兄というのは苦労するが、やり甲斐はある   作:P&D

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-5話- 転校初日の運命は決まっている。(RE)

「みなさん初めまして!今日からこの学校に転校してきました。如月(きさらぎ)リョーマといいます。色々とわからないことだらけで慣れるまで時間がかかると思いますがよろしくお願いします!」

 

 俺は今、教室の教壇(きょうだん)に立っている。背後には黒板があり、白い文字で”如月(きさらぎ)リョーマ”と書かれている。そして目の前にはこれからクラスメイトになる生徒たちが席について俺を見ている。

 

 そう、今日から俺の新しい学校生活が始まるのだ。これからどんな日々があるのか楽しみで仕方なかった。正直昨日は楽しみ過ぎて寝不足とまではいかないが、あまり寝れていない。

 

 この学校は始業式が先に行われ、入学式は明日行われるらしい。つまりココアは明日から学校生活が始まる。二年の転校生である俺は始業式である今日に登校してきたわけだが、新しい学校だから、俺にとっては入学式の気分だ。

 

 さて、ずっと思ってきたが、どんなことが待っているのか、それとは別にこの学校で上手くやっていけるか、期待と不安がいっぱいだ。

 でもきっと大丈夫。今までの入学式の時も学年が上がってクラスが変わった時もこんな気持ちだった。でも友達ができて楽しい日々を送ることができた。だからこの学校でも楽しくやっていけるはず!友達何人できるかな?楽しみだ!ここから俺の楽しくて充実した学校生活が始まるんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――そう、思っていたのに………。

 

 

 

 

「キャー!うそ!?男子!?」

「え!?何!?ドッキリか何か!?」

「結構イケメンじゃん!」

「事件!事件だわ!」

「男装じゃないよね!?」

 

 教室中に歓喜(かんき)の嵐が響き渡る。

 期待と不安でいっぱいだったのに、一気に不安の方に傾いた。

 なぜかって?目の前にいる生徒たちが全員女子だったからだ。

 

 正直に言うと、今日登校して学校に着いた時には違和感を覚えてはいた。登校してくる生徒たちは女子ばっかりで男子は俺一人だった。そして女子たちは珍しいものを見るような目で俺に視線が集まっていた。その時は今年から共学化したからそうなるのも仕方ないかと楽観視(らっかんし)していた。

 

 始業式は体育館で行われることになっており、そこに行くと、既に到着していた生徒たちが中央で横に並べられたパイプ椅子に座り談笑(だんしょう)しあっていたのだ。

 この学校は珍しくクラス替えは無く三年間ずっと同じだ。それは事前に渡された書類に書いてあったから知っていた。クラスを変えないことで友好関係が安定しやすく、チームワークを築きやすくなると昔聞いたことがある。多分そのためだろう。だからあんなに談笑できているんだ。既に一年間クラスを共にしてきたんだから。

 

 どこに座ればいいのかわからなかった俺に横から女の人が声をかけてきた。その人は『日向(ひなた)』と名乗り俺のクラスの担任だと教えてくれた。おっとりとした糸目に柔らかい敬語の口調で(あたた)かい雰囲気を(まと)った人だ。

 俺はそのまま日向(ひなた)先生に案内され体育館の端に並べられている、教員用のパイプ椅子に座らせられ隣に日向先生が座った。転校生は別の席みたいだった。そして日向先生に『これから色々と大変だど思うけど頑張ってくださいね。』と同情するように言われた。

 

 本当ならこの時に気づくべきだったんだろう。この違和感の正体に。教員が全員女性であることに。中央のパイプ椅子に座って談笑している生徒たち、俺の存在が気になるのかチラチラとこっちを見ている生徒たちが全員女子であることに。

 

 その後、始業式が始まり校長先生からの話を聞き、三十分程で始業式が終わった後、生徒たち各々(おのおの)が教室に向かっていった。俺は引き続き日向(ひなた)先生に案内され、教室へ向かった。そして今、教室の教壇(きょうだん)に立ち自己紹介を済ませ、クラス全員から歓喜(かんき)の声を浴びるという状況に至っている。

 

 やっと違和感に気付いた。この学校は()()()から共学になったんだ。ということは昨年度、つまり今の二年と三年は共学になる前の学年だということだ。だから女子ばっかりだったんだ。ちょっと考えればすぐ気付くことなのに。浮かれすぎだろ、俺。

 

「ねえねえ如月(きさらぎ)君!」

 

 女子たちは興味津々で教壇(きょうだん)の前に集まり、一瞬で俺を囲んだ。思わず後退(あとずさ)りしてしまい黒板を背に追い詰められしまった。

 

如月(きさらぎ)君って今彼女いるの?」

「元カノはいたの?」

 

「え、あの………。」

 

 なんでいきなりそんな質問してくるんだ?

 今まで俺は学校で女子と話すことなんてほとんど無かった。精々学校行事とかで軽く話したりする程度だった。まともに話した女の人なんて母さんとココアの家族ぐらいだ。女子と何を話せばいいのかよくわからない。()してや彼氏彼女とか恋愛関係とかの話なんかわかるわけがない。

 だから俺は―――――

 

「えっと、彼女はできたことない………。そもそも恋愛がよくわからない………。」

 

 こう答えるしかなかった。まともな答えを返せなかったから、がっかりされるのかと思ったが―――――

 

「「「「「「「うそぉ!?」」」」」」」

 

 がっかりされるどころか、心底驚かれた。しかも全員ハモってた。そんなに驚くことなのか?

 

「え、ほんとうに!?」

「告白とかされたことないの!?」

「絶対如月(きさらぎ)君のことが好きだった人いたでしょ!?」

「恋愛がわからないなんて勿体(もったい)ない!」

 

 次から次へと質問の連続だ。そんなに疑われても事実なんだから仕方がない。

 

「じゃあさじゃあさ!如月(きさらぎ)君の好きな女の子のタイプ教えてよ!」

「あ、それ気になる!」

 

「は………?」

 

 なんでそんなこと聞いてくるんだ?それを聞いてどうするんだ?意図がわからない。それ以前に俺自身も好きなタイプがわからない。だって恋愛そのものがよくわからないんだから。

 

「えっと………。」

 

「ほらほら~、そんなに恥ずかしがらずにさ~。」

 

 どう答えるか悩んでいた俺を恥ずかしがっていると勘違いした女子たちは、教壇(きょうだん)に上がり、じりじりと近寄ってきた。後ろに下がろうにも黒板を背にしていてこれ以上下がれない。

 

「みなさ~ん。席についてください。まだホームルーム中ですよ?」

 

 教室の端に立っていた日向(ひなた)先生が生徒たちに声をかけるが、まるで聞こえていないかのように無視し、どんどん近づいてくる。

 

「………みなさ~ん?」

 

 密着するくらいまで近づいてきた。花のような匂いが(ただよ)ってくる。香水の匂いか?俺が今まで通ってきた学校は化粧とか香水とか、そういうオシャレ系は禁止だったから、嗅いだことがない匂いで思わず狼狽(うろた)えてしまった。

 ダメだ。もう逃げられない。

 そう思った俺はギュッと目を閉じた。

 

「………………。」

 

 

 

 タァァーーーン!!!

 

 

 

 

「「「「「「っ………!?」」」」」」

 

 突然黒板から何かを叩くような音、しかも耳鳴りがするほどの甲高(かんだか)い音が響き渡った。突然の大音響で俺含め女子全員驚き、しんっと一瞬で静かになった。

 音が鳴った方に視線を移すと、顔を伏せながら伸縮タイプの銀色の指揮棒(しきぼう)で黒板を叩いた日向(ひなた)先生の姿があった。

 そしてそのままゆっくりと顔を上げると、口は微笑んだままだったが糸目だった目が半開き程まで開き、ギロッと鋭い目つきでこっちを睨んでいた。

 

「………みなさん?転校生さんが気になるのはわかりますが、今はホームルーム中です。質問は後にして、席についてください?」

 

「「「「「「………は、はーい………。」」」」」」

 

 女子たちは声を揃えて、ぎこちない足取りで静かに席に戻った。怒らせてはいけない人怒らせてしまったと後悔している女子がいれば、怖くて手が震えている女子、ダラダラと冷や汗が止まらない女子たちがいる。

 

 たった一言で生徒全員を従えさせた。この先生見た目に反して只者(ただもの)じゃない。俺も少し手が震えている。そういえば事前に渡されていた書類に担任もクラスと同じで変わらないと書いてあったな。このクラスは去年も日向(ひなた)先生が担任だったんだ。つまりこのクラスの女子たちは一年間この先生とクラスを共にしたということだ。当然この人がどんな人物なのか知ってるはず。そうじゃなかったら一瞬でこんな葬式みたいに静かになるはずがない。それにこのクラスからはこの先生には絶対に逆らってはいけないという団結力を感じる。

 

「ごめんなさい如月(きさらぎ)君。生徒たちが暴走してしまって。この間までここは女子高だったから。みんな嬉しくなっちゃったんだと思います。ちょっと怖かったと思うけど、大目に見てあげてくれますか?」

 

「………はい………俺は全然、気にしてないです。」

 

「そう!よかったぁ!」

 

 日向(ひなた)先生は恐怖のどん底に叩き落とすような鋭い目つきから、人を安心させるようなおっとりとした優しい糸目に戻った。俺は今、女子たちより貴方(あなた)の方がよっぽど怖いです。

 

「自己紹介も終えたことですし、ホームルームを続けますね。如月(きさらぎ)君はあそこの席に座ってください。」

 

「はい、わかりました。」

 

 俺は教壇(きょうだん)を下り、指定された席に座った。最後方(さいこうほう)のグラウンドが見える窓側の端の席、つまり(かど)の席だ。右も左もわからない俺に気を(つか)ってくれたのだろうか。

 今まで学校の席替えでこういう最後方(さいこうほう)の席とか端の席になった時には、後ろに誰もいなかったり、片方の横が壁だったりで少し寂しさを感じていたが、今の俺には少し心地よさを感じる。まさか俺がこんな風に思うなんて。転校生の洗礼か?男子が俺一人だけだからか?それとも両方か?

 

 

 トントン………。

 

 

 俺が軽く深呼吸して落ち着くと、横から何かを叩くような音が聞こえた。見ると、隣の女子が俺の机の端を(つつ)いていた。さっき俺に好きな女の子のタイプを聞いてきた子だ。俺が反応したことに気付くと、その子は『さっきはごめんね。』というメッセージを送るように、両手を合わせ片目を閉じながら頭を軽く下げてきた。なので俺は『気にしてない。』というメッセージを送るように軽く微笑(ほほえ)みながら(うなず)くと、その子は驚いたように目を少し見開き、ふいっ、と正面に向き直した。

 ………あれ?伝わらなかった?顔が赤いように見えるけど。体調が悪いのか?

 

「はい、ではまず今年度使う教科書を配っていきますね。汚れていたり、印刷ミスで白紙になっているところがないか、念のために確認しておいてくださいね。」

 

 そう言って日向(ひなた)先生は、国語、数学、日本史……、次々と教科書を配っていった。俺は言われた通り、不備がないかパラパラと教科書を開いてみたが、特に不備な所は見当たらなかった。内容が気になったので試しに数学の教科書を開き、始め辺りを見ると、指数関数や対数関数が書かれていた。このあたりは春休みの間に参考書で予習をしておいたから大丈夫だな。この学校の授業に問題なくついていけるだろう。

 

 その後は、時間割表や年間行事予定表のプリントを配られ、先生から激励の言葉を貰い、ホームルームは終わった。

 

「というわけで今日はこれで終わりになります。明日は新入生の入学式ですが、皆さんは通常授業になりますので時間割表を確認して忘れ物がないようにしてください。」

 

 時計を見ると、十一時だった。今日はこれで終わりか。初日から色々と面食らったが、何とか乗り切ったな。二時間くらいしか経ってないけど。

 この後はどうしようか………。

 そういえば今朝、ココアが甘兎庵(あまうさあん)に行くって言ってたな。メニュー全制覇するんだとか言って張り切りながら。一応念のために、身体を壊すから一日で食べきるなと釘を打っておいたが。

 俺もそこへ行くか。一つだけ奢ってもらうって言ったし。この前貰った栗羊羹(くりようかん)すごく美味しかったからな。

 そう思い、席を立とうとした瞬間―――――

 

「では、やるべきことは終わったので………」

 

 

 日向(ひなた)先生はにっこりと微笑みながら―――――

 

 

「転校生さんへの質問タイムといきましょー!」

 

「「「「「「「イェーーーーーーイ!!!」」」」」」」

 

「えっ!?」

 

 とんでもないことを言い出してきた。女子たちも待ってましたと言わんばかりの盛り上がりだ。最初の時は質問責めの寸前で助かって、ある意味日向(ひなた)先生が女神様のように見えたが、今は全然そんな風に見えない。

 

 マズい!逃げよう!

 

「「「「「「「如月(きさらぎ)君!!!」」」」」」」

 

「は、はい!」

 

 だが、そう思ったときには既に女子たちに囲まれ、完全に逃げ道を塞がれてしまった。(かど)の席で少し心地よさを感じていたのに、逆に今はその(かど)(あだ)になってしまった。ダメだ、逃げ道がない。少し離れた所で日向(ひなた)先生が口元に手を当てながら、ふふふっ、と微笑ましい光景を見るかのような顔で眺めている。

 何笑ってるんだ!誰の所為(せい)でこうなったと………!

 

「改めて、如月(きさらぎ)君の好きな女の子のタイプ教えて!」

「好きな料理は何?」

「家では普段何をしてるの?」

「趣味は何?」

 

「あの………ちょ、ちょっと………待って………。」

 

 

 

 た………

 

 

 

 

 

 

 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………。」

 

 疲れた……………。

 疲れた……………。

 疲れた……………。

 

 今はそれしか頭に浮かんでこない。道を歩いている足も想像以上に重い。というか体中が重い。長時間休憩なしで働いたような感じだ。今目の前にベッドがあったら一瞬で眠れるんじゃないかと思ってしまうほどだ。

 

 あの後俺は、女子たちから小一時間(こいちじかん)ありとあらゆる質問を受けた。深く追及されないように当たり(さわ)りのない答えを続けたが、恋愛関係の質問については本当によくわからなかったので、まともに答えられなかったり、わからないと答えるしかなかったが、何故か女子たちは大いに盛り上がり、中にはメモを取っている人がいたり、『私にもチャンスがあるかも!』と大興奮している人もいた。

 何がチャンスなんだ?何を考えてるのかわからない。正直に言うと怖い。ああいうことが続くと思うと尚更(なおさら)だ。

 

 そういえば今までの学校で転校生がやって来たとき、最初はみんな珍しかったのか転校生に質問ばかりしていたが一週間ほどすれば落ち着いていき、すっかりクラス馴染んでたな。ということは俺も一週間ほどすれば今日みたいな質問責めは無くなるということだ。

 

 ………でも逆に言えば一週間も続くということだよな……………。

 

「…………はぁ………。」

 

 そんな圧力(プレッシャー)を感じながら、甘兎庵(あまうさあん)に到着した俺は、カランカランとドアを開けると、ココアがカウンター席に座り、そのカウンターの向こう側にチヤが立ち、向かい合って楽しくお喋りしていた。

 

「リョーマ君いらっ!………しゃい………。」

 

「あ!お兄ちゃん!学校どう………だった?」

 

 チヤが笑顔で迎えてくれたが、俺の顔を見た途端、引きつった顔になった。ココアも振り返った時は笑顔だったが、その直後チヤと同様の顔になった。

 今の俺、そんなに酷い顔なのか?どうやら俺が思っている以上みたいだな。

 そのまま中に入り二人のもとへ歩いた俺は、肩にかけてた学校(かばん)を肩からズルズルと流れるように床に下ろし、無言でココアの隣に座った。すごい静かだ。さっきまで楽しくお喋りしていた二人には申し訳なくなってくるな。でもごめん、許してくれ。

 

「………チヤ、この前言ってた一品奢ってもらうって話、今頼めるかな?」

 

「え、ええ………もちろんよ。」

 

「それじゃ………この店で、とにかく甘いものをひとつ頼む。」

 

「………何があったの?」

 

 心底心配している顔だ。一方ココアはスプーンを持ったまま俺を見て完全に止まっている。ココアの目の前に置いてあるのは白玉あんみつか。一緒に()えられているバニラのアイスクリームが溶けかけている。ごめんみんな。こんな姿を見せてしまって。でも説明する気力がないくらい疲れてるんだ。もう少し待ってくれ。

 

 待っている間、そんなことを思いながら時間が過ぎると奥からチヤが戻ってきて、俺の前にそっと和菓子を出してくれた。

 モナカだ。

 

「いただきます。」

 

 俺はそれを手に取り、そっと口に運んだ。その瞬間餡子(あんこ)の甘味が口の中にブワッと広がり、干上がって枯れ果てた土地が水で満たされたような気持ちになった。

 美味しい。美味しすぎて、(しび)れたように身体が動かない。こんなの初めてだ。甘いものがこんなに美味しかったなんて。甘いものなんて今まで沢山(たくさん)食べたことあるのに。

 何だろう………ほんの少しだけが目頭(めがしら)が熱いような。

 俺はそのまま二つ目、三つ目とモナカを口に入れ、甘味を堪能した。

 

「ごちそうさまでした。」

 

 何とか助かった。甘いものを食べただけでこんなに元気になるものだったんだな。なんであんなにネガティブになってたのか不思議になるくらいだ。

 一週間も今日みたいな事が続くと思っていたが、よくよく考えればたった一週間だ。”一週間も” ではなく ”たった一週間” だ。ポジティブに考えれば何の問題もない。定期的に甘兎庵(ここ)の和菓子を買い置きしておくか。このポジティブ思考を保つためにな。

 

「ありがとうチヤ。助かったよ。」

 

「え………?どう、いたしまして?」

 

 チヤはそう言いながら首を傾げている。当然だよな、和菓子を出しただけだから。

 

「お兄ちゃん、何があったの?」

 

 横からココアが心配した顔で(たず)ねてきた。チヤも同じように気になっている様子だ。元気百倍になったことだし、話すか。

 

「実は―――――」

 

 俺は二人に今日学校で起こったことを包み隠さず全て話した。最初は驚いた様子だったが、次第に俺を(あわ)れむようになっていった。ココアに至っては自分が食べてた白玉あんみつを俺にくれようとしてくるほどだ。遠慮しても食べてと強引気味に食べさせようとしてきたので一口だけ貰い、あとはココアに食べさせた。

 そんな感じで色々励まされた俺は帰り(ぎわ)に、明日も学校で同じようなことが起こるだろうと思い、備えとして今日食べさせてもらったモナカを持ち帰りで買いそのままココアと一緒にラビットハウスへ帰った。

 

 

 そして翌日――――――

 

 

「――――y=logaxを例として出します。ここの底aを10とした場合―――――」

 

 俺は今、数学の授業を受けている。この授業が終われば昼食だ。ココアたち新入生は今頃入学式が終わった頃だろうか。二年の俺は通常授業だけど。

 それにしてもこのクラス、授業の時は静かで真面目だな。………ウトウトしてしまっている人が何人かいるけど。授業が始まる前は昨日と同様、質問されまくったり世間話などの雑談で大騒ぎだったが。

 そういえば前の高校で女子高は授業中も話し声が絶えないと、そんな話をしている人がいたな。どこで聞いた話なのかは知らないけど。てっきり俺はこの学校もそうなのかと思っていたが、そういう所も探せばあるかもしれないけど少なくともこのクラスはそうではないみたいだ。

 日向先生(誰かさん)のお(かげ)かな………。

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 そう思っていると、授業の終了を知らせるチャイムが教室に響き渡った。授業が終わって、両腕を広げて伸びをしている人もいれば机に伏せてグッタリしている人もいる。俺もつられるように伸びをした後、(かばん)から布で包まれた弁当箱を取り出した。

 少し前にタカヒロさんが俺たちの弁当を作ると言っていたが、バーの仕事をしていて、昼間も俺たちが学校でいない間の喫茶店の仕事をしているうえで、弁当まで作るとなると流石に負担が大きすぎると思い、みんなの弁当は俺が作ると無理やり説得して弁当係は俺になった。

 その(さい)タカヒロさんから、『チノは野菜嫌いだから野菜を少し多めに入れてほしい』と頼まれている。野菜嫌いな(そういう)所もココアと似てるな。喜んでご期待に()えよう。

 

如月(きさらぎ)君!一緒に食べよ?」

 

「………え?」

 

 布の結び目を(ほど)こうとしたとき、隣の子が一緒に食べようと誘ってきた。それを見ていた周りの人たちが―――――

 

「私とも一緒に食べよ!」

「お昼に良い場所知ってるよ!」

「この学校食堂があるから一緒に行こ!」

 

「あの、俺はその………」

 

 ドタドタ、我先(われさき)にと次々集まってきた。元女子高の人たちってこんなに大勢で食べるのか?前の学校は二、三人と一緒に食べる人たちがほとんどだったが。文化(学校)の違いか?

 俺の席が角の位置の所為(せい)で一瞬で囲まれてしまう。抜け出そうにもこんなに密集していては無理だ。俺も前の学校では友達二、三人と食べてたから、経験してないだけでもしかしたら大勢で食べるのも悪くないかもしれない。もう大人しく(したが)うか。抜け出せそうにないし。

 

「………わかっ――――」

 

 ガラガラ!

 

「お兄ちゃん!一緒にお昼食べよー?」

 

 突然ドアが開く音が聞こえ、続いて聞き覚えのある明るい声が聞こえてきた。密集の隙間から入口を見ると、フリフリと何かが入っている袋を右手に(かか)げているココアがいた。

 予想外の人物が来たが………波乱の予感が………。

 

 

「「「「「「お兄ちゃん!?」」」」」」

 

「え?………え?」

 

 

 予想的中!ココア逃げろ!

 

 だが、それを言う前に女子たちは俺からココアの方へ一斉(いっせい)に動き出し、今度はココアが囲まれてしまうことになった。

 

「君、お名前は?」

 

「………コ、ココア、です。」

 

「君のお兄ちゃんってどんな人?」

 

「………え………あ、あの………。」

 

 流石のコミュニケーション能力が豊富なココアもタジタジだ。両手を胸に当て、内股(うちまた)になってしまい、少し怖がっている様子だ。ココアでもああなってしまうんだな。わかるぞココア、その気持ち。

 

 でもおかげでみんなの意識がココアに(かたむ)き、俺が自由に動けるようになった。チャンスだ。抜け出すなら今しかない。

 

「ごめん!今日この子と一緒にお昼を食べる約束だったから、また後で!」

 

 俺は女子たちの密集の中に割り込み、ココアの手を掴み、そう言い残して教室から飛び出した。走っている最中、俺に幼馴染()がいたことが予想外だったのか、後ろから盛り上がりの声が聞こえ、中には『(とうと)い!』とか言って鼻血を出して気絶してる人までいた。なぜそんなに盛り上がるのか俺にはよくわからないが、とにかく今はここを離れよう。

 

 

「「はぁ………はぁ………。」」

 

 学校の中庭に出た俺たちは、人気のないベンチに座り休憩していた。物陰になっているから陽が差して来ず、走って息が上がっている俺たちには涼しくてちょうどいい。

 

「お兄ちゃん、大変だったね。」

 

「まあな。」

 

「私、今ならお兄ちゃんの気持ちすごくわかる。」

 

 だろうな。あのココアがああなってたんだからな。まあここならもう大丈夫だろう。

 

「そういえばココア、まだ帰ってなかったんだな。」

 

「うん、折角だしお兄ちゃんとお昼食べてから帰ろうと思って。見て見て、購買でパン買ってきた!」

 

 そう言って袋の中身を見せてきた。コロッケパンや焼きそばパン、たまごサンドなどが入っている。袋の中身はパンだったのか。新入生たちは午前中で終わるから、ココアの分の弁当は作ってなかったな。

 

「お兄ちゃん早く食べよ?」

 

「そうだな。」

 

 そう言ってココアは袋からパンを取り出し、俺は布を(ほど)き弁当箱を開けた。中身は半分が白米、もう半分はおかずで野菜がメインだが肉枠(にくわく)として一口サイズのミニハンバーグを3つ入れてある。バランスよくできているだろう。

 ちなみにチノの分の弁当の中身も俺と同じだ。野菜嫌いなチノのことだから野菜ばかりで気分が(しず)むだろうけど、ハンバーグを入れてあるからその分、気分が上がってくれるだろう。

 

「いただきまーす!」

 

 ココアはコロッケパンを両手で持ち、パクッと美味しそうに食べ始めた。それを見た俺も白米を口に運ぶ。

 ここは校舎から少し離れているから静かだな。空も雲一つない快晴で気温も適温でピクニックみたいだ。

 

「そういえばチヤは?」

 

「チヤちゃんは甘兎庵(あまうさあん)のお仕事があるからって先に帰っちゃった。お兄ちゃんと三人で食べようと思ってたんだけど。」

 

「なら仕方ないか。」

 

 仕事があるならどうしようもないな。でも明日からは新入生も通常授業だからその時はチヤも一緒だろう。

 

「………ん?」

 

 ふと校舎の方から大勢の声が聞こえてきた。見てみると男女の生徒達が正門から出て帰宅しているところだった。男子もいるからココアと同じ新入生だな。

 …………あれが二年生だったらな………。

 

「あ!それハンバーグ!?」

 

 そんなことを思っていると、突然ココアが俺の弁当を見て嬉しそうな顔になった。

 バレたか。野菜炒めを被せて隠したつもりだったが、ココアには効果がなかったか。

 

「そのハンバーグ、お兄ちゃんが作ったの?」

 

「ああ、そうだけど。」

 

「へぇ~そうなんだぁ~。」

 

「………。」

 

 めっちゃ見てくる。キラキラした目でめっちゃ俺を見てくる。そんな顔されてもあげるわけにはいかない。俺のおかずが減ってしまうからな。

 そう思った俺は、ふいッと目を()らした。

 

 

 じーーー………

 

 

 じーーーーーー………

 

 

 じーーーーーーーーー………。

 

「………わかった。わかったから。一個だけだぞ?」

 

「やったぁー!」

 

 結局俺が折れて、ハンバーグをあげることになってしまった。バレたからにはこれからハンバーグを入れてくれって強請(ねだ)られそうだな。流石に毎日入れるわけにはいかないから、そこはキッチリと後で言っておかないと。

 

「やっぱりハンバーグと言えばお兄ちゃんのだよね!」

 

 そう満足げなココアはコロッケパンを食べ終え、続いて焼きそばパンを袋から取り出しパクパクと食べていくのだった。

 

「ごちそうさま。」

 

 昼食を食べ終えた俺たちは予鈴(よれい)が鳴るまでここで(くつろ)ぐことにした。ココアは鼻歌を歌いながら頭を振り子のようにゆらゆらと揺らし、えらくご機嫌だ。

 

「はぁ~美味しかったぁ!ねえお兄ちゃん!これからお昼は一緒にここで食べよ?チヤちゃんも一緒に!」

 

「そうだな。それじゃ、雨の日は食堂で食べるか?」

 

「うん!」

 

 昼食はココアたちと食べることに決まった。誘ってくれたクラスのみんなには悪いけど。あとで昼食は(ココア)と食べることにしていると伝えておこう。

 

「うーん、パンを食べたら何だかお兄ちゃんが作ったパンが食べたくなってきたなぁ。お兄ちゃん、家に帰ったらパン作って!」

 

「は………?」

 

 急に無茶な要望を出してきた。無理だろ。びっくりした。

 

「オーブンが無いんだから作れないぞ。」

 

「あ、そっか。ラビットハウスだから無いんだった。………え、じゃあこの街じゃお兄ちゃんのパン食べられないの?」

 

「まあ、そうなるな。」

 

「……………。」

 

 ココアは後になってようやく気付いたみたいに落ち込み、がっくりと項垂(うなだ)れた。

 昔からココアは俺が作ったパンを美味しそうに食べてたからな。一人で平らげるほどに。作ってやりたいのは山々だけど、オーブンがないから………………いや、待てよ?もしかしたら。

 

「作れないことはない………かもしれないぞ?」

 

「え!?ほんと!?」

 

「ああ。台所に電子レンジがあっただろ?もしあれにオーブン機能があれば作れるぞ。」

 

「本当に!?絶対に!?」

 

「………あったらな。」

 

「じゃあ今度の休みの日に作ろ?みんなも誘って。」

 

「ああ、いいけど。」

 

「やったぁ!」

 

 希望が見えた途端、急に笑顔になった。そんなに食べたかったのか。

 ココアが『やった!』と言った直後に校舎から予鈴のチャイムが鳴った。五分後には午後からの授業が始まる。そろそろ戻らないと。

 

「それじゃ俺は教室に戻るよ。」

 

「うん、私はチヤちゃんの所に寄ってから帰るね!」

 

「………食べ過ぎないようにな?」

 

「大丈夫!私、身体は丈夫な方だから!」

 

 そんな両手でグッとガッツポーズみたいなのをしながら自信満々に言われてもな。というか俺はそういう意味で言ったんじゃないんだが。チヤに前もって、あまり食べさせ過ぎないようにと伝えてあるから大丈夫か。

 

「そうか。気を付けて帰れよ?」

 

「うん!それじゃあまた後でね!」

 

 俺たちはその場で別れ、ココアは軽快な足取りで正門の方へ走って行った。

 というか作れる前提で話が進んだけど、もしダメだったらどうなるんだ?あまり想像したくないけど。どうかオーブン機能が付いていますように。

 

 

 

「ただいま………。」

 

 午後の授業を終え、クラスのみんなからココアとの関係を事細かく聞かれた後、無事に帰宅(生還)した俺は、自室で制服から部屋着に着替えた。そしてキッチンに向かい、電子レンジを確認した。

 

「……………マズいな。」

 

 調べてみたが、俺の願いは叶わずオーブン機能は付いていなかった。これじゃ作れない。ココアが知ったら悲しむだろうな。

 

「ただいまー!」

 

 裏口の玄関から声が聞こえてきた。トン、トン、と靴下を履いた足で廊下を走る音がこちらへ近づいていき、俺が居るキッチンに入ってきた。ココアだ。言ったそばから帰ってきた。

 

「お兄ちゃんただいま!」

 

「………お帰り。」

 

「ねえねえ!電子レンジどうだった?」

 

 そう言いながら俺のもとまで近づき、電子レンジを確認している。

 

「………ごめん、オーブン機能は付いてなかった。」

 

「……………。」

 

 ワクワクしていたココアだったが、作れないとわかると一気に悲しい表情になった。学校の時よりもだ。流石にこれはどうしようもない。勝手にオーブンレンジを買って、人様(ひとさま)の家に物を増やすわけにはいかないからな。

 

「………まあここでは作れないけど、いつか実家に遊びに帰ることがあったら、その時は好きなだけ作ってやるから。そんなに落ち込むな。」

 

「………………。」

 

 こんなことを言っても、今食べたいココアからしたら(なぐさ)めにはならないか。しゅんとして黙りこくったままだ。

 

「………電子レンジの前に集まってどうしたんですか?」

 

 突然声をかけられ、見ると不思議そうにしているチノがいた。頭にティッピー(おじいさん)を乗せている。相変わらず器用だな。

 

「もしかして故障したんですか?」

 

「いやそうじゃなくて、ココアが俺の作ったパンを食べたいみたいなんだけど、このレンジ、オーブン機能が付いてなくてどうしようか困ってたんだ。」

 

「オーブン?オーブンなら(うち)にありますよ?」

 

「「………え?」」

 

 まったくの予想外の言葉に俺もココアも同じタイミングで反応してしまった。

 オーブン、あったか?見かけたことなかったけど。

 

「あるのか?本当に?」

 

「はい、ありますよ。おじいちゃんが調子乗って買って、結局使わずじまいでしたけど。」

 

そう言われたティッピー(おじいさん)はポッと赤くなった。………褒められてませんよ?

 

「じゃあじゃあ、ここでパン作れるの!?」

 

 オーブンがあるとわかると、ココアはものすごい食い気味に聞いてきている。顔が近すぎてチノがびっくりしてるぞ。

 

「そ、そうですね。オーブンは厨房(ちゅうぼう)にあるので付いてきてください。」

 

 俺たちはそのまま厨房(ちゅうぼう)に行き、中に入った。ここはいつもお客さんが注文した料理を作る場所。つまり仕事用のキッチンだ。ここにオーブンがあるのか?

 

 厨房(ちゅうぼう)(すみ)に置かれている物のところまで連れてもらった。白い布で(おお)われており、(ほこり)もそれなりに(かぶ)っている。ずっと放置されていたのがわかる。

 

「これです。」

 

 そう言ってチノは、(おお)っている白い布を外した。そこから出てきたのは俺たちよりも大きい、一度に大量のパンが作れるほどの本格的なオーブンだった。ココアの実家にあるオーブンと同じくらいの大きさだ。

 厨房(ここ)で注文の料理を作っている時に、いつも目に入り、その(たび)に何だろうと思ってはいたけど。まさかオーブンだったとは。

 というかこんなに本格的なオーブンを買っておいて使わなかったなんて………。勿体(もったい)なさすぎますよ、おじいさん!

 

「わぁ大きい!チノちゃん、これ使ってもいいの?」

 

「はい、大丈夫ですよ。全然使わないから捨てた方がいいんじゃないかって父が言ってたくらいですから。遠慮(えんりょ)なく使ってください。」

 

 (ほこり)(かぶ)るまで放置してたのならそう思うのも無理ないな。

 

 でもオーブン、もう大丈夫だ。今まで放置されてきた分、俺たちが思う存分使わせてもらうから。もう寂しい思いなんてさせないから。よろしくなオーブン(相棒)

 

 俺はオーブンにそっと手を触れ、心の中でそう語りかけた。

 

「やったぁ!これでお兄ちゃんのパンが食べれる!」

 

 ココアはこれ以上ないくらい大喜びだ。良かったな。

 となると、あと必要なのは材料だけか。まあそれは今度の休みの日に買いに行くとして………。

 

「………その前にこのオーブン、掃除しないとな。」

 

「あはは………。そうだね。」

 

 何はともあれオーブンがあって本当に良かった。この街(こっち)に来てからパンを作ってなかったから数週間ぶりになるか。感覚が(にぶ)くなってないか少し不安だが、やっていくうちに思い出していくだろう。折角だし、このパン作りでラビットハウスの新メニューも考えてみるか。ワクワクしてきたな。

 

To be continued

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