S10地区司令基地作戦記録   作:[SPEC]

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今章はちょっと暗い話になります


.4-1 ―グリフィン指揮官救出―

 

広い空間。ただ広い空間だ。

視界を遮るもの。行く手を阻むもの。そういったものが一切ない空間だ。

 

5メートル前後の高さに設計された天井。そこに設置されたLEDに照らされ、滑らかに仕上げられたフローリングが光沢を放つ。

イメージとしては体育館が一番近い。

 

その中央。二つの影が立っている。

 

一つは、黒いセーラー服に赤いマフラーを巻いた戦術人形。一〇〇式機関短銃。

もう一つは、同じ黒いセーラー服に赤いマフラーを巻いた、一〇〇式機関短銃が。

同じ戦術人形が、向かい合って立っていた。

 

別に珍しい事でもない。戦術人形が工場で製造、量産される商品である以上、同型が鉢合わせする確率は少なくない。

 

しかし同じ戦術人形でありながらも、その様相は相反するものであった。

 

片や、口を真一文字に結び顎を引き、見るからに緊迫した様子だ。

槍術よろしく、半身たる機関短銃。の形を模した木製の模型を半身(はんみ)で構え、その先端─トレーニング用のゴム製ダミーナイフを銃剣のように装着─をもう一人の一〇〇式に向けている。

 

片や、困惑や躊躇い。遠慮しい様子でただ立っている。棒立ちだ。

銃(模型)も、構える事もなくただ機関部あたりを両手で鞄のように持っているのみだ。

 

あまりに対称的な同型。それを殊更強調するように、片や赤。片や白の鉢巻きが、二人の頭に巻かれている。

 

「あ、あのぉ指揮官」

 

おずおずと、赤い鉢巻きを巻いた遠慮しい一〇〇式が、少し離れた男の指揮官、ブリッツに声をかける。

 

「本当にやるんですか?」

 

「ああ、やれ」

 

にべもなく、無情な返答。

赤い方に逃げ場はない。

彼のとなりに立つR09地区司令基地、メリー・ウォーカー指揮官は心配そうに、落ち着き無くゆらゆらと揺れているが、それでも止めようとは思っていないようだ。

やるしかない。

 

「・・・わかりました」

 

目付きが変わる。赤い双眸が正面の白い方の一〇〇式に向けられる。

得物の持ち方も変わった。

今まではただ持っていただけの模型銃を、本来の持ち方。右手で銃把を、左手で木把を。ただし、構えない。

構えないが、それだけで白い一〇〇式の纏う雰囲気がガラリと変わる。

 

変貌に次ぐ変貌。赤い方から発せられる"圧"。

それに気圧されぬよう、白い方は自身を奮い立たせ、得物を握り直す。

 

「失礼の無いよう、殺す気でいきますっ・・・・・・!」

 

白い方が告げる。それは礼儀としてか。または自分に言い聞かせるためか。

明らかに熱のある。ある種の覚悟も秘めた声で。

 

赤い方も口を開く。

 

「そんなこと、言わないでください」

 

対照的に冷淡に、起伏の無い声で言う。

 

「殺しに来なさい」

 

瞬間、白い方が動く。後ろ足で地面を蹴り肉薄。その勢いで銃剣を突く。狙いは顔面。

赤い方は上体を僅かに動かし、揺れるような最小限の動きでかわす。

 

次。突いた得物を引き戻し、今度は上半身。胸の辺りに狙いをつける。

しかし赤い方はそれを読んでいたのか右足を引き、胸への突きをヒラリと半身になって回避。

同時に、白い方の得物。実銃でいえばハンドガード辺りを左手で掴む。そのままくるりと回れ右。

 

「うわっ!」

 

自身の突きの勢いを利用された白い方はつんのめるように体勢を崩す。が、強く踏み込むことで無理矢理体勢を整える。床材を踏み抜かんばかりの強さ故、空間には大きな音が響く。

間髪入れず振り替える。しかし、そこに赤い方の姿はない。

 

去来するは困惑。咄嗟に視覚センサーと聴覚センサーをフル動員して探す。

すぐに見つけた。真後ろだ。

 

「ッッ!?」

 

咄嗟に。反射的に。無意識に。白い方は振り返り様銃剣を振るう。

それを、赤い方はストックで弾き返した。事も無げに、易々と。

白い方は姿勢が乱れる。すぐには動けない。

 

それを見逃すほど、赤い方は木偶ではない。

 

すぐさま軸足へと放たれた右のローキック。いくら強靭な足腰を持つSMGの人形といえども、姿勢が崩れた時点で耐えられる筈もなく、あっさりと地面から離れ尻餅をつく。

 

すぐに起き上がろうとするが、時すでに遅し。赤い方の銃剣が、白い方の喉元に突き付けられていた。

赤い方が、突ききらずに止めた。

 

「止め」

 

ブリッツが静かに、かつ厳かに止める。

赤い方は突き付けていた銃剣を引っ込め、くるりとバトンのように得物を回しながら距離をとった。

 

────ここはR09地区司令基地。その訓練施設の一つである多目的ルームだ。

本日、合同演習という名目でブリッツと第一部隊所属の人形全員が、このR09基地に招かれていた。

 

一〇〇式同士の模擬戦も、その一環だ。

 

以前のシェルター防衛を機に面を合わせた両指揮官は、それからも時折連絡を取り合って情報を共有していた。

時には支援部隊として援護したりされたりと、良好な協力関係を結んでいた。

 

メリー指揮官はブリッツ率いる第一部隊の技量と、彼自身の戦闘能力の高さも、交流を経て把握していた。

そこで彼女は考える。この戦闘技術をどうにか自分の部隊にフィードバック出来ないかと。そうして行われたのがこの合同演習だ。とはいえ、今のような模擬戦も含めて、演習というよりもブリッツ達を教官とした技術教習といった色合いが強い。

 

だが、こういった経験はいずれ実戦で活かせられる時が来ると、メリーは信じていた。

 

「うぬぅ・・・・・・」

 

白い方が悔しげに唸る。一分足らずの攻防だったが、開始から終わりまで一方的な展開であった。歯が立たなかったという事実が悔しいのだろう。

 

「大丈夫一〇〇式ちゃん!?」

 

慌てて白い一〇〇式に駆け寄ったメリーに彼女は「あっ、大丈夫です!」とすぐに、勢いよく立ち上がる。それを見てメリーもホッと胸を撫で下ろす。

一方で、赤い方の一〇〇式は軽快な足取りでブリッツに近寄る。

 

「指揮官!どうでした!?」

 

「悪くなかったぞ。ただ、背後を取った時点で終わらせなかったのは、些かいただけないな」

 

「それでは稽古になりません。それに、ここは戦場ではありません」

 

つまり赤い方はこう言いたいのだ。「戦場ならすぐに終わらせていた」と。

自分から「殺しに来なさい」などと言っておきながら手加減をする。それを指摘すれば本人は否定するのだろうが。

 

今回の結果は、単純に経験値の問題だ。

戦闘時には切った張ったの近接戦闘が常な赤い方の一〇〇式にとって、こういった稽古の場は本気にはなるが真剣にはなれないのだろう。

もし彼女が初めからその気であったなら、初手の段階で白い方の一〇〇式は首と胴体が別れている。

 

しかしそれも仕方ないことだろう。ブリッツの一〇〇式と違い、メリーの一〇〇式はまだ着任して3ヶ月ほどしか経っていない。

実戦経験は積んではいるのだろうが、人間のような個体差がかなり小さいため、戦術人形はそういった経験の差が顕著に出る。

 

今日の経験は、必ず白い彼女の中で活きてくる。なぜなら、戦術人形とはそういう存在だからだ。

 

「ありがとうどざいました!」と赤い方の一〇〇式に敬礼している白い方の一〇〇式を見遣りながら、ブリッツはそう思った。

 

「あの、ブリッツ指揮官?」

 

いつの間にか正面に立っていたメリーに声をかけられた。ぼんやりしていると思われたのかとすぐに反応を返す。

 

「なにか?」

 

「あのですね、よろしければなんですが・・・・・・私にも戦いかたを教えてくれませんか?」

 

躊躇いがちに告げられたお願いの内容に、ブリッツは面食らった。

メリーは続ける。

 

「ここ最近、人類人権団体やロボット人権団体。反戦団体といった過激派集団の活動が、エスカレートしてきています」

 

「そのようですね。どういう訳か、奴らの武装も近代化が進んでいる。昔は大きな声で喚くだけの集団が、今では小銃撃ちながら権利を訴えている」

 

以前より、メリーが告げた団体たちの過激な活動は、グリフィンは勿論居住区に住む住人達にとっても頭の痛い問題であった。

 

ただ集まって喚く(デモをする)だけなら「言わせておけ」で済むが、集団心理が働くのか。火炎瓶を取り出して居住区内に設置されたグリフィン駐在所へ投げ付けたり、グリフィン所属の戦術人形を攻撃。または捕獲(彼らは保護と主張している)されている。

 

それだけでも十分危険な集団なのだが、最近になってシンパたちの武装化が急激に進んでいる。

旧世代ながら、銃器や防弾装備。果ては装甲車に至るまで。日に日にその脅威を増している。

 

そんな中で浮上したのが、反グリフィン団体という存在。

戦術人形を忌み嫌う人類人権団体。戦術人形を酷使する人間を嫌うロボット人権団体。名目上は平和を願い活動する反戦団体。

それぞれの団体に属していた人々が結託し、人形を使役する企業としては最大手であるグリフィン&クルーガーを現代社会における元悪と定め、それに対抗するために結成された武装新興団体。

 

どうやらこの武装集団から、各団体に武器が流れているようだ。

 

「私達R09地区司令基地は、本部からその過激派集団を壊滅するよう通達されました」

 

「なるほど。今回の演習も、その為のものでもあると」

 

「はい。本部は、グリフィン(私達)が人形を使って過激派集団を壊滅する事で、今後の彼らの行動を抑止したいようです。ただの武装集団(テロリスト)相手なら力で抑えつけられると踏んだのでしょう」

 

人形()で抑えつける、か」

 

「あまりいい気はしませんけどね・・・・・・」

 

メリーの表情が暗くなる。本部からの命令とはいえ、人類を攻撃するのは気が進まないのだろう。

本来なら、自分たちが守るべき対象なのだから。

 

しかし命令は命令。"気が進まない"などという個人的な都合で無視など出来ない。

それはメリーも分かっているのだろう。すぐに暗い顔を消し去る。

 

「成功すればグリフィンとしても、I.O.Pとしても、所属している戦術人形の有用性を公表できますしね。大きな宣伝になるって訳です。

でも、絶対成功する保証なんてない。イレギュラーはいつだって起きる。そのためにも、私は自衛する手段が必要なのです」

 

「万が一に備えての対抗手段、というわけですか」

 

「そういうことです。お願い、できますか?」

 

ブリッツとメリーの身長差から、彼女は自然と上目遣いになる。彼女の容姿も相まって、そこらの色々持て余した男ならば、下心を込めて快諾したのだろうが、彼はあくまで神妙であり続けた。

 

「自分に教わるよりも、あなたの部下達に教わった方が良いかと。彼女達は、戦う術を持った存在ですから。きっと、貴女の力になってくれます」

 

さらりとブリッツは断った。

彼としては、短時間の教練で身に付けられる技術を教えるには、メリーという女性は線が細すぎた。彼女の経歴もざっと見てみたが、軍出身という情報はなかった。多少の経験があれば付け焼き刃程度の技術を授けられるかもしれないが、そうでないのなら中途半端な技術は却って危険。

ならば、付きっきりで見れる彼女の部下達に任せた方がマシ、というのがブリッツの判断であった。

 

これにはここまでのやり取りを横目で見ていた白い方の一〇〇式は、ホッと胸を撫で下ろしていた。

彼女を慕う人形は結構多い。中には異常な執着を見せる人形もいる。中には既成事実を作ろうと画策している人形もいる。

そんな百合の園にもしも(ブリッツ)が入ろう物なら、阿鼻叫喚でジェラシー燃え盛る紛争地帯が基地内に出来上がるのが容易に思い付く。

 

しかしなぜだろうか。

 

「ああ、そうですか・・・そうですよねぇ・・・」

 

見るからに残念そうなメリー指揮官の表情に、白い一〇〇式は何か胸中に黒い靄がかかったような気がした。

 

ちなみに赤い方は、「斧いいですよ!斧!」と仲間を増やそうと先程から聞き流している白い方に熱弁を奮っていた。

 

 

───────────────

 

合同演習から一週間後。

その日。S10地区では、朝から雨が降っていた。

どんよりと黒みがかった分厚い雨雲から降り頻る無数の水滴。

 

雨が降れば気分が落ち込む。これは低気圧の影響で血圧が落ちることによって起きるのだが、人形にも適用されるようで、みな一様に鬱屈とした様子だ。ただ単純に雨の影響で外に出れない、というのが主な理由だろうが。

 

今日は任務も無く、指揮官に出来るのはただ流れてくる書類を、右から左へと処理して流すだけの退屈な仕事のみであった。

一応各部隊にはローテーションで基地周辺を監視してもらうよう命令を出しているが、ほとんどは待機という名の自由時間だ。

 

暇を持て余した人形にとって、面倒な書類作成よりも退屈の方が嫌らしい。何体か司令室に出向いて手伝ってくれた。おかげで夕方には業務自体終わってしまった。

 

それからは、司令室に集まった人形達とブリッツによる雑談タイムと化した。

 

やれ至高は猫だ、いや犬だという不毛な論争だの。

CZ-805が「私も7.62mmNATO弾使いたい!」だの。

RFBが空いた時間に作っていたゲームで一〇〇式とUziが熱中したり。

ダネルNTW-20とブリッツの白熱したアームレスリングでかなり盛り上がったり。

突発的に始めたFALのファッションチェックに、LWMMGがその場で服を脱がされるという被害を受けたり。

その様子をこっそりカメラに納めていたり。

 

そんな、騒がしくも平和な時間を過ごしていた。

 

陽が完全に沈んだ頃に通信機材が、甲高い電子音を発するその時までは。

 

発信元はグリフィン本部。

喧騒はピタリと鳴り止む。全員が襟元を正し整列。

 

ブリッツは機材のボタンを押し応答する。

この時彼の胸中には、不穏なものが蠢いていた。

 

このタイミングで本部からの通信。間違いなく任務の通達だろう事は想像がつく。

想像はつくが、どうにもそれが嫌な予感にしか思えなかった。

 

機材のモニターに上官、ヘリアントス上級代行官が映る。

その表情には微かにだが焦燥が滲み、それがブリッツの不安感を煽る。

 

『ブリッツ指揮官。緊急事態だ』

 

「何が起きましたか」

 

『R09地区司令基地指揮官、メリー・ウォーカーがテロリストに拉致された』

 

嫌な予感が、最悪な形で的中した。

 

 




次回、奪還。



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