S10地区司令基地内にある
訓練用戦闘服に身を纏ったブリッツは、レンジ台の前に立って自前のアサルトライフル、H&K XM8シャープシューターモデルにマガジンを装填。チャージングハンドルを引き、チャンバーに5.56mm弾を送る。
使用弾薬はFCA研究所のAPCR高速弾。
近距離ならば、厚さ10mmの鋼板を貫通する性能を有する5.56×45mm NATO弾を優に超える威力と貫通力を持つ高性能弾薬だ。
鉄血人形のガードが使うシールド。状況次第では、アイギスの装甲にも効果がある。
ちなみに、性能に比例して一発一発の価格もそれなりに高価(倍くらい違う)であり、任務以外での使用は副官が禁止している。
使おう物なら問答無用で怒りを買う。
そんな弾丸が狙う先。前方10メートルに、一体のマネキン人形が突っ立っている。
マネキンにはブリッツが任務で使う戦闘服によく似た黒い服と、黒いタクティカルベストを身に付けている。
キャリングハンドル上に装着されたホロサイトのレティクルを、そのマネキンに合わせる。
「さて、どれほどの物か」
引き金を引く。乾いた銃声が連続して射撃訓練場に響く。
フルオートで放たれた5.56mm弾は全てマネキンに命中。鈍い着弾音が銃声に混じってレンジ内に響く。
やがてマガジン内の弾丸全てを撃ち尽くした。空薬莢が硬い床の上を跳ねて転がる音が虚しく反響する。
空になった弾倉を抜き、台の上にXM8と聴覚保護のイヤーカップを置いた。
台を乗り越えて散々銃撃されたマネキンに近寄る。
「ほう。これはこれは・・・・・」
マネキンを見て、ブリッツは感嘆の声を漏らした。
あれほど撃ち込まれたマネキンの。正確にはマネキンに着せた戦闘服とタクティカルベストに、損傷らしい損傷は一切無かった。
命中した全ての5.56mm弾は服に張り付いているか、潰れて床に転がっていた。
10メートルという近距離で一切貫通しない。ハッキリ言って、驚異的な防弾性能だ。
『どうだい?
ブリッツの通信機に女性の声が入る。
PDAを取り出せば、画面には目元に隈が出来た不健康そうな女性、16Lab主席研究員のペルシカリアが、得意気な笑みを浮かばせて、ブリッツを見ていた。
本日10時頃。遥々16Labから飛んできたUAVがコンテナを投下した。いつぞやの任務前のように、今回も屋外射撃訓練場付近に落下したコンテナの中には、今しがた試した戦闘服とベスト。その他諸々が収められていた。
あの通信機のテスト運用以来、16Labからはちょくちょく新装備や試作品が送られるようになった。
通信機使用に関するレポートを16Labへ提出した結果、ブリッツたちS10基地を「装備に関して貴重な意見をくれる部隊」という信用か、「都合のいいフィールドテスト要員」と判断したのか定かではないが。
スコープやレーザーサイト、弾薬といった様々な物が届けられ、レポートを求められる。
とはいえ、そういった装備は既存のものに後からシリアルナンバーを刻印したり、ただ16Labのロゴマークが刻まれているだけのものなのだが。
先日正式に着任を果たしたPx4ストーム曰く、「ブランドイメージに説得力を追加する戦略でしょ」と一言で切り捨てていた。しかし各種弾薬はどれも高性能で素晴らしい。
とはいえ、今回の新装備はかなり期待できる。
「5.56mm APCR高速弾を喰らって貫通していない。良い装備だ」
『
「CNTは戦車の装甲やパワードスーツにも使われている素材です。正規軍でも採用され、その性能は自分もよく知っています。
ただCNTは大量生産が難しいと聞いてますよ。軍内部の
ブリッツはかつて正規軍所属の軍人としていた。最新技術を使った武器装備も使った事がある。
支給された際には、研究開発部の人間による苦労話も織り混ぜた自慢話めいた説明を聞いた物である。
そういった経験によって、ブリッツもある程度の予備知識は持ち合わせていた。
『昔はね。でも2020年代には大量生産の技術自体は確立してたのよ。ただその後起きた北蘭島事件に、第三次大戦の影響で技術が損失したんだけど、最近になってその技術を軍だけでなく民間企業でも復元出来た。まだまだ値は張るけど、これからはCNTを使った製品が広く普及していくだろうね。CNTは様々な工業製品に使える夢の素材よ。人形の性能向上にもなるし、キミのような人間兵士のためにもなる』
やけに饒舌にペルシカリアは語る。任務で初めて話した時と比べると、少し印象が異なるように思えた。
技術者として、優れた技術で作られた物には感心を抱くのだろう。
ペルシカリアのような技術者ではないが、それに似た気持ちはブリッツにも覚えがあるため、何となくだがわかるような気がした。
「それはありがたい。兵士の生存率向上は作戦任務の成功に繋がる」
『うんうん。ところで、一緒に送ったスマートグラスは使ってみたかしら?』
「ああ、あれですか」
思い出したように呟き、戦闘服のポケットからスポーティなデザインのグラスを取り出す。
投下されたコンテナの中には、防弾服以外にも新装備が入っていた。その一つが、今ブリッツが持っているスマートグラスである。
テンプルには『16Lab』のロゴマークが誇らしげに刻印さりている。
「任務ではまだ使ってません。というより、ヘリアントス上級代行官がしばらく緊急以外の任務は回さないと仰りまして」
先日の告発で、グリフィン本部は今慌ただしくなっている。支局長クラスの人間の不祥事だ。クビを切って代わりの人間を据え置く、とは簡単にいかないのだろう。
おまけに、一月以上前の反グリフィン団体の拠点からブリッツが救出した数多くの自律人形も、まだ全て片付いたわけではない。
しばらくは落ち着かないだろう。
しかし、そんな事情はペルシカには関係ないのだろう。見るからに不服そうな目付きでモニター越しのブリッツを見ている。
『それは特別にキミのために作ったものなのよ。何でもいいから早く使ってよ』
「自分のために?」
訝しげにブリッツは首をかしげて見せる。
『キミが今まで使っていたスマートグラスは、元々軍での使用を想定してウチで作った軍事行動用網膜投影ARグラスよ。ただ今となっては型落ちだし、現代戦の主力は戦術人形。人間が使う事を前提にしている戦闘用スマートグラスなんて、もう時代遅れのシロモノよ。
そんな現在で、今回提供したのは新型。今までのグラスに性能向上と機能拡張を施した、キミ専用の特別仕様よ。あえて名付けるなら”ブリッツグラス”ってところかしら』
今の自分の名前を製品名に使われて、ブリッツは苦笑いを浮かべる。自分専用装備というのは嬉しいのだが、素直にそれを享受するには些か抵抗があった。
「それはまた、贅沢ですね。詳しく聞いても?」
とりあえず濁して先を促す。待ってましたと言わんばかりに、モニターに映るペルシカはパンッと手を叩いた。
『まずはマグネティックの有効範囲が拡大した。透過性と人影の識別性も向上し、より使いやすく改良。グラスそのものに望遠機能と指向性マイクも付けたから、諜報活動にも使える。
サラウンドインジケーターにも改良を加えたわ。今までは音のした方向しか分からなかったけど、半径20メートル以内なら発生源もわかるようにしたわ』
ペルシカの説明と平行して、ブリッツもスマートグラスを装着し、各種機能を試してみる。確かに、マグネティックが見やすくなっていたり、双眼鏡のように遠くにあるものを拡大してグラスに投影したり。
サラウンドインジケーターの表示にも変化があるが、特別見辛くなったといった風にも感じない。
操作方法もこれまでと殆ど変わらず、新しい機能に関してもほぼ直感的に操作が出来るよう工夫がされている。とても使いやすい。
いくら多機能でも、使いにくいと意味がない。世の中には説明だけならとても便利だが、実際使ってみると何処かイマイチだったり、使い辛かったりといった製品が数多くある。
『そのブリッツグラスもまだ完全ではない、試作品よ。開発が進めば、レーダー上や視界に
「敵の位置がわかる?」
『鉄血人形から出ている通信を傍受して逆探知。発信源を特定し、それをレーダーや視覚に投影する、ってやり方よ』
「マグネティックや暗視モードで探せそうなものですが」
『鉄血のイェーガーとかに使われているデジタル迷彩マント。どうやら胡蝶事件の後でも改良されてるみたいでね。最近じゃ迷彩の模様だけじゃなく、着用者の赤外線放射も調整出来るから、光増幅とサーマルイメージャを併用できるENVGを使っても視認できない。おまけに、マグネティックに使われる後方散乱X線まで遮断するから、スマートグラスには映らない。つまり、ENVGやマグネティックを使っても見付けられないのよ。現状では肉眼で直接見て違和感を探るとか、もしくはさっき言ったみたいに通信から居場所を見付けるとかしないと』
「敵が使っている技術が巧妙になっていると」
頭が痛くなるような話だ。
胡蝶事件以前から鉄血の技術は優れていた。ブリッツが所属していた部隊、第74特殊戦術機動実行中隊では鉄血工造の戦術人形は配備されていなかった。だが使っている他の部隊からの評判は悪くなかった。頑丈且つ効率的。前線に立つ兵士が一番求める要素を満たしていた。
高性能だが壊れやすいI.O.PのCSDシリーズが現場の兵士に受け入れられないのも、無理はなかった。
そういった技術基盤から、胡蝶事件以降にも軍にハッキングをしかけて技術データを盗みだし、フィードバックさせて技術を発展させてきている。
そういった技術がグリフィンに向けて使われるのは、正直勘弁してほしい問題である。
遭遇したら厄介なマンティコアだって、元は正規軍のR&D部が設計開発したヒュドラという四脚戦車の劣化版だ。
技術盗られてるんだから責任持って排除してほしいというのが、元正規軍軍人の本音である。
『そういう意味では、まだまだ人間は活躍できると言えるのかもしれないわね。人間の持つ感覚の鋭敏さと鈍感さのバランスは、今の技術でも人形に搭載することは難しい。センサーの感度を上げればそれだけ誤作動も増えるし、感知した情報の正誤判断にも時間がかかってしまう。感度を下げるのは言語道断だし。
戦闘時における咄嗟にとか反射的にとか、そういう思考を飛び越えた判断と行動は、まだ今の戦術人形には出来ない。合理的ではないからね。メンタルモデルが複雑に発展していけば、もしかしたらもあるけどね』
無意識に考え事をしていたところに、ペルシカの考察が飛び込んできた。慌てて、されど悟られぬよう取り繕う。
「・・・勉強になります。人形を預かる指揮官としては、とても有意義な話です」
『兵士としては、どうかな?』
「もちろん、参考になります。理解を深めれば、それだけ効率的に作戦を遂行できますから」
『お役に立てたようで何よりよ。とにかく、何でもいいから装備を試して
「了解しました。Dr.ペルシカリア」
『ペルシカでいいわ。それじゃあね、ブリッツ指揮官』
通信終了。PDAのモニターからペルシカの姿が消える。
小さく息をつく。
スマートグラス、改めブリッツグラスを外して、マネキンの顔に掛けてやった。
銃器こそないが、完全武装の兵士の完成だ。
「ああ、よく似合ってる」
マネキンに着せた服とグラスを見て、自嘲気味に呟いた。
CNTって最近よく聞くけど、実はかなり昔から存在はあったんすねぇ。1952年のソ連って話が出てきてびっくりした(小並感)
ドルフロの世界ならもう一般的に実用化されてそうな気もしたけど、世紀末めいてるし厳しいかなぁとか考えながら設定考えるのメチャクチャ楽しかったです。
戦闘服やスマートグラスの詳細については資料集に記載しておきます。
次回はイベントでよく出てくるあのデカブツが出てきます
作品に関する意見や要望、質問はこちらで:https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=230528&uid=262411
よかったら感想や評価お願いします!なんでもしますから!たぶん!