百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

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 夜見ちゃん誕生日おめでとうございます!


誕生日「皐月夜見は夜を見上げた」

 十二月二十四日のクリスマスイブ、その日は皐月夜見の誕生日だ。

 結芽きっての要望で、ケーキ作りは彼女に一任され、百合は夜見の気を引くことが仕事になった。

 

 

 鎌倉の街を、巡回と言う名目で百合は夜見と共に歩く。

 制服の上にコートは羽織っているが、動きやすさを重視するために厚手のものではない。

 その所為もあってか、冬の空気が彼女たちの体を凍えさせる。

 鼻先は赤く手もかじかむ中、巡回任務を果たす。

 

 

 コートに手を突っ込んで暖まりたい所だが、そんな事していてはもしもに対応できない。

 刀使としての責任感が二人にその行動をさせていなかった。

 

 

「今日は一段と冷えますね。マフラーと手袋が欲しいです」

 

「…そうですね。コタツが恋しくなります」

 

「はぁ、コタツ…良いですよね。ぬくぬくしながら、みかんでも食べてゆっくりしたかったなぁ」

 

「任務ですから、我慢しましょう」

 

「はーい。夜見お姉ちゃん」

 

「っ!? …しょしいがら…やめでぐださい」

 

 

 未だに、お姉ちゃん呼びは慣れないのか、素の秋田弁が顔を出す。

 彼女の場合、こうなる事を分かってて言ってるからタチが悪い。

 結芽のような小悪魔の微笑みで、百合は夜見を見つめる。

 

 

「出てますよ? …本当に、夜見お姉ちゃんは可愛いなぁ」

 

「っ〜〜〜!? …やめでぐださい!」

 

 

 滅多に出ない素の表情を見せる夜見は、年相応の少女らしさがあり、百合はとても愛おしく感じる。

 彼女である結芽とは、違う意味で放っておけない…姉のような存在。

 巡回任務が終わるまでの数十分間、百合は『お姉ちゃん』の一言で夜見をからかい続けた。

 

 

 だが…最後の最後まで、夜見は満更でもなさそうな顔をしていた。

 嬉しいから感情をコントロール出来なくて、舞い上がった感情が仮面を取ってしまう。

 恥ずかしさと、嬉しさと、温かさで、その瞬間、夜見は満たされていた。

 

 -----------

 

 巡回任務の報告が終わったあと、すぐに結芽から連絡が来た。

 内容は簡単だ、準備が終わったから連れてきて欲しい、との事。

 執務室での通常勤務に戻ろうとする夜見の手を、百合は強引に握り走り出す。

 廊下を走るなど、いつもの彼女は許さないだろうが、今は違う。

 

 

 自分に厳しい彼女だが、仲間の為だったらどこまでも甘くなるのが、長所であり短所。

 今、百合は自分の長所を遺憾無く発揮しているのだ。

 道中、夜見の声が耳に入っていたが、毛頭止まる気などない。

 

 

 走り始めて数分で、誕生会のためのホールに着く。

 盛大な飾り付けがされており、二人が入ると同時にくす玉が落ちてくる。

 ヒラヒラと舞う紙の中から、紙の幕が降りてくる。

 そこには『誕生日おめでとう』の一言。

 

 

『夜見(さん・お姉ちゃん・おねーさん・先輩)誕生日おめでとうー!!』

 

 

 今日まで協力して、飾り付けの準備や料理の準備を手伝ってくれたみんなが、声を揃えて祝いの言葉を口にする。

 祝われた側の彼女は、開いた口が塞がらずただ呆然としている。

 …だが、少し時間が空いてようやく実感が湧いてきたのか、ポロリと涙が零れ落ちた。

 

 

 流れ始めたら、それは止まらなかった。

 拭っても拭っても、拭いきれないほどの涙が止めどなく溢れ出した。

 祝われたことはあっただろう、しっかりと愛を受けて育っただろう。

 

 

 でも、嬉しかった。

 ひたすらに、嬉しかった。

 生まれてきてくれてありがとう、そう言ってくれる人が居る事が嬉しかった。

 

 

「…何故、そこまで……」

 

「決まってるじゃん。夜見おねーさんは仲間で家族だもん! 祝うのは当然でしょ?」

 

 

 自分は真っ当な刀使ではない、でも、仲間は自分を認めてくれている。

 敵だった人も、御刀を向けあった人も、自分を刀使だと認めてくれている。

 結芽の言葉に誰もが頷いている事が、その証明だった。

 

 

 誕生会の中で、夜見は色々な事をした。

 カラオケで演歌を歌わされて、結芽が作ったケーキを食べて、みんなが持ち寄ったお菓子やご飯を食べて、プレゼントを貰って……

 兎に角、色々なことをした。

 

 

(…少し、疲れましたね)

 

 

 はしゃぎ過ぎた。

 何時ぶり分からない、盛大な誕生会だったから、羽目を外し過ぎたのだ。

 まだまだ続く誕生会の為に、夜見は少し休もうと外に出る。

 そして、その瞬間を百合は見逃さなかった。

 

 -----------

 

 すっかり暗くなった空を見上げる。

 夜空に煌めく星を、満たされた心を持って見つめた。

 

 

「着いてきたのですか?」

 

「ええ、気になって。…余計なお世話でしたか?」

 

「いつもそうですよ」

 

 

 手厳しい夜見の言葉に百合は苦笑しながら、そっと隣に立った。

 そして、寒さゆえに赤くなった手を握る。

 先程とは違う、包み込むような握り方で。

 

 

「プレゼント、どうでした? 色々悩んであれだったんですけど…」

 

「私では手を出せない茶葉だったので嬉しいですよ。…今度、淹れてご馳走します。お茶菓子もついでに」

 

「それは嬉しいですね…。楽しみにしてますっ!」

 

 

 煌めく星にも劣らない笑顔。

 夜だと言うことも相まって、彼女の笑顔は煌めいて見える。

 心から楽しみにしてることが、手に取るように分かった。

 

 

(ああ、私でも…ちゃんと誰かを笑顔にできるんですね)

 

 

 その事実が、じんわりと心にーー魂に染みていく。

 

 

「夜が、終わらなければいいのに。こんな温かい時間がずっと続けばいいのに……」

 

「けど、終わらなかったら、いつまで経ってもお茶が貰えませんね…」

 

 

 困ったように、百合が笑って。

 釣られて夜見もクスクスと笑った。

 

 

 終わらない夜はない。

 でも、終わらないで欲しい夜はある。

 

 

 少女はその日、終わらない夜を願って、迫り来る明日を拒んだ。

 だが、隣に居る少女は終わらない夜を拒んで、迫り来る明日を願った。

 

 

 今の幸福を望んだ。

 明日(未来)の幸福を望んだ。

 

 

 どこか似てなくて、それでもどこか似ている。

 姉妹じゃないようで、姉妹のよう。

 

 

 二人は、そんな奇妙な関係だ。

 

 

 クリスマスイブ、聖夜の前日に二人揃って夜を見上げた。

 同じ想いで、違う願いを持って……

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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結芽の誕生日は……

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