兄というのは苦労するが、やり甲斐はある   作:P&D

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-46話- 言う勇気は大切。

「.........ふぁ~、もう朝か。」

 

目が覚めると窓から僅かな陽の光が差し込んできた。時計を見るとまだ6時だったが眠気覚ましに窓を開けて外を見てみるとちょうど朝日が昇り始めているところだった。早朝の青空によって青みを帯びている街並みを太陽が照らす。なんだか神秘的だ。もう8月だけど、日がまだ昇り切っていないこともあって少しだけ涼しさを感じる。いつもは7時前くらいに起きるけどいつもより早く起きるのも悪くない。朝からこんな景色を眺めれてちょっと得した気分になるし。

 

「ん~.......さむ......い....。」

 

景色を眺めているとココアの声が聞こえ、見てみると俺が起きた際に布団が3分の1程めくれてしまった所為で少し寒がって縮こまっていた。夏とはいえエアコンの効いた部屋で寝てるときに布団が(めく)れたら寒いよな。

 

俺はそっと捲れた布団を元に戻し、起こさないように優しくココアの頭を撫でた。ココアって寝てる時は天使みたいな笑顔で本当に大人しいな。たまに寝相がひどい時があるけど。

 

「さてと、ちょっと早いけど朝ごはん作るか。」

 

撫で終えた俺はココアを起こさないようにそっとベッドから下りて服を着替えた。そのまま部屋を出ると廊下は誰もおらず完全な無音空間だ。ゆっくりと廊下を歩いて行くが一切の物音が無い所為か、床の軋む音が足元からよく聞こえる。そのまま階段を下り洗面所で顔洗いと歯磨きを済ませてからキッチンへ向い、中に入ると当然の如く誰もおらず同じ無音空間だ。まるで幽霊が全く音もたてずにジッと動かずに隠れているような感じだ。早朝ということもあってか、よりその空気感を感じる。まあ実際そんなことないんだろうけど。

 

(さあて何作ろうかな?)

 

そう思いながら冷蔵庫を開け中身を見ていると、昨日の買い出しで買ったものがずらりと並んでいた。朝食に使える食材がないか中を見渡していると、とある食材が目に入った。これを使ったら多分ココアとチノが大喜びするだろうな。今日はいつもより少し早く起きたし仕事も休みだし時間に余裕がある。ちょっとだけ豪華な朝ごはんにするか。

 

俺はキッチンに食材を揃えて料理に取り掛かった。1人だけの空間で料理をするのって久しぶりな気がする。いつもはチノかココアが手伝ってくれたり、あるいはその2人が食卓に座って料理ができるまで仲良く話をしていたりと和やかな雰囲気があった。今のこの状況だとなんだか少し寂しいような感じがするな。

 

 

トン、トン、トン、トン

 

 

ゴォーーー

 

 

「..........。」

 

食材を切る音、コンロの火の音などが響き渡り黙々と進んでいく。時刻は6時半だ。あと30分くらいすれば出来上がるだろう。母さんは毎日これをしてたんだな。今なら母さんの大変さが少しわかる気がする。

 

 

 

 

トタ、トタ、トタ

 

 

 

「........?」

 

突然2階から階段を下りる音が聞こえてきた。階段を下りきるとゆっくりと足音が今俺がいるキッチンへと近づき、その足音の正体はひょこっとキッチンの入り口から顔を覗かせた。

 

「リゼ?もう起きたのか?」

 

足音の正体はリゼだった。最初は何をしてるんだろうという顔だったが俺の手元を見るとすぐに朝食の準備だと理解したようでゆっくりとキッチンに入ってきた。

 

「ああ、いつもこのくらいの時間に起きて朝のランニングしてるから自然とこの時間に起きるんだ。」

 

「.....え?まさか今からランニングしようって言うんじゃ.......?」

 

「いやいや流石に今日はしないよ。そこまで私は馬鹿じゃないから。」

 

「そうか、よかった。」

 

流石にリゼもそこはわかってるみたいだ。夏バテなのに、もしそれでもランニングするなんて言い出してたら何がなんでも全力で止めてたぞ。

 

「それでリョーマは何を作ってるんだ?」

 

「ああ、これだよ。」

 

「......ふふ.....なるほど、これはココアとチノが喜びそうだな。特にチノが。」

 

「やっぱりリゼもそう思う?」

 

「ああ、多分チノの奴ウサギみたいにぴょんぴょん飛び跳ねるんじゃないか?」

 

「はは、多分な。」

 

リゼはなんとなく予想がついたのか含み笑いをしていた。俺も大方予想がつく。

 

「そういえば体調の方はどう?まだ怠さはあったりする?」

 

「もう大丈夫だよ。怠さも無いし目眩もないし。一応念のために今日も大人しくしてるつもりだ。あと本当にごめんな、色々迷惑かけちゃって。これからはちゃんと気を付けるよ。」

 

「いいよ、気にしなくて。誰にでも失敗くらいあるよ。」

 

体調が戻ったみたいで本当に良かった。これなら明日には完全に治っているだろう。俺もこれを機にこれからはもっと暑さ対策をしっかりしよう。今回は軽い夏バテで済んだから良かったけど対策を怠って熱中症なんかになってしまったら大変だ。

 

「そうだリョーマ、朝ごはん作るの手伝ってもいいか?」

 

「え?ん~、気持ちは嬉しいけどもうすぐできるからリゼはテーブルで待っててもいいよ。」

 

「いや手伝うよ。体調も大丈夫だし、それに看病してくれたお礼もしたいしさ。」

 

この感じ、俺がOK出すまで続くタイプだな。まあ見た感じ体調は大丈夫そうだし、ここはリゼのお言葉に甘えるとしよう。

 

「わかった。それじゃ悪いけど味噌汁作ってくれるかな?具材はもう切ってあるから。」

 

「ああ!任せろ!」

 

そう意気込んでリゼは俺の隣に立ち、沸騰したお湯に玉ねぎ、豆腐、わかめを入れていき、作り慣れてるかのようにテキパキと味噌汁を作り始めた。そして下拵(したごしら)えを終えた俺はフライパンでじっくりと焼いていく。さっきまで1人で作ってたからなんだか少し楽しくなってきた。話し相手がいるか否かで雰囲気がガラリと大きく変わる。人は1人に慣れることはできても、独りは結構辛いからな。

 

「こうしているとシャロの家でみんなでカレーパーティーをしたのを思い出すな。」

 

リゼは懐かしむような目でボソッと呟いた。あの日は確かに楽しかったな。酔っていたけどチノが一時的に初めて甘えん坊になったのもあの時だったな。今思えばあの頃からチノは甘えたかったのかもしれないな。

 

俺はここで"ココアに夫婦みたいって言われたこともあったな"と言おうと思ったけど、それを言うと多分リゼは顔を真っ赤にして怒るだろうから言わないでおいた。また包丁振り回されるのは御免だしな。

 

 

 

 

P r r r r

 

 

 

 

「ん?電話?」

 

突然ポケットに入れてたケータイが鳴りだした。取り出して画面を見てみるとシャロと表示されていた。こんな朝早くに電話なんて珍しい。

 

「リゼ、シャロから電話が来たから悪いけど少しの間だけ料理を見ててくれるか?」

 

「ああわかった。けどなんでシャロがこんな朝早くに?」

 

「さあ?とりあえず電話に出て聞いてみるよ。」

 

俺は場所を変えるためにキッチンを出て廊下で電話に出て、応答ボタンを押して耳に当てた。

 

「もしもしシャロ?朝早くどうしたんだ?」

 

「先輩ですか?すみません朝早くに。実は昨日ココアからリゼ先輩が夏バテになったって聞いて、気になって電話することにしたんです。昨日の部活の助っ人の時、リゼ先輩頑張り過ぎててちょっと心配だったので。」

 

それで安否を確認するために電話をしてきたというわけか。良い後輩を持ったなリゼ。

 

「リゼならもう大丈夫。ほとんど治ってるし明日には完治してると思うよ。」

 

「本当ですか!よかったです!あの先輩、もしよかったらチヤと一緒にリゼ先輩のお見舞いに来てもいいですか?」

 

お見舞いか。それならきっとリゼも喜ぶだろう。俺もこの前病院で入院した時、見舞いのメールをくれて嬉しかったし。

 

「もちろん!リゼも喜ぶと思うよ。」

 

「ありがとうございます!それじゃ今日のお昼頃に行っても大丈夫ですか?」

 

「わかったお昼頃な。そうだ、よかったらお昼ご飯こっちで食べる?」

 

「え?いいんですか?」

 

「うん、みんなで食べたほうが美味しいし。」

 

「はい!喜んで!」

 

「よしわかった。それじゃまたお昼にな。」

 

「はい、失礼します。」

 

俺はそのまま電話を切った。今日は仕事も休みだしシャロ達も来るからお昼ご飯も少し凝ったものを作ろう。さっき冷蔵庫の中を見たけど、食材もある程度揃ってたから色々作れるだろう。俺はお昼ご飯のことを考えながらリゼがいるキッチンへ戻った。

 

「お待たせ。」

 

「どうだった?」

 

「お昼頃にシャロとチヤがリゼのお見舞いに来るってさ。」

 

「お見舞いに?そうか、なんだか嬉しいな。」

 

リゼは頬をほんの少し赤らめて微笑んでいた。お見舞いに来てくれたら誰だって嬉しいだろう。その証拠に小さく鼻歌を歌ってるし。

俺はそのままリゼの隣に立ち少しの間見ててもらっていた料理を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし完成!リゼ、俺はココアとチノを起こしてくるから準備しててくれるかな?」

 

「ああわかった。」

 

後のことはリゼに任せて、一旦俺はココアが寝てる部屋へ向かった。中に入って見てみるとまだベッドで穏やかな寝息を立てながらぐっすりと眠っていた。起こすのを躊躇いそうになるほどだ。でもいつまでも寝かせておくわけにもいかないしここは起こそう。

 

「ココア、朝ごはんだぞ。」

 

「ん~......。」

 

揺すって起こしてみたがココアはそのまま俺に背を向けるように寝返りを打って再びスヤスヤと眠ってしまった。確かに休みの日はいつもより長く寝てしまうのはわからなくはないけど朝ご飯が冷めてしまうからできれば早く起きて欲しい。

 

「ほら、早く起きて。」

 

「...........ん〜?.........お兄、ちゃん?」

 

「起きたか、おはよう。」

 

「.......眠い~.......。」

 

やっと起きてくれたココアはゆっくりと体を起こして眼を擦っていた。まだうつらうつらで頭がゆらゆらと揺れているが5分くらいすれば目が覚めてくるだろう。

 

「そろそろ起きないとダメだぞ?それに今日の朝ごはんちょっと豪華だから早くしないと冷めちゃうぞ?」

 

「え?ほんと!?」

 

朝ごはんが豪華だとわかった途端ココアは目をカッと開き物凄く嬉しそうな顔になった。さっきまでの寝惚け眼は一瞬でどこかへ行ってしまった。何はともあれ目を覚ましてくれて良かった。

 

「うん、でもその前に歯磨きと顔を洗うんだぞ。」

 

「はーい!」

 

そう言うとココアは急ぎ足で部屋を出て洗面所へ行ってしまった。しかもドア開けっ放しで。閉めて行きなよ。ココアって行動に移ると早くなるよな。しかもいつも元気に振る舞ってて、こっちも元気になるから羨ましい才能だ。

 

「さてと次はチノか。」

 

ココアを見送った俺は部屋を出て、チノの部屋へ向かった。向かう途中、俺が立っている床からドタドタと1階で走る足音が伝わってきた。ココアったら余程楽しみにしてるんだろうな。チノにも同じことが言えそうな気がするけど。まあ自信があるのには変わりないから楽しみにしてて欲しいくらいだ。

 

「チノもまだ寝てるのかな?」

 

部屋の前に着いた俺は、とりあえずノックをしてみた。けれど返事はなくどうやらまだ寝てるみたいだ。俺はゆっくりとドアを開けベッドの所まで行くと思った通りチノはまだぐっすりと眠っていた。

 

「チノ、朝ごはんだぞ。そろそろ起きて。」

 

「......... すぅ〜.......すぅ〜.......。

 

優しく揺すって起こしてみたがココアと同じ全然起きない。それどころかココアより深く眠っているようにさえ見える。これは起こすのに少し苦労しそうだ。

 

「チノ、朝ごはん冷めるから早く起き.........ん?」

 

何度か揺すって起こしているとチノの手から何かがぽろんと出てきた。取って見てみると前にチノと一緒に出かけた時にお揃いで買ったコーヒーのバッジだった。

 

「これって........」

 

「........ん?お兄ちゃん?」

 

「ん?ああ起きたか。」

 

「........あれ?バッジ........バッジは!?」

 

手元にバッジが無いとわかった途端ものすごい焦り顔になり、辺りを必死に探し始めた。普段見ないくらいの焦り顔だったので俺は急いで返すことにした。

 

「これか?さっき手からポロッと落としてたぞ。」

 

「良かった.........失くしたかと思いました。」

 

バッジを返すとチノは安心したような顔でホッとしていた。

 

「チノって寝てる時いつもそのバッジ持って寝てるのか?」

 

「はい、これ持ってるとお兄ちゃんが近くにいるみたいに思えるんです。だから1人で寝るときはいつもこれを持って寝てます。」

 

どうやらチノは俺と一緒に寝るとき以外はこのバッジを握りしめて寝てるみたいだ。確かにいくら1人で寝るのを頑張っていたとて何か代わりの物が傍にないと流石にキツイだろうな。それくらいチノにとってこのバッジは大切な物であり、()()の1つなんだろう。

 

「そうだったのか、一緒に寝たくなったらいつでも言っていいからな?」

 

「はい!」

 

「よし!じゃあ朝ごはんにするか!今日の朝ごはんはちょっと豪華だぞ。」

 

「本当ですか!?」

 

朝ごはんが豪華だとわかると目を輝かせ、さっきのココアと同じように物凄い嬉しそうな顔をし始めた。

 

「うん、だからちゃんと歯磨きと顔洗い済ませるんだぞ?」

 

「はい!行ってきます!」

 

そう言ってチノは大急ぎで部屋を出てドアを開けっぱなしの状態にしたまま洗面所へ向かっていった。いつもは閉めて行くのに。日に日にココアに似ていってるな。

2人とも起こし終えた俺は部屋を出て食卓に向かうために階段を下りようとしたその時、突然ゴツンという何かと何かがぶつかる音が1階から響いてきた。

 

「あ゛た゛っ゛!」

 

「あ゛ぅ゛っ゛!」

 

「う~.....チノちゃん走ったら危ないよ?」

 

「ご、ごめんなさい。今日の朝ごはんが少し豪華と聞いたので。」

 

かすかに話し声が聞こえる。どうやらさっきの音はチノとココアがぶつかった時の音だったようだ。

 

「気持ちは分かるけど、本当に怪我しちゃうかもだから気を付けないとだよ?」

 

「はい、ごめんなさい。」

 

ココア..........すごい良いこと言ってるけどあなたもさっき物凄い勢いで走ってましたよね?お姉ちゃんっぽさを出したいのかどうかはわからないけど、思いっきり自分のことを棚に上げてますよココアさん?

 

「うん!ということでおはようのもふもふ♪」

 

「ふぇ!?コ、ココアさん離れてください!」

 

「そんなこと言わずに♪」

 

「ダメです!私をもふもふしていいのはお兄ちゃんだけです!」

 

「お兄ちゃんの妹は私の妹でもあるからいいの♪」

 

階段を下りて見るとココアが半強制的にチノをもふもふしていた。なんだかモカにハグされてる俺みたいだな。

.........なんだろう急に寒気が。あまり考えないようにしよう。それより早くしないと朝ごはんが冷めてしまうからそろそろ止めるか。

 

「ココア、朝ごはん冷めるからもう行くぞ。」

 

「あ、そうだった!チノちゃん行こ!」

 

「ま、待ってください!私まだ歯磨きと顔洗ってません!」

 

ココアはチノが言ってる事を聞いていないような様子で手を引っ張ろうとしていた。俺は一旦ココアを止めてチノが歯磨きと顔を洗い終わるまで洗面所の前で待つことにした。

 

待ってる間ココアと話をしながら待っていたが、よほど機嫌が良いのか洗面所のドア越しからチノの鼻歌が聞こえてきた。チノが鼻歌を歌うなんて滅多にないからすごく新鮮だ。それを一緒に聞いてたココアは"チノちゃんには言わないようにしようね"みたいな顔で人差し指を唇に当てていた。俺もそれに応えるように微笑み返してチノが出てくるまで待った。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、2人ともおはよう。」

 

「リゼちゃんおはよー!」

 

「おはようございます。」

 

チノが事を済ませた後、食卓へ向かうとちょうどリゼが朝食の準備を終わらせるところだった。4人テーブルには俺とリゼで作った朝食が並べられていて、いつでも食べれる状態だ。さて、2人はこれを見てどんな反応するかな?

 

「ん?.........あぁ!ハンバーグだぁ!」

 

「ふわぁ!美味しそうです!」

 

食卓に並べられた朝食を見たココアとチノは心の底から喜ぶように嬉しがっていた。そう、今日俺が朝食に作ったのはハンバーグだ。まあハンバーグといっても一口サイズのハンバーグが各々の皿に3つずつだけだけど、それでも2人とも喜んでくれて何よりだ。

 

「どうしたのお兄ちゃん!?今日は何か特別な日なの!?」

 

「そうです!今日は何かあるんですか!?」

 

2人ともウキウキした顔で聞いてきた。そうだよな、朝食でハンバーグ作るなんて初めてだからな。そう思ってしまうのも無理ないか。

 

「いやぁ別に特別な日じゃないんだけどな。朝ごはん何作ろうかなと思って冷蔵庫見たら挽肉があったから2人とも喜ぶかなって思ってハンバーグにしたんだ。」

 

「そうなの!?お兄ちゃんありがとう!」

 

「ありがとうございます!」

 

2人とも満面の笑みでお礼を言いながら抱きついてきた。気のせいかな?いつもより力が強い気が。

 

「おいココア、チノ。リョーマが苦しがってるから離れた方がいいぞ。ほら朝ごはん冷めるから早く食べるぞ。」

 

「うん!ねえねえお兄ちゃん早く食べよ!」

 

今のリゼ、なんだかお姉ちゃんっぽさを感じるな。ココアもいきなりレベルの高いモカを目指すんじゃなくてまずはリゼを見習った方がお姉ちゃんレベルが上がると思うんだけどな。

 

「よし、食べるか!」

 

「「「「いただきます!」」」」

 

隣にリゼ、正面にココア、斜め左にチノというふうに席に座り終えるとココアとチノは一目散にハンバーグを口に運んだ。口の中でハンバーグを噛み締めた途端、天井を見つめながらとろんとした目になり2人ともなんだか放心してるようになっていた。俺が視線の先で手を振っても全然反応しないし、いつも通りに作ったのにそんなに美味しかったのか?

 

「おーい、おーい。2人とも帰ってこーい。」

 

いくら手を振っても戻って来ないので軽く肩を揺すってみたがそれでも戻って来ない。

 

..........どうしたらいいんだ?

 

「ココアもチノも本当にリョーマが作ったハンバーグが好きなんだな。」

 

「確かにいつも美味しそうに食べてくれるけど、こんなことになったのは初めてだぞ。」

 

「それくらい好きってことなんじゃないか?」

 

「そうなのかな?........ていうかこれどうしたらいいんだ?」

 

「ん~......目の前で手をパンって叩いてみるとかは?猫騙しみたいな。」

 

「漫画とかでよくあるやつか。一応やってみるか。」

 

「ああ、私はチノにするよ。」

 

俺はまずココアの前に立ち、目をじっくり見てみた。相変わらず放心状態のような瞳で天井を見つめている。確かにボーっとしていたり何かに集中していたりしてる時に突然大きな音を立てられたらびっくりするからそう考えたらリゼの言うとおりかもしれない。

 

俺はココアの前で両手を出し、リゼはチノの前で両手を出した。お互い準備ができたことを確認すると合図を送り同時になるべく大きな音が出るように両手を叩いた。

 

「「わぁ!?」」

 

よほど大きく聞こえたのか、椅子ごと後ずさるようにびっくりしていた。

 

「........あれ?.....私何してたんだっけ?」

 

「やっと起きたか。お前ハンバーグ食べて放心状態だったんだぞ。」

 

「そうなの?えへへ、全然覚えてないや。」

 

ココアはちょっと照れくさそうに頭を掻いた。ハンバーグを食べて放心する人なんて初めて見たぞ。もしかしたらハンバーグで放心なんて世界初なのかも。まぁ何はともあれ戻ってきてくれて良かった。

 

「チノ、大丈夫か?」

 

ココアと一緒に起きたチノにも声を掛けたが、何かを探しているように辺りをキョロキョロしていた。バッジなら胸元に付けてるけどどうやらバッジを探してるようではなさそうだ。

 

「............お兄ちゃん、ハンバーグ畑はどこですか?」

 

「..........は?」

 

どうやらチノはまだ半分帰ってきてないみたいだ。ハンバーグ畑って何?花の部分がハンバーグになって咲き誇ってるのかな?ハンバーグ好きからしたら天国のような所だろうな。けど残念ながらそんな物は現実には無い。もしあるなら是非とも1度見てみたいものだ。

 

「ハンバーグ畑なんか無いぞ。チノが見たのは夢だぞ。」

 

「...........そう、ですか.......... ぐす......」

 

夢だと分かった途端チノは俯いてしゅんと落ち込み、そして少しだけ涙を流し始めてしまった。このままだと本格的に泣き出しそうな気がする。何とかしないと。

 

「チノ、夢だったからって泣かないでくれ。」

 

「だって.......ひぐっ.........ハンバーグ............ばた.........っ.........け........」

 

まずい。本格的に泣き始めた。ハンバーグ食べて放心したり、夢オチと分かって泣いてしまったりと今日は初めて見ることの連続だ。泣いてしまっているのを見て慌ててしまいそうになるが今回は対処が簡単だ。ハンバーグで泣いたならハンバーグで泣き止ませればいい。

 

「チノ、俺のハンバーグ1つあげるから泣かないでくれ。な?」

 

「え........いいん、ですか?」

 

「うん、それに今度もまたハンバーグ作ってあげるから。」

 

「本当ですか?」

 

「もちろん!じゃあ約束。」

 

「はい!」

 

涙が止まり笑顔になったチノは嬉しそうに俺と小指を絡め約束を交わした。チノは、ココアもそうだがおかずにハンバーグがあると普段とは別人のようにバクバクと食べる。それもご飯をおかわりするほどだ。なら嫌いなものも食べるのかと言われるとそうではない。嫌いなものを皿の端に寄せてバクバクと食べるのだ。ハンバーグに混ぜてる野菜は気づかずに食べるのに。何か他に良い工夫があればいいんだけど。

 

「ねぇお兄ちゃん!私にもハンバーグ1つ頂戴?」

 

泣き止んだチノにホッとしていると今度はココアがハンバーグを強請(ねだ)ってきた。

 

「ココアさんはダメです!」

 

「ダメじゃないよ!」

 

「ハンバーグ畑の夢を見てないからダメです!」

 

「そんなの関係ないよ!」

 

「なくてもダメです!」

 

「ないならいいでしょ!」

 

まただ。もう何回目だろうかこの喧嘩は?3日に1回は見るぞ。なんだか恒例行事じみているような気がする。最初の頃はそれこそ焦ったりしたが今となっては"ああまた喧嘩か、しょうがない止めるか"みたいな感じになってすっかり慣れてしまった。ほんと、つくづく思うけど慣れっていろんな意味ですごいな。

 

俺は2人の喧嘩を止めるためにココアとチノの皿からそっとハンバーグを1つずつ箸で取り、それを2人の口に入れた。すると入れられた瞬間少しびっくりしていたがしばらくハンバーグを咀嚼しているとふにゃふにゃな笑顔になり、2人で味の感想を言い合っていた。......喧嘩どこに行った?やっぱハンバーグってすごい。

 

すっかり大人しくなった2人を席に戻し朝ごはんを再開した。俺はココアにもハンバーグをあげ、結果俺のハンバーグは1つだけになったが2人が喜んでくれたからそれだけで満足だ。

俺とリゼがまだ朝ごはんを食べている最中、ココアとチノはもう食べ終わったらしく服を着替えると言って2人は何故か逃げるように2階へ上がって行った。

 

「ハンバーグだと本当によく食べるよなあの2人。」

 

「...........。」

 

「ん?リゼ?」

 

ふと隣を見るとリゼが茶碗と箸を持ったまま物思いにふけたような、少し悲しそうな眼をしていた。どうしたんだろうか。さっきまでずっと楽しそうに話しながら朝ごはんを食べてたのに。

 

「リゼ?どうした?」

 

「..........え?あ、な、なんだ?」

 

「いや、さっきからずっと手が止まってたから。」

 

「あぁ.......いやなんでもないよ。」

 

「本当に?もしかして夏バテ全然治ってないんじゃ?」

 

「そんなんじゃないよ、本当に大丈夫。ほら、冷める前早く食べよう。」

 

そう言ってリゼははぐらかすように再び朝ごはんを食べ始めた。なんだったんだろうか。楽しそうにしていたのに急に暗くなるなんて何かないとそんなことには絶対にならない。

俺は気になりつつも1つだけとなったハンバーグを取り口に運ぶ。

 

「.........なぁリョーマ。」

 

「ん?」

 

「......大勢の人たちと泊まるのって楽しいよな。」

 

リゼは俺に目を合わせることなく質問してきた。またさっきと同じ物思いにふけたような眼をしていることから明らかに何か悩み事があるというのはわかった。それが何なのかはわからないけど。

 

「そうだな。前にみんながここに泊まった時すごく楽しかったし。」

 

「......そう、だよな。いつかまたみんなでここに泊まれるといいな。」

 

「そうだな、機会があればまた泊まれるよ。」

 

「...ああ。」

 

リゼはそう相槌を打つとそこからは何も喋らず黙々と食べ続けた。

 

なんか気まずい。今までリゼと一緒にいてこんなことになったことなんか無かったのに。何か気に障るようなことしただろうか。一緒に朝ごはんを作ったぐらいだから特に思い当たる節はないんだが。とにかく今言えることは気まずいということだけだ。例えるなら怒らせてしまった人と一緒に料理を食べてるような感じだ。

俺は話す内容が思いつかずリゼと同じように黙々と食べ続けた。

 

 

「ごちそうさまでした。」

 

「お粗末様。」

 

ほぼ同時に食べ終えた俺たちは食後の休憩ということで少しの間ボーっとしていた。空腹を満たし心身ともに満足した状態で何も考えずにその余韻に浸る。俺はこの時間が結構好きだ。前にココアの実家に帰った時にモカに教えてもらった大きな木があるあの場所に雰囲気が似ていてとても落ち着くことができる。

思い出しているとまたあの場所に行きたくなってきた。またココアの実家に行くことがあったらもう1回行ってみよう。

 

壁にかかっている時計を見ると8時だった。お昼頃にシャロとチヤが来る。冷蔵庫の中の食材は殆ど無かったから2人が来る前に買い出しを済ませないといけない。

 

「………ん?」

 

ボーっとしながらそんなことを考えていると、左肩に急に重みを感じた。その重みの発生源を見てみるとリゼが頭を俺の肩に乗せてすやすやと眠っていた。

 

………なんだろう。なんだか無性に頬を突きたくなってきた。俺は起こさないようにリゼの頬をそっと突いてみた。チノと同じくらい柔らかい。まだ起きてから2時間くらいしか経ってないのに、そして突いても全然起きないところを見ると、あまり眠れなかったのかもしれない。

 

「ん~……。」

 

「え……?ちょっ………。」

 

起こさないようにしばらく突いていると、急にリゼが動き出し俺を抱きしめた。これがまた思ったより力が強い。そういえば旅行に行った時も抱きしめられたっけ。

 

「リゼ、こんな所で寝ないでくれ。」

 

「……ふふ………///」

 

いくら揺すっても起きないし完全に眠ってしまっている。しかも少し微笑んでいるところを見ると、きっと楽しい夢でも見てるんだろう。ここで無理に起こすのも可哀想だし寝室まで運んであげよう。

 

「ちょっと失礼するぞ。………って寝てる人に言っても意味ないか。」

 

俺はリゼを起こさないように慎重に抱き抱えて2階の寝室へ向かった。こうやってリゼを抱き抱えるのはリゼの学校で保健室へ運んだ時以来だな。あの時は周りに女子生徒が大量にいて歓喜の叫び声をしていた。当時は保健室に運ぶのに必死で全然気にしていなかったけど今思うとめちゃくちゃ恥ずかしいな。というか今この状況で起きられたら絶対に顔真っ赤にして暴れられるのは間違いないから絶対に起きないでほしい。

 

「くぅ………少しドア開けづらいな…………。」

 

俺は少しだけドアを開けるのに苦戦したがドアノブがレバー式ということもあって思ったほど手こずることなく開けることができた。もしこれが回転式だったら間違いなくココアかチノを呼んでいたな。何せ人1人を抱き抱える状態だ。こんな状態でドアを開けることなんてそうそうないからな。

 

「よっと。これで大丈夫だな。」

 

俺はゆっくりとリゼをベッドに寝かせ布団をかけた。リゼの寝てる時の顔はココアやチノと一緒であどけない寝顔だ。

 

 

何故か分からないけど、寝てる人の顔を見てると無性に頭を撫でたり頬を突きたくなる。俺の性なのか、小さい時からココアの兄のように生きてきたからなのかは分からないがそうなってしまう。まあそんな自分が嫌だなんて思ったこと無いから直す予定はないけど。

 

「おやすみリゼ。」

 

結局衝動に負け、リゼの頭をそっと撫でてから部屋を出た俺は起こしてしまわないようにゆっくりと音を立てずにドアを閉めた。シャロたちが来るまであと4時間くらい残ってる。食器を洗って買い出しに行って昼食の準備をしていればちょうどいい時間になるだろう。

 

「よし、まずは食器を洗うか。」

 

まずは食器洗いから済ませることにした俺は一旦食卓に戻った。

そして食器を台所へ持って行こうと手をかけた時、おかしな点があった。ココアが使っていた皿にはトマトが、チノが使ってた皿にはセロリが残されていたのだ。

 

「あれ?………さっきまで無かったのに。」

 

確かにリゼを寝室へ運ぶ前は両方とも皿の上には何もなかったはず。なのに今はある。明らかにおかしい。俺はリゼを運ぶ前のことを再現しようと一旦椅子に座った。

 

「………あ!」

 

座った瞬間わかった。椅子に座った状態だとコップや茶碗が死角を作ってちょうど見えないようになっていたのだ。それに比べて椅子から立つと何の死角も無く見えることができる。だからあの2人、これを隠すために逃げるように自室に行ったのか。

でもトマトとセロリ2つずつあったのがそれぞれ1個減ってるから、1つは食べたんだろうけど。

 

「はぁ~………食べきれないならちゃんと言ってくれればいいのに。」

 

俺は残されたトマトとセロリを口に放り込んだ後、食器を洗い始めた。これが終わったらココアとチノに食べきれないときはちゃんと言うように注意しよう。流石に何度もこれをされると頭を抱えてしまいそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

食器を洗い終えた後、ココアとチノに食べきれない時はちゃんと言うように軽く注意し終えた俺は必要な食材が書かれたメモ用紙をポケットに入れ、玄関で靴を履いて靴ひもを結んでいた。

 

「あれ?お兄ちゃんどこか行くんですか?」

 

靴ひもを結び終えたと同時に、階段から下りてきたチノが興味を持ったような目でこっちに近づいてきた。

 

「ん?ああ、買い物だよ。お昼ごろにシャロたちが来るって朝ごはん食べてる時に言っただろ?だからお昼ごはんの買い出しに行くんだよ。」

 

「本当ですか!?じゃあ私もお兄ちゃんと一緒にお買い物に行きたいです!」

 

買い物に行くと言った途端、目を輝かせて一緒に行きたいと頼み込んできた。快適な季節だったら連れて行ってもいいのだが、生憎今は夏真っ只中だ。リゼみたいに夏バテにさせたくないし、リゼより体力は無いだろうから熱中症になってしまう危険性だってある。そんな子をこんな真夏に不必要に外に出したくない。

 

「ごめんな、外まだ暑いだろうから家で待っててくれるか?」

 

「嫌です!一緒に行きたいです!昨日もそう言って連れて行ってくれなかったじゃないですか!」

 

「そうだけど、熱中症になっちゃうかもしれないだろ?チノだってそうはなりたくないだろ?」

 

「まだ朝だからそんなに暑くないです!連れて行ってくれないなら後でこっそりとついていきます!」

 

チノは頬を膨らませながら駄々をこね始めた。どうしよう。もう打つ手が無い。このまま断っても駄々をこね続けるだけだろうし。

………仕方ない。細心の注意を払って連れて行くとしよう。

 

「……わかった。そのかわりタオルと飲み物を持ってくること。いいか?」

 

「 っ!はい!すぐ準備します!」

 

すごい満面の笑みだ。余程行きたかったのだろう。チノはそのまま何かを必死に追いかけるような勢いで階段を上がり自室へ向かっていった。

 

人の要望を断りすぎるのも良くないな。かと言って受け入れすぎるのも良くないし。妥協点を見つけるのは難しいな。

 

「お待たせしました!」

 

5分後準備ができたチノは白色のワンピースにタオルが入ってるであろうポーチと水筒を肩にかけた姿だった。これ何も知らない人がみたらちょっと軽い遠足にでも行くのかと突っ込みそうだ。本人はすごくウキウキしてるから本人にとってはある意味遠足なのかもしれない。

 

「さてと、行くか!」

 

「はい!」

 

そう意気込んで俺たちは裏口の玄関のドアを開け、スーパーへ向かった。

 

 

 

To be continued




どうもP&Dです。
ごめんなさい!前後編に分けるとか言ってましたけどさらに長くなりそうなので3話構成にすることにしました。
あと投稿頻度ガタ落ちですけど複数話を同時執筆で少しずつ着実に進んでいるので気長に待ってもらえると嬉しいです。
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