こうして、赤い花は狂い咲く   作:水羊羹

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第三話

「ごめんなさい」

 

 目覚めて開口一番。衛兵所に連れてきた男達は、椅子に座ったまま深く頭を下げてきた。

 これには、ソル達も苦笑い。気絶させられて、文字通り頭が冷えたのだろう。先ほどまでの激昂した様子が微塵も感じられない。

 

「ははは。わかってくれたならいいんだ。なんで喧嘩していたんだ?」

「さっき店でこいつと好きな娼婦の話をしていたんだけど」

「当然リーサちゃんの話が出て、どっちがより愛されているか、みたいに話がこじれたんだ」

「なるほど。で、頭が冷えた今はどう思っているんだ?」

 

 笑いながら告げたリカルドの言葉に、男達は顔を見合わせて頷く。

 

「よく考えたら、リカルドさんに勝てるわけなかったよな」

「ああ。リカルドさんって、町一番だって有名だし」

「……」

 

 リカルドの笑みが引き攣った。

 

「あーあ、俺もリーサちゃんにあんなこと言われたかったなあ」

「そりゃ無理だろ。俺達とは違って、リカルドさんはモノが違うんだから、モノが」

「だよな。はぁぁ……アトリ様も残酷だよな。属性の当たり外れの他にも、こっちの当たり外れも作るんだから」

「あ、あのさ、そろそろやめた方が」

 

 これにはソルも慌てて止めに入るのだが、どうなら実行するのが遅かったらしい。

 額に野太い青筋を作り出したリカルドの全身が、白い燐光に包まれていく。

 

「どうやら、お前らは懲りていないみたいだな。せっかく厳重注意で済ませようと思っていたが、そこまで独房に入りたいか」

 

 白い重圧が降りかかる。室内から軋む音が響くような錯覚に陥り、リカルドを中心に風が巻き上がる。

 ここに来てようやく悟ったようで、男達の顔色が真っ青に染まっていく。

 

「は、ははは、大丈夫ですよ」

「そうそう、俺達大聖堂(カテドラル)よりしろーく反省していますから!」

「ということで、これ以上ここにいると仕事の邪魔になるから帰りますね」

「さようなら!」

「あ、おい!」

 

 呼び止めるリカルドを無視して、男達は驚くほどの速さで衛兵所を飛び出していった。

 出てからすぐに「ひぃっ!?」と悲鳴が上がっていたが、それほどリカルドが怖かったのだろう。

 

 正直、ソルも少しだけチビりかけた。本当に少しだけだ。実際に漏らしているわけではない。

 それも仕方ない。リカルドの雰囲気が、それほどまでに恐ろしかったのである。

 例えるならば、噂に聞く『狂信会カリュオン』の苛烈な行動のような怖さだった。

 

「あ、あのー、リカルドさん?」

「ふぅ……まったく。すまんな、驚かせて」

「いや、大丈夫。俺だって、あんなに言われたら怒るし」

「ははは。そう言ってくれると助かる。ソルは、オレみたいなヘマはするなよ?」

「わかってるって。それに、娼館には行くつもりもないし」

 

 ソルとしては当然のことを言ったつもりだったのだが、なぜかリカルドはニヤリとした笑みを浮かべた。

 

「ま、最初はみんなそう思うものさ。直にお前もオレ達と同じ道を辿るだろうよ」

「そんなことないって! 大体、俺は別にそんなのに興味なんか……ん?」

 

 体全体を撫でられるような、不思議な感覚を覚えた。

 特に頭が顕著に感じ、髪の毛に触わると微量な痺れが返ってきた。

 心なしか、リカルドの顔色が青雪鳥のように青白くなっている気がする。

 

「ま、まさか」

「これって、『遠電現象』だよね? 電気属性を持つ存在の近くにいると、体が少し痺れるっていう……」

「あ、ああ。町にいる電気属性持ちの人といったら、あいつしか」

「──随分と愉快な話を聞いたよ、リカルド」

 

 席に座っている関係で、リカルドは入口から背中を向けているため、誰が入ったか見ていない。

 しかし、声だけでおおよその検討がついたのか、大量の冷や汗を垂らしていた。

 

 衛兵所に入ってきたのは、恰幅の良い女性だった。

 彼女の全身からは紫電が迸っており、微弱な雷鳴が鳴り響いている。

 表情は満面の笑みを浮かべているが、ソルの気のせいでなければ、あれは獲物を前にして喜ぶ魔獣の笑顔だ。

 そんな恐ろしい形相でやったきたのは、リカルドの妻だった。

 

 ぎこちなく振り返ると、大袈裟に立ち上がって頭に手を置いたリカルド。

 後頭部に添えられた手が、震えていた。

 

「ははは。サリナじゃないか。いきなりどうしたんだ?」

「いやね、さっき町で騒ぎがあっただろう? その時に、面白い話を聞いてね」

「お、面白い話?」

「うちの旦那が娼館狂いで、娼婦達に貢いでいるって話さ」

「待てまてまて! 話が曲解している! たしかに時々娼館には行くが、決して貢いでいるなんてことはない!」

「へぇ。やっぱり、娼館に行っていたのね。あたしだけ愛するって言葉は嘘だったのかい」

「い、いや、それはだな」

「おだまり! 言い訳は見苦しいからやめな!」

 

 ぴしゃりとリカルドの言葉を遮ると、重々しい足取りで近づくサリナ。

 後ずさろうとする彼の耳を引っ張り、厳しい顔で睨みつける。

 その際、彼女の手から一筋の電流が弾けた。

 

「いてぇ!? おい、お前の電気はシャレにならないからやめてくれって!」

「黙りな。ったく、恥ずかしいったらありゃしないよ。ここに来る間も、ずっと町のみんなから見られていたんだからね!」

「いや、それはサリナが怖かっただけじゃ」

「なんか言ったかい?」

「いてて! なにも言ってないから、電気を流すのをやめてくれ!」

 

 呆気に取られるソルの前で、夫婦喧嘩を始めていた。

 頼りがいのあるリカルドの情けない姿に嘆けばいいのか、ソルやルナには優しいサリナの容赦のなさに(おのの)けばいいのか。

 とりあえず、巻き込まれないように大人しくしていよう、と思うのだった。

 

 しばらくして説教は終わったのか、サリナがリカルドの耳から手を離す。

 怒れる紫電も収まっており、どうやら無事に鎮火したらしい。

 涙目で耳をさするリカルドにため息をついたあと、サリナはソルの方に顔を向ける。

 

「悪かったね、変なところを見せて」

「う、ううん! サリナさんが怒るのは当然だし、これはリカルドさんが悪いよ」

「かーっ! ソルはいい子だねえ。このダメ亭主にも見習わせたいね」

「わかったから、もうなにも言わないでくれ……」

「それより、ソル。ちょっとこっちに来な」

「え、うん」

 

 ちょっとだけ怖かったが、特に断る理由もないので近寄る。

 すると、サリナがソルの頭を乱暴に撫でてきた。

 

「あんたの活躍も聞いたよ。ソル、お手柄だったね」

「やめてくれよ。俺はもう子供じゃないって知ってるだろ?」

「あっはっは。あんたをガキの頃から世話してきたあたしからすりゃ、まだまだガキのままさ。あんたの立派な姿を見れば、カリーネも喜ぶだろうさ」

「……そうかな?」

 

 ソルの脳裏を過ぎるのは、幼い頃に死別した両親の姿。

 強くて偉大だった父親の背中と、優しくて大好きだった母親の笑顔。

 

 二人のような魔獣による犠牲者を出さないために、ソルは自警団に入った。大好きなこの町を守るために。

 今はまだ雑用の毎日だが、両親に誇れるような大人になれただろうか。

 

「さ。ソルはちょっと外に行ってな。あたしはリカルドの説教の続きがあるからね」

「まだあるのかよ!?」

「当たり前さ! これ以上あんたが娼館に行かないように、しっかりと絞ってやるからね」

「え、えーっと、ごゆっくり?」

 

 なんて答えればいいかわからなかったソルは、言われるまま逃げるように衛兵所を飛び出すのだった。

 

 

 


 

 

「ソル!」

「ん? ルナか。教会の仕事はもういいのか?」

「はい。本日の祈りは終わりましたので」

 

 特にやることもないのであてもなくさまよっていたら、ルナが駆け寄ってきた。

 流れで一緒に歩くことになり、二人は話しながら進む。

 

「それで、どうだ? 教会の仕事は」

「そうですね。これといった問題もなく、毎日楽しくやらせていただいていますよ」

「そうなのか。ルナって普段はどんなことをしているんだ?」

 

 ソルが疑問に思って尋ねてみれば、ルナはその可憐な指をおとがいに添える。

 

「うーん。まずは朝のお祈りからですね。今日も生きられたことをアトリ様に感謝を捧げ、良き日が始まるよう祈るんです。そのあとは教会前を掃除します。一日経つだけでも、砂埃とかが溜まりますからね」

「へー。なんだか大変そうだな。俺は朝から走り込みや訓練、あとは雑用ばっかだよ」

 

 後頭部で両手を組みながら、口を尖らせたソル。

 必要なことだとわかっているし、嫌になっているわけでもない。でもやっぱり、リカルドのように町に貢献したい。そんな風に思う、複雑な少年心なのだった。

 

「十分凄いと思いますよ。わたしがしていることは、祈りか掃除ばかりですし」

「そういうものかなあ」

「そうですよ。隣人の属性は強い、って言葉があるように、周りが良さそうに見えるだけです。ソルが危惧しなくとも、アトリ様はしっかりと見守ってくださっています。必ず、ソルの努力が報われますよ」

 

 穏やかな微笑を湛えていたルナは、慈愛の籠った声色でそう告げた。

 言外に、自分の頑張りを認められているような気がする。いや、気がするのではなく、実際に自分を認めてくれているのだ。

 ルナの表情や雰囲気から、それを如実に感じ取れていた。

 

 思わず照れくさくなり、そっぽを向きながら頬を掻く。

 そんなソルの変化を見て、唇に指を添えたルナがおかしそうに笑う。

 

「ふふっ」

「な、笑うなよ!」

「ごめんなさい。でも、なんだか嬉しくって」

「ふんっ。ルナも俺を子供扱いしやがって」

「そんなことはないですよ。わたしにとってソルは、頼れる兄のような……あら?」

 

 ソル達の元に、一人の少女が駆け寄ってきた。

 彼女は先ほどソルが助けた迷子の子で、嬉しそうな笑みを浮かべている。

 

「おにいちゃん!」

「お、お前はさっきの。こんなところでどうした?」

「あのね、あのね! きょうはママとおいしいごはんを食べたの!」

「おお、それは良かったな」

「ソル。こちらの子は?」

「ん、ああ。迷子だったこの子を俺とリカルドさんで助けたんだ」

 

 ルナに説明していると、先ほどの母親もやってくる。

 

「こら、勝手に走っちゃダメでしょ。あ、貴方はあの時の」

「どうも、こんにちは」

「あら? もしかして、あなたはダニエルさんのところの……」

「そうです。先日はうちの夫がお世話になりました」

 

 ルナに気がついた母親は、穏やかな面持ちで頭を下げる。

 どうやら、二人は間接的に面識があるらしい。

 

「頭を上げてください。それで、ダニエルさんの怪我は大丈夫ですか?」

「はい。司祭様とシスターさんのおかげで、問題なく動けています」

「それなら良かったです。……あ、ソル。紹介しますね。こちら、わたしが以前治療したダニエルさんの奥さんの」

「マリーと申します」

「さりー! よんさい!」

 

 いーっと歯を輝かせて手を突き出す少女──サリーと、その母親であるマリー。

 自己紹介されたので、ソル達も居住まいを正して言葉を返す。

 

「俺……私はソルと言います。今年に自警団に入った新米衛兵です」

「わたしは見習いシスターのルナです。二方にも、アトリ様の加護があらんことを」

「そるおにいちゃんに、るなおねえちゃん! よろしく!」

「よろしくな、サリー」

 

 ソルがサリーの頭を撫でていると、マリーが明るい表情で尋ねてくる。

 

「二人は昼食はまだでしたか? もしよろしければ、夫のお礼も含めてご馳走したいのですが」

「え、俺は別に──」

 

 慌てて否定しようとしたが、ソルの言葉は鳴き声で遮られた。

 誰もがお腹に飼っている、空腹属性を持つ虫に。

 

「──あはは」

「ふふっ。ソル、こういう時はご好意に甘えるのがいいのですよ」

「あーっと、よろしくお願いします」

「ええ、もちろん」

 

 そういうことで、ソル達はマリーの提案に頷くことになった。

 彼女に案内されながら、嬉しそうにマリーと手を繋ぐサリーの背中を見守る。

 

「子供はいいよな」

「そうですね。司祭様も仰っていました。子供はアトリ様からの授かり者だと」

「……なあ、ルナ。その司祭様って、どんな人なんだ?」

 

 あの時覚えた違和感が、ソルの脳裏から離れない。気がつけば、そんなことをルナに尋ねていた。

 彼女は不思議そうに小首を傾げると、ソルの質問に答えていく。

 

「司祭様ですか? 司祭様はとても優しい方ですよ。常に謙虚で、信心深くて、決して他者への差別をしない。まさに司祭になるために生まれてきたような方ですね。わたしも、司祭様のように敬虔なシスターになるのが夢です」

 

 瞳を輝かせて告げるルナだったが、対するソルは素直に喜べなかった。

 やはりどうしても、己の【直感】が気になってしまう。

 

「……ルナ。司祭様には気をつけた方がいい」

「司祭様に? どうしてですか?」

「俺の【直感】だよ。ルナならわかるだろう?」

「それは、そうですね。ソルの属性には、よく助けられましたし。ですが、今回ばかりは大丈夫だと思いますよ。ソルの考えすぎです」

「だといいんだけどな……」

 

 確固たる証拠がないため、こうして忠告することしかできない。

 ルナは人を信じやすいこともあり、なおさらソルの言葉を信じられないだろう。

 

 自分だけでも、気をつけておくべきか。

 警戒するに越したことはない。なにかあってからでは、遅いのだから。

 そう考えたソルは、ルナの手を引いて立ち止まったマリーの元に駆け寄るのだった。

 

 

 

 

 


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