GH:Cに限った話じゃないけれど、シャンフロってほぼ設定だけのキャラでも魅力的ですよね
――果たしてここ数年、この街の夜が静かなままに終わった日はあっただろうか。
ヴィランが悪事を働いたからヒーローが現れたのか、ヒーローが守ろうとする価値がある街だからこそヴィランがやってきたのか。今となっては分からないものの、この街の暗闇はいつだって騒動のタネになる。
中心部ではなにやら爆発があった。郊外でも強盗未遂、裏路地では小競り合いが二、三件。居場所も立場も関係なく、ごたごたはいつだって平等に降り注ぐ。
そしてそんな騒がしさと同じように、夜が明ければ誰にでも朝はやってくるのだ。
「お、じ、様ーー!!」
ノックと呼び声から数分後。扉を開けて一瞬、胴を狙って飛び出してきた少女の両腕は、標的がかわしたことで空を切った。そのまま奥に突っ込んだものの、器用にもすとんと着地した彼女をげんなり顔で見送ったのはこのボロ屋の家主だ。
朝から元気でおめでたいことだが、毎日失敗しても飛びかかってくる辺り学習機能は壊れているんだろう。今更になって聞こえてきた「
「おじ様! おじ様聞いて、今朝はひどい目にあったの。 あんの卑怯者……そうだ、私べたべたしてたりしないよね!?」
「……近頃の学校には国語って科目はねえのか? せめて重要なことだけ話せ」
「重要なこと……、べたべたしてない!?」
「……してねえよ」
……そもそも、べたべたしたまま飛びつくつもりだったのか。
いつにもまして騒がしい少女は、脳ミソを整理するように言われおとなしくキッチンに向かった。何やら物音が聞こえるので、どうやらいつもの渋い飲み物を作っているようだ。キッチンの棚から取り出したポットが明らかに少女のものであることについては……まともに考えたら、朝から活力をすべて奪われそうだ。
呼ばれても構わず悠々と過ごしたので机の上にはコーヒー位しか残っていないが、もう数分もすれば緑色の茶がここに追加されるのだろう。スプライトでも飲んでいそうなガキンチョの割に、相変わらず変わった趣味をしている、とよく動く後姿を見て思う。
「おいガキンチョ、近頃当たり前のような顔してここに来るが、引っ越しのお知らせなんて配った覚えはねえぞ。毎度どうやって俺の拠点を突き止めるんだ」
「一つ前の拠点が吹き飛んだのが……えーっといつだっけ? とにかく、おじ様みたいなヴィランが新しく拠点なんて構えたらすぐ分かるわよ! 裏通りの住人が一帯全部引っ越すんだから」
ヒーローの情報網は優秀よ、と言いながら火を止める少女。どうやら無事モーニングティーの準備を終えたらしい。自分の椅子と決めているらしい木箱に座り、くるくる回る茶葉を眺めるその姿は、どう見てもヴィランの拠点に乗り込んだヒーローのものではない。対面でしかめ面をしているヴィランの反応も、通常のものではないが。
未来から来たヒーローであるロックピッカーと、特級ヴィランのカースドプリズン。彼らの友好ともとれる関係について知る者はほとんど居らず、少数の関係者であってもいまいち理解できていない。少女が敬愛をぶつけ、呪鎧は邪険にあしらうものの、何だかんだ本格的な衝突は起こらない。その関係が生まれた理由を両者以外誰も知らないあたりも含めて、傍から見れば奇妙だろう。
そもそも、一度暴れれば甚大な被害をもたらすカースドプリズンと殴り合い以外の関わりを持つヒーローが現れたこと自体、異常事態ではある。
――とはいえ、ヒーローや一般人から見ればヴィランを近くで見張っているという考え方もできるし、少しでも暴れる頻度が下がれば儲けもの。ヴィランサイドの意見は色々な意味で封殺されるため、今日も彼女は「おじ様」に会いに来ている。
その辺りの事情もなんとなく察しているカースドプリズンだが、とりあえず放っておこうというのが今の方針だ。少なくとも敵ではないガキンチョに目くじらを立ててやるほど短気でもなし、もし目に余るようならその時考えればいい。……そうやって半ば放置していた結果があの棚の中身ではあるが。
「で? どんな愉快な目にあったんだ」
問われた少女はぱちぱちと目を瞬かせると、そうなの! と机をたたき立ち上がった。勢いで机上の液体が大きく揺れる。忘れていたのかという視線に構わず、ロックピッカーは演説を始めた。
いわく、彼女は今日も早朝からハイスクールとこの辺りを結ぶ巡回ルートを見回っていたらしい。顔なじみの店で雑談の拍子にもらったリンゴを齧りつつしばらく歩いていたところ、屋根の上に奇妙な影を見つけたのだという。
「工事のじいさんでしたってオチか?」
「茶化さないで! あれは間違いなく悪者よ、朝っぱらから顔を隠して人様の家に登る奴だし」
もっと言うと、あれは絶対にヴィランだったわ。妙な力を感じたから。
その後、素性を問いただそうと話しかけると、謎の影は隠れるように屋根の奥に消えてしまった。ロックピッカーはその時、昨夜起きた事件の中に犯人が捕まっていないものがあったことを思い出し、そのヴィランを関係者と疑ったのだという。
話を進めるにつれ、段々と声の調子が沈んでいく。
「見失ったらいけないと思って、つい考えなしに屋根に飛び乗ったんだけどね。向こうはそれを読んでたみたいで、黒いもやもやみたいな攻撃を当てられたの。ニュービーみたいなミス。笑えないわ」
その感触を思い出したのか、ロックピッカーは眉をひそめた。
「何というか、……ほんっとうに嫌な感覚だった。ぞわぞわするし、ひんやりするし。傷は無いのもまた不気味だし。それで警戒してるうちに逃げられちゃって……。おじ様ももし見かけたら気を付けてね、まだ気持ち悪い感じがするもの」
「はっ、この忌々しい鎧をぽっと出のヴィランが抜けるかよ」
「――でも、本当に!」
突然大声を出した少女に、鎧の中でいぶかしげな表情を浮かべるカースドプリズン。その反応に、自分が変な言動をしたことに気づいたロックピッカーは、すとんと木箱の上に座った。そのままぬるくなった緑茶を呷り、空になったマグをそっと机の上に戻す。つられて逸れた視線を上げて、彼女はもう一度口を開いた。
「……本当に、嫌な感覚だったのよ」
……まあ、実害はないけどね。べたべたもなかったみたいだし!
やけに明るい声を出して少女は立ち上がった。もう少しゆっくりしていたいが長話はしていられない。平日なので、ティーンならヒーローでも学校にいかなければならないのだ。
あわただしく片づけをし、玄関扉の方へ。
「じゃあねおじ様。また明日!」
「明日も来るのかよ。――ああ、それと」
不思議そうに振り向いた少女に、カースドプリズンはただ伝えた。
「もう一度言うが、そんな雑魚に俺の鎧は抜けねえよ。ガキンチョはおとなしく自分の心配でもしてろ」
その声が、まるで一片の疑いもない常識を語るような声音だったので。
「……ガキンチョじゃないわ! 私はヒーローなのよ、おじ様。ヒーローに心配なんていらないんだから!」
なんだか心が軽くなったロックピッカーは、子供のような軽口をたたいて学校へ向かった。
「次会ったらバラッバラにしてやるわ……」
一時間後、彼女の機嫌は地の底まで落ちていた。
物騒な言葉が聞こえたのか、男子生徒が慌てて進路を譲る。それにも気づかず、いつもは愛想のいい少女は仏頂面でハイスクールの廊下を進んでいった。
(運を悪くする効果でもついてたのかしらね……!)
朝の会話を終え、しばらく歩いたバス停から今日の不運は始まった。最後尾に並んでいた私を無視してバスが発車してしまったのだ。一応正体を隠しているから追いついてしがみ付く訳にもいかず、時間もないから隠れてここまで走る羽目になった。これが一つ目。
いくらヒーローでもバスの距離を走ればそこそこ疲れる。喉が乾いて、ドリンクでも買おうと売店のレジに並んだら誰もいなかった。しかもいくら呼んでも誰も来なくて、たまたま休憩に入った店員さんを捕まえていなかったら危うく遅刻するところだ。これが二つ目。
極めつけは三つ目! 曲がり角でぶつかった相手にコーヒーをかけられて! お気に入りのスカートが汚れて! しかもわたわたしてる私に目もくれず歩いていった! ぼんやりしてたこっちにも非はあるけど、ちょっとくらい気にしてくれたっていいじゃない……!
そんなことが起きるたび、朝攻撃を食らった左腕あたりにしびれた感覚があったことから、どうやらヴィランの仕業らしいと気づいたのがついさっき。つまりコーヒー男に罪はないのだ。ヒーローらしく笑って許して、その分のエネルギーは全部アイツへの対策に回そう。
軽く洗う時間しかなく、仕方なく体育で使おうと持ってきたジャージを履いている彼女は世の理不尽と朝のヴィランに怒っていた。若干振り回し気味にスカートを入れたレジ袋を揺らし、教室の方へ。
別のヒーローに協力を仰ぐのもいいかもしれない。もし私の気分を悪くすることが狙いなら大正解よ。お望み通りけちょんけちょんにしてやるわ。
何かしないと気が済まない彼女は、とりあえずロッカーから仕事道具をバックパックに移して教室のドアを開く。始業前、ほとんどの生徒が揃いざわざわした空気を感じながら自分の席に向かった。
窓際のこの席は日当たり良好で、夏はともかく寒い時期は過ごしやすくてお気に入りだ。荷物を横にかけ、椅子の下の教科書を机の上へ。早足で来たからか、遅れていた割には数分の余裕があるようだった。
「聞いてよアニー、今日は朝からひどい目にあったの」
ノートをめくりながら隣の友人にそうぼやいたが、目的のページにたどり着いてもおしゃべりな彼女からの返事が返ってこない。不思議に思って見ると、彼女はぼんやりと時計に目をやっていた。
「アニー、アニーってば」
何度呼んでもこちらを向かないことにしびれを切らし、肩をつついてもまだ無反応。両肩をつかんでゆらゆら揺らしてようやく、彼女は顔をこちらに向けた。
しかし。
「ねえ、どうしたの……?」
その目はどこかに向いたまま。私を透かして向こうを見ているような視線に背筋が冷たくなる。朝の痕がまたびりびりと疼いた。彼女はそのままあたりを見渡して、不思議そうな顔をして。
「……あ、ごっめん! 絶対さっきから話しかけてくれてたよね!」
夜更かししすぎたかな、ほんとごめんね、とこちらを見て話し始めた友人は普段通りだ。始まったおしゃべりに大丈夫よと返しつつ、そっと左腕を撫でた。
――もしかすると、想像よりまずいことになっているのかもしれない。
色々試してみた結果、どうやら私の行動は他の人から極端に気付かれにくくなっているようだった。少なくとも、授業中に立ち歩いても誰も反応しない位には。さっきの友達もこちらを向かなくなってしまったことに、つい寂しさを感じてしまい頭を振る。解決したらいくらでも時間はあるんだから。それまで歓談はお預けってだけよ。
とりあえず、よほどのことをしない限り怒られることもないということで、堂々とメモ帳を広げて作戦を練りはじめる。熱血教師のダニエルには悪いけど、次の授業はきちんと受けるから許してほしい。
とにもかくにも情報整理だ。今朝のヴィラン、アイツのせいで今の事態が起きていると考えて間違いないはず。数分間の出来事を繰り返し思い出しながらペンを走らせる。
屋根の上にいたこと。私が向こうを見つけた時にはもうこちらに気付いていたこと。妙な攻撃を放って、当たるととっても不快であること。
攻撃に当たると他人から気付かれにくくなる。学校に着く前は人にぶつかることもなく歩けていたことから効果は遅効性、もしくは段々強化されていくようだ。これ以上悪化したら……考えすぎるのもよくないか。今は分かっていることを書き出すのに集中しよう。
逆光で外見はよく見えなかった。ゆったりした服を着ていたのもあって詳しい体格も分からないけど、多分人型の男性。……何度思い返しても、顔はさっぱり思い出せない。
初めて会うヒーローやヴィランを
断言ができないのは、ほんの少し既視感があるから。気のせいで片付けてしまえるレベルだけれど、一応メモに書いておく。
まあ、顔覚えに自信があるとはいえ凝った変装を見抜く技量はないし、そもそも今までだって知らないヴィランと戦闘になったことは何度もある。
知らないっぽい、ということ自体が手がかりになるとは言えないけれど、逆に言えば特別やりにくい訳でもないはずだ。
途切れ途切れに動いていたペンは、休憩を知らせるベルと同時に机に置かれた。控えめに伸びをした少女の表情は晴れない。
「分かってはいたけど、情報が少なすぎる……」
思いつくことは全て書くつもりでいたのに、一コマ分の時間で覚えている情報を書ききってしまった。ガヤガヤと移動していくクラスメイトに混じって廊下へ出ようと立ち上がったものの、皆遠慮なくぶつかってくるので諦めて座る。落ち着くまでおとなしくここで待つしかなさそうね、とスナックを口に放り込んだ。
流石にこのままだとヒーロー活動そのものが成立しない。気配を消せるのは案外役に立ったりするかなとも思ったけど、扱えない力は重荷にしかならない、というやつだ。新人時代に散々言われた言葉、まさかこんな形でもう一度身にしみるとは思わなかったな。
「もう帰って支部に行こうかなあ」
これでは作戦の立てようがない。この地域一帯のヒーローを統括しているあそこならあのヴィランの影響を受けない人もいるだろうし、早めに協力を仰いだ方がよさそうだ。誰にも認識されない独り言をつぶやき、人気の少なくなった教室を出ようと立ち上がったその時。
窓の外、グラウンドの向こう側から爆発音が聞こえた。