百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

16 / 76
 ネタバレ全開で行くぜ!
 ※ネタバレ注意です。



誕生日(後編)「百合と燕のハッピーエンディング」

 可愛らしい寝息を立てて、背中で寝る結芽を百合は自分の実家まで運んで行く。

 朝一の新幹線に乗る為に、早く起こした所為で結芽は寝不足気味だったらしく、新幹線の中でも百合に頭を預けて寝ていた。

 歳を重ねても、二人の関係は変わらない。

 

 

 姉妹のような二人の関係が無くなることは決してない。

 恋人同士になっても無くならなかったのだ、どうすれば無くなるのか見当もつかない。

 

 

「もぉ、ゲームして夜更かしするから…」

 

「……むにゃ…むにゃ。…えへへ…今日のご飯はイチゴ大福丼…えへへ〜……」

 

「イチゴ大福丼って何っ!?」

 

 

 寝息とは別に聞こえた意味不明な寝言。

 百合の想像力が乏しい訳では無いが、全く持って全容が浮かんでこない料理だ。

 その後も、結芽の寝言に驚き、笑いながら歩いて行く。

 呼べば、正子は車を回して来てくれただろうが、百合はそうするのが…少しだけ嫌だった。

 

 

 誰かに頼る事は悪い事だと思わないが、自分で出来ることは自分でしたいのだ。

 背中に当たる柔らかい感触に悶々としながら歩く事十数分、ようやく家の門が見えてきた。

 このまま入っても良いが、流石に結芽は怒るだろう。

 そう思った百合は結芽を起こして下ろす。

 

 

 完全には起きていないのか、眠たそうに目を擦る結芽の頭を彼女は優しく撫でた。

 頭が撫でられる心地良い感覚でまた寝そうになった結芽だが、何度か目にした百合の実家の門がしっかりと視界に入ると、シャキッとした目つきに変わった。

 

 

「もういい?」

 

「大丈夫…………だけど、帰る時も寝てたら撫でて」

 

「分かった」

 

 

 短いやり取りを終えると、百合がインターホンを押した。

 昨日の内に連絡は済ませている為、すぐに門が開いた。

 門を開いた先には、久しぶりに顔を合わせる正子の姿がある。

 相も変わらず、凛とした表情と、年齢の老けを感じさせない艶のある肌。

 綺麗な黒髪と夜空色の瞳は、着ている給仕服に大変似合っている。

 

 

「お帰りなさいませ百合お嬢様に燕様」

 

「お久しぶりです。…それに、ただいま。小林さん」

 

「お、お久しぶりです。小林さん」

 

「居間でお二人がお待ちです。お荷物は?」

 

「良いです。用事を済ませたら、すぐに戻らなくてはいけないので」

 

「…そうですか」

 

 

 少し寂しそうに正子は呟くと、二人を玄関まで通し去って行った。

 彼女にも仕事があるのだ、意味の無い事をやらせる訳にはいかない。

 玄関を上がると、百合は勝手知ったる家だからかパッパとスリッパを取り居間に向かうが、結芽はどこか緊張した様子で追うようにスリッパに履き替えた。

 

 

 居間に入ると、両親である漣音や礼が既にテーブルの奥に座っていた。

 テーブルに置いてある手紙と小さい箱がチラッと目に入るが、気にするより前に二人は挨拶をする。

 

 

「お久しぶりです。お父さん、お母さん」

 

「お久しぶりです。オジサン、オバサン」

 

「久しぶり、それに誕生日おめでとう、百合」

 

「久しぶりだな、それと誕生日おめでとう、百合」

 

 

 挨拶の次にされる言葉がおめでとう。

 昔なら有り得なかっただろうが、今は違う。

 しっかり二人と向き合った事を、百合は心の底から喜んだ。

 歳をとっても、二人があまり変わってないように見えるのはきっと、自分が勝手にそう見てるだけだろう。

 そう思い、少しうるっときながらも、話を始める。

 

 

「十八歳の誕生日になったら来てって言ってたよね? 何かあったの?」

 

「実はな…この二つをお前に渡そうと思ってたんだ。……聖に頼まれていてな。百合が十八歳の誕生日になったら渡してくれと」

 

「…お母さんが?」

 

「…師匠、そんな事言ってたんだ」

 

 

 聖に聞きたいが、母親である聖は死んでしまった。

 今、百合のーークロユリの中に居るのは師匠としての聖であり、一面として母親感を持つだけだ。

 

 

「手紙、見てもいい?」

 

「あなたの好きにしなさい。それは、もうあなたのなんだから」

 

 

 穏やかに微笑む漣音がそう言うと、百合はゆっくりと手紙の封を開けて、中身を取りだした。

 

 

私の可愛い百合へ

 十八歳になったと思いますが、どうですか? 

 立派な刀使になれましたか? 

 私の血を引くあなたは、きっと宗三左文字と篭手切江に選ばれたことでしょう。

 その力で、誰かを守れましたか? 

 その力で、誰かを救えましたか? 

 辛いことも、苦しい事も、乗り越えられる仲間には出会えましたか? 

 私には、守れなかった人が居ます。

 大切な人でした、刀使として守らなければならない人でした。

 でも、私は彼を傷つけてしまった、泣かせてしまった。

 出来ることなら、あなたはそんな事しないてください。

 もし傷つけて泣かせてしまったら、二度とその大切な人を泣かせないでください。

 あなたがその人を大切だと思うように、その人もあなたの事を大切に思っているから。

 …最後に、贈り物が有ります。

 隣にもし、大切な人がいるならその人と二人で使ってください

          家族を最高に愛する母より

 

 p.s.

 体には気を付けなさい。

          父より

 

 

 母である聖からの言葉には、伝えきれない程の愛情が詰まっていた。

 愛してる事が、心配している事が、言葉の端々から見て取れる。

 逆に、父である龍雅は一言で愛情を伝えた。

 たった一言なのに、聖と同じくらいの愛情が詰まっている。

 

 

 胸がいっぱいになって、百合は自然と涙が溢れた。

 嬉しくて、苦しくて、温かくて。

 しばらく、結芽の胸を借りて泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いて、泣き尽したあとの百合の顔は、とても良い顔だった。

 

 

「…開けるよ」

 

 

 小さな箱を開ける。

 入っていたのはイヤリング。

 白い百合と黒い百合を型どったものが、一つづつ入っていた。

 それを見た百合は、自然な手運びで黒い百合を型どったイヤリングを結芽に渡す。

 

 

「良いの? …これ、師匠からゆりに……」

 

「隣にもし大切な人が居たら、二人で使いなさいって書いてあったから。…結芽は私にとってとても大切な人だし」

 

「そっか……。じゃあ、貰おっかな」

 

 

 軽い感じで返しているが、結芽はだらしなく笑を零している。

 心底嬉しそうにしているのは確かだ。

 隠そうとしているのが堪らなく可愛いので、百合は何も言わず漣音と礼に向き直る。

 

 

「…用事は済んだし。今日は帰るね。……ゆっくり出来なくてごめんなさい」

 

「良いんだ。…あぁ、忘れる所だった。漣音、すまないが……」

 

「分かったわ。少し待っててちょうだい」

 

 

 漣音が居間を出て数分後。

 紙袋と一緒に赤色をベースに白い百合と燕が刺繍された振袖を持ってきた。

 すぐ帰ると言ったからか、漣音は振袖を広げることはせず畳まれたままの状態の物をテーブルに置く。

 

 

「曾祖母の代からの物だ。代々当主が成人式で着る事になってる。…聖もーーお前の母も着たものだ、プレゼント代わりに持って行きなさい」

 

「…こんな綺麗な振袖をありがとう、お父さんにお母さん。そろそろ、行くね」

 

「ええ、気を付けて」

 

 

 紙袋に入れられた振袖と、手紙にイヤリングを持って二人は夢神家を後にした。

 誕生日に、忘れられない思い出が一つ増えた。

 

 -----------

 

 正午を過ぎた辺りで、二人は鎌倉に戻って来た。

 夜の誕生日会になるまで暇だった事もあり、いつも通りお喋りしたりゲームをしていると、二人の部屋が突然開かれて金髪美女が乱入して来た。

 

 

「ハーイ! 二人共、お久しぶりデース!」

 

「…エレン先輩!? どうしたんですか、いきなり?」

 

「いきなり入って来ないでよ〜、エレンおねーさん!」

 

「スイマセン。ゆりりんに渡したい物がありまシテ。これデース!」

 

 

 金髪美女の正体は古波蔵エレン。

 以前から大人びていた容姿は、既に完成形に達しており、一際目立つ存在となっている。

 そんな彼女が渡してきたのは…パーティーへの招待状だ。

 恐らく、誕生日パーティーの会場にはこれがないと入れないのだろう。

 

 

「ゆりりんの分は最後に渡すと決めていたノデ。遅れて申し訳ないデース…」

 

「構いませんよ。…こうやって祝って貰えるだけで嬉しいですから」

 

「うーん! やっぱり、ゆりりんは良い子ですね〜!」

 

 

 強烈なハッグの所為で、百合は窒息死しそうになるが、結芽が引き剥がしたお陰で何とか一命を取り留めた。

 エレンも、結芽の不機嫌そうな顔を見て、苦笑いしその場からサッと消えて行く。

 昔と変わらず、台風みたいな人だな、と百合が思っていると……

 

 

「ゆ〜り〜?」

 

「ゆ…結芽!? ち、違う! 今のは完全に私の所為じゃ…」

 

「でも、嬉しそうだったよ?」

 

「そ、それは、その……」

 

「良いもん! それなら私だって、窒息させてやる〜!!」

 

 

 招待状に書かれた場所に間に合う時間まで、二人はじゃれつきあっていた。

 

 -----------

 

 パーティー会場に着くと、見慣れた面々が揃っていた。

 駆け寄って来た面々に挨拶を交わしながら、場の中心に立つ。

 

 

「…えっと…その、今日は私の為にこんなに盛大パーティーを開いてくださり、ありがとうございます。…皆さん、グラスは持ちましたか?」

 

『はーい!』

 

「じゃあ…乾杯!」

 

『乾杯!』

 

 

 みんなが自分の持ったグラスを上げて、乾杯と言う言葉を叫ぶ。

 そして、続くように祝いの言葉が飛び出した。

 

 

『(ゆり・ゆりりん・百合・百合先輩・百合ちゃん)誕生日おめでとーう!!』

 

「……本当に、ありがとうございます」

 

 

 涙脆くなってしまったのか、百合の瞳からまたしても涙が零れ出した。

 祝われているのが、とても嬉しくて温かいから。

 

 

 そこからは、楽しい時間が流れた。

 芸をしたり、カラオケしたり、一緒にケーキを食べたり。

 それ以外にも大勢の人からプレゼントを貰い、祝いの言葉を貰い、お陰か彼女の笑顔は一度も崩れなかった。

 

 

 知らぬ間に、プレゼントの山に薔薇の花束が置かれていた事に気付き、安心しきった笑みを零した所で、最後のプレゼントを渡す予定だった結芽が目の前に現れる。

 …右耳に、黒い百合を型どったイヤリングを付けて。

 

 

「似合ってるよ、結芽」

 

「あったり前じゃん! ……はい、これプレゼント」

 

 

 結芽が渡したのは模造刀。

 …ニッカリ青江の模造刀だ。

 少し驚いた百合だが、愛おしそうにそれを見つめてお礼の言葉を返した。

 

 

「…凄く嬉しいよ、結芽。やっぱり、私の事は何でもお見通しだね」

 

「私さ、ゆりに色々貰ってばっかだったから、ちゃんと返したかったんだ。…ニッカリ青江(それ)は私。もうしばらくは、刀使としての任務で離れる事も多いと思うから、だからそれを私だと思って。……きっとゆりを護ってくれる」

 

 

 遂に感情が抑えられなくなったのか、百合が結芽に抱き着いて唇を重ねた。

 周囲の目も、やれやれと言った呆れの反応が多い。

 百合自身は隠せていると思っているが、二人が付き合っていてラブラブなのは部下からでも一目瞭然だ。

 

 

 何度も何度も唇を重ねて、最後は周囲の目がある事をようやく自覚して真っ赤な表情で百合から離れていった。

 先程まで周囲の目など関係ないと言った感じでやり放題だったが、冷静になって考えると部下の目の前で何をしているんだと、百合は自分を殴りたくなる。

 

 

「もう良いの?」

 

「…………はい。大丈でしゅ」

 

 

 あまりの恥ずかしさから噛んでいるが、本人はそれに気付けていない。

 いや、気付いていないフリをしているのか、周りの人間が知る所ではないだろう。

 こうして、誕生品パーティーはお開きとなった。

 

 -----------

 

 その日の夜、二人は同じベットに入っていた。

 今日は最後まで一緒に居たい、と言う百合のお願いの結果だ。

 

 

「…ゆり? 楽しかった、今日?」

 

「楽しかったよ。今までで一番楽しかった!」

 

「そっかぁー。…二年後、これ以上に楽しくて嬉しい事が待ってるから、期待しといてね?」

 

「…二年後?」

 

「そっ。二年後」

 

 

 くつくつとイタズラっ子のような笑みを浮かべる結芽。

 この言葉の意味に、百合はその時が来る最後まで気付くことは無かった。

 成人式、貰った振袖を着た翌日に、純白に輝くウェディングドレスを着ることになるなんて……




 百合、誕生日おめでとう。
 これからもよろしく。
 それと、今まで頑張ってくれてありがとう!

 因みに、これが本作の時系列的の最終回です。(まだ本編やアフターは続きます。)


 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!

結芽の誕生日は……

  • X年後のイチャラブ
  • 過去のイチャラブ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。