生まれつき定められた能力──【属性】がある世界、アトリビュート・スレイヴ。その世界の宗教国家アライメントの辺境に位置する小さな町、アコルーブ。
比較的穏やかな場所のこの町の外れで、一人の少年が素振りをしていた。
表情に浮かぶのは真剣な色。彼が剣を振り上げる度に、全身から爽やかな汗が弾ける。
一つ一つ、ゆっくりと確かめるように振り、経験を血肉へ刻み込んでいた。
「ふっ! ふっ! ふっ!」
辺りに響き渡る、空気を切り裂く鈍い音に、土が擦れる音。
少年の歳は十五ほどなのだが、その音は明らかに同年代より重みがあった。
彼の名前は、ソル・リベルデイン。
今年に町の自警団に入ったばかりの、新人衛兵だ。
「ふっ! ふっ! ふっ……ん?」
穏やかな陽光に照らされながら、一人で鍛錬を続けていたソル。
しかし、途中で己の属性でもある【直感】が働き、素振りを止めて振り返る。
案の定、シスター服の少女が近づいてくるところだった。
「お疲れ様です、ソル。差し入れを持ってきましたよ」
「ルナか。別に差し入れなんか頼んでないんだけどな」
「わたしが持っていきたかったんです。受け取ってくれますか?」
「……まあ、そこまで言うなら貰ってやるよ」
「ありがとうございます」
嬉しそうに両手を合わせた、幼馴染の少女──ルナ・ハークワード。
彼女が微笑むだけで、辺りには金の粒子が飛んでいるような錯覚に陥る。
それほどまでに可憐な美しさのため、見慣れているソルですらドキドキしてしまう。
照れ隠しにそっぽを向くソルを見ても、ルナは蒼い瞳を穏やかに細めるのみ。
腕にかけられていた籠を差し出しながら、鈴のような声で言葉を作る。
「衛兵長のリカルドさんが呼んでいましたよ。なにやら、町の警備について話したいことがあるとかで」
「リカルドさんが? わかった。すぐにそっちに行くわ」
「差し入れは他の方も食べられるように、量を多く入れておきましたので、みんなで食べてくださいね」
「本当か? それは嬉しいな。ありがとな、ルナ」
「ふふっ、わたしがやりたかっただけですから」
ルナが一緒に持ってきた布で汗を拭きつつ、ソルは彼女とともに町に向かっていた。
ソルが衛兵に入団したと言っても、やっていたことは雑用か訓練だけ。
新人に任せられる仕事は多くなく、ソル自身も納得していたこととはいえ、やはり鬱憤は溜まってしまう。
そんな中に、リカルドからの呼び出し。
期待は否応に高まり、自然と歩く足は速くなっていく。
慌てた足取りでルナが追随し、隣に並ぶと不服そうに頬を膨らませる。
「もう、わたしを置いていかないでくださいよ」
「あ、ごめん。早くリカルドさんに会いたくてさ」
「……まったく、ソルは仕方ないですね」
呆れたような表情とは裏腹に、ルナの声音は優しい色に包まれていたのだった。
町に入ったところで、教会に向かうルナと別れたソル。
彼女はソルが自警団に入団したのと同時期に、教会の見習いシスターとして就任したのだ。
その輝く美貌と献身的な姿勢に、町中から慕われている。
「よっ。突然呼び出して悪いな」
「いえ。さっきまで自主練をしていただけなので」
「そうか、ならちょうど良かった。これから、ソルが警備する範囲を説明しようと思うんだが、大丈夫か?」
「はい! 今日は、よろしくお願いします!」
燃えるようなソルの赤髪とは違い、くすんだ茶髪の頭を掻いた衛兵長──リカルドは、畏まるソルの姿に窮屈そうだ。
筋肉のついた男らしい手でソルの肩を叩き、困ったような苦笑いを向ける。
「そんな堅苦しくしなくていいぞ。昔からお前はここに遊びに来てたんだからな。気心の知れた仲だろう?」
「それはまあ、そうだけど」
「ははは! この中にお前の口調を今更気にするやつなんていないさ。さ、今日は連れていきたい場所もあるからな。付いてきな。籠はそこに置いておいてくれ」
「あ、待って!」
さっさと外に出るリカルドを追いかけながら、ソルは自分が守るべき町を見回す。
簡潔に言って、平和と評しても良いだろう。
穏やかな気候。争いのない場所。人情溢れる住人。
仮に、この町になにか有用な特産品などがあったとすれば、貴族同士の利権争いに巻き込まれたかもしれない。
しかし、アコルーブはそういった物とは無縁で、せいぜいが山が近くにあるぐらい。温かみのある田舎、といった表現が似合うほどだ。
「お、ソル! これから自警団の仕事かい?」
「肉屋のおっちゃん! そうなんだ。俺だってもうちゃんとした大人なんだからな」
「そうかいそうかい! だったら、就任祝いをやらなきゃいけねぇな! ほら、ガルー肉の串焼きだ!」
「わっ、とと。ありがとう!」
店主から鳥型魔獣の串焼きを受け取ると、隣の店にいる女性店主がソルに笑いかける。
「それじゃあ、あたいはリップルの実をあげるわね」
「おばちゃんも!? い、いいって! 俺はこれからリカルドさんと一緒に仕事をするんだから!」
「遠慮しなさんな! ねえ、リカルドさんもそう思うだろう?」
「ははは! 町のみんなと触れ合うのも、自警団として立派な仕事だぞ?」
「そ、そうだけどさ……」
恥ずかしい。
子供の時から……まあ、周りからすれば今も十分子供なのだが。ともかく、小さい頃から自分を知られているので、このように扱われるとムズムズするのだ。
もう、成人していて立派な大人なのに。
だから、ソルは不貞腐れて、いまいち素直になり切れない。そうした態度がまだまだ子供扱いされている理由なのだが、本人は気がついていなかった。
「ま、いいじゃないか。団長のオレが許可してるんだから」
「わ、わかったよ。リカルドさんがそう言うなら、ありがたく貰う。貰ってから、俺のこと怒るのはなしだからな!」
変に保険をかけるソルの言葉に、リカルドや町民は楽しげに笑っていた。
それは暖かい意が含まれているのがわかるため、笑われたソルが怒ることはない。
ただそこには、平和な光景があるだけだった。
店主達と別れたソルは、リカルドの案内に耳を傾けていた。
彼から聞く巡回ルートを頭に叩き込みながら、時折貰う贈り物をしっかりと抱える。
いつの間にか、ソルの両手は食べ物でいっぱいになっていた。
「ははは。ソルはみんなに愛されてるな」
「俺よりルナの方が凄いだろ。あいつが困っていたら、みんな争うように手伝おうとするし」
「あー、ルナちゃんはなあ。な?」
困ったように頬を掻くリカルドだったが、ソルとしては頷くことしかできない。
ソルの幼馴染のルナは、一言で表すと優しい美少女だ。
腰まである金髪は光を吸収するように輝いていて、慈愛を宿す青い瞳は清く透き通っている。
スタイルも均整が取れているため、まさに絶世と名がつく美少女だ。
しかも、ルナはとても優しい。
教会の見習いシスターになってからは、その優しさに拍車がかかっている。
町中から慕われているのも納得だった。なぜか、狙っている人はあまりいないのだが。
「うん?」
「どうした、ソル?」
改めて、ルナの凄さを実感していたソルは、己の【直感】が働くのを感じた。
ソルが持つ属性、【直感】。これのおかげで、ソルは他者より鼻が利く。
だから、些細な変化を過敏に感じ取ることができるのだ。
「リカルドさん、ちょっと来て」
そんな中々便利な【直感】に従い、ソルはリカルドを連れて町の広場に向かう。
近場だったためすぐにたどり着き、【直感】が働いた理由を察した。
「うぅ……ぐすっ」
広場にある噴水に座る、小さな少女。
彼女は両手を目元に当てながら、嗚咽を漏らしていた。
「あー、これは迷子だな。おーい、お嬢ちゃん。なんで一人でいるのかな?」
リカルドがその強面からは想像もつかない、柔らかい声音で尋ねる。手早くしゃがみ込んで視線を合わせたことから、どうやらこういったのには手慣れているらしい。
少女はチラリとリカルドを見たあと、無言で首を横に振った。
「うーん。噴水の時計を見る限り、お昼ご飯を食べようとした時にはぐれたのかな」
「ちょうど十二時を回った頃か。綺麗な服を着ているし、もしかしたら家族の記念日だったのかもな。普通は昼食は簡素に済ませるし」
「この町に貴族がいるわけないしね。となると、この子を探している人は、身なりが整っている人になるのか」
「うぇーん! ママー!」
「……どうやら、はぐれた相手は母親みたいだな」
とうとう声を上げて泣きはじめた少女をよそに、立ち上がったリカルドが周囲を見回す。
対するソルは少女の目の前にしゃがみ込んで、手に持つリップルの実を突き出す。
「ほら。お腹が空いてるだろ? これはあっちにあるおばちゃんの店から貰った、美味しいリップルの実だ。これでも食べて元気を出しな」
「……くれるの? でも、ママがしらない人からモノをもらったらダメって」
そうは言いつつも、よほど空腹なのだろう。少女の視線は、瑞々しい赤色で彩られたリップルの実に釘付けだ。
きゅるるる、と可愛らしい音も鳴り、少女も一緒になって顔色をリップルに変える。
ソルは苦笑いを一つ。腕に巻いている紺色の布を見せつけながら、安心させるために説明する。
「ほら、これは町の自警団……えーっと、町を守る人がつけている布だ。だから、俺は悪い人じゃないよ」
「ほんとだ! おにいちゃんはおまわりさんだったんだね!」
「おまわりさん?」
「うん! 町をまわってるからおまわりさん!」
「お、なるほど。じゃあ、俺はおまわりさんだ」
「おまわりさん! おまわりさん!」
なにが楽しいのか、いつの間にか少女の涙は引っ込んでいて、笑顔で手を叩いている。
今度はソルからリップルの実を素直に受け取り、美味しそうにかじる。
「どうだ? 美味いだろ?」
「うん!」
「おーい、ソル! 母親が見つかったぞ!」
リカルドの言葉に振り向くと、母親らしき身綺麗な女性と近づいてきていた。
「本当に、ありがとうございます。少し目を離した隙にはぐれてしまいまして」
「えーっと、俺は大丈夫です。でも、この子を泣き止ませるために食べ物をあげちゃって」
「それなら、大丈夫です。ちゃんとリカルドさんから話を聞いていましたから」
少女はリップルの実を食べながら、母親に優しく手を引かれた。
母親は本当に安堵した様子で、心から我が子を心配していたことが伝わる。
「あ、おにいちゃん! これ、ありがとー!」
「私からもお礼を。あそこの店の果物は、たしか5リビだったはず……」
「ああ、大丈夫です! これは貰い物なので、お金はかかっていないので!」
「ソルもこう言っていることですし、ここは男の甲斐性を立ててくれませんか?」
「……ふふっ。そうですね。では、お言葉に甘えさせていただきますね」
クスリと微笑んだ母親は、もう一度頭を下げてからこの場を去っていった。
それを見送っていると、ソルはリカルドに頭を撫でられる。
「わっ。なにするんだよ」
「お手柄だぞ、ソル。立派に初任務をこなせたじゃないか!」
「別に、ただ迷子をあやしただけだし」
「ははは! それでいいんだよ。自警団は、町のみんなの笑顔を守ることが仕事だからな。あの子を笑顔にしたソルも、立派な自警団の一員ってことだ」
「むぅ……なんか、納得がいかない」
口ではそう告げるが、言うほど不満を持っているわけではない。
たしかにソルの胸中では、達成感に満ち溢れていたのだから。
自警団に入ってから、雑用と訓練の毎日。
それ自体は嫌いではないが、やはり自分も町に貢献したかったのは事実。
だからこそ、初めて自分がなにかできたと思い、嬉しさが訪れたのだ。
「さ。次の場所に案内するぞ」
「あ、待ってよリカルドさん!」
歩きを再開したリカルドを追いかけながら、ソルの顔には笑顔が浮かぶのだった。