同居人でもある親友が居ないのを良い事に、結芽は秘蔵のイチゴ大福を食べて、大好きなイチゴ大福ネコのクッションに抱きかかえて過ごす。
時間が経つにつれて暇になってきたのか、部下を冷やかしに行ったり紫に遊んで貰おうともしたが生憎紫も暇ではなく断られてしまった。
だからこそ、
『暇すぎて死んじゃいそう~~。早く帰ってきてよ~ゆり~』
『アハハ……善処はするけど、多分どう頑張ってもそっちに戻れるのは明日のお昼頃だよ?』
『え~~!? もうちょっとどうにかならないの?』
『う~ん、流石に無理かな。紫様直々の任務なんだし、我慢して』
ぶーたれながらも、百合の説明に納得した結芽。
その後も少しだけ喋り、電話を切った。
だが、結芽は百合の嘘に気付いていたようで誰にも聞こえない程の小さな声で一人呟いた。
「…バカ」
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電話を終えた後、山の探索準備が終わるまでは御刀を振って時間を潰していた。
そんな百合の下に、真希が訪れる。
機動隊の方も準備が整ったからか、今から始まる任務に向けての熱意が感じられるほど顔が引き締まっていた。
「百合、今から山狩りの時間だ。夜見も配置に着いた。十分後には、捜索も終わりボクたちも出撃することになるだろう」
「了解です」
テントに戻り、小ぶりのショルダーバックにノロのアンプルを一本詰める。
前回では、
それではロスタイムがあり過ぎる為、危険を承知でこれを持って行かなければいけなかった。
後は、百合が鎌府が行っていた実験の話をすれば完璧。
この二つは、折神紫…ひいては刀剣類管理局の信用を遥に揺るがす問題になるだろう。
それ以上に、自分が舞草に信用される確率が格段に上がる。
フラグは立てていたが、どうなるかは全く分からない。
少女は一つでもいいから、最悪な運命を変える糸口が欲しいのだ。
「百合? それはあなたには要りませんでしょうに? どうしたんですの?」
「寿々花先輩。ああ、これですか? 念には念を、備えあれば患いなしとも言うじゃないですか」
「そうですが……」
寿々花は百合の事が心配なのか、仕方なくゆっくり振り返りながらこう言った。
「無理はし過ぎないように、私たちに頼ってくださいね百合さん」
「はい!」
元気よく返事をして、心配を掛けないようにする。
そのまま寿々花は部屋を出たので、自分も付いていこうと足を踏み出した……けど。
胸が苦しい、吐き気がこみ上げてくるような感覚。
彼女は心配してくれてるのに、自分は嘘で誤魔化している。
心の醜さが表れてくるようで、気持ちが悪い。
そしてその時、自分以外誰も居ない筈のテントの中から、嘲笑うような言葉が百合の脳に直接問いかけるように届いた。
『嘘を吐くのは楽しいでしょう?』
そんなことはないと、否定しようとして後ろに振り返る。
でも、そこには誰も居なくて言葉を発した人物は見当たらなかった。
それもその筈だ。
誰も言葉など発していない、言葉を発したのは……罪悪感と言う百合の心だったのだから。
本当の百合は友達の為なら、困ってる人の為だったらどんなことでも出来る優しく正義感のある少女。
今は結芽が対象になっているだけで、本当ならこの作戦だってしっかり遂行して役に立ちたいという思いが少なからずある。
そんな気持ちを押し殺してでも、為さなければいけない使命があった。
だから、あの言葉は少女の優しい心が生み出してしまった、罪悪感というバケモノだった。
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「夜見が出てから五分か……」
「真希先輩、私も捜索に行っても良いでしょうか?」
「二度手間になるかもしれない、ここは残った方が」
「いえ、先輩方だけに働いてもらっては後輩の面子が丸潰れです。ここはどうか……寛大な決断を」
こう言っておけば、この人は断ることは出来ない。
そんなの、ずっと一緒に居れば嫌でも分かる。
心をすり減らすような思いで言葉を吐き出す。
真希も観念したのか、捜索の許可が下りた。
「夜見の位置はこの辺りだ、ここには近づかないように頼む」
「分かりました。それでは、機動隊C班の皆さんは私に付いて来てください」
『はい!』
機動隊を引き連れて山の散策に行く百合を、真希と寿々花は見守る。
しかし、真希はそこで疑問に思った。
あのショルダーバックには何が入っているのか?
「寿々花? 少しいいかい?」
「どうしました真希さん」
「いやね、百合が持っていた小さなショルダーバックの中には何が入っているのか気になって」
「……そんなことですか、確か結芽のカルテが入っているとか」
「カルテ……まさか、この任務が終わってすぐにまた飛び回るつもりか。……言ってくれれば僕だって……」
信頼されていないような感じがした真希はどんよりとした雰囲気を纏い始める。
結芽や百合のことになるといつもこうだ。
流石に甘やかし過ぎだと叱ろうと思ったが、自分も人の事を言えないので寿々花静かにこう思った。
(百合……出来るなら早く戻ってきてくださいまし)
この想いが届くことはなかったのだが……。
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山の中に入って数分、自分の部隊の仲間を全員昏倒させて夜見の所に向かって行く。
百合の知る限りだと、あと数分の間に可奈美や姫和は見つかってしまうだろう。
急がなければいけない。
「ハァ…ハァ…、見つけましたよ夜見先輩」
「百合さん? どうしてこちらに?」
「いえ、少し野暮用でして時間を貰っても?」
「……少々お待ちを、あと少しで発見出来ますので」
夜見は親衛隊の中で恐らく一番弱い。
総合的なもので見れば、百合と結芽が一番強いし。
剛剣さでは真希が、業では寿々花だ。
なら何故、夜見が親衛隊にいるのか?
それは簡単だ、夜見には他人には到底真似できないオンリーワンに近い能力があるからなのだ。
それが、
現に今も、袖を膜った色白な左腕を御刀で浅く切りそこから小型の荒魂を出している。
心の中で謝りながら、納刀していた御刀を抜き迅移を使って夜見の背後を取った。
「っ!? 百合さん!?」
「ごめんなさい」
無表情ながらも、僅かに顔を歪ませている。
そんな夜見を、百合は御刀の柄頭で殴り気絶させた。
周りに居る小型の荒魂も、主の指示がいきなり無くなったことからどう動けばいいか分からないのか止まってしまっている。
それを良い事に、百合は周りに居る荒魂祓いつつ先に進む。
この荒魂が続く先に、可奈美たちが居ることを信じて。
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「ねぇ姫和ちゃん?」
「何だ、今考え事を…」
「何か聞こえてこない? エレンちゃんや薫ちゃんも」
「そうデスネ~、ひよよんやかなみんとそう変わらないぐらいの子でショウカ?」
「さあな、これ以上面倒ごとや仕事が増えるのはうんざりだ。帰ったら有休申請してやる……」
「ねね~」
愚痴る薫に呼応するようにペットであるねねも鳴く。
鳴き声が「ね」なのはご愛敬。
「敵か……!?」
「残念味方でした? どうもお久しぶりですね、衛藤先輩に十条先輩。ああ、もう古波蔵先輩や
頬が紅潮してるのは、恐らくここに来るまでノンストップで走り続けてきたからだろう。
肩で息をしながらも、長船女学園*1出身で初対面の二人に対し挨拶をする。
「折神紫親衛隊第五席・夢神百合。どうぞお見知りおきを」
「折神紫親衛隊……敵……って訳じゃないか」
「どうにもそんな感じがしマス。ひよよんにかなみん、そこらへんはどうなんデスカ?」
「味方だよ! 久しぶりだね百合ちゃん!」
「信用は出来んがな。ひとまず安心していい」
一応は信頼されてるようで、何とか誤解はされずに済んだ。
ここからは交渉術が必要になってくる。
自分がどれほど彼女たちにとってプラスになるかメリットを与えられるか?
それを証明するか納得させられれば、話は簡単だ。
「私も舞草の仲間に入れてくれませんか?」
「舞草のことは知っているようデスネ。どうします薫?」
「……別に良いんじゃねぇか? まぁ、俺らの一存でどうこうできる問題じゃないが」
流石にまだ怪しまれている、ここは何か手を打とう。
元々証明はするつもりだったので、何をすればいいのかも決めている。
百合は徐に取り出した端末を、地面に向かって叩きつけた。
液晶の面が地面に当たるように投げたので、保護フィルムも意味を為さない。
何気に八幡力も使っている辺りのガチさ加減が出ていた。
「これでどうですか? これでダメなら……これもあります」
「それは? アンプル?」
「はい。この中にはノロが入っています。言わばこれは、折神紫が人体実験に加担していた証拠の一つです。私を仲間に入れて貰えるなら喜んでこれを差し上げますし、情報の提供だって惜しみません。……そちらが私の出す条件を飲んで頂ければ」
「条件……どんなのだ?」
「古波蔵先輩、あなたの御爺様は優秀な科学者でしたよね? S装備の開発にも携わったとか、でしたら外国の有名なお医者様や最先端医療にそれなりの知識はあるんじゃないんですか? それを教えて欲しいのです」
「それで良いんデスカ?」
「はい」
数分の間が空き、エレンがスマホで電話をかけ始めた。
「タクシー一丁、お願いシマース!」
「タクシー?」
姫和は何のことだか分かっていない様子で首を傾げている。
百合はホッと胸を撫で下ろし、息を吐いた。
どうやら、なんとかなったらしい。
若干シコリのようなものがあるが、信用されることが出来ればそれも改善される筈だ。
そう信じて、少女たちはタクシーを待つことになった。
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「遅いな……夜見が出てからもう二〇分。連絡が一向に来ないし、百合からも連絡が来てない」
「可笑しいですわね。あの二人はまめですから、見つからなかったら見つからなかったで、何かしら連絡を入れる筈ですわ」
こうしてる内にも、逃亡者はどんどん逃げ去ってしまう可能性がある。
真希と寿々花の二人は自分の部隊を引き連れて捜索を行った。
十分もしない内に、百合が連れて行ったはずの部隊に真希の部隊が遭遇。
それとほぼ同時刻に、夜見の方を探しに行った寿々花の部隊が、気絶している夜見を発見した。
気絶していた者達に聞いて回る、「誰にやられた?」と。
この問いに帰って来た答えは皆同じだった。
『百合がやった』と……。
このことを至急本部に報告。
指令室に騒めいた。
百合の謀反。
その言葉だけで、多くの者が動揺した。
あの雪那でさえも……。
基本的に親衛隊を毛嫌いしている雪那も、親衛隊までもが謀反を起こすなど考えもしないかった。
ざわめきが未だ収まらない指令室に、紫が結芽を連れてやって来た。
「どういう状況だ?」
「なになに~何かあったの?」
「そ、それが……」
解析官たちが言い淀む中、雪那が口を開いて報告した。
「夢神百合が謀反し、敵に寝返りました」
「……そうか、親衛隊の残りを引き上げさせろ追っても無駄になるだろう」
「………う……そ……?!」
その報告は、結芽の心に大きなヒビを入れることになったことを百合はまだ知らない。
後に、このことが原因で紗耶香や舞衣にとばっちりがいくのは、また別の話である。
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潜水艦の中でフリードマンにあって百合がしたこと、それは土下座だ。
誠意を見せる為の常套手段。
「お願いします。友達を助けるために、あなたの力を貸してください」
エレンに頼みはしたが、「条件を呑むかはグランパ次第デス」と言ったので百合はこうしている。
結芽の為だったら、彼女は威厳や尊厳、矜持など投げ捨てる。
それ程までに、彼女の未来を想っているのだ。
「まぁ、落ち着きたまえ。カルテを見せて欲しい、医者ではないがある程度の知識はあるからね」
「分かりました! ……これです」
そんな二人の光景を同じ部屋に居ながら、四人は引き気味な様子で見つめていた。
こんな状況を見て、引かない人を探さない方が難しい。
「……フム、これは日本の医師が匙を投げるのも分かる。不治の病の言葉通り、治すのは不可能に近い」
「そ、そんな……お願いします! 私、何だってします。ですから……」
「勘違いしたらいかんよ、不可能に近いだけだ。治せる可能性はあるよ」
「ほ、本当ですか!」
先程までハイライトが消えかけていた瞳に、光が戻っていく。
希望に満ちた眼差しが、フリードマンに向けられていく。
……四人も、なんとなく話の内容が見えてきたらしい。
「ただし、確率は一〇〇%じゃない。下手をすれば、一%もないかもしれない……それでも良いかい?」
「構いません! あの子が助かる可能性に全て懸けます!」
「一向に話が見えてこないぞ?」
「姫和ちゃんも? 私もあんまり……」
「私は何となく分かりマース。こういうのはブリーフィングが大事デース」
「どうせ、後で話してくれるだろう?」
「ねね~、ね」
後ろの話声は無視して、フリードマンとの話を続けていく百合。
「
「そんな物が……それでその条件は何なんですか?」
「残念ながら、まだ分かっていないんだ。研究中の試作品に近い、千人近くが実験に協力してくれたが適合したのはたったの一人。しかも、適合しなかったものは、逆に病気の進行を悪化させるという最悪のデメリットが発見された。……実験の協力者は主に死刑より早く病気で死を待つ囚人や、結芽と言う子と同じく不治の病で死を待つだけの特殊な者達ばかりだったが、皮肉にもこのデメリットの所為で死んでしまった者もいる」
「……それでも、治る可能性はあるんですよね?」
「一応はね。あまりお勧めは出来ないが……」
迷う。
もし、もしもこの薬に結芽が適合しなかったら……。
待っているのは、前回より苦しい死だ。
けれど、もし結芽が薬に適合したら……。
結芽は病を忘れ、自由に生きていくことが出来る。
刀使の使命はあるが、それでも人並みの幸せをちゃんとあげられる。
だったら、彼女が選ぶ選択肢は一つしかない。
「その薬を下さい」
「分かった、すぐに手配してもらうようにあちらに連絡しよう」
その日、運命は道を変えた。
誰も進んだ事がない未来。
終点不明の電車に、少女たちは乗り込んでいく。
その先で何が起こるかも分からないままに。
それを選んだ理由はたった一つ、人として運命に抗う為だ。
次回もお楽しみに!
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結芽の誕生日は……
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X年後のイチャラブ
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