こうして、赤い花は狂い咲く   作:水羊羹

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第二話

「ん? なんだか騒がしいな」

 

 そのあとも町を見回っていたソルは、リカルドの言葉に頷く。

 

「あっちの方に人が集まってるね。もしかして、なにかあったのかな?」

「とりあえず、行ってみるか」

「了解!」

 

 ソル達が騒ぎの方に駆け寄ると、どうやら誰かが揉め合っているらしい。

 既に囲いができている野次馬の間をかき分け、前に出る。

 円の真ん中では、二人の男が睨み合っていた。

 

「ああん? てめぇ、俺のリーサちゃんをなんて言った?」

「はんっ! お前こそ、俺のリーサちゃんってバカなことを言いやがって。リーサちゃんは俺のだ!」

「ふざけるなっ! てめぇにリーサちゃんは渡さねえ!」

「やんのか!?」

 

 リーサ、という名はソルも聞いたことがある。

 この町にある娼館で一番人気な娼婦で、大多数の男は彼女に首ったけだ。

 なんでも、儚い容姿からは想像できないような、激しい行為をしてくれるのだとか。ソルは体験したことがないので、同期からの又聞きだが。娼館に行くのは恥ずかしいのだ。

 

「まーた、あいつら揉めてるよ」

「最近は酒場でずっと言い合っていたわね」

「はぁ。男はこれだから」

「本当だよな。リーサちゃんは俺にメロメロなのに」

「あ?」

「お?」

「やるか?」

「え?」

 

 なにやら野次馬の一部が囲いから離れていったが、とりあえず二人の争いを止めなければならないだろう。

 

「リカルドさん!」

「そうだな。おい、オレ達は自警団だ! これ以上争うのはやめろ!」

「あん……てめぇ、リカルド! てめぇのせいでな、てめぇのせいでなぁ! 俺のリーサちゃんがなぁ!」

「そうだ、そうだ! なーにが、リカルドさんって逞しくて素敵だよ! 俺のリーサちゃんに色目を使いやがって!」

「ちょ、ちょっと待ってくれって! オレは世帯持ちだし、いきなりそんなことを言われても困るって!」

 

 慌てたように両手を突き出すリカルドに対し、男達は揃って凶悪な表情で唾を吐き捨てる。

 

「けっ! 奥さんに隠れて娼館に通ってるくせによ」

「娼婦の間では随分とモテモテのようじゃないですかあ? 【聖豪】じゃなくて【性豪】のリカルドさんよお?」

「な、なんでオレが娼館に行ってることを!?」

 

 そこまで言ってから、しまったといった表情で口を閉ざすリカルド。

 野次馬達は呆れと軽蔑、そして戦慄の雰囲気が漂っていた。

 

「まあ、リカルドさんも男だしなあ」

「リカルドさんって、奥さん一筋だと思っていたのに。ちょっと残念だわ」

「娼館の間で噂されていた【性豪】って、リカルドさんのことだったのか……!?」

「娼館に行っているなら、あたしも相手してくれないかしら」

 

 これ以上は自分の恥が更に晒されると思ったのか、羞恥で顔を赤らめているリカルドがソルを見やる。

 

「ソル! 二人は錯乱している! オレ達で捕まえて頭を冷やさせるぞ」

「わ、わかった!」

 

 ソルが頷いた瞬間には、リカルドがその巨体からは想像できない速度で、娼館行きをバラした方の男に駆け出していた。

 背中の長剣には手をかけず、手のひらに白い燐光を纏わせている。

 これはリカルドの【聖豪】属性の力で、強い聖属性を使うことができるのだ。

 

「へっ。俺はガキが相手かよ」

 

 ソルも急いでもう片方へ駆け寄るが、男はソルが相手だからか余裕の表情で佇んでいた。

 両手を構えた男が力む様子を見せると、手のひらに炎が宿る。

 これにはソルも慌てて急停止をするも、己が信じる【直感】がこのまま突き進め、と囁いてきた。

 

「っ……!」

 

 微かに宿る恐怖心に蓋をしつつ、姿勢を低くしてスピードアップ。

 よく見て、よく聞いて、よく感じて。【直感】だけではなく、自分の五感を総動員させていく。

 

「え、ちょ、本当に来るの!?」

 

 男が狼狽えた様子で、炎の手を振りかぶる。が、動きが素人のため、簡単に動作が読めた。

 間合いから、更に一歩。男の懐まで入り込んだソルは、手のひらを突き出して掌底。上手く腹部にめり込ませ、男は白目を剥いて崩れ落ちる。

 

「ふぅ……なんとかなった」

 

 ソルが頬の汗を拭った瞬間、野次馬から歓声が上がった。

 

「やるじゃねえか、ソル! 見直したぜ!」

「あの子、新人自警団だろう? 火に臆せず飛び込むなんてやるじゃねーか」

「あの子がいれば町も安泰だねえ」

「え、えーっと、ありがとう?」

「照れてる少年可愛いー! 食べちゃいたいぐらい」

「あ?」

「お?」

「連行しようか」

「え?」

 

 なにやら野次馬の一部が囲いから離れていったが、とりあえずソルは曖昧に笑っておいた。

 褒められるのは嬉しい。嬉しいのだけども、慣れていない賞賛はムズ痒いものだ。

 どう対応すればいいかわからないので、困ってしまっていた。

 

「お疲れ、ソル。どうやらこいつは、火を放出できない見掛け倒しだったみたいだな」

「そうみたい。人によって属性の解釈が変わるから、この人は本当は臆病なのかもね」

「ははは! 違いない。……だが、オレは許さないけどな」

 

 ボソッとリカルドが呟いたが、よく聞き取れなかった。

 思わず首を傾げていると、囲いの中からルナと町の司祭がやってくる。

 

「ソル! 大丈夫ですか!?」

「ああ、ルナか」

「ああ、ルナかじゃありません! どうして、こんな危険なことをしたんですか!」

「いやだって、俺自警団だし」

「だってもオシュの実もありません! もう、あまり心配させないでくださいね。ほら、ここを火傷していますし」

 

 眉尻を吊り上げていたルナが、悲しそうな目でソルの左頬に触れる。

 触れられて始めて、そこから鈍い痛みが伝わってきた。

 

「いちっ!」

「避ける時に上手く避けられなかったのでしょう。治しますからじっとしていてください」

 

 頬に触れているルナの右手から、淡い光が煌めく。それは白く輝いていて、仄かな暖かみがある。先ほどの炎より、よっぽど心に染み渡る温度だ。

 

 変化は一瞬だった。火傷の痕が残っていたソルの頬から、その痕跡が消え失せている。

 現に痛みも感じず、ルナが手を離した時には怪我をする前の状態に戻っていた。

 

「ありがとう。相変わらず、ルナの【癒し】は凄いな」

「ふふふ。簡単な傷くらいならすぐに治せますよ」

「ルナちゃんに治療してもらったようだな。じゃあ、オレ達はこの二人を衛兵所に連れていかなきゃいけないので」

 

 二人の様子を見守っていたリカルドが、柔和な表情で佇む司祭に声をかける。

 彼は手入れが行き届いた白い顎髭を撫でながら、聴くものを安心させるような穏やかな口調で言葉を返す。

 

「ほほほ。お願いいたしますね」

「司祭様。勝手に行動して申し訳ありませんでした」

「いえいえ、いいのですよ。人々を助けるのはアトリ様のお教え。むしろ、アトリ様は貴女の行動を優しく見守ってくださっているでしょう」

「はい、ありがとうございます。改めて、行動を許してくださったアトリ様に感謝を」

 

 司祭の言葉で笑顔になったルナは、跪いて祈りの体勢になった。

 目を瞑って信仰を捧げ、主へと祈祷。

 

 ルナの金糸のような髪が風に揺られて波打ち、辺りに黄金の粒子を舞わせる。

 輝く陽光に身を包まれ祈る姿は、まさに天の御使いそのもの。

 野次馬の誰もがうっとりと目を細め、ルナの祈祷に感激している様子だ。

 

 少ししてルナは立ち上がり、同じく見惚れてたソルへと照れるように微笑みかける。

 先ほどまでの静謐な雰囲気はなく、いつも通りの可憐な少女だった。

 

「ごめんなさい。つい、こんなところで祈ってしまいました」

「あ、ああ。いいんじゃないか?」

「……どうしました?」

「な、なんでもない! なんでもないから!」

 

 赤くなった顔を隠すために、不思議そうなルナから顔を背けたソル。

 その際に目に入る光景では、さっきとは一転して野次馬がニヤニヤと、新しい玩具を見たと言わんばかりに笑っていた。

 

「ひゅーひゅー。お熱いねえ」

「ソルって、ルナちゃんと幼馴染だったよな? かーっ! 俺もこんな可愛い幼馴染が欲しかったぜ!」

「なーんだ。ソル君には先約がいたのねー。ちょっとカッコよかっただけに、残念」

 

 詳細は聞こえないが、自分がからかわれていることだけは理解した。野次馬を睨みつけば、全員が一様に素知らぬ顔であらぬ方向を向く。

 こういう時だけ息の合う、無駄に連携の取れた町民達なのであった。

 

「変な目で見て……ん?」

 

 怒鳴ってやろうか、と思っていたソルは、【直感】が嫌な予感を告げてくるのに気がついた。

 さり気なく周囲を見回せば、微笑ましく眺めている司祭で目が止まる。

 

 特に、おかしいといったところはない。

 数年前に着任したばかりなのに、すぐに町民と打ち解けた司祭は、ソルもよく知っている人だ。

 穏やかで、柔和で、優しくて、司祭になるために産まれた人とはみんなの言葉。

 それほどまでに慕われているし、ルナからも尊敬しているという話を聞く。

 

 そんな司祭の雰囲気に、違和感を覚えた。

 喉に小骨が引っかかるような、言語化しづらい不思議な感覚の、小さな小さな違和感。

 ソルの【直感】が発動しなければ、恐らく気にも留めなかったであろう視線。

 それほどまでに些細なのだが、司祭がルナへと向ける表情が、どこか粘着質だった。

 

「ソル?」

「ん? ああ、なんでもない」

「そうですか?」

 

 気にはなるが、初めての実戦で過敏になっているだけなのだろう。そう結論づけたソルは、首を振ってルナの疑問に答えた。

 リカルドが気絶した二人を脇に抱え、ソルへと笑いかける。

 

「それじゃあ、オレ達は戻るか。司祭様、そういうことで」

「ええ、わかりました。貴方々にも、アトリ様の加護があらんことを」

 

 にこやかに手を振る司祭に頭を下げながら、ソルは言いようのない不安を抱くのだった。

 

 

 

 

 

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