手を膝の上に置き、ゆっくりと数回深呼吸をする。息を吐ききった後に聞こえる「はじめっ!!」の声。机の上に置いたあるペンを取り、目の前の白紙の紙を裏返す。羅列された文字を確認する。雄英高等学校ヒーロー科一般入試筆記試験。そのすぐ近くに書かれた別の文字に視線を移す。
名前_____
これを書き忘れたら全てが終わる。おそらく人生で一番、目にしたであろう文字、そしてこれからも一番、目にするであろうと思っていた文字をしっかりと記入する。
名前__
この後の長い人生、俺は自分の本名よりもヒーロー名の方を目にすることになるとは、この時は知る由もなかった。
「"
本日は2月26日、あの雄英高校の入試の日である。筆記試験が終わりボイスヒーロー、プレゼント・マイクから「模擬市街地演習」の説明も終わり、今は演習会場への移動時間であるが受験人数が多すぎて演習場への通路は長蛇の列が出来ている。さすが雄英、例年倍率300は伊達じゃない。しかし演習時間にはまだ余裕があるので焦らず、俺は自販機で飲み物でも買うことにした。
ピッ、ガコン
ピッ、ガコン
ピッ、ガコン
ピッ、ガコン
おいしそうな水2本とサイコっぽいソーダを2本買った。いや、お前そんなに買ってどうするんだっていう他の受験生の視線無言ツッコミは無視だ。プレゼント・マイクも言ってただろ? 持ち込みは自由だって。俺の個性と関係してんのさ。さて早速ソーダ1本は飲むか。プシュと気持ちのいい弾ける音と炭酸の刺激が心と喉を潤していく。その場で1本を飲み干し、空の容器をゴミ箱に捨て、残り3本の飲料水を抱えて俺は演習場へと向かった。
「ハイ、スタートー!!」
迷うことなく無事に演習場に着き、準備運動をしていたらプレゼント・マイクのこの声でいきなり演習が始まった。全員が一斉に慌てふためいて前へ走り出す中、俺は早速自分の個性を使うことにした。さっき飲んだソーダの炭酸を足に溜めて・・・ハッ!!
「なんだぁ!? いきなりすげぇ跳んでいった奴がいるぞ!!」
受験生の1人が俺の個性に驚いたようだ。そのナイスな驚きぶりが嬉しいから説明しよう。
俺の個性は「液体操作」 液体であれば意のままに操れる。飲み物を摂取した直後であれば自分の体内から外へ出すことも可能。液体の分離もできるぞ。例えばミルクティーとかも紅茶と牛乳に分けられる。結構応用が効く。他にも色々あるがそれは後々。ちなみにさっきやった技は炭酸の勢いを足に溜めてフライボードの要領で跳んでいった感じ。別に炭酸じゃなくても出来るけど炭酸のほうが勢いがあって時間がかからなくて楽。おっと、目的地に着いた。
上方へ跳んでいった俺は見晴らしの良いビルの屋上へ来ていた。下を見下ろすと・・・おお、見える見える
さっき買った水2本のフタを開け、地面に置く。そして人差し指と親指を立てて銃の形を作り、液体操作で人差し指の先に水を集め、見た目が消臭ビーズのような水弾を作り、照準を仮想敵に合わせて・・・撃つ!!
ペチッ
蚊の鳴くような声・・・ではなく音が聞こえた。水弾は確かに仮想敵に当たったが、「えっ?何か当たったの?」というくらい仮想敵は何事もなく普通に動いている。だがこれでいい。俺の目的は水弾の威力で仮想敵を倒すことじゃなく・・・
プシューン
「あれ? 急にロボットが動かなくなったぞ。故障か?」
液体操作でロボット内部に水を染み込ませてショートさせることだ。水弾を当てるのはあくまでその手段にすぎない。
ロボットの近くで戦っていた受験生の声で上手くいったことを確認する。この方法なら他の受験者を誤射しても被害は水を浴びるだけで済むし、乱戦に向いている。仮想敵が防水仕様じゃなくてよかったと思った。そこが模擬市街地演習の説明を聞いたときの不安だった。さて、悩みも消えたしバンバン撃ってくか。
それから数機の仮想敵を倒し、13ポイントくらい稼いだ頃だろうか。突然、会場に轟音が響き渡った。音の方向に目をやると説明にあったお邪魔虫0ポイント巨大仮想敵がいた。いや、まて、どんだけ~。シャレになってねぇ、デカすぎる!! ビルを豆腐を切る位の感覚で次々と倒しているし、他の受験者も一目散に逃げている。
俺も場所を変えようと思って移動用にとっておいたサイダーのフタを開けていると、オレンジ髪のサイドテールの女の子が皆が逃げている逆方向、つまり巨大仮想敵に向かっているのが見えた。
(何やってんだあの子!?・・・あっ、瓦礫に挟まって動けねぇ奴がいる!!)
オレンジ髪の子は瓦礫の近くまで来ると、自身の手を大きくし救助を始める。恐らくあれが彼女の個性なのだろう。しかしあのスピードじゃ間に合わないぞ。どうする?
気づいたら俺は仮想敵を目指して炭酸を使ってビルの谷間を跳んでいた。
(まてまて俺。なんであっちに向かっているの? 俺が行ったところで大量の液体がないとあの仮想敵なんてぶっ飛ばせな・・・大量の液体?)
立ち止まり、移動してきたビルの屋上を見渡す。ビルの屋上には・・・あった!!貯水タンク。これを次々と水弾(威力MAX)でぶっ壊して・・・
気がついたら私は巨大仮想敵に向かって駆けていた。すれ違う人達から「バカだろ。」「自殺志願者か?」などの声が聞こえたが・・・なんで、なんで皆、あの救助者に気づいていないんだ。瓦礫に挟まれ絶望した顔。その目を見てしまったら放って置くなんてこと出来なかった。瓦礫の前に着くとすぐに私の個性「大拳」を使って救助を始めるが焦ってなかなか上手くいかない。するとあたりが急に暗くなった。それは巨大仮想敵の影だった。恐怖のあまり思わず救助の手が止まってしまう。だが巨大仮想敵はそんなのお構いなしに手を動かしてくる。振りかぶってその規格外の手をこちらに落としてきた。ダメだ、私の大拳じゃ大きさが違いすぎる。
救助者も助かることを諦めて目を瞑った時、急に私の前に誰かの背中が現れた。その背中は今でも私にとってオールマイトも越える、生涯NO.1 ヒーローのはじめての活躍の光景だった。
大量の水を集めてきた俺はどうにか巨大仮想敵に襲われる前に2人のもとへ駆けつけることが出来た。女の子は近くで見るとかなりの美人さんだったが残念ながら挨拶している暇はない。巨大仮想敵は拳をこちらに落としてきてる。迎え撃つしか全員が助かる道はない。覚悟を決めろ、俺。
集めた大量の水を右手に集中させ、巨大仮想敵と同等の拳を水で作る。彼女の個性を見て思いついた方法だ。地面をえぐるようにして自身の拳を一回下げると同じ動きを水の拳がする。そしてそのまま下げた拳を一気に天に突き上げる!!!
スプラッシュ・アッパー!!!
巨大仮想敵の拳と水の拳がぶつかり合う。
バッシャーーン
あたりに限定的な雨が降る。振り上げた俺の拳の視線の先には片腕をなくした巨大仮想敵。そのままゆっくりと後ろに倒れていき、ドシーンと音を立てて動かなくなった。よし、全員助かった。さてと、じゃあさっさと普通の仮想敵を倒しに・・・あれ? なんか目眩がする・・・それに吐き気と頭痛も。足も痙攣して立ってられない・・・しま・・った・・・勢い余って俺の・・・体内の・・・水分も・・・必要以上に・・・これは・・・脱水・・状態・・・どんどん・・・視界が・・・。
そこで俺の意識はなくなった。
「ん?」
「あっ! リカバリーガール! 目覚めましたよ!!」
目覚めるとベッドの上で点滴を打たれていた。起き上がって横を見ると同じくベッドに座っている緑髪のモサモサ頭が誰かに呼びかけている。状況がよくわからないので緑髪に聞くことにする。
「ここどこ?」
「雄英高校の保健室だよ」
「保健室? なんで?」
「あんたら2人は巨大仮想敵を破壊した後、気絶して運ばれてきたんだよ。あんたは脱水症状、そっちは両足と右腕骨折。全く、今年の受験者はやんちゃ坊主ばっかりだね」
横からおばあちゃんの声が割り込んできた。この人は雄英高校の看護教諭のリカバリーガールだと緑髪が教えてくれる。そしてリカバリーガールから問診を受けているうちにだんだんと気絶寸前までの状況を思い出してきた。
「あのさ・・・試験は?」
ダメ元で緑髪に聞いてみる。
「・・・もう終わったよ」
ですよねぇ~。
「そうか・・・っていうかお前もあの巨大仮想敵ぶっ飛ばしたのか? すげぇな!!」
「いやいや、君だってそうでしょ。それに僕と違って君は大怪我をしたわけじゃないし」
「いやでも倒しても0ポイントだし自慢にならんわ」
「それは僕も同じだよ!」
「あっ、そうか」
「「・・・アッハッハッハッ!!・・・・・はぁ~」」
二人同時に笑い、そしてため息をつく。今日の試験、やっちまったと。リカバリーガールから「落ち込んでてもしょうがないからあんた達で何か話でもしてなさい。病は気からって言うからね。」と言われたのでとりあえず俺の点滴が全部入るまで談笑することにする。ちなみに彼の治療はもう終わっているらしいが体力が回復するまでここにいるらしい。
自己紹介も兼ねて色々わかったのがこの緑髪、緑谷出久は生粋のオールマイトファン。俺もオールマイト好きだけどここまでの愛はないわ。そして個性もオールマイトに似ている。ただ力の出力制限が出来ないらしい。まあ今日の俺も人のこと言えないけど。似てる個性、オールマイトファン、そりゃあ雄英受けるわな。・・・悔しいだろうな。
「なぁ、4月以降にさ、お互いの心に整理がついたらまた会わないか?」
「えっ?」
「もうパーッと遊ぼうぜ。今日のこと忘れるくらい」
「・・・うん!!」
「じゃ、連絡先交換」
そう言って携帯電話を取り出してお互いの連絡先を交換して俺たちは別れ、俺の入試が終わった。
~1週間後~
「作操・・作操・・作操!!」
「ハッ!! ごめん、何、父さん?」
「何? じゃないよ、7回くらい呼んでも返事ないし・・・あと同じところを掃除しすぎだ。店の手伝いはいいから今日はもう休んでな」
「・・・うん、ありがとう。ごめんね」
手に持っていたT型箒を父さんに渡し、バックヤードの住居スペースへと力なく歩く。その様子を心配そうに母さんや姉さん、スタッフの皆が見つめていた。
ああ、そういえば説明していなかったね。俺の家は複合サロンを経営している。父さんが美容師、母さんがエステティシャン、姉さんがネイリスト、そして各部門スタッフ数十名を抱える結構な有名店だ。所謂いいトコの坊っちゃんだったんだぜ俺。雄英を受けたのもヒーローになって俺の個性の許可が取れれば、液体操作で効率よく髪の毛や肌に潤いを与えることが商売で出来るようになる。そう考えたからだ。だが結果は残念なもので・・・応援してくれた家族やスタッフの皆に申し訳がない。
自室に戻ってふて寝でもしようかと思っていると家のチャイムが鳴った。ウチは表通りがサロンの入り口で裏通りが普通の家の玄関になっている。誰なのかをモニターで確認する気力もないのでそのままドアを開けて出ると郵便屋さんだった。印鑑を押し、いくつか手紙を受け取って中身を確認しながらリビングの椅子に座る。ほとんどが父さん宛てだが1通だけ「液水 作操 様」と書かれた封筒が出てきた。裏面を見ると雄英高等学校と書かれている。・・・はぁー、来ちゃったか。まぁいいや、さっさと開けて現実を突きつけられようじゃないか。
封を破るといきなりオールマイトのホログラムが出てきた。どうやらこの春から雄英高校に務めるらしい。それを聞いて抑えていた悔しさ出てきて思わず拳を握る。そして
『肝心の試験の結果だが、筆記は出来ていても実技は13ポイント・・・んーこのポイントじゃ当然、不合格だ』
・・・そうだよ。わかっていたじゃないか。何がっかりしてんだ俺。ちゃんと受け入れろよ。
『それだけならね』
ん?
『それではこちらのVTRをご覧いただこう!!』
オールマイトがリモコンを持ってスクリーンに向かって押す。すると
『あの、すみません!!』
あのオレンジ髪のサイドテールの子が映し出された。
『巨大仮想敵を大きな水で倒して気絶して運ばれた人ってどうなりました? 私、まだお礼と謝罪が言えていなくて』
――君の行動は人を動かした!!
『あの人、私ともう1人を救けてくれたんです!! もう会えないかもしれないからちゃんと言っておきたくて』
――先の入試!!!見ていたのは敵ポイントのみにあらず!!!
『まだ保健室で寝てるって聞いてるぜ。だが安心しな、命に別状ないってさ。あと、またあとで会えると思うぜ女子リスナー』
――
――
液水作操 60ポイント
ついでに
『合格だ! 来い!!液水少年!! 私と一緒に雄英で学ぼう!!』
嘘だろ・・・そんな大逆転劇が・・・
「うおおおおおおおおお!!!!!」
「うるさいわよ、作操!! お客さん驚いてるじゃない!!・・・えっ!?雄英受かったの?きゃああああおめでとう!!!」
「姉弟で何騒いでんの!!・・・嘘!?きゃああああああ!!!」
「母子でうっせえぞ!!何を・・・マジでか? よくやった作操ぁぁぁぁぁ!!!!」
喜びの咆哮をしていると店のエリアから姉さん→母さん→父さんの順番で注意しに来たが雄英合格を伝えると皆表情を変えて喜んでくれた。この後お店では「ウチの息子が雄英に・・・」 「今日は料金半額で・・・」などで大盛り上がりだった。さらに閉店後、スタッフさんたちがケーキを買ってきてくれて皆で祝ってくれたときには俺は目から溢れる液体を自分の個性でも制御出来なかった。
最高な気分のまま夜を迎え、寝ようしてスマホの充電ケーブルを挿そうとしたときにあることを思い出す。救助活動ポイントがあるってことは緑谷も受かってるんじゃないかと。連絡を入れてみようと思ったが途中で指を止める。何故なら・・・筆記で落ちてたらシャレにならん。アイツ頭いいのか俺知らないし。仮に連絡したとして
『俺、雄英受かってた!!』
『・・・僕、落ちてた』
『・・・・・』
無理無理、そんな空気耐えられない。あー、でも気になるー、どうしよう。そう何度か繰り返し考えているうちに結局連絡はしないことに決め、眠りに落ち、緑谷には悪いが少しずつこのことは頭から離れていってしまった。
そして春
「えーと? 1-B,1-B・・・ここか」
俺は雄英高校の廊下を歩いていた。配属されたクラスは1-B。どんなクラスメイトがいるのか期待に胸を膨らませながら大きなドアを開けようとすると
「1-A・・・1-A・・・あった・・・ドアでか・・・」
横から聞き覚えのある声。
「あっ」
「えっ?」
横を見ると今度は見覚えのあるモサモサ頭に思わず声をあげる。すると向こうも俺に気づいたようで・・・
「「あーーーーーっ!!!!!」」
お互いに指を指して驚嘆のまなざしで見つめ合う。この時の再会はゆめだったんじゃないかって今でも思う。だけど・・・
「
言い忘れてたが、これは俺が最高のヒーローの
おまけ
緑谷と再会してお互いに握手しながら「よかった。」「違う組だったか~。」「これから頑張ろうな。」と、時間もあまりなかったので数言交わして別れ、自分の教室に入るべく、B組のドアを開けると
「あーーーーーっ!!!!」
俺が救けたオレンジ髪の女子、拳藤一佳が居た。俺を見るなりすごい勢いで近寄ってきて手を取られ、「ありがとう、ありがとう。」と人目をはばからず何度もお礼を言われ、その後に会って間もないクラスメイトから冷やかされて2人で顔を真っ赤にしたのはいい思い出・・・かな?
実はこの作品は2016年にPixivであげた読み切り作品を元に一から作り直したものです。最近になって原作でもB組の詳細がわかってきたので書きたい欲に火がつきました。どこまで書けるかわかりませんがよろしくおねがいします。