S10地区司令基地。その屋上。
快晴の空の下。ブリッツは落下防止の柵に背中を預け、ぼんやりと空を見上げていた。
口には火の着いていない煙草。そして、手慰みに年季の入ったオイルライターを弄んでいる。
彼は煙草や葉巻といった類いは吸わない。口に咥えるだけで紫煙を燻らせることもしないし、ライターというものは無用の長物だ。
それでもこうして持っているのは、このライターがかつて共に戦った戦友の形見だから。
火を着けては消し。火を着けては消し。それを淡々と、延々と繰り返す。時間をもて余した時、彼はずっとそうしている。
屋外の射撃訓練場から聞こえる連続した銃声をBGMにして、深く息を吐いた。
「平和なもんだ」
青空を見遣りながら、小さく呟いた。
そよ風が髪を靡かせ頬を優しく撫でた。
────誘拐されたメリー・ウォーカーの救出任務から、一週間が経過した。
救出されたメリーは、グリフィンが提携している救急病院に搬送。処置を受けた。
順調に快復していっているようで、近い内に退院出来るだろうと聞いていた。
メリー・ウォーカー指揮官の誘拐については、グリフィン上層部は黙秘する事に決めた。
PMCとしての信用に関わる問題として、公にはしないとの事だ。これに関してはメリーとしても、その方がありがたいだろう。
同時に、グリフィン上層部には大掛かりな浄化作業が行われた。
ブリッツが捕らえた元正規軍中佐の男。彼と通じている人間を炙り出した。
本部による元中佐への尋問は、とても親身なものだったのだろう。色々話してくれたようだ。
お陰で、密かに通じていたグリフィン内部の人間を見つけ出し、排除する事が出来た。
身代金500万は、元中佐とその内通者達で山分けする心算だったようだ。
元中佐がまだ軍にいた頃。急速に台頭してきた自律人形と彼自身の能力が合わさり除籍されたという、曖昧な情報しかブリッツは聞いていない。別に気にはしないが。
ともかく、人形に対し恨み妬み嫉みが積み重なり、軍役時に築き上げたパイプを活用し、反グリフィン団体に武器を提供。見返りにそれなりの金を手に入れていた。
武器を手に入れた団体はより活動的になり、数多くの自律人形を確保。ブラックマーケットで売りさばき資金を得ていた。
金を手にいれ武器を買い、更に活動的になる。段々とエスカレートしていった結果がメリー・ウォーカー誘拐に繋がり、結果ブリッツが幾つかある拠点の一つを壊滅させる要因となった。
元中佐の処遇はまだ決まっていない。このままグリフィンの営倉に閉じ込めるのか。軍に引き渡し、あとは任せるのか。どちらにせよ、もうブリッツには関係はなく彼自身も興味は失せていた。
そんなテロリストの拠点を一つ、単独で潰したブリッツは現在謹慎中である。こうして空を見上げているのも、そういう理由だ。
ヘリアントスから受けた任務は「拉致されたメリー・ウォーカー指揮官の救出」であり、拠点の壊滅は入っていない。
つまり、救出後のフェイズ2はブリッツの独断専行の命令無視という事だ。
「放置は危険と判断し、壊滅させた」と、ブリッツは悪びれもなくヘリアンに言い切っていた。しかし命令無視は命令無視。
本来なら厳重な処分が言い渡されるのだろうが、無事にメリーを救出し、グリフィンに内通者がいる事を突き止め、団体に武器を流していた元中佐の身柄確保。戦闘員壊滅によって不当に囚われていた人形達を解放。
これらの功績によってブリッツは1ヶ月の謹慎という、かなり軽い処分が言い渡された。
その代わり、本部が用意した「R09基地のメリー・ウォーカーが負傷を受けながらも、反グリフィン団体の拠点を壊滅。多くの人形を救助した」という
功績は認めるが、処分は与えないと他に示しがつかない。との事だ。
どうせ公表されないのだから、他を気にする必要は無いと思うが。
おそらくは、ブリッツたちを好き勝手に動けぬように釘を刺した、という意味合いの方が強いのだろう。
ブリッツとしても、元より言いふらすつもりは無い。突然降ってわいたボーナスと休暇を謳歌させてもらっている。
とはいえ、現状から見てわかる通り些か持て余している。といった感じが否めない。
「サボってるの?」
ふと声を掛けられた。見上げていた視線を下ろして見る。
この基地の副官。LWMMGがそこにはいた。一冊の雑誌を脇に抱えていた。
彼女はそっとブリッツの隣に行き、同じように背中を柵に預けた。
「仕事が無いんだ。サボりようもない」
「それもそうね。私も暇だし」
LWMMGが小さく朗らかに笑う。
随分と笑うようなったものだ。出会ったばかりの頃を思い出し、そう思った。
LWMMGは脇に抱えていた雑誌を、ブリッツにも見えるように開いた。グリフィン内て出回っている、お馴染みの社内報だ。
「『R09基地、反グリフィン団体の拠点の一つを壊滅。多くの人形を救出』、か。こうまで脚色されると、却って清々しいわ」
「プロパガンダだろ。前線指揮官が敵に拉致され酷い暴行を受けた。人形も手出しできなくて救助は難航した。なんてバカ正直に載せたら、ただでさえ不足してる指揮官という存在が更に減りかねないからな。」
「でも、指揮官の中にはいざという時に戦える人間もいるんでしょ?戦闘訓練だって受けてるって聞いたわ」
「いざという時にしか戦えない人間は、いざという時も戦えないんだよ。ウォーカー指揮官がその例だ。
グリフィンの戦力は戦術人形に依存し、指揮官は戦術人形の戦闘能力に生かされている。だから、何時でも戦える
ブリッツの言い分に、LWMMGは社内報の記事から目を離し、空を見上げた。遥か遠くの果てを見ているように、その
「ねえ、ブリッツ」
合わせていなかった
「もし、ブリッツが彼女のように捕まったら、私達はどうしたらいい?」
「見捨てろ。リスクを考えれば、助ける必要はない」
迷いも躊躇いも、感情すら廃した返答。それに対し、LWMMGは驚きはしなかった。
そう言うと分かっていたから。しかしそれは彼女にとって自身の意に反する回答だ。
「わかった。なら、そうなったら私が助けるよ」
「話を聞いてなかったのか?」
「聞いてたよ。言われた通り、グリフィンの指揮官をグリフィンの戦術人形としては助けない。
だから、私の
LWMMGはブリッツの眼を見る。共に同じ青い眼。揺らぎの無いその眼は、確かな決意の光が宿っている。
そんな眼を見て、ブリッツは小さく息をつく。
「オーナーの意思を無視するとは、とんだ不良人形だ」
「ん?そんな風にしたのは誰だったかな」
ニマニマといった笑みを見せ付けるLWMMGに、ブリッツは呆れ気味に「全く・・・」と呟く。
不意に、ブリッツは彼女の頭に手を置いて少し荒っぽく撫でる。
「その時は頼んだ」
「あ、うん・・・・・・」
これまでの笑みはすっかり鳴りを潜め、LWMMGは顔を赤くして俯き、それっきり黙りこんでしまった。
コロコロと表情が変わる
しかし状況というのは穏やかな胸中とは対称的にあるようで、ブリッツのPDAに穏やかならぬ一報を届けてきた。
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R地区内の居住区域にある、グリフィンと提携している巨大な救急病院。8階建てであるその病棟の最上階には、治療中の患者を収容するための病室が連なっている。病院自体は一般人も利用できるようになっているが、7階と8階はグリフィン所属の指揮官や幹部クラスの人間と、その関係者以外入れないようになっている。
その一室に、一際大きな病室がある。主にVIPが治療に使うその病室は豪華な意匠が拵えられていて、リクライニング機能つきのベッドや心電図、点滴といった医療機材が無ければ高級ホテルのそれと勘違いしてしまいかねない。
そんな部屋に一人、入院着を着たメリー・ウォーカーがベッドに寝転び、窓の外を見ていた。
時刻は夜。照明が消えた室内を照らすのは空に浮かび上がる月からの、微かな光のみだ。
社内報でメリーの
嵌め殺しにされた窓ガラスは小銃程度なら貫通させない、振動センサー付きレベル4クラスの防弾ガラスだ。
反グリフィン団体が報復として、彼女に再度襲撃をかける可能性も考慮しての配慮だった。
病室の外には彼女の部下である戦術人形たちが交代しながら、24時間体制で警備している。
暗さで遠近感が無くなり、広い病室が更に広く思えた。人形たちが気を使ってか、病室にはいない。自分以外には誰もいないことに、彼女は物寂しい気持ちになった。
そして去来するのは、あの独房で行われた惨事。ここと同じように暗い部屋の中で、数々の男達になぶられた記憶。
「ッッ!」
恐怖で寒気がした。自分自身を抱き締めるように身を縮み込ませた。
「大丈夫・・・もう大丈夫・・・」
自分に必死に言い聞かせる。もう終わったのだと。わかっているのに恐怖は拭えない。今にも病室にあの男達がなだれ込み、また自分を汚すのではないかと。
肉体以上に擦りきれた心から来る被害妄想に近いそれを止める手段を、今のメリーは持ち合わせてはいた。
密かに持ち込み、枕の下に忍ばせていた拳銃。ベレッタM9を両手でぎゅっと握る。
今、彼女の精神の拠り所はこれだ。この小さい黒鉄が、彼女の不安定な心を支えている。敵が来ればこれで応戦し、
拳銃という存在が持つ力だけが、今の彼女を寸でのところで踏み止めていた。
─────その時、気配がした。すぐ横だ。この病室には自分以外いない。
いつの間に。どうやって侵入してきた。そんな疑問を置き去りにして、抱いていた恐怖心から反射的にM9の銃口を向ける。
瞬間、手が押さえられた。間髪入れずにガシャンと何かが外れたような音がした。
「危ないな。病院にこんな
気配から声を掛けられる。聞き覚えのある声だ。暗がりの部屋の中でも、その顔の輪郭くらいは視認できた。
真っ先に思い浮かんだ男の名前を告げる。
「ブリッツ、指揮官・・・?」
「一週間ぶりですね、ウォーカー指揮官」
自分を助け出してくれた男、ブリッツがそこにはいた。以前のような戦闘服ではなく、カジュアルな黒いスーツ姿の彼の手には、何か棒状のものが握られている。それが自分の持っていたM9のスライドである事に気付くのに、メリーは5秒ほどの時間を要した
「思っていたより元気そうだ。安心しました」
言いながら外されたM9のスライドを取り付け、メリーに返す。
メリーの脳内は混乱していた。何でどうしてと思考が纏まらない。
「え、あの、どうして・・・?」
「お見舞いですよ。病院ですから」
「いや、そうじゃなくて・・・」
「ここの
あっけらかんと言うブリッツに、メリーはもういいやと疑問を抱くことを諦めた。
よくよく考えれば、誰にも見付からずあの独房まで辿り着き、自分を助け出したのだ。彼にとってはちょっと苦労するくらいで出来るのだろう。
「まず、謝罪します。申し訳ありませんでした」
「え?」
深々と、ブリッツは頭を下げる。
「無理矢理眠らせてしまいました。貴女の気持ちも無視して」
「・・・ああ、あれですか」
そっと、首を撫でる。ブリッツに注射を打たれた場所だ。
注射を打たれたあの時からの記憶はない。目が覚めたときにはこの病院のベッドに寝かされていた。
「もっとスマートなやり方も、あったはずなのに」
「あ、えっと~・・・その、あの時は私もテンパってましたし、仕方ないと思います。今はもう気にしてません」
「そういって頂けると助かります。・・・正直、恨まれていると思ってましたから」
頭を上げて安堵の表情を浮かべるブリッツに、メリーの脳裏にある予想が組上がる。
「まさか、それを言うために来たんですか?」
「ええ、まあ。どうしても、直接謝罪したくて」
メリーはため息を吐いた。謝るためだけに、夜中に侵入し、警備の目を掻い潜ってきた目の前で照れ臭そうに頬を掻いている男に。
技術の無駄遣いも良いところだ。なんと不器用な人間か。
それでも、こうして会いに来てくれたのが、なんだか嬉しかった。
少しだけ、救われたような気がした。
「ブリッツ指揮官。ありがとうございます」
「え?何がですか?」
「いえ、何でもないですよ」
小さく笑って見せるメリーに、ブリッツはどういう事だろうと首を傾げるばかりだった。
その時、ブリッツのスーツに忍ばせていたPDAが甲高い電子音を鳴らした。それを聞き、ブリッツは一瞬だけ眼を細めた。
「そろそろ帰ります」
「え、もう帰っちゃうんですか?」
寂しげにメリーは表情を曇らせる。
「ええ、これでも謹慎中の身なので。見つかると色々マズイんですよ」
「悪い事しますねぇ」
「バレなきゃ問題ありませんよ。では、ウォーカー指揮官。また」
敬礼し、ブリッツは踵を返す。それを、メリーはスーツを掴んで引き留めた。
「ウォーカー指揮官?」
「・・・メリーって、呼んでください」
「え。いやそれは」
「シェルターの時は呼んでくれたじゃないですか」
「あの時は切羽詰まった状況で、ファーストネームの方が都合が良かったというか」
「呼んでくれなきゃ不法侵入者アリと緊急通信します」
「脅迫ですか?ああもう、わかりましたよ。メリー指揮官」
半ばヤケになったブリッツはぶっきらぼうに名前を呼ぶ。
呼ばれたメリーは若干不満げで、小さく唸る。
「んー・・・思ってたのと違うし、敬語なのも余計ですが・・・まあいいでしょう」
「お気に召したようで。それでは・・・っと、忘れてました」
ブリッツは懐から銃を取り出した。
MP7A1。あの独房で、メリーに渡そうとしたPDWだ。それを予備の40連マガジン二本と一緒に、ベッドに置いた。
「差し入れです。有効に使ってください」
「
「
「爆発物持ち込もうとしないでくださいよ」
苦笑いを浮かべつつ、メリーはMP7を手に持ってみる。
やはり、M9と比べるとやや重い。それでも、貫通力に優れるMP7ならボディアーマー持ちにも有効だろう。
「ありがとうございます、ブリッツさ・・・ん・・・?」
視線をMP7からブリッツに向けるが、そこには誰もいない。
病室には、メリー以外誰も居なかった。まるで初めから誰もいなかったように、病室内は静まり返っていた。
それでも、先程までの寂しさは無かった。
唯一、ブリッツが来ていた証拠であるMP7を両手で掲げるように持つ。
微かな月明かりに照らされたその黒鉄を、まじまじと見る。
「初めてだなぁ。男の人からプレゼントもらうの」
随分と鉄と火薬臭いプレゼントだ。彼女の部下たちが見たらきっと、そんな感じに様々なツッコミを頂くのだろう。
だが、気にしない。
嬉々とした笑みで、メリーはぎゅっと胸元に引き寄せ抱き締める。
彼女の心の拠り所が、もう一つ増えた。
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病院から数百メートル程離れた場所に、有料の駐車スペースがある。
そこに、一台の大柄な車が鎮座している。
黒のトヨタ ハイラックス。
そのハイラックスのもとに、ブリッツがやってきた。
助手席側のドアを開け、ハイラックスに乗る。
「おかえり」
運転席で、退屈そうにハンドルに凭れかかっていLWMMGが出迎えた。
「ただいま。状況は?」
「聞いてみたら?」
ぶっきらぼうに、LWMMGは無線機を差し出す。
副官の態度を訝しく思いながらもそれを受け取り、スイッチを入れる。
「状況報告」
『こちらAポイント。オールクリア』
『Bポイント。オールクリア』
『Cポイント。オールクリア』
「了解。各自速やかに撤収しポイントDに向かえ。痕跡は残すなよ。オーバー」
無線を切り、ブリッツはシートに身を埋める。一先ず終わった。
─────その連絡は、日中に届いた。
反グリフィン団体に不穏な動きがある。名目としては、『団体に武器を供給していた正規軍元中佐が捕まり、拠点の一つを潰された事への報復』。
グリフィンの誰がやったのかは分からないが、その時捕らえていた指揮官、メリー・ウォーカーの関係者に違いない。
ならそれを匿っている病院も同罪だ。粛清してやる。
団体の行動理念としてはこんな所か。
ともかくとして、反グリフィン団体は大規模な攻撃を敢行しようとしている。
"関係者"として、阻止する必要がある。
基地のほぼ全ての戦力を、予想進行ルートである3つのポイントに分散。強襲してくる反グリフィン団体を迎撃した。
全てのポイントに引っ掛かるとは思わなかったが、強襲部隊を全て撃退出来た。
念のため、メリーの病室に忍び込み。連絡がくるまで護衛していたが、杞憂に済んでよかった。
これで、しばらくは反グリフィン団体を始めとした過激派たちは大人しくなるだろう。迂闊に攻めればどうなるかをよく理解出来ただろうから。
ちなみにこれは、グリフィン本部も知らない作戦行動だ。
もしバレたら謹慎程度じゃ済まない。
後は、バレない内にさっさと姿を消すだけだ。
「なぁんか、やけに気にかけてない?あの女性指揮官にさ」
ハンドルに凭れたまま頬を膨らませるLWMMG。
「なんだ?拗ねてるのか?」
「べつにー」
台詞とは裏腹に、その口調は明らかに不満たらたらである。
「関わった。そして知ってしまった。放ってはおけない」
「そうだね。まあそういう人だからね。ブリッツは」
「はいはい。さあ、帰るぞ」
イグニッションキーを捻り、エンジンを始動させる。
野太いエキゾーストを響かせてハイラックスは動き出す。
料金所にPDAをかざして、ゲートを開けさせる。
これでもうこの駐車場に、彼らがいた痕跡は無くなった。
夜の闇の中に溶け込むように、黒いハイラックスは何処かへと消えた。
真面目なふりした問題児。それがブリッツ指揮官。
そんなヤツに着いていく人形が真面目な訳ないっすね。
評価とか感想とか要望とかあったら下さい。くれよこせ(豹変)
あと凄い事言うで。
ワイこの次どうするか考えてない