こうして、赤い花は狂い咲く   作:水羊羹

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第一話

 生まれつき定められた能力──【属性】がある世界、アトリビュート・スレイヴ。その世界の宗教国家アライメントの辺境に位置する小さな町、アコルーブ。

 

 比較的穏やかな場所のこの町の外れで、一人の少年が素振りをしていた。

 表情に浮かぶのは真剣な色。彼が剣を振り上げる度に、全身から爽やかな汗が弾ける。

 一つ一つ、ゆっくりと確かめるように振り、経験を血肉へ刻み込んでいた。

 

「ふっ! ふっ! ふっ!」

 

 辺りに響き渡る、空気を切り裂く鈍い音に、土が擦れる音。

 少年の歳は十五ほどなのだが、その音は明らかに同年代より重みがあった。

 彼の名前は、ソル・リベルデイン。

 今年に町の自警団に入ったばかりの、新人衛兵だ。

 

「ふっ! ふっ! ふっ……ん?」

 

 穏やかな陽光に照らされながら、一人で鍛錬を続けていたソル。

 しかし、途中で己の属性でもある【直感】が働き、素振りを止めて振り返る。

 案の定、シスター服の少女が近づいてくるところだった。

 

「お疲れ様です、ソル。差し入れを持ってきましたよ」

「ルナか。別に差し入れなんか頼んでないんだけどな」

「わたしが持っていきたかったんです。受け取ってくれますか?」

「……まあ、そこまで言うなら貰ってやるよ」

「ありがとうございます」

 

 嬉しそうに両手を合わせた、幼馴染の少女──ルナ・ハークワード。

 彼女が微笑むだけで、辺りには金の粒子が飛んでいるような錯覚に陥る。

 それほどまでに可憐な美しさのため、見慣れているソルですらドキドキしてしまう。

 

 照れ隠しにそっぽを向くソルを見ても、ルナは蒼い瞳を穏やかに細めるのみ。

 腕にかけられていた籠を差し出しながら、鈴のような声で言葉を作る。

 

「衛兵長のリカルドさんが呼んでいましたよ。なにやら、町の警備について話したいことがあるとかで」

「リカルドさんが? わかった。すぐにそっちに行くわ」

「差し入れは他の方も食べられるように、量を多く入れておきましたので、みんなで食べてくださいね」

「本当か? それは嬉しいな。ありがとな、ルナ」

「ふふっ、わたしがやりたかっただけですから」

 

 ルナが一緒に持ってきた布で汗を拭きつつ、ソルは彼女とともに町に向かっていた。

 ソルが衛兵に入団したと言っても、やっていたことは雑用か訓練だけ。

 新人に任せられる仕事は多くなく、ソル自身も納得していたこととはいえ、やはり鬱憤は溜まってしまう。

 

 そんな中に、リカルドからの呼び出し。

 期待は否応に高まり、自然と歩く足は速くなっていく。

 慌てた足取りでルナが追随し、隣に並ぶと不服そうに頬を膨らませる。

 

「もう、わたしを置いていかないでくださいよ」

「あ、ごめん。早くリカルドさんに会いたくてさ」

「……まったく、ソルは仕方ないですね」

 

 呆れたような表情とは裏腹に、ルナの声音は優しい色に包まれていたのだった。

 

 


 

 

 町に入ったところで、教会に向かうルナと別れたソル。

 彼女はソルが自警団に入団したのと同時期に、教会の見習いシスターとして就任したのだ。

 その輝く美貌と献身的な姿勢に、町中から慕われている。

 

「よっ。突然呼び出して悪いな」

「いえ。さっきまで自主練をしていただけなので」

「そうか、ならちょうど良かった。これから、ソルが警備する範囲を説明しようと思うんだが、大丈夫か?」

「はい! 今日は、よろしくお願いします!」

 

 燃えるようなソルの赤髪とは違い、くすんだ茶髪の頭を掻いた衛兵長──リカルドは、畏まるソルの姿に窮屈そうだ。

 筋肉のついた男らしい手でソルの肩を叩き、困ったような苦笑いを向ける。

 

「そんな堅苦しくしなくていいぞ。昔からお前はここに遊びに来てたんだからな。気心の知れた仲だろう?」

「それはまあ、そうだけど」

「ははは! この中にお前の口調を今更気にするやつなんていないさ。さ、今日は連れていきたい場所もあるからな。付いてきな。籠はそこに置いておいてくれ」

「あ、待って!」

 

 さっさと外に出るリカルドを追いかけながら、ソルは自分が守るべき町を見回す。

 

 簡潔に言って、平和と評しても良いだろう。

 穏やかな気候。争いのない場所。人情溢れる住人。

 

 仮に、この町になにか有用な特産品などがあったとすれば、貴族同士の利権争いに巻き込まれたかもしれない。

 しかし、アコルーブはそういった物とは無縁で、せいぜいが山が近くにあるぐらい。温かみのある田舎、といった表現が似合うほどだ。

 

「お、ソル! これから自警団の仕事かい?」

「肉屋のおっちゃん! そうなんだ。俺だってもうちゃんとした大人なんだからな」

「そうかいそうかい! だったら、就任祝いをやらなきゃいけねぇな! ほら、ガルー肉の串焼きだ!」

「わっ、とと。ありがとう!」

 

 店主から鳥型魔獣の串焼きを受け取ると、隣の店にいる女性店主がソルに笑いかける。

 

「それじゃあ、あたいはリップルの実をあげるわね」

「おばちゃんも!? い、いいって! 俺はこれからリカルドさんと一緒に仕事をするんだから!」

「遠慮しなさんな! ねえ、リカルドさんもそう思うだろう?」

「ははは! 町のみんなと触れ合うのも、自警団として立派な仕事だぞ?」

「そ、そうだけどさ……」

 

 恥ずかしい。

 子供の時から……まあ、周りからすれば今も十分子供なのだが。ともかく、小さい頃から自分を知られているので、このように扱われるとムズムズするのだ。

 もう、成人していて立派な大人なのに。

 

 だから、ソルは不貞腐れて、いまいち素直になり切れない。そうした態度がまだまだ子供扱いされている理由なのだが、本人は気がついていなかった。

 

「ま、いいじゃないか。団長のオレが許可してるんだから」

「わ、わかったよ。リカルドさんがそう言うなら、ありがたく貰う。貰ってから、俺のこと怒るのはなしだからな!」

 

 変に保険をかけるソルの言葉に、リカルドや町民は楽しげに笑っていた。

 それは暖かい意が含まれているのがわかるため、笑われたソルが怒ることはない。

 ただそこには、平和な光景があるだけだった。

 

 


 

 

 店主達と別れたソルは、リカルドの案内に耳を傾けていた。

 彼から聞く巡回ルートを頭に叩き込みながら、時折貰う贈り物をしっかりと抱える。

 いつの間にか、ソルの両手は食べ物でいっぱいになっていた。

 

「ははは。ソルはみんなに愛されてるな」

「俺よりルナの方が凄いだろ。あいつが困っていたら、みんな争うように手伝おうとするし」

「あー、ルナちゃんはなあ。な?」

 

 困ったように頬を掻くリカルドだったが、ソルとしては頷くことしかできない。

 ソルの幼馴染のルナは、一言で表すと優しい美少女だ。

 腰まである金髪は光を吸収するように輝いていて、慈愛を宿す青い瞳は清く透き通っている。

 スタイルも均整が取れているため、まさに絶世と名がつく美少女だ。

 

 しかも、ルナはとても優しい。

 教会の見習いシスターになってからは、その優しさに拍車がかかっている。

 町中から慕われているのも納得だった。なぜか、狙っている人はあまりいないのだが。

 

「うん?」

「どうした、ソル?」

 

 改めて、ルナの凄さを実感していたソルは、己の【直感】が働くのを感じた。

 

 ソルが持つ属性、【直感】。これのおかげで、ソルは他者より鼻が利く。

 だから、些細な変化を過敏に感じ取ることができるのだ。

 

「リカルドさん、ちょっと来て」

 

 そんな中々便利な【直感】に従い、ソルはリカルドを連れて町の広場に向かう。

 近場だったためすぐにたどり着き、【直感】が働いた理由を察した。

 

「うぅ……ぐすっ」

 

 広場にある噴水に座る、小さな少女。

 彼女は両手を目元に当てながら、嗚咽を漏らしていた。

 

「あー、これは迷子だな。おーい、お嬢ちゃん。なんで一人でいるのかな?」

 

 リカルドがその強面からは想像もつかない、柔らかい声音で尋ねる。手早くしゃがみ込んで視線を合わせたことから、どうやらこういったのには手慣れているらしい。

 少女はチラリとリカルドを見たあと、無言で首を横に振った。

 

「うーん。噴水の時計を見る限り、お昼ご飯を食べようとした時にはぐれたのかな」

「ちょうど十二時を回った頃か。綺麗な服を着ているし、もしかしたら家族の記念日だったのかもな。普通は昼食は簡素に済ませるし」

「この町に貴族がいるわけないしね。となると、この子を探している人は、身なりが整っている人になるのか」

「うぇーん! ママー!」

「……どうやら、はぐれた相手は母親みたいだな」

 

 とうとう声を上げて泣きはじめた少女をよそに、立ち上がったリカルドが周囲を見回す。

 対するソルは少女の目の前にしゃがみ込んで、手に持つリップルの実を突き出す。

 

「ほら。お腹が空いてるだろ? これはあっちにあるおばちゃんの店から貰った、美味しいリップルの実だ。これでも食べて元気を出しな」

「……くれるの? でも、ママがしらない人からモノをもらったらダメって」

 

 そうは言いつつも、よほど空腹なのだろう。少女の視線は、瑞々しい赤色で彩られたリップルの実に釘付けだ。

 きゅるるる、と可愛らしい音も鳴り、少女も一緒になって顔色をリップルに変える。

 

 ソルは苦笑いを一つ。腕に巻いている紺色の布を見せつけながら、安心させるために説明する。

 

「ほら、これは町の自警団……えーっと、町を守る人がつけている布だ。だから、俺は悪い人じゃないよ」

「ほんとだ! おにいちゃんはおまわりさんだったんだね!」

「おまわりさん?」

「うん! 町をまわってるからおまわりさん!」

「お、なるほど。じゃあ、俺はおまわりさんだ」

「おまわりさん! おまわりさん!」

 

 なにが楽しいのか、いつの間にか少女の涙は引っ込んでいて、笑顔で手を叩いている。

 今度はソルからリップルの実を素直に受け取り、美味しそうにかじる。

 

「どうだ? 美味いだろ?」

「うん!」

「おーい、ソル! 母親が見つかったぞ!」

 

 リカルドの言葉に振り向くと、母親らしき身綺麗な女性と近づいてきていた。

 

「本当に、ありがとうございます。少し目を離した隙にはぐれてしまいまして」

「えーっと、俺は大丈夫です。でも、この子を泣き止ませるために食べ物をあげちゃって」

「それなら、大丈夫です。ちゃんとリカルドさんから話を聞いていましたから」

 

 少女はリップルの実を食べながら、母親に優しく手を引かれた。

 母親は本当に安堵した様子で、心から我が子を心配していたことが伝わる。

 

「あ、おにいちゃん! これ、ありがとー!」

「私からもお礼を。あそこの店の果物は、たしか5リビだったはず……」

「ああ、大丈夫です! これは貰い物なので、お金はかかっていないので!」

「ソルもこう言っていることですし、ここは男の甲斐性を立ててくれませんか?」

「……ふふっ。そうですね。では、お言葉に甘えさせていただきますね」

 

 クスリと微笑んだ母親は、もう一度頭を下げてからこの場を去っていった。

 それを見送っていると、ソルはリカルドに頭を撫でられる。

 

「わっ。なにするんだよ」

「お手柄だぞ、ソル。立派に初任務をこなせたじゃないか!」

「別に、ただ迷子をあやしただけだし」

「ははは! それでいいんだよ。自警団は、町のみんなの笑顔を守ることが仕事だからな。あの子を笑顔にしたソルも、立派な自警団の一員ってことだ」

「むぅ……なんか、納得がいかない」

 

 口ではそう告げるが、言うほど不満を持っているわけではない。

 たしかにソルの胸中では、達成感に満ち溢れていたのだから。

 

 自警団に入ってから、雑用と訓練の毎日。

 それ自体は嫌いではないが、やはり自分も町に貢献したかったのは事実。

 だからこそ、初めて自分がなにかできたと思い、嬉しさが訪れたのだ。

 

「さ。次の場所に案内するぞ」

「あ、待ってよリカルドさん!」

 

 歩きを再開したリカルドを追いかけながら、ソルの顔には笑顔が浮かぶのだった。

 

 

 

 

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