大丈夫!
………多分ね!
御前試合の事件があった翌日、指令室にて。
「えーーっ!? ゆりが単独行動」
「結芽、声が大きいよ」
単独行動の件を親衛隊の面々に伝えに来たのだ。
本当なら、そろそろ東京都の某所に向かわなればいけないのだが、伝えるべきことだと思いこうやって朝の集合時に話した。
ここでは、昨日の事件で逃亡した可奈美や姫和の捜索が行われている。
基本的な指揮は真希や寿々花が行っていて、結芽や百合はおまけに等しい。
何せ、基本的に百合や結芽が任される仕事は荒事担当。
百合は書類整理や報告書の作成などは一通り出来るが、隊列の指揮などは滅多にとったことがない。
結芽は……言わずもがなだろう。
「……それは少し困るな……結芽のストッパーが居なくなると言う意味でも」
「真希さんの言う通りですわ、何かありまして?」
「百合さんが居なくなると、結芽さんのストッパーがなくなることもあり困るのですが……」
……四人が夜見を見つめる。
夜見は無表情で首を傾げて、今自分が何か不味いことをしたのか考えるが特に何も浮かばなかった。
(夜見先輩……)
(夜見……)
(夜見さん……)
(夜見おねーさん……せめて真希おねーさんみたいに小声で言ってよ!)
案外、結芽も気にしているのか物凄く顔に出ている。
百合は本当の理由を伝える為、三人に近寄り耳打ちした。
(結芽の寿命は残り僅かです。私は最後の悪あがきに行きます。どうかお気になさらないで下さい)
「まぁ、ちょくちょく報告には帰って来ますので、任務とあらば即座に向かってお役に立ちます」
「そういうことか、なら問題ないな」
「ええ、こちらのことは任せて下さい」
「お気を付けて」
「私が退屈しないように、早く帰ってきてよ~」
「はい! 夢神百合、行ってまいります」
こうして、百合は東京に向けて飛び立った。
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時は少しだけ遡り。
東京都内、某所にて……
「可奈美ちゃん!」
可奈美たちがお忍びで宿泊していた民泊に、ある一人の少女が入って来た。
だが、その部屋は既にもぬけの殻で中には誰も居ない。
探しに来た少女の名前は
若干一三歳とは思えない程、女性らしさが溢れる少女。
可奈美の親友であり、良きライバルでもある。
そんな彼女も、今は可奈美たちの追ってとも言える。
かくいう二人は、路地裏でなんとか舞衣から隠れていた。
しかし、姫和は少し不思議に感じた。
何故、こんなにも早く自分たちの居場所がバレたのか。
彼女の隣では、可奈美が体をモゾモゾさせていた。
「思った以上に早いな……。どうしてココが特定できたんだ?」
「……ゴメン、私の所為かも。昨日、公衆電話から友達に電話したから……」
「……ハァ。まぁ、どうせそんな事だろうと思った。可笑しな奴だと思っていたが、友人を気にするような普通の中学生らしいところもあったんだな」
姫和は少し苦笑いしながら、嫌味っぽく言い放つ。
それに対し可奈美は文句を言うことなく、普通に返した。
「これからどうしよう?」
「そうだな……。人の多い所は、かえって人に紛れて目立たないかも……」
その言葉から、数十分後。
「原宿駅」と大きく書かれた駅名標を見上げながら、可奈美が呟く。
「ここが原宿か~!」
「観光に来たわけじゃないぞっ!」
「だって、人の多い所なんてここしか知らないもん。それに、私たちくらいの子とか制服の子もいっぱい居るし見つかり難いんじゃない?」
「確かに人は多いが……」
流石にここまで人が多いと、もし追手が来ていても気付けない可能性が高い。
その事を言おうとしたが、可奈美は強引に姫和の手を握り駆けだした。
「そんな所で立ってたら逆に目立つよ。普通に楽しそうにしてた方が自然だよ!」
「おっ、おい」
二人の恰好は、御刀を隠す為のギターケースと制服や顔を隠す為のパーカーを制服の上に着ている。
簡単にバレることはないだろうが、可奈美はもう少し抑えるべきなのかもしれない。
その後は、姫和のチョコミントを可奈美がディスったり、ブラブラウィンドウショッピングをしながら時間を潰した。
けれど、途中で雨が降り始めたため二人は今夜の宿を探す為に動き出す。
「どこか泊まれるところを探そう」
「昨日みたいなところ?」
「他にもネットカフェのような――」
姫和が言葉を続けようとした瞬間、金属が擦れるような嫌な音が響いてくる。
「何か落としてない?」
可奈美のその問いに、姫和はパーカーのポケットを漁る。
その中からスペクトラム計*1を取り出した。
このスペクトラム計は、姫和の母である十条篝の物である。
そして、取り出したスペクトラム計は荒魂が近くに居るのか反応を示しているようだ。
「スペクトラム計が? …荒魂?」
「居るな……近い」
「反応は? 一つ?」
「まだ動きはないようだ」
可奈美はスペクトラム計で位置をあらかた確認し、その場所に向かおうと歩き出す。
だが、姫和は他の刀使達と会うことを避ける為か動こうとしない。
「あっちかな……。行こうよ?」
「いや、放っておこう。今はそんなことやってる場合じゃない」
「えっ!? だ、ダメだよ。すぐ退治しないと被害が出ちゃう!」
「管轄の刀使たちがもう捕捉しれるかもしれない。鉢合わせたら面倒だ」
「でも……」
可奈美は納得できないような顔で、食い下がろうとしない。
それもそうだろう、もしこのまま荒魂を放っておけば大惨事になりかねない。
彼女は刀使として、それを容認することなど出来ないのだ。
「彼女たちにはスペクトラムファインダー*2がある。発見にそう時間は掛からないだろう。そもそも、私たちだけでは荒魂は退治出来てもノロは回収できない。散らすだけだ」
「それでも被害が出るよりは良いよ。行こうよ姫和ちゃん」
彼女の言葉は至極正論で、姫和は可奈美を真っ直ぐ見ることが出来ていない。
彼女も彼女で、言葉を重ねて姫和を言い負かそうとする。
「捕まるのが嫌だからって荒魂を放置するなら、姫和ちゃんがやったこと自体も可笑しくなるよ!」
「お前――」
「行こう」
彼女たちは駆けだした。
自分たちの使命を全うするために。
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荒魂が現れて公園付近で、百合は待機していた。
(良しっ! 前と同じ時間に現れた、後少しであの二人も……)
荒魂*3は飛行するタイプで、普通の刀使なら苦戦を強いられることもあるだろうが、百合には関係ない。
一応、危険になったら何時でも飛び出せるように御刀に手を掛ける。
以外にも、その心配は杞憂に終わった。
「特別祭祀機動隊です。離れて下さい」
二人が現れたのだ。
百合もこのタイミングで飛び出していった。
「お二人ともこんばんわ。私は折神紫親衛隊第五席。夢神百合と申します。以後お見知りおきを」
「親衛隊第五席だと……」
「あっ!? あの時小さい女の子から助けてくれた」
「そうですそうです! 憶えていてもらって感激です」
そんな他愛の無いことを話しながら、百合は宗三左文字と篭手切江を抜刀し、写シを発動させる。
「ごめんなさい」
背後からくる荒魂の攻撃を二本の御刀で軽々しく受け止め。
お返しと言わんばかりに、右薙ぎに一閃。
荒魂は上下に真っ二つに割かれて地面に落ちる。
元々夢神流は、カウンター主体の流派であり荒魂を祓い清める為に作られたものだ。
その為、百合はいつも一度相手の攻撃を受けてから、反撃に転じる。
カウンター主体だからではない。
元々ノロは、珠鋼を精製する際に砂鉄から出る不純物として生まれた。
言い換えれば、人間の所為でノロひいては荒魂が生まれてきたのだ。
だからこそ、夢神家は荒魂の想いを受け止め、自分の想いを御刀を通じて返すことで荒魂を向き合って来た。
刀使の起源は巫女、祓い清めることが本当の役目である。
「……ええっと、どこまで話しましたっけ? ああ! そうだそうだ、これを言うために来たんだ」
「……一体、何が目的なんだ?」
「私はあなたたちの味方です!」
いきなりこんなことを言う百合に、姫和は目を細める。
可奈美は全く疑問に思うことなく、百合を信じた。
「そうなの! やったね姫和ちゃん、これで味方が――」
「もう少し疑う心を持て!」
「そうかな……? 私は全然善い子だと思うけど」
二人が会話をしている間に、百合はメールでノロの回収を要請する。
何とか落ち着いたようで、二人は百合に向き合った。
「ノロの回収は?」
「大丈夫です十分もしない間に、回収班が来ますよ」
「そう、それなら心配ないですね」
「舞衣ちゃん」
そこには美濃関学院の制服を着て、姫和たちに御刀を向ける舞衣の姿があった。
御刀を向けているのは姫和たちではなく姫和だけにだが。
「美濃関の追手か……!」
「まって姫和ちゃん! 舞衣ちゃんは私の親友で……。舞衣ちゃんどうしてココに?」
「スペクトラムファインダーに荒魂の反応があったから……。荒魂はもう退治してくれたみたいだけど。お陰で会えた」
「親友だと言うのなら、何故御刀を向けている」
「まぁ、妥当なことだと思いますよ。大方、羽島学長に衛藤先輩が柳瀬先輩と一緒に帰ってくれば、罪が軽くなるようにしてあげる、とでも言われたのでしょう」
「夢神さんの言う通り」
姫和は少し思案して、間を空けてから口を開いた。
「良い機会だ。可奈美、お前は帰れ」
「そんな、姫和ちゃん……」
「でも、もう一つ条件があるの。十条さん、あなたにも折神家に同行してもらいます」
「残念だが、それに協力は出来ない」
「協力しなくていいです。力づくでねじ伏せますから」
姫和は射の構、舞衣は正眼の構えを取る。
そして、迅移で加速し切り結ぼうとした瞬間。
二人の間に一人の影が割って入った……百合だ。
百合は、舞衣の刀を振り払い、姫和の刀を人差し指と中指の間を使って白刃取りする。
突然間に入られた二人は困惑しているが、百合は平然とした表情で写シを解いた。
驚いた二人はお互いに距離を取り、離れる。
「……夢神、なんのつもりだ?」
「夢神さん? なにがしたいの」
「いえ、ここで二人が争っても無駄だと思ったので止めました。……それより衛藤先輩、言うことがあるんじゃないんですか?」
「うん。舞衣ちゃん、ごめんね。私も姫和ちゃんもまだ捕まるわけにはいかないの」
「どうして……?」
上手く言葉が見つからないのか、舞衣はそんなことしか言えなかった。
「私見たの。御当主様が姫和ちゃんの技を受け止めた時、何もない空間から二本の御刀を取り出して、その時後ろに良く無いモノが」
「良く無いモノ……」
「やはり、お前には見えていたのか?」
「……」
可奈美は無言で頷く。
何もない空間から二本の御刀を取り出した。
その空間とは、隠世*4のことだろう。
彼女には見えていたのだ、あの瞬きする間もないほどの一瞬が。
「一瞬だったし、見間違いかと思ったけど。……やっぱりあれは、荒魂だった」
「荒魂?! そんなはず……。あの人は折神家の当主様で、大荒魂討伐の大英雄で……」
「違う……奴は、折神紫の姿をした大荒魂だ!」
優等生である舞衣にとって、受け入れがたい真実。
百合も最初はそうだった。
だけど、紫が大荒魂だとしたら恐ろしいくらいに全ての辻褄が合う。
「今は荒魂が支配してる、そういうことです」
「兎に角、私は姫和ちゃんを一人には出来ない。だから、お願い舞衣ちゃん!」
舞衣は俯きがちに、可奈美に問いかける。
「本気……なんだね?」
「……うん」
可奈美はそれに対し、力強い頷きで返す。
百合はこの光景を自分と結芽の関係を重ねて見た。
「分かった」
「舞衣ちゃん」
舞衣は写シを解き、御刀を納めて微笑んだ。
「分かってるよ、可奈美ちゃんがすることは何時も本気なんだってこと」
「…………」
「これ、忘れ物」
舞衣が可奈美に渡したのは、クッキー。
舞衣の手作りなのだろう。
百合はそれを見て、二人の関係を感じ取っていた。
(私と結芽に似てるな……二人の関係)
片方が支えて片方が頑張る。
そうではなくて、お互いがお互いを信頼して心配をしあっている姿。
何と尊いものなのか。
言葉では表せない、温かさが二人の間に流れていた。
「他の荷物は押収されちゃって、返してもらえなかったんだ」
「ありがとう……じゃあ、行くね」
「うん、またね」
可奈美と姫和も御刀をしまい、背を向ける。
舞衣は言い残したことがあるのか、姫和に声を掛けた。
「十条さん……可奈美ちゃんをよろしくお願いします」
「私は自分のすべきことを果たすだけだ」
そう言い残し、可奈美と姫和は去っていった。
残された百合と舞衣は向かい合う。
先に口を開いたのは百合だ。
「柳瀬先輩、私が二人に手を貸したのはどうか内密に……」
静かに頭を下げる百合を見て、舞衣は何か理由があるのを察して頷いた。
「それじゃあ、本部に戻りましょうか。一緒に行く? 百合ちゃん」
「ありがとうございます! 舞衣先輩」
百合に友達が増えた瞬間である。
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本部に着き、舞衣は手短に報告を終えた。
「――、報告は以上です」
「時間の無駄でしたわね」
「居場所を特定出来ただけでもお手柄よあなたは休みなさい」
舞衣の隣に百合は居ない、少し準備があると言って何処かに行ってしまったのだ。
「事件発生から三〇時間。現状、この件はまだ内部で留め報道は控えています。学生たちも調査しましたが、他に共謀者はなく。十条と衛藤、両名のみの犯行だと思われます」
真希も舞衣に続き、調査の結果を報告する中。
指令室のドアが勢いよく開かれた。
「もたもたするな親衛隊! 何を生ぬるいことを言っている!」
「! 鎌府学長」
入って来たのは鎌府の学長でもある
相模湾岸大災厄時、紫と共に戦った特務隊の一人。
荒々しい発言やヒステリックな言動が多々ある。
「報告にあった、追撃にあたった刀使は貴様か……。なぜすぐに応援を要請しなかった!」
威圧的な言い方に、舞衣も声がしぼんでしまう。
「ノロの回収が先だと判断しました……」
「ノロなど放置しろ! あろうことか協力して荒魂鎮圧など……。貴様、まさか逃亡を幇助したのではあるまいな!?」
雪那が舞衣を問い詰めていたその時、先程と同じく勢いよく扉が開いた。
「高津学長。流石に今の言葉は、刀使として聞き捨てなりませんね」
「夢神~! 貴様も付いていながら何故逃した!」
「捕まえろと紫様から任を言い渡されていませんので」
「減らず口ばかり!」
百合は雪那の扱いを心得ているので、努めて冷静に対処する。
「親衛隊! 御前試合での恥ずべき失態をもう忘れたか……。さっさと出撃して反逆者を討て!」
「百合の言葉を聞いておりませんでしたの?」
「百合以外の親衛隊は紫様の警護命令が出ているため……動けません」
「ちっ! まぁいい……あとは我々鎌府が処理する。両名の消失点周辺の防犯カメラを解析させろ」
苛立ちを隠し切れていないのか、爪を噛む雪那。
それでも、的確に指示を出していく。
「……紫様に御刀を向けるなど……。逆賊を育てた罪は重いぞ、両学長……!」
最後に鋭い言葉のナイフを投げて、雪那は指令室を後にする。
重たく響く扉の閉まる音がした後、平城の学長である
「雪那ちゃん。昔は先輩先輩言うて可愛かったのに。――いつからタメ口になったんやろぇ……」
その言葉は少し、物悲しそうだったように百合は感じていた。
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百合は報告が終わった後、今後の行動について真希や寿々花と話し合い。
寝る前の身支度を終え、自室に戻って睡眠を取ろうとした。
夜も遅い為、結芽はもう寝ているだろうと思い。
静かに部屋に入った。
だが、眠りが浅かったのか結芽は目を覚ましてしまったようだ。
「ゆり~、お帰り~」
「うん、ただいま」
「暇だったんだよ~、真希おねーさんたちも忙しくて相手してくれないし。紫様も遊んでくれないし」
「そっか、でも大丈夫。明後日の朝辺りまではここに居るから」
「本当? やった~!」
まだ半分夢の中なのだろう、いつもよりゆったりした声が部屋に響く。
百合は結芽の頭を優しく撫でて、同じベットに入る。
「今日は一緒に寝よっか?」
「そうする~……。もう少しだけそうしてて」
「はいはい……」
その後も、結芽が寝付くまで百合は優しく頭を撫で続けた。
あの二人を助けたのは、全部結芽の為。
舞草に、もしかしたら結芽を助けられる手掛かりがあるかもしれない。
三割が善意、紫の本当の姿を知って立ち向かっていったことを知っているから。
七割が私情、結芽を助ける為。
しかし、百合は自分の本当の心を知らない。
本当は善意と私情が半々だったことを。
次回もお楽しみに!
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結芽の誕生日は……
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