状況を説明する。
今から5時間前。過激派集団の壊滅に乗り出したメリー・ウォーカーが作戦任務中、反グリフィン団体の奇襲を受け身柄を拘束。拉致された。
彼らは、48時間以内に現金500万ドル。そして、大量の武器弾薬を引き換えに彼女を解放する。要求を飲まねば、彼女は公開処刑にすると言っている。
この一方的な要求に、上層部は拒否の姿勢を見せている。
情けない話だが、「女一人に500万ドルと武器弾薬では割に合わない」というのが上層部の意思だ。
が、このままでは彼女は殺されてしまうだろう。
貴重な人材だ。失うのは惜しい。見殺しには出来ない。
彼女の居場所は分かっている。R09地区にある、現在は使われていない収容施設に囚われているようだ。
貴官には、彼女の救出任務を遂行してもらいたい。
ヘリアントスの話が一通り終わった頃を見計らい、ブリッツは右手を肩ほどの高さまで上げる。
「質問が」
『なんだ』
「何故自分なのでしょう。確実に救出したいのであれば、人形の部隊を向かわせるのが妥当では」
グリフィンには数多くの戦術人形部隊を有している。
その中には、今回のような救出任務に適した部隊も存在する。
で、あるならば。わざわざブリッツに任務を言い渡す必要はない。
つまり、そうしなければならない理由がある。
ヘリアントスが苦々しく眉間に皺を寄せながら、その理由を話し始める。
『救出部隊なら既に派遣した。が、失敗した』
「何故です?」
『敵施設にDS兵器が存在している。戦術人形部隊を展開出来ない』
今度はブリッツが苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
DS兵器。「Doll's Sealing」の頭文字を取ってつけられた名称だ。。
通称"人形封じ"
第三次大戦の終盤に開発された対戦術人形用行動阻害装置。
特殊な超音波と微弱な電磁波を使うことで干渉し、戦術人形の戦闘力を抑え込む効果がある。
第二世代が登場してからもより性能を上げた改良型が開発されており、稼働している間は行動不能にしてしまう。
軍に属していたブリッツも、人形封じの威力はよく分かっている。
だが
「なぜそんな物が。あれは軍用の特殊兵装だったはず」
『理由はわからないが事実だ。施設に近付いただけでまともに動けなくなったという報告を受けている。
グリフィン本部が抱えている人形部隊では手出しができない状態だ』
ここまでくれば誰でも、ブリッツに任務を言い渡す理由に気付く。もちろん、彼の部下も。
「つまり、人形ではなく自分が行けと」
『そうだ。私が知る限り、敵に全く感知されず拠点に潜入し、対象を無事に連れ出せる人間は、グリフィン内では貴官しかいない。
クルーガーさんには許可を頂いている。『必ず助けろ』との事だ。あとは貴官次第だ』
随分と信頼されたものだ。そうブリッツは思った。
グリフィンのトップからも許可を頂いている。お膳立ては整っているという訳だ。
その時ブリッツは、自分の後ろにいる人形達の落ち着きが無くなっているのを感じ取った。
きっと分かっているのだろう。これから自分達の上官が、なんと答えるのかが。
そうだ、その通りだ。上官の事をよくわかっている部下達で何だか嬉しくなる。
だからわかりやすく、一言にまとめる。
「了解」
それだけだった。それだけで十分であった。
『また無茶を押し付けてしまうな』
「慣れてますよ。ただちに準備し、至急現場に向かいます」
『座標データを送った。そこが目的の施設だ。いいか、敵に存在を悟られるな。単独でもグリフィンが侵入している事が知れれば、やつらはただちにメリー・ウォーカーを殺すだろう。非常に困難な任務だが、頼んだぞ、ブリッツ』
通信が終わる。しんと静まり返る。
踵を返し、ブリッツは今この場にいる全員と向き合った。
「そういう事だ。友人を迎えに行く。留守は任せた」
静かな空気に満たされた司令室に、ブリッツの軽口混じりの声はやけに大きく響いた気がした。
本来ならば、「バカな事はやめろ」と強く引き留めるのだろう。人形を率いる指揮官が、単独で戦場に向かうのだから。
しかし彼女達は知っている。
ブリッツという男は、指揮官である以前に兵士である。与えられた任務は必ず遂行する。それがどれほどに困難極まるものであっても、必ず遂行する。そういう兵士なのだ。
そんな彼に救われた
「お気をつけて指揮官」
「さぁ、始めようか─────」
今回の作戦は隠密に遂行しなければならない。
誰にも見付からず、悟られず、目標を助ける。言うのは簡単だが、行うは難しだ。
見付かればメリーだけでなく、ブリッツも危険に曝される。
おまけに、メリー・ウォーカーの居場所を突き止め、救出出来るまでは隠密性を高める為、グリフィンからの支援は見込めない。
準備は念入りに。しかし、最小限最低限に。
ナビゲーターが入手してくれた収容施設の見取り図から、潜入ルートの構築と敵の規模を予測。正確ではない分、若干過剰に見積もる。
相手は反グリフィン団体。過小評価は命取りだ。
想像を巡らせる。時折、軍用タブレット端末に映る衛星写真にタブレット用のタッチペンを使って書き込んで、より想像を巡らせる。
しかし時間は掛けられない。見切りを付けて、装備を整える。
今回は屋内がメインになる。見取り図を見た限り通路は広くはない。
取り回し重視で12インチタイプのHK417カービンを選択。銃口にはサプレッサー。アタッチメントにEOT社製518型ホログラフィックサイトを装着。アンダーバレルにはバーティカルフォアグリップを選択。
サブにはMP7A1を選び、右足のレッグホルスターに収める。こちらもサプレッサーがついている。
あとはいつも通り。黒とグレーのBDUに黒のタクティカルベストを身に付け、ポーチに予備弾倉を三つずつ。サングラスを模したスマートグラス。ヘッドセット。
不安は残るが、これでおおよその事態には対応できる。
時刻は20時。準備を終えたブリッツはヘリに搭乗。目的地であるR地区の収容施設を目指す。
到着は片道で1時間。当然だが、直接乗り込む事はしない。
収容施設まで直線距離にして500m。朽ち果てたコンクリートのビルが乱立するゴーストタウンに着陸する。
ヘリアントスの命令を受けたR09地区の戦術人形達がランディングゾーンを確保。ブリッツを出迎えてくれた。
時刻は21時を過ぎた。陽は完全に落ち外界は完全に暗闇が支配している。分厚い雨雲が月を覆い隠したせいで晴れた時よりも数段暗く思える。おまけに雨まで降っている。
そんな中で出迎えてくれた、レインコートを纏った5体の戦術人形の表情は暗い。
「よく来てくださいました。ブリッツ指揮官」
代表して、TAC-50が前に出て敬礼する。
「状況は?」
「芳しくありません。6時間前を最後にカルトどもからは連絡はありません。・・・・・・上層部も、要求を呑む気はないのでしょう?」
「・・・ああ、そうだ」
彼女の口調は憎らしさと悔しさが入り交じっていた。見れば、TAC-50も他の人形達も、血の滲んだ包帯やガーゼが、顔や足といったパッと見える範囲にいくつもある。おそらくは、レインコートの下にも。
ろくに修復もせず、簡易的な応急処置のみで出撃したのだろう。
休んでいる場合ではない。彼女達の暗い表情からは、そんな感情が読み取れた。
それ程に彼女を慕っているのだ。
ただそれだけに、彼女を取り戻そうとしない上層部に苛立ちを覚えているのだろう。
上層部は頼りにならない。
だから
「だから、俺が来たんだ」
ここから先は自分の仕事だ。
「全員、ご苦労だった。ヘリに乗ってただちにここから離脱。帰還しろ。修復も忘れるな」
「そんな!私たちも手伝います!このまま帰れません!」
「却下だ。DS兵器がある以上、
即座に切って捨てる。
真っ直ぐに事実を突き付けられ、全員が全員なにも言い返せず歯を食い縛った。
敬愛する指揮官の為に動きたくても、妨害装置のせいで一矢報いる事すら出来ない。悔しくて悔しくて、たまらないのだろう。
「ウォーカー指揮官の事なら任せてくれ。必ず君たちの元へ連れて帰る」
理解出来るが納得出来ない。そんな心情がありありと苦々しい表情に出ている。しかし、この任務に失敗は許されない。
TAC-50もそれは分かっている。
「お願い、します・・・っ!」
TAC-50は深く頭を下げ、4人は再度敬礼する。
そうして、彼女達はヘリに乗り離脱。ブリッツ一人だけが残される。
「ゲート、ブリッツだ。予定通りランディングゾーンに到着。これより収容施設に向かう」
『了解。今夜は雨も合わさって気温が低いです。低体温症に注意してください』
「心配するな。問題ない。ブリッツ、アウト」
通信を切る。
持っていたHK417のセーフティを解除。コッキングレバーを引いてチャンバーに弾丸を送る。確かな手応えを感じ取り、セレクターをセミオートにセット。MP7も同様だ。
スマートグラスを起動し、現在地と収容施設までの道程を投影。それをHUD上でARとして表示する。
「さて、行くか」
降り頻る雨の中、ブリッツは収容施設を目指して走り出す。近くにろくな外灯もない廃墟の町に広がる闇の中、ブリッツの姿は次第に溶け込んでいく。
──────────────────
────────────
────────
─────
───
道中で鉄血とも出くわさず、無事に収容施設前に到達。現在は小高い丘から施設を見下ろし、様子を窺っているところだ。
人目につかぬよう隔離するため、収容施設はブリッツが今いるような丘で四方を囲っている。町へと通ずる道は一本だけ。正面ゲートから延びている。あとは高いコンクリートの壁と、その上に有刺鉄線が設置されている。
本来は囚人の脱走を防止するための装置なのだろうが、今では侵入を防ぐバリケードになっている。
外観は入手した昔の資料写真と変わりはない。修繕している真新しい形跡こそあるが、些細なものだ。
つまり、反グリフィン団体とやらはここを歴とした活動拠点としているようだ。
ゲートには当然、見張り。人数は3人。近くには監視塔もあって、そこには一人常駐している。
敷地内にも何人か彷徨いている。
ただ問題なのは、その全員が全員、レミントンのACRを装備しているのが気になった。おまけにケブラー製のボディアーマーを装備している者までいる。
武装カルト集団にしては装備が整っている。どうやら反グリフィン団体というのは、資金面で大きなバックがいるようだ。
「ゲート。収容施設前に到着。現在監視中」
『さすが、早いですね。どんな様子ですか』
「正面ゲートとその付近に見張りが複数。動きは素人だが全員武装。レミントンのACRを装備している。アーマー持ちも確認した」
『いい装備ですね』
「ああ、整いすぎている。あいつら、ただのテロリストではないな」
『侵入できそうですか?』
「やってやれない事はない」
『ではまず、モニタールームへ向かってください。そこなら対象に関する情報が入手出来るかもしれません。ついでに制御も奪ってしまえば、こちらに有利に動けます』
HUDに見取り図と、モニタールームまでのルートが投影される。やはりというか、屋内に入ってすぐの場所、という訳にはいかないようだ。施設の奥深くに存在していた。
「了解。モニタールームを目指す。アウト」
通信を終えて、暗視装置を起動。僅かな光量も増幅した青緑を基調とした視界が展開され、同時に見張りの体温を視覚化するサーマル機能も発動。雨の中でもはっきりと視認出来る。
最小限の動きでゆっくりと丘を降りる。
隠れる場所は少ないが、雨のおかげで気付かれにくい。痕跡も洗い流してくれる。悪天候時の強みだ。
ちょっとした岩や木、茂みも利用してゲートへと近付いていく。
ある程度近付いた所で匍匐姿勢。手入れがされてない鬱蒼と生い茂る雑草に紛れ、そっとHK417を構える。高所に陣取る見張り一人と正面ゲートに居座る三人。その全員を狙えるポイントだ。
まずは高所から。
ホロサイトの照準を合わせる。撃つ。
サプレッサーによって制音された、くぐもった発射音は雨音に紛れて消される。
放たれた7.62mm弾は監視塔にいた男の脳幹を貫き、声を上げる事もなくその場に崩れ落ちる。
次。ゲートにいる三人。距離40m。敵は動く事なく棒立ちしてる。
息を止め、集中力を上げる。体感時間が遅くなり、視界に入る動く物全てがスローモーションに映る。降り注ぐ雨粒の一つ一つまで見える程に。
狙う。撃つ。
先と同様にヘッドショット。一人が後ろへ仰け反るように倒れていく。
近くの仲間がそれに気付くが、声を上げる前に頭部を撃ち抜かれる。
最後の一人。言う事はない。先の二人同様だ。
瞬く間に見張り三人を排除。倒れ伏せる三人は、冷たい雨に打たれ次第に生命の名残だった熱が冷めていく。
「
何も知らず、気付かぬ内に殺された4人に手向けの言葉変わりに告げる。
彼らにも彼らなりの正義があったと思う。ただ
今回の結果は、そういう事だ。
正面ゲートを通過。幸い、二重三重のゲートは無さそうだ。
拠点として使うだけなら厳重なセキュリティはいらないらしい。
幾つか監視カメラも見付けたが機能していないようで、内部が騒がしくなる様子はない。
好都合だ。人間の目だけを掻い潜ればいいのだから。
なるべく照明の当たらない暗がりを選びながら。時折邪魔な見張りを排除しつつ、ブリッツは見付からぬよう前進を続ける。
雨は、弱まる事なく降り続ける。
あの世界の1ドルって大体いくら何ですかね?
ブラックマーケットではどんぐり何個かで銃と弾丸が入手出来たりするのかしら??
あと感想ほしい。下さい