※六月二日に設定不備のため、付け加えました。
対峙してから、既に三分以上の時が流れていた。
お互いに一歩も動かない膠着状態。
剣術の特徴的に見れば、有利なのはユメだ。
天然理心流は実戦向きであり、勝つために手段を問わないことがある。
それに対して、夢神流も新夢神流も元は対荒魂用に作られた流派。
カウンター主体であり、先に攻撃するのは愚の骨頂。
二人の間にはピリピリとした肌にくる雰囲気が流れている。
どちらが先に動いたのか……
「ふっ!」
「はぁっ!」
百合の読みは当たった。
時間が経てば経つほど、ユメが焦ると踏んだのだ。
ユメは迅移による加速で踏み込み、腰を屈めてから膝部分を狙って右薙ぎに攻撃。
百合は右手に持っていた宗三左文字を逆手に持ち替えて、地面に刺すことで受け止め、地面に刺したことで軸が出来た宗三左文字を利用し、柄頭の上で逆立ちするかのように体を捻りユメの裏を取る。
裏取りが成功したかのように見えたものの、ユメは尽かさず迅移で距離を取ってしまう。
今度は、百合が迅移で突貫。
変則的に持ち手を変えながらの連続攻撃を繰り出す。
その攻撃をユメは受け流すか躱すか……その選択肢しか無い筈。
だが、そんなことはせず何度か攻撃を受け流した所で、攻撃の僅かな隙を突いて鍔迫り合いに持ち込んだ。
「ねぇねぇねぇ! どうして私の傍に居てくれなかったの? 約束を破るの? ゆりも
「結芽……」
明らかに様子が可笑しい、明らかに不自然な笑い方をしている。
まるで壊れた
狂人のような言動が、その仕草が百合の心を締め付ける。
でも、負けるわけにはいかない。
ようやく見つかった、結芽が生きることの出来る未来を諦めたくないから。
鍔迫り合いを一度中断し間合いを開けたと思ったら、数秒も経たない内にユメが消えた。
(どこに……?)
前回と同じく、反射的に直感だよりの防御。
いつの間に後ろに一歩引いていた。
一瞬自分でも意味が分からない行動だったが、すぐに理解することが出来た。
前髪が数本、宙に舞った。
「これで何が起こったのか?」、そんなのを理解できない程百合はバカじゃない。
「有り得ない……持続的に迅移を使ってる。しかも……三段階で」
三段階迅移は使える者は一握りの刀使のみ。
百合や結芽、可奈美たちのような若き者達が使えると言っても片手で数へられる程のものだ。
……無念無想、その言葉が脳裏に浮かぶが心がそれを否定した。
あれは、持続的に迅移を使える代わりに思考が単純になると言ったデメリットがある。
けれど、この攻撃は変則的なものだった。
先程の百合の変則攻撃とは違う。
三次元的、立体的な動きに持続的な三段階迅移の早さが加わって、読み辛い動きになっている。
単純な思考では出来ない、複雑な動き。
迅移の速度を計算し、攻撃の場所を決めて、どう御刀を振るか思案する。
この三工程を、持続的な三段階迅移の中でやっているのだ。
無念無想の完全上位互換。
今のユメにしか出来ないであろう暴走状態。
……外的な要因では抑える事が敵わず、結芽が自力で中から打ち破るしかない。
声を掛けようにも、隙が無い。
末来視とも言えるほどの直感で、全ての攻撃を受け流すか避ける。
だが、その行為も長くは続かない。
薄く碧に光る右目に気付かないまま、脳への痛みで不覚を取ってしまう。
股下から切り上げてくる攻撃、直感だよりの百合は振り下ろす攻撃をクロスに受け止めようとしたため、御刀が後方に吹き飛ばされ写シが取れてしまう。
「私の勝ち~! じゃあね~ユリ――」
心臓に御刀が突き刺さろうとしたその時、不意に百合がユメを抱きしめた。
生身で来ると思わなかったのか、ユメは御刀をズラシて抱き着くのを赦してしまった。
「……ごめんねユメ。助けられなくて」
「何を言って…」
「苦しい思いをさせてごめん。辛う思いをさせてごめん。悲しい思いをさせてごめん。一人にしてごめん……約束破ってごめん」
謝った。
罪悪感を吐き出すかのように、ユメに対して謝った。
心からの言葉で。
「苦しかったよね? 辛かったよね? 悲しかったよね? 寂しかったよね? ……怖かったよね?」
百合が居なくなったあの日、苦しかった、辛かった、悲しかった、寂しかった……それ以上に怖かった。
もしかしたら、また一人になるんじゃないかと思って。
もしかしたら、もう二度と会えないんじゃないかと思って。
もう少ししかない自分の命が、燃え尽きるのが怖くなった。
少し前までは、最後まで戦い続けて自分が凄い存在なんだとみんなに刻み込みたかった。
それまで、少女の心を支えていたのは他でもない
覚悟があって、自分なりの誓いがあった。
だけど、その全てはずっと隣に居る百合の存在があったからこそ。
それが欠けた瞬間、少女は前も後ろも、左も右も、上も下も見えなくなってしまった。
少女が変わった理由。
結芽がノロを受け入れて、ユメを作り出した訳は……百合だった。
なら、ユメを救い結芽を助けられるのも百合だけ。
「私は……私…は」
言葉が詰まるユメ、百合はユメの前髪をそっとどかし額に口づけをした。
姉が妹にやるような、優しさと愛のある行為。
温かい感情の正体が分からぬままに、百合はそれをした。
そのお陰か、ユメは救われて結芽が現れる。
「私の…中に引っ込んでろ‼‼」
緋色輝いていた瞳が、元の碧く澄んだ瞳に戻る。
そして、――
「……結芽だよね」
「私以外有り得ないでしょ? ゆりってば可っ笑しい~」
笑う結芽につられて、百合も笑った。
それから少しだけ笑い合い、間を開けてから百合が空気を変えた。
「…結芽の病気を治せるかもしれないって言ったらどうする?」
「今の私にそれ聞く~!」
「…だよね」
百合は太ももに取り付けていたポーチから、二本の注射器を取り出した。
その一つを結芽に渡し、もう一つは結芽の首筋に注射するために構える。
「……この薬はね――」
百合が薬の説明をしようとした瞬間、結芽が口を手で塞ぐ。
「なんとなく分かってる。私の病気を治す薬は危ない薬でもあるって……それでも私はゆりと一緒に生きたいの」
「分かった」
数秒の内に薬の注入は終わった。
だが、結芽が苦しそうにもがきだし。
必死に百合にしがみついてきた。
百合も、結芽を受け止めて抱きしめる。
五分が経過しただろうか、結芽が百合から離れると同時に立ち上がり胸を押さえる。
いつも感じる違和感は完全に無くなっていた。
息苦しさはなく、すがすがしい気分。
初めて飛ぶことを覚えた雛鳥のように、心に嬉しさが満ちていく。
結芽を苦しめていた病魔は、その体から完璧に居なくなっていた。
「ゆり! やった! やったよ!」
「うん! やったんだね!」
二人はしばらくの間、喜びを噛みしめた。
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百合に篭手切江を渡し、結芽からニッカリ青江を預かる。
本来、御刀は選ばれ認められた者でなくては十全にその力を発揮することが出来ない。
だが、この二つの御刀に関しては違った。
奇跡にもにた偶然、いや必然なのか?
それすらも分からないが、二人は違う方向に歩き出した。
「私はこっちで大荒魂と」
「私はあっちで雑魚荒魂と」
少し進んでから結芽が振り返り、それと同じタイミングで百合も振り返る。
「約束! 絶対に生きて戻ってくること!」
「約束! 絶対に無理はしないこと!」
前者が結芽で、後者は百合。
百合は大荒魂に向かい、結芽は百合の邪魔をさせないように祭殿に向かおうとする荒魂を斬り祓う。
お互いのことを信じる心が極限まで高まっている二人は、それ以上は言葉を交わさず背を向けて走り出した。
二人で未来を作るために。
次回もお楽しみに!
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結芽の誕生日は……
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