これは、夢神百合が本当の刀使に目覚めるまでの物語。
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少女は勤勉だった。
学業は優秀、素行も悪くない、手のかからない優等生。
それが……夢神百合。
強いて欠点を上げるなら、社交性がないことぐらいのものだろう。
今日も今日とて、彼女は倉庫で剣を振るう。
学校から家に帰るといつもそうだ。
部屋にランドセルを置いて、小走りで倉庫へ。
途中、侍女達に会って声を掛けられるが生返事で返す。
百合にとって、会話に取られる一分一秒の時間が惜しい。
その一秒があれば一回は素振りができる。
その一分があれば一回は型の稽古ができる。
両親に認めてもらい、褒めてもらう為に無駄な時間は浪費しない。
故に、百合に友達は居らず、学校での会話は基本的に事務的だ。
齢十歳にも満たない少女とは思えないほど、百合の心は枯れていた。
つい最近完成させた新夢神流剣術、それを見せても両親が喜ぶことは無かった。
だから、今日も剣を振るう。
「はっ! ふぅ…。はっ! ふぅ…。はっ!」
愚直に、真剣に剣を振るう。
認めてもらえるその日は、遠い先にあると言うのに…。
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基礎の稽古を終えたあと、御刀を握り直して写シを張る。
宗三左文字はしっかりと応えてくれるが、篭手切江はあまり応えてくれない。
百合は篭手切江一振りでも写シを張れないことは無いが、宗三左文字一振りの時より安定感が有り力を上手く引き出せている気がした。
気がするだけなので、何とも言えないが…百合は偶に御刀に問いかける。
「…篭手切江。何で答えてくれないの? 宗三左文字だけじゃ、強くなれない。あなたの力が必要なの」
心と心を通わせるように、言葉を紡ぐが意味はない。
……もしかしたら、篭手切江は分かっていたのかもしれない。
彼女が自分を求める理由が、本当にただ力のためだけな事を。
数分後、百合は溜息を吐きながら写シを張り直して、迅移や八幡力のような、刀使の能力の練習に移る。
倉庫内は高い頻度で掃除されているのか、あまり汚くなっておらず物が散乱している様子もない。
実際倉庫と言っても相当の広さがあり、充分刀使の能力を使っても問題はない。
写シが張れなくなったタイミングで、少し休憩を挟む。
休憩の間も、時間は刻一刻と流れていくので、剣術指南書などを読みながら体を休める。
難関大学を受験する高校生もびっくりするほどの過密した時間使い。
学業の時間が減ったら、恐らく一日中稽古や鍛錬に励むだろう。
夢神百合と言う少女は、どこまでも『愛』を渇望していた。
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「お父さん。私、道場に行きたいです」
「…何故だ?」
「私はまだまだ未熟です。もっと強い刀使になる為には、自分一人だけでは限界が来ると判断しました」
「お前は、もう自分が刀使になったつもりか?」
「はい。現に、荒魂を祓ったこともあります」
淡々と会話をする百合と礼。
傍から見れば、とても親子には見えない。
良くて親戚レベル、悪ければ他人同士にも見える。
礼は百合の『自分は刀使だ』とも取れる言葉を聞いて、呆れたように呟いた。
「……許可する。近くに有名な道場がある。今週末から行くといい、手続きは済ませておく」
「…ありがとうございます」
家族に対してするには、あまりにも丁寧にお辞儀をして百合は居間を出る。
一瞬、嬉しそうに頬をが緩んでいたのは、気の所為だろうと決め付けて、礼は漣音を呼んだ。
「あなた。大丈夫なの?」
「百合を道場に行かせたことか?」
「そうよ。あの子が刀使になる事を嫌がったのは、私もあなたも同じじゃない」
「…私達はもう普通の親にはなれない。百合が望むなら、何不自由無くやらせてやりたい」
礼は愛おしそうな、寂しそうな、曖昧な顔で一枚の写真をみながら、そう呟いた。
その写真には、赤ん坊の百合を抱えた聖と龍雅が映っていた。
「本当に…不器用ですね」
「…放っておけ」
夜も更け、綺麗な月明かりが少し薄暗い居間に入る。
夢神家は歪だが、お互いを想っていた。
どこまでも不器用な家族が素直になれるのは…まだ先だ。
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週末、百合は一人で家の近くにある道場に顔を出した。
中に入ると、歳老けた老人が出迎えに来た。
「おぉ、君が夢神さんの所の」
「百合です。夢神百合」
「わしは
テスト……その言葉に百合は少し疑問を覚えた。
入るのに試験など必要ないと言っていたし、テストと態々言わなくても組手や模擬戦と言えばいい。
一瞬、三蔵の事を疑いかけた百合だが、これからお世話になる人にその態度は良くないと思い出し、首を縦に振った。
(強さの証明……。難しくない)
この時、百合は知らなかった。
ある一人の少女が既にここに訪れている事に。
「おじさーん! 遊びに来たよ~」
「来たか。丁度いいな」
鈴の音声が道場に響く。
誰が来たのか確かめるため、百合はゆっくりと振り返る。
…そこに居たのは、百合とそう歳の変わらない少女だった。
桜を連想させるような長い髪、海を彷彿とさせる蒼い瞳、整った顔立ちだからこそ、彼女の外見的特徴とも言える髪と瞳の魅力を増幅させている。
(綺麗…)
心こらそう思った。
今まで剣術以外に関心が無いと思っていた心は、案外そうでもなかったようだ。
「あ~! その子がおじさんが言ってた子?」
「そうじゃよ。百合ちゃんさえ良ければ、この子と手合わせしてくれんか?」
「…………」
三蔵の言葉が聞こえていないのか、百合はぼーっとし突然現れた少女を見つめる。
だが、少女はそんなの関係ないと言わんばかりに百合に飛びついた。
「ねぇ、試合してよ! あなたも強いんでしょ?」
「……いいよ」
少し肩を揺らした百合だったが、断る理由もなかったので了承の返事をした。
少女ーー燕結芽はニッカリと笑って、道場の中央へと進む。
「ニッカリ青江」
「宗三左文字」
腰に差していた御刀の一本、宗三左文字を抜いた百合と、ニッカリ青江を抜いた結芽。
ほぼ同時に写シを張った。
「二本目、使わないの?」
「……うん」
「そっ。まぁ、別にいいよ。勝つのは私だし!」
勝気な笑顔を作る結芽と対照的に無表情な百合。
両者は一歩も動かず睨み合う。
強くなるためにこの道場に来た百合は、ここの人間に負けるつもりは一切ない。
同じく、強くなるためにこの道場に来た結芽は、既にここの人間全員に勝っている。
負ける気などさらさらない。
道場のどこかで、ギシリと音がすると同時に結芽が仕掛けた。
多くの剣術を見たとはいえ、結芽の剣術は未だ我流に近い。
しかし、無駄な挙動は一切なく、予備動作は格段に短かった。
目を見開く百合だが、反応できない訳じゃない。
右薙の一撃を軽々と身を逸らして避け、体制を即座に建て直して攻撃の隙を突く。
右に薙いだ御刀を返すまでの僅かな時間、百合は確実な一撃を入れるため迅移で結芽の裏に回る。
迅移を使った事に周りの人間は驚くが、結芽は嬉しそうに笑うだけで慌てる様子はない。
愚直な振り下ろしが結芽を襲うが、薙いだ力を殺さずそのまま半回転して百合の御刀に当てて受け流す。
僅か数秒の内に起こった攻防、食らいついていけた者は何人居たのだろうか…。
その後も、二人は打ち合った。
お互いの全てをさらけ出すように、全力でぶつかり合う二人は手の付けようがなかった。
幼いにも関わらず、迅移を会得し高速で移動しながら切り結ぶ。
並の刀使では目で追うことすらままならない。
腕の立つ刀使でも、簡単な事ではないだろう。
しかし、彼女たちはまるでこんなの児戯だと言っているかのように、カンカンと道場のあちらこちらで打ち合う音がする。
三蔵以外の者は恐ろしすぎて休憩所に篭ってしまっていた。
…無理もない、これを見せられて怖くないと答える者はこの世に五人と居ないだろう。
だが、物事には終わりが訪れるもの。
百合と結芽の御刀は同時に二人を斬り裂いた。
ボクシングで言うクロスカウンターにも似た現象が起こり、勝敗は決した。
「おじさん! おじさん! どっちの勝ち?」
「テストの結果をお願いします」
「むむむ。わしの見立てじゃと……」
「見立てだと?」
態と言葉を貯める三蔵に、結芽が痺れを切らす数秒前。
ようやく勝敗の宣告がされた。
「勝者は居らん。引き分けじゃ。…いや、正確には両方勝者じゃな」
「ひ、引き分け!」
「…両方勝者?」
曖昧な結果に納得がいかない百合と、少し唸りながらも結果を受け止める結芽。
未来では起こりえない光景がそこにあった。
結局、百合の雰囲気に気不味さを感じた結芽が話し掛ける。
「ねぇねぇ名前は? 私は燕結芽」
「夢神百合」
「ゆりか~、さっきの試合凄かったね! 私引き分けになったの始めて」
「…………」
「ゆりって凄いんだね!」
埋まっていなかったパズルのピースが嵌るように、すっとその言葉が百合の心に吸い込まれた。
ほんのりと胸が温かくなり、目頭が熱くなる。
認められたいと思った、褒められたいと思った。
でも、それは両親からだ。
今さっき会った少女ーー結芽に褒められても、認められても何も思わない。
心のどこかで勝手にそう思っていた。
けれど、違った。
違ったのだ。
温かい、温かいナニカがじんわりと胸から体全体に広がっていく。
そして、段々と視界が歪み始める。
立ちくらみでも起こしたのかと思ったが、とんだ見当違いだ。
…一滴の涙が頬に垂れた。
「……えっ?」
「な、んで? なんで?」
結芽も驚いたが、百合はもっと驚いた。
しかし、一度壊れたダムが水をせき止められないように、涙はポロポロと流れ始めた。
今日、初めて、百合は誰かに認められた。
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家への帰り道。
百合と結芽は二人で並んで歩いていた。
「ゆり~? もっとお喋りしよ~よ」
「…どんな話をしたら良いか、分からないわ燕さん」
「じゃあじゃあ、私が話すからうんうんって頷いて!」
「それなら出来そう」
夕暮れ時、アスファルトで舗装された道路を歩きながら、オレンジ色の太陽の光を浴びる。
暑いが、音を上げる程のものではなく、暖かさが心地良いくらいだ。
結芽が楽しそうに話し、百合がうんうんと頷く。
そこで、百合には素直を疑問が生まれた。
(…燕さん。私と居て、楽しいのかな?)
「あの、燕さん?」
「どしたのゆり?」
「…私と居ても、退屈じゃない? 何で一緒に居るの?」
「だって、友達だもん。友達は一緒に居るものでしょ?」
呆気らかんと、それがさも当然のように言い放つ結芽。
百合はポカーンと口を開けて驚いたが、すぐに元に戻りまた質問する。
「でも、私あんまりお喋りできないし…」
「いいよ、私が話すもん」
「愛想もないし…」
「あいそ? が分からないけど、全然大丈夫!」
「それに……」
このまま百合に話させると無限にマイナスな言葉が出てくる気がした結芽は、彼女の口に人差し指を当てて言葉を止めた。
「…私、自分と同じくらいの友達が欲しかったんだ」
「自分と同じくらいの友達?」
「そう。私と同じくらい強い友達。……でも、中々居なくて。ようやく今日、会えたんだ」
「それが…私?」
「正解! …それに、理由はそれだけじゃないよ? 闘ってる時のゆりの剣、凄かった。強くなりたい! って思いが伝わって来たの。…この二つが理由。これだけじゃ、ダメかな?」
上目遣いな視線。
幼さのあるあどけない顔からは、信じられないほどの妖艶さが見て取れる。
初めての感情にオドオドとする百合だったが、聞き慣れた警報が鳴った。
『付近に荒魂が出現しました! 住民の皆さんは特別祭祀機動隊の指示に従って速やかに避難してください! 繰り返します! ーーーー』
「ゆり、荒魂が!?」
「こっちに…来てる」
逃げよう、そう直感的に判断した百合は結芽の手を取って走り出そうとしたが、曲がり角から小型の荒魂数匹が顔を出す。
何時もならしない舌打ちをして、百合は御刀を抜いて写シを張る。
一日に二回なら、百合は写シを張ることが出来る。
…だがーー
「燕さん。写シは?」
「私、一回しか張れない。もう少し時間が経たないと…」
先程のテストで、消耗してから写シを剥がされた所為だろう。
結芽が写シを張れない、そうなると……
「燕さん、下がって。私が何とかする」
「…ごめん」
百合は結芽を下がらせて、一人荒魂の下へと向かう。
流れるような動作で荒魂を斬り祓っていく。
順調に数は減り、残りの一体を斬り祓い終えると、百合は少し肩から力を抜いた。
余裕を持って戦えた、結芽とのテストーーもとい打ち合いは良い経験になったようだ。
ゆっくりと結芽の方へを振り返ろうとした瞬間、叫び声が百合の耳に届いた。
「ゆり! 後ろ!」
「えっ?」
「ギャァアアアア!!」
中型個体の熊にも似た荒魂が腕の鉤爪らしき部分で百合を引き裂いた。
写シは剥がされたが勢いは殺されず、外壁に背中から叩きつけられる。
背中から叩きつけられた所為で肺から空気が一気に抜け、声にならない悲鳴が漏れた。
痛みは恐怖だ。
そして、その痛みは幼い百合の戦意を喪失させるには充分すぎるもの。
結芽がこちらに駆け寄って来て、何かを言っているが恐怖で耳が正常に機能しない。
(…怖い。嫌だ! 痛いのは…嫌だ!)
「ゆり! しっかりして! 逃げないと」
呼び掛けは無意味と判断した結芽。
しかし、結芽一人では百合を運ぶ事はできない。
応戦するために御刀を取るが、その手は震えている。
無理もない、友人のあんな姿を見せられて恐れるなと言う方が無理だ。
震える御刀を荒魂に向けるが、荒魂は怯えた姿勢を見せやしない。
鉤爪を振り下ろすために、一度上げようとゆっくりと動作に入った。
逃げられないと、本能で分かっているのだろう。
(…怖い…怖いけど。このままじゃ燕さんまで…)
「燕さん…逃げて。今なら間に合う…から」
「何言ってんの! 逃げるなら一緒に!」
「私は動けない…。怖くて、足が動かないの。だから…」
「…………それでも嫌だ! 私は…ゆりを守る! だって、刀使だから!」
……刀使だから。
その言葉が、百合の心に響く。
同時に、頭の中に声が直接響いた。
(助けたいんでしょ? 守りたいんでしょ? なら戦いなさい)
(でも、今の私じゃ…)
(…誰よりも強くあれ、それ以上に誰よりも優しくあれ。夢神流剣術の教えの一つよ。知ってるわね?)
(……うん)
(なら良いわ、戦いなさい。きっと今のあなたなら応えてくれる、本当の意味で刀使になろうとしてるあなたならっ!)
次の瞬間、振り下ろされた鉤爪が結芽に当たる寸前、何かが鉤爪を受け止めた。
勿論…百合に決まっている。
宗三左文字と篭手切江、二つの御刀を交差させて受け止めたのだ。
今まで応えてくれなかった篭手切江が、ようやく応えてくれた。
(私が、誰かの為に戦う力を欲したから?)
…理由など、今はどうでもいい。
それより、先にするべき事がある。
「…私の友達に…気安く触れるなぁッ!」
怒りの声と共に八幡力で鉤爪を押し返し、体制が崩れた所で瞬時に迅移で接近し切り刻む。
持続的に迅移を使ってるのかと思わせるほど上手く迅移を繋ぎ、素早く荒魂を斬り裂いていく。
苦悶の叫びが木霊するが、百合は手を緩めない。
三十を超える傷が付いた所で荒魂は倒れ、荒魂はノロとなりスペクトラム化する。
「…終わっ…た?」
「やった! やったよ! ゆり!」
抱き着いてくる結芽のお陰で、ようやく自分が勝ったことを理解し始める。
疲れのあまりへなへなと倒れ込みそうになった所を、結芽が支えた。
「大丈夫?! どこか痛いとこある?」
「問題ない…よ」
「そっか、良かった…。……それよりさ、さっき私の事友達って言った?」
「そ、それは……」
気恥しそうに頬を赤らめる百合。
追い打ちをかけるように、結芽は問い詰める。
「ねぇねぇ~、そのまま結芽って呼んでよ~!」
「……名前呼びは…ちょっと」
「…あ~あ~、友達とお揃いにしたかったのにな~」
チラチラと様子を伺いつつ、結芽が毒づくように言う。
百合は恥ずかしさ故か、先程より赤く頬を染めて小さく呟いた。
「ゆ…結芽」
「えっ? なんて?」
「も、もう言って上げない!」
「ちょっ! ま、待ってよ、冗談だって~!」
百合は手早くノロの回収を近くまで来ていた綾小路の生徒に頼み、家への道を小走り気味に歩く。
結芽は笑いながら、百合の後を着いていく。
その日、少女は刀使になった。
誤字報告や感想は何時でもお待ちしております!
結芽の誕生日は……
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