方が俺は辛い。」
「............本当に、いいの?」
「ああ、してほしいことがあるなら何でも言ってくれ。」
「.........ハグ、してほしい、........頭も撫でてほしい、毎日一緒に寝たい!腕枕も!おはようのハグも!全部してほしい!」
「わかった。全部するよ。」
「.......えへへ///なんだか心が軽くなった気がする!」
最初は遠慮気味に言ってきたが
どこかで俺は自分は立派な兄だと思い込んで浮かれていたのかもしれない。いや、浮かれていただろう。そうじゃなければココアをこんな辛い思いになんかしてないはずだ。まだまだ俺は未熟な兄だ。
「ねえお兄ちゃん、まだ時間あるしもうちょっとだけ寝よ?」
「そうだな。もうちょっとだけ寝ようか?」
「うん!」
俺たちは食卓を後にし、寝室へ向かった。部屋に入るとチヤとシャロはまだぐっすりだった。
「チヤちゃん達ぐっすりだね。」
「そうだな。俺たちも早く寝よう。」
「うん。」
俺は布団に入る前に少し血が出てしまっている掌の切り傷を治すために、念のために持ってきていた絆創膏を鞄から取り出しココアに見えないように掌に貼った。そして俺はチヤ達を起こさないように布団に入り、ココアも俺と同じ布団に入り、互いに向き合うように横に向き合った。
「こうやってお兄ちゃんと一緒に寝るのってなんだか久しぶり。」
「そうだな、いつもチノと一緒に寝てたからな。」
「ねえねえお兄ちゃん腕枕して。」
「いいよ。」
俺はそっと腕を差し出すと、嬉しそうに頭を乗せてきた。安心してる笑顔だ。ココアからしてみればこんな笑顔をしたのは久しぶりだろう。
「ココア、その..........ごめんな......キス......してしまって///気持ち悪かっただろ?」
「/////」
俺はキスをしてしまった事を謝るとココアはポッと頬を赤らめた。この様子じゃ初めてだったんだろう。やっぱりあんなことしない方が良かったのかもしれない。
俺は申し訳ない気持ちになっているとココアは少し恥ずかしながら口を開いた。
「ううんそんなことないよ。ああでもしてくれなかったら私どうなってたかわからなかったし。...........恥ずかしかったけど///..........嫌だとは思ってないよ。」
「でも、初めてだったんだろ?」
「そうだけどお兄ちゃんならいいよ。それにキスしてくれた時、怖かったのが一瞬でスッて消えてすごく安心したような気持ちになれたの。だからお兄ちゃんには感謝してるよ。お兄ちゃんが悪く思うことは無いから気にしないで。」
ココアは穏やかな目をしていた。気のせいか今のココアはなんだかいつもと違う雰囲気を感じる。うまく言えないけど例えるならモカに似た何かの片鱗を感じる。それにこの穏やかな目を見てると安心するというか心が温かくなるようにも感じる。その分ココアは何かが成長してるということだろうか。
「お兄ちゃん早くしないと朝になっちゃうからもう寝よ?」
「ああ、そうだな。」
チラッと時計を見たがもう朝の4時半だ。今日も朝からみんなで勉強会をすることになってる。少しでも寝ておかないと勉強中にうたた寝してしまうかもしれない。ココアは最近うたた寝しなくなったのに俺がうたた寝してしまったら笑われてしまう。
「腕枕このままで大丈夫か?」
「うん!あとお兄ちゃん、ハグもしながら寝たい!」
「わかった。これでいいか?」
「うん!えへへ///すごく幸せ!」
「そうか。もう遠慮しなくていいからな?」
「うん!じゃあお兄ちゃんおやすみ。」
「おやすみ。」
そう言ってココアは目を閉じて眠った。俺はしばらくの間ココアの頭を撫でてから眠りについた。もう絶対にココアを辛い目には遭わせない。そう心に強く誓って。
数日後
「そういえばおじいさん。甘兎庵のおばあさんとはどんな関係だったんですか?」
「ふん!あんなババァ知らんわい!」
おばあさんと同じことを言っていた.........。
To be continued
今回はここで終わります。
前書きでも書きましたがイメージ壊してしまったらすみません。
何せこういう展開を書くの初めてだったので大目に見てもらえると助かります。