祭殿に向かう中、自分の良く知った荒魂の気配を感じた百合は即座に方向転換し気配を感じた場所に向かった。
そこに居たのは、左目が半ば荒魂と化している夜見と雪那に、沙耶香と舞衣だった。
それを見た百合は、寂しそうな表情で夜見と向き合う形を取る。
「舞衣先輩に沙耶香ちゃん、遅れてごめんなさい……ここは任せて先に」
「うん、分かったよ。沙耶香ちゃん」
「ん。先に行ってるから」
沙耶香の行動から見て、雪那との決別は済ませたと視ていいのだろう。
だが、雪那はそれを許さないし、許せない。
「待ちなさい沙耶香! どこに行くつもりなの! ……早く追え! このグズが!」
「……その命令は承知しかねます。まずは目の前に居る彼女をどうにかしないといけません」
夜見の言葉を聞き、更に苛立つ雪那。
それに対し夜見と百合は冷静に向き合い、無言でお互いを見つめていた。
先に口を開いたのは夜見
「…失礼とは思いますが、私は百合さんのことを私と同類の人だと思っていました」
夜見は努力した、百合も努力した。
夜見は力を付けることは出来ず、百合は力を付けることが出来た。
だからこそ夜見は認められず、けれど百合も認められず。
後に、手を差し伸べられた。
夜見は雪那に、百合は結芽に。
何が違ったのか?
分かるようで分からない。
まるで、実態のないホログラムのように、掴めそうで掴めないもどかしさがある。
「でも、何かが違って。私たちはお互いに御刀を向けている」
「そうですね。私も最初は似てると思ってました」
親衛隊に入った頃の百合は、表情や態度が少し硬かった。
優しかったが、その時までに接していた人が彼女を歪めていたのだ。
その硬さを見て、夜見は同類を見つけたような感覚を感じて、百合も夜見の感情の伺えない表情や態度から同類の気配を感じた。
「私にとって先輩のみなさんは……先生のようでした。ですけど――夜見先輩だけはお姉ちゃんみたいだなって思ってたんです。私の方こそ迷惑ですよね?」
結芽にとって百合は姉のようでもあった。
百合にとって夜見は姉のようでもあった。
似ていて違う、二人の違いを決定的に分けたのはきっと――
「私たちが似ていて違う理由は――手を差し伸べてくれた人の違いじゃないですかね?」
「そう…ですね」
間が開く。
これ以上は時間の問題があるため、百合は抜いていた御刀を一度納刀し、居合の体制を取る。
何度か、舞衣が使っていた居合。
それを見てきた百合なら、舞衣以上の速さと上手さで居合を使える。
腰を少し落とし、体制を屈める。
一本で出せる全力を、一太刀に。
夜見はこの攻撃に、
どんなに汚れても輝くものではない、でもどんなに汚れても消えない
「見事…です」
雪那は当の昔に消えていて、そこに居るのは二人だけ。
百合は何も言わずに夜見をおぶり、もう一度祭殿を目指し始めた。
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祭殿までは目と鼻の先。
そんな場所で、舞衣と真希たちが戦っていた。
そこに現れたのは夜見をおぶって来た百合。
真希と寿々花は何も言わず御刀を納め、他の面々も同様に御刀を納めた。
「夜見……」
「百合さん、あなたは」
「…真実を話します。手短にですが」
話すのは大雑把に、これまでのこと。
紫が二十年前に倒された大荒魂・タギツヒメだと言うこと。
二人は理解できない訳ではなく、信じられないと言った表情だった。
「そんな筈! …いや、有り得ないことじゃないか」
「そう、ですわね」
「……ごめんなさい、いきなり現れてこんな話をして。でも――」
「言わなくても分かってる。…百合がここに来たと言うことは、結芽の方はどうにかなったんだね?」
コクリを頷き、真希の言葉を肯定する。
真希は安堵したのか、顔を引き締めた。
「……寿々花、結芽の回収した後に大荒魂討伐に向かう」
「分かりました、その案に異論はありません」
「解決したみたいデスネ!」
「だな、俺たちも可奈美たちの所に早く向かうぞ」
「はい、そうしましょう。沙耶香ちゃんと百合ちゃん、戦闘に立って露払いをしながら進んで」
「うん、分かった」
「了解しました」
また分かれる、別れるわけではなく。
全てが終わった後に、笑顔で会えることを信じて。
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紫と戦う可奈美と姫和に最初の合流できたのは、百合だけだった。
道中で出て来た荒魂の処理に時間と人員を割かれてしまったのだ。
「我が目は全てを見通す。お前たちの身体能力、秘めた力、思考。あらゆる可能性から、最良の一手を選択する。…先程の問いに答えよう我はタギツヒメ」
百合は遠目で相手を観察していた。
少しだけ、相手を見る時間が欲しい。
それさえ出来れば――
だが、そう時間は稼がせてくれない。
「本当に見えているのか?」
「そうとしか思えない」
(そうか! あの時私の一つの太刀を受けられたのは…)
「そう、全て見えていた。殺す気ならば容易に出来た、だがあえて解き放った。結果お前が全ての糸をたぐり寄せ、舞草は壊滅に至った。そして今、殺されるために舞い戻って来た」
姫和の心を読み、その疑問さえ何でもないように答える。
神に等しい権能の持ち主。
だからこそ百合は、そこに出ていった。
「……紫様――いいえ、タギツヒメ。あなたを討ちます」
「イレギュラーか。面白い」
「ふぅー、はぁー。……新夢神流奥伝『悪鬼羅刹』!」
そこに居た者全員が幻視した。
少女に巻き付いていた鎖が砕け散るような幻が。
神の権能にも勝るとも劣らない、最強の存在が今解放された。
構に隙が無い、いいやそれ以上に、その構から繰り出される可能性に際限がない。
射の構えを二刀流でやる独特な構。
百合は迅移を使って紫に一太刀浴びせる。
紫には見えていた、見えていた筈なのだ。
しかし、反応することが敵わなかった。
なにせその迅移は
五段階目の迅移は隠世から現世に帰ってくることは出来ないが、四段階目ならギリギリで帰ってくることが出来る。
四段階迅移、今までの百合なら出来ない。
誰かの技を模倣し自分の者にするだけの百合では。
確かに元の使い手より、上手く、速く、力強く技を繰り出すことが出来るが、そこ止まりだ。
自分自身で何かを生み出したことは、片手で数えられる程度しかない百合がここに至れた理由は、一重に才能と努力のお陰だろう。
迅移の早さは、比喩でもなんでもなく音の壁をぶち壊し、音を置き去りにした。
「なるほど、この器ではこれ以上の演算は難しい様だ。だが――」
タギツヒメが言葉を続けようとした時、百合の宗三左文字で斬られた場所が崩壊し始めた。
大荒魂でも器が人なら写シも貼れる。
それを知ってか、タギツヒメは迷わず写シの右腕を肩ほどから切り落とした。
(宗三左文字……!)
「宗三左文字に篭手切江、千鳥に小烏丸。夢神聖と藤原美奈都、柊篝と同じく現世に在らざる物。我と同質の存在に、何故それが見えなかった。うっ、紫ィ!」
「討て! その御刀で私を討て!」
タギツヒメの中に残っていた紫の意識が、少しだけ表層に現れた。
本当に少しだけだが。
髪が意志を持ったかのように、質量保存の法則を無視して膨れ上がる。
髪の合間に荒魂の目が見て取れるところを見ると、本気でこちらを潰しに来ようとしているのが分かる。
それと同時に、残像が現れる現象が再度起こった。
「姫和ちゃん! 百合ちゃん!」
「…鬼…か」
「来ます!」
荒魂と化した髪が手の形を形成し、御刀を握る。
人間体の両手に二本、荒魂化した髪で四本。
計六刀流、明らかに捌き切れる数ではない。
一瞬の内に可奈美と姫和が弾き飛ばされてしまう。
百合を無視し姫和に向かうタギツヒメ。
止めを刺さんとばかりに振り降ろした攻撃を、二本の御刀でクロスして受け止める。
けれど、受け止めた百合の腕からミシリと嫌な音が響く。
そこに、何とか間に合った舞衣や沙耶香、エレンに薫が合流し。
何とか体制を立て直す。
次の瞬間、床が抜け落ちタギツヒメと百合たち七人は、貯蔵庫のあった場所に落とされて行った。
無事に着地するも、攻撃は続く。
「良いデスネ! 六刀流に対してこちらは七人!」
そう言いながらも戦況は芳しくない。
移り変わる攻防の中で、一瞬でも気を抜いたらその時点でゲームオーバー。
クソゲーも良い所な状況が続き。
三分もしない間に、四人がやられそのフォローに回った百合も写シを剥がされて倒れた。
その所為で、姫和も決断を迫られた。
(使うべきか、母と同じ秘術を)
「我は禍神」
その言葉は補うように、タギツヒメは真実を語った。
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曰く、柊篝は一つの太刀で大荒魂を封じようとし、そこに藤原美奈都と夢神聖も割り込んだ。
曰く、それでもタギツヒメは死ぬことはなく大幅に力を削がれただけで、紫に三人の命と引き換えに自分と同化になるように促した。
脈々と受け継がれてきた折神家の務め……しかし紫は三人の生還を望んだ。
そして今がある。
この話をしている間に、可奈美も姫和も倒れた。
姫和が何とか立ち上がるも、他の者は。
「どうする母親と同じ秘術を使うか? その御刀を当てることが出来るなら」
「――っ!」
「剣の神タケミカヅチに愛された、夢神百合も器の所為で戦えず。お前の剣が届くことはない。折神紫を超える刀使は――」
またしても、言葉が途中で途切れた。
途切れさせたのは――百合。
たった三分の使用だけで、筋肉や骨はグチャグチャ、神経もズタボロ、脳なんて体に命令を送る神経が首の皮一枚レベルで残っているだけ。
それでも、少女は生きていた。
体力はもうなく、気力も底を尽きかけている。
でも、諦められない理由と己が立てた誓いがあった。
結芽に約束された『絶対生きて帰ること』と『ずっと隣に居ること』。
結芽に負けたことで新しく立てた誓いである『結芽以外に負けないこと』。
それが、百合を生の側に押しとどめていた。
負けたくない、またあの子の笑顔を見たいから。
負けたくない、あの子を泣かせたくないから。
負けたくない、新しく出来た友達に死んで欲しくないから。
負けたくない、もっと上の高みを目指したいから。
諦めたくない、あの子……みんなと生きる未来を。
血反吐を吐きながらも、御刀を杖にして立ち上がる。
満身創痍どころ小突けば終わるほどの命。
「何故諦めない? あのまま寝ていればいずれ簡単に死ねた筈なのに」
「諦めない理由ですか……、そんなの諦めたくない想いがあるからですよ! 助けたいと思える
その言葉に答えるように、宗三左文字が淡く光り出す。
別の場所に居る、結芽が持っている篭手切江も淡く光り始める。
百合は隣に結芽が居る気がした。
結芽は隣に百合が居る気がした。
「私は弱虫だから、一人じゃ何もできないけど! あの子と二人なら! ここに居るみんなと一緒なら! あなただって倒せる!」
「世迷言か?」
「それはどうかな~?」
もう一人立ち上がって居たのは、可奈美――いいや美奈都。
「バカなっ! 藤原美奈都は死んでいる」
「らしいね!」
二人が剣劇を行う中に、百合も混じっていく。
百合の右の瞳は碧く光り、それは未来のあらゆる可能性から最善をはじき出し、美奈都に合わせる。
龍眼と呼ばれる瞳が開いていた。
「まだまだいくよ!」
「分かってます」
「づぅっ!」
一本、また一本と御刀を持っている手を切り飛ばされて行く。
阿吽の呼吸で相手を追い詰めて、遂に。
「ここまでか…」
最後の一本を取った途端に、美奈都は消えて写シすら消える。
姫和はこれを好機と取り、秘術を繰り出す為に構えた。
少しだけ周りを見渡して、仲間の顔を見る。
恐らく、彼女が仲間を忘れることはないだろう。
「百合……」
「やっと名前で呼んでくれましたね……。止めです、しっかり決めましょう」
「ああ」
橙色の光が空を裂き、現世と隠世の境界が現れる。
広がっていく裂け目を野放しにすれば、世界は荒魂だらけの地獄と化すだろう。
それを回避するためにも……
「これが私の、真の一つの太刀だ!」
青白い稲妻が尾を引き、一直線にタギツヒメに向かって行った。
それを使えば、もう二度と――
「このまま、私と隠世の果てまで!」
「ダメ! そんなことさせない!」
「死なせませんよ! 簡単に」
二十年前の際限のように、
そして最期の時、上空に水色の光が撃ち上がった。
それが何かなど、分かる者は居らず。
戦いはここで区切りを終えた。
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みんなが気絶から起き上がったのは、タギツヒメを隠世に追いやってから数分後だった。
唯一起き上がっていたのは百合だけ。
全員が起き上がったのを見て、安堵したのか微笑んだままゆっくりと後ろに倒れた。
「ゆり‼‼」
それを支えたのは、誰でもない結芽であった。
その後ろから夜見を背負った真希と寿々花も現れる
「……ゆ……め……せん…ぱい…たちも? ……どうして…ここに…?」
「ゆりが心配だからに決まってるじゃん‼待ってて今すぐ病院に――」
「……止めて……」
自分を抱え病院に運ぼうとした結芽を、百合は制止させた。
結芽は、百合の言葉が信じられないような顔をしている。
彼女がそんな顔をするのは当たり前だろう、なんせ今の言葉は自分の命を諦めてるのと同意義なのだから。
「な、何言ってるの! こんな時に冗談は止めてよ!」
親衛隊の服は口から出た血で紅く滲んでいて、とても大丈夫には見えない。
それに加えて、目の焦点は定まっていないし、体中の至る所で内出血の所為で紫色の斑点が出ていた。
結芽以外の面子も驚いているし、寿々花はすぐさま医療班に連絡をした。
「冗談じゃないよ……結芽だったら、分かるでしょ……?」
分かっている、そんなこと。
だからこそ、聞かなければいけない。
「……どうして……そんなこと言うの……」
「私は……多分だけど。もう少しで死んじゃうんだ……自分の身体だもん、なんとなく感じるの……」
「そんな……」
「もうおしまいかぁ……もっと一緒に居たかったなぁ」
百合の瞳から涙が零れていく。
結芽や他のみんなも耐えられなくなって、涙を流す。
ポタポタと、涙が百合の服に落ちていく。
「私の隣に居てよ! 約束をもう破らないでよ! ……お願いだから生きてよ!」
「…………」
「またみんなで花見に行こうよ! 夏は花火して、秋は一緒に焼き芋作って、冬は雪合戦とか……。もっと……もっと……ゆりと一緒に居たいよ……」
「……結芽、最期にお願い聞いてくれる……」
「何?」
聞き逃してはいけない、この言葉を悲しみの所為で聞き逃したら一生後悔するから。
「抱きしめて」
一言だった。
余りにも簡単で、その一言に全てが詰まっていた。
そっと抱きしめた。
百合が壊れないように。
強く抱きしめた。
百合が何処かに行ってしまわないように。
そんな優しさと願いは、温かいものになって百合に流れ込んでいく。
(ああ、そうか。やっと分かった……これが愛なんだ)
愛を受けた期間が少なく、覚えておらず。
結芽や親衛隊のメンバー、可奈美たちに向ける感情が温かかったし、貰った感情が温かったから。
それが善いものだと信じていた。
(もっと早くに気付けば良かった……そしたらもっと…この子に…)
遅かった、遅すぎた。
気付いた時にはいつも手遅れだった。
だけど、想いだけは伝えなくては。
「ごめん…ね。約束…守れ…なくて」
罪悪感があった訳じゃない、満たされたからこその謝罪。
心が温かかったからこその想いで、もう一つは――
「……ゆ……め……大……す……き――」
結芽の頬をに優しく手を当てて、呟く様な小さい声で言葉を紡いだ。
言えた。
伝えられた。
ただそれだけが嬉しくて。
薄れていく意識の中で、百合は満足そうに笑っていた。
死という概念の奥に潜っていくかのように、少女の腕が地面に着いた。
こうして百合は咲き、散っていった。
残された燕が泣いていることを知らずに。
次回もお楽しみに!
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結芽の誕生日は……
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