「ん? なんだか騒がしいな」
そのあとも町を見回っていたソルは、リカルドの言葉に頷く。
「あっちの方に人が集まってるね。もしかして、なにかあったのかな?」
「とりあえず、行ってみるか」
「了解!」
ソル達が騒ぎの方に駆け寄ると、どうやら誰かが揉め合っているらしい。
既に囲いができている野次馬の間をかき分け、前に出る。
円の真ん中では、二人の男が睨み合っていた。
「ああん? てめぇ、俺のリーサちゃんをなんて言った?」
「はんっ! お前こそ、俺のリーサちゃんってバカなことを言いやがって。リーサちゃんは俺のだ!」
「ふざけるなっ! てめぇにリーサちゃんは渡さねえ!」
「やんのか!?」
リーサ、という名はソルも聞いたことがある。
この町にある娼館で一番人気な娼婦で、大多数の男は彼女に首ったけだ。
なんでも、儚い容姿からは想像できないような、激しい行為をしてくれるのだとか。ソルは体験したことがないので、同期からの又聞きだが。娼館に行くのは恥ずかしいのだ。
「まーた、あいつら揉めてるよ」
「最近は酒場でずっと言い合っていたわね」
「はぁ。男はこれだから」
「本当だよな。リーサちゃんは俺にメロメロなのに」
「あ?」
「お?」
「やるか?」
「え?」
なにやら野次馬の一部が囲いから離れていったが、とりあえず二人の争いを止めなければならないだろう。
「リカルドさん!」
「そうだな。おい、オレ達は自警団だ! これ以上争うのはやめろ!」
「あん……てめぇ、リカルド! てめぇのせいでな、てめぇのせいでなぁ! 俺のリーサちゃんがなぁ!」
「そうだ、そうだ! なーにが、リカルドさんって逞しくて素敵だよ! 俺のリーサちゃんに色目を使いやがって!」
「ちょ、ちょっと待ってくれって! オレは世帯持ちだし、いきなりそんなことを言われても困るって!」
慌てたように両手を突き出すリカルドに対し、男達は揃って凶悪な表情で唾を吐き捨てる。
「けっ! 奥さんに隠れて娼館に通ってるくせによ」
「娼婦の間では随分とモテモテのようじゃないですかあ? 【聖豪】じゃなくて【性豪】のリカルドさんよお?」
「な、なんでオレが娼館に行ってることを!?」
そこまで言ってから、しまったといった表情で口を閉ざすリカルド。
野次馬達は呆れと軽蔑、そして戦慄の雰囲気が漂っていた。
「まあ、リカルドさんも男だしなあ」
「リカルドさんって、奥さん一筋だと思っていたのに。ちょっと残念だわ」
「娼館の間で噂されていた【性豪】って、リカルドさんのことだったのか……!?」
「娼館に行っているなら、あたしも相手してくれないかしら」
これ以上は自分の恥が更に晒されると思ったのか、羞恥で顔を赤らめているリカルドがソルを見やる。
「ソル! 二人は錯乱している! オレ達で捕まえて頭を冷やさせるぞ」
「わ、わかった!」
ソルが頷いた瞬間には、リカルドがその巨体からは想像できない速度で、娼館行きをバラした方の男に駆け出していた。
背中の長剣には手をかけず、手のひらに白い燐光を纏わせている。
これはリカルドの【聖豪】属性の力で、強い聖属性を使うことができるのだ。
「へっ。俺はガキが相手かよ」
ソルも急いでもう片方へ駆け寄るが、男はソルが相手だからか余裕の表情で佇んでいた。
両手を構えた男が力む様子を見せると、手のひらに炎が宿る。
これにはソルも慌てて急停止をするも、己が信じる【直感】がこのまま突き進め、と囁いてきた。
「っ……!」
微かに宿る恐怖心に蓋をしつつ、姿勢を低くしてスピードアップ。
よく見て、よく聞いて、よく感じて。【直感】だけではなく、自分の五感を総動員させていく。
「え、ちょ、本当に来るの!?」
男が狼狽えた様子で、炎の手を振りかぶる。が、動きが素人のため、簡単に動作が読めた。
間合いから、更に一歩。男の懐まで入り込んだソルは、手のひらを突き出して掌底。上手く腹部にめり込ませ、男は白目を剥いて崩れ落ちる。
「ふぅ……なんとかなった」
ソルが頬の汗を拭った瞬間、野次馬から歓声が上がった。
「やるじゃねえか、ソル! 見直したぜ!」
「あの子、新人自警団だろう? 火に臆せず飛び込むなんてやるじゃねーか」
「あの子がいれば町も安泰だねえ」
「え、えーっと、ありがとう?」
「照れてる少年可愛いー! 食べちゃいたいぐらい」
「あ?」
「お?」
「連行しようか」
「え?」
なにやら野次馬の一部が囲いから離れていったが、とりあえずソルは曖昧に笑っておいた。
褒められるのは嬉しい。嬉しいのだけども、慣れていない賞賛はムズ痒いものだ。
どう対応すればいいかわからないので、困ってしまっていた。
「お疲れ、ソル。どうやらこいつは、火を放出できない見掛け倒しだったみたいだな」
「そうみたい。人によって属性の解釈が変わるから、この人は本当は臆病なのかもね」
「ははは! 違いない。……だが、オレは許さないけどな」
ボソッとリカルドが呟いたが、よく聞き取れなかった。
思わず首を傾げていると、囲いの中からルナと町の司祭がやってくる。
「ソル! 大丈夫ですか!?」
「ああ、ルナか」
「ああ、ルナかじゃありません! どうして、こんな危険なことをしたんですか!」
「いやだって、俺自警団だし」
「だってもオシュの実もありません! もう、あまり心配させないでくださいね。ほら、ここを火傷していますし」
眉尻を吊り上げていたルナが、悲しそうな目でソルの左頬に触れる。
触れられて始めて、そこから鈍い痛みが伝わってきた。
「いちっ!」
「避ける時に上手く避けられなかったのでしょう。治しますからじっとしていてください」
頬に触れているルナの右手から、淡い光が煌めく。それは白く輝いていて、仄かな暖かみがある。先ほどの炎より、よっぽど心に染み渡る温度だ。
変化は一瞬だった。火傷の痕が残っていたソルの頬から、その痕跡が消え失せている。
現に痛みも感じず、ルナが手を離した時には怪我をする前の状態に戻っていた。
「ありがとう。相変わらず、ルナの【癒し】は凄いな」
「ふふふ。簡単な傷くらいならすぐに治せますよ」
「ルナちゃんに治療してもらったようだな。じゃあ、オレ達はこの二人を衛兵所に連れていかなきゃいけないので」
二人の様子を見守っていたリカルドが、柔和な表情で佇む司祭に声をかける。
彼は手入れが行き届いた白い顎髭を撫でながら、聴くものを安心させるような穏やかな口調で言葉を返す。
「ほほほ。お願いいたしますね」
「司祭様。勝手に行動して申し訳ありませんでした」
「いえいえ、いいのですよ。人々を助けるのはアトリ様のお教え。むしろ、アトリ様は貴女の行動を優しく見守ってくださっているでしょう」
「はい、ありがとうございます。改めて、行動を許してくださったアトリ様に感謝を」
司祭の言葉で笑顔になったルナは、跪いて祈りの体勢になった。
目を瞑って信仰を捧げ、主へと祈祷。
ルナの金糸のような髪が風に揺られて波打ち、辺りに黄金の粒子を舞わせる。
輝く陽光に身を包まれ祈る姿は、まさに天の御使いそのもの。
野次馬の誰もがうっとりと目を細め、ルナの祈祷に感激している様子だ。
少ししてルナは立ち上がり、同じく見惚れてたソルへと照れるように微笑みかける。
先ほどまでの静謐な雰囲気はなく、いつも通りの可憐な少女だった。
「ごめんなさい。つい、こんなところで祈ってしまいました」
「あ、ああ。いいんじゃないか?」
「……どうしました?」
「な、なんでもない! なんでもないから!」
赤くなった顔を隠すために、不思議そうなルナから顔を背けたソル。
その際に目に入る光景では、さっきとは一転して野次馬がニヤニヤと、新しい玩具を見たと言わんばかりに笑っていた。
「ひゅーひゅー。お熱いねえ」
「ソルって、ルナちゃんと幼馴染だったよな? かーっ! 俺もこんな可愛い幼馴染が欲しかったぜ!」
「なーんだ。ソル君には先約がいたのねー。ちょっとカッコよかっただけに、残念」
詳細は聞こえないが、自分がからかわれていることだけは理解した。野次馬を睨みつけば、全員が一様に素知らぬ顔であらぬ方向を向く。
こういう時だけ息の合う、無駄に連携の取れた町民達なのであった。
「変な目で見て……ん?」
怒鳴ってやろうか、と思っていたソルは、【直感】が嫌な予感を告げてくるのに気がついた。
さり気なく周囲を見回せば、微笑ましく眺めている司祭で目が止まる。
特に、おかしいといったところはない。
数年前に着任したばかりなのに、すぐに町民と打ち解けた司祭は、ソルもよく知っている人だ。
穏やかで、柔和で、優しくて、司祭になるために産まれた人とはみんなの言葉。
それほどまでに慕われているし、ルナからも尊敬しているという話を聞く。
そんな司祭の雰囲気に、違和感を覚えた。
喉に小骨が引っかかるような、言語化しづらい不思議な感覚の、小さな小さな違和感。
ソルの【直感】が発動しなければ、恐らく気にも留めなかったであろう視線。
それほどまでに些細なのだが、司祭がルナへと向ける表情が、どこか粘着質だった。
「ソル?」
「ん? ああ、なんでもない」
「そうですか?」
気にはなるが、初めての実戦で過敏になっているだけなのだろう。そう結論づけたソルは、首を振ってルナの疑問に答えた。
リカルドが気絶した二人を脇に抱え、ソルへと笑いかける。
「それじゃあ、オレ達は戻るか。司祭様、そういうことで」
「ええ、わかりました。貴方々にも、アトリ様の加護があらんことを」
にこやかに手を振る司祭に頭を下げながら、ソルは言いようのない不安を抱くのだった。