「はぁ…はぁ…結芽?」
「う〜ん、熱は39.5°。完全に風邪だね」
紅潮した頬はまるで茹だってるかのようで、息も荒々しい。
苦しそうな百合を見ながらも、結芽は感情をあまり表に出さないように冷静に対処していたのだ。
こうなった原因は、昨日の夜の任務に問題がある。
昨日の夜十一時頃、事務仕事を手伝っていた百合はいつもより遅い時間でお風呂に入っていた。
お風呂から上がり、髪を乾かそうとした時に出撃命令が下った。
百合は最近作った黒歴史の二の舞にならない為に、急ぎながらも落ち着いて現場に向かう。
荒魂の数は二体だったものの、大型の荒魂だった事から退治に困難していた。
百合が加勢したけれど、負傷した刀使を逃がす際に何度か写シを剥がされてしまいお風呂に入って温まったばかりの体が雨に濡れてしまった。
退治には成功したが、雨の所為で百合の体はずぶ濡れ。
帰って来てからもう一度お風呂に入ったのだが、意味はなく今に至る。
「私、今日の仕事休んだから、一緒に居るよ」
「え? …ダメだよ…はぁ……最近は忙しくて…」
「知ってるよ。でも、辛そうなゆりを一人にするほど私はバカじゃないもん」
「…ありがとう」
いつもの百合からは考えられないような小さいお礼。
結芽はこの後、ネットで見たやり方を習って、おでこ以外に両脇と首裏に冷えピタを貼り、おでこには濡れタオルを置いた。
これのお陰かは分からないが、辛そうだった百合の表情が心なしか柔らかくなったので結芽も安心して部屋を出た。
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部屋を出た理由は簡単、食事の準備のためだ。
給湯室に向かいながら、紗南に電話をかける。
『もしも〜し、真庭のおばさん?』
『本部長と呼べ燕。で? 何の用だ? お前から電話なんて珍しい』
『百合が熱出したから、看病するので今日休みまーす』
『百合が熱? あぁ、昨日の出撃の所為か。了解した、出来るだけ速く治るように看病してやってくれ。人員不足は否めないからな』
「はーい」と返事をし、電話を切る。
先程百合に話した事の一部は嘘だった。
「今日の仕事休んだから」がそうだ。
本当ならあんな嘘は吐きたくないが、ああでも言わないと安心してくれそうになかったから言ったわけだ。
それ以外の言葉に嘘はないし、百合が熱を出した時点で休むことは決めていた。
電話を終えて給湯室に辿り着いた結芽は、冷蔵庫を開けて入っている食材を見る。
自室にも冷蔵庫はあるが、此方の方が大きいし色々と入っているのだ。
何故なら、基本的に百合と結芽の部屋の冷蔵庫はアイスやお菓子しか入っていないからである。
冷蔵庫に入っている食材を見て、結芽が理解した事。
それは……
「食材を見ても何作れるか分かんない!」
当たり前である。
結芽は料理など殆どしないし、お菓子作りだって百合に教えて貰いながらようやく出来るレベルだ。
そんな少女が冷蔵庫の食材を見ただけで、何を作れるかなどわかるわけが無い。
結芽は一人ため息を漏らし、ドボドボと食堂に向かった。
時刻は十時を少し過ぎた辺り、食堂に人は居らずいつものおばちゃんたちがお茶と煎餅片手に談笑している。
綺麗に洗われた食器の山と、先程まで料理していた証拠とも言える油の臭い。
そんな所に結芽おずおずと入っていく。
入ったら入ったで、おばちゃんたちも気が付いたのか結芽に声を掛ける。
「どうしたの結芽ちゃん?」
「それがね……」
手短に百合の風邪のことを話して、料理の作り方を教えてもらうように頼んだ。
結芽の頼み事をおばちゃんたちは快く引き受けてくれた。
………お粥を作るだけで一時間半もかかったのは秘密である。
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お粥とレンゲを載せたお盆を持って、軽やかな足取りのまま部屋に帰る。
緩み切った笑顔で、普段の彼女を知っているものなら驚くだろう。
百合が起きているかは分からないので、静かに扉を開けて中に入る。
一週間前に行った温泉旅行から、また少し距離が開いてしまったが、今日こそは距離を元に戻そうと言う思惑が結芽にはあった。
だって、大切な人と距離が開いたままなのは嫌だから……
中に入ると、ベットの方を見た。
しかし、そこに百合は居なかった。
「ゆり?!」
お盆を急いで机に置き、部屋を出た。
結芽が部屋を出てから約二時間弱、百合はどのタイミングて外に出たのか?
けれど、今の結芽にとっての問題はそれではない。
何時部屋を出たのかなど、そんなのどうだって良いのだ。
問題は39.5°もある熱で、外に出たことだ。
体の脱力感や疲労に加え、頭痛に吐き気。
百合の体の状態はすこぶる悪い筈。
それなのに外に出るなんて、やっていいことではない。
だが、結芽が感じたのは百合への怒りではなく、自分への怒り。
距離を元に戻したいがために、百合の傍から離れた自分への、どうしようもない怒り。
折神邸の中を走り回る。
二十分程経った頃、可愛らしい寝巻きを着て、泣きながら自分の名前を呼ぶ百合を見つけた。
「ゆめぇ〜どこ〜……一人は…ヤダよ〜」
目から涙を流しながら、必死に縋り付くように
胸が引き裂かれるような痛みが結芽を襲う。
甘えていた、寄りかかっていた、姉のような親友に依存していた。
でも、それじゃいけないと気付いた。
だって、百合は弱いから。
きっと誰よりも強くて、誰よりも弱い。
お互いがお互いの支えになっていた。
百合が泣いていたら結芽が慰めて、結芽が泣いていたら百合が慰めて、二人とも泣いていたらお互いに慰めあって。
一人では強くない、二人だがらこそ強い。
それが、百合と結芽だった。
忘れていたのだ、こんな自分たちの関係を。
だからこそ、結芽は百合の手を取った。
「ゆり、心配したよ。部屋に戻ろ?」
「ゆめぇ〜! 怖かったよ〜、寂しかったよ〜」
抱き着きながらなく百合の頭を、そっと撫でる。
いつか彼女が、自分にそうしてくれたように。
泣き止んだ百合は、疲れて寝てしまい結芽がおぶって部屋に連れていった。
その姿は本当の姉妹のように仲睦まじいものだった。
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「はい、あーん」
「あ、あーん」
あの後、百合の熱は徐々に下がりお昼過ぎには38.0°を切っていた。
そうして、ようやく落ち着いた今お粥を食べているのだ。
冷めてしまったのでレンジ温め直したが、味は悪くないようで百合は美味しそうに食べていた。
……あーんで食べさせてくる結芽の所為で顔は赤いままだが。
「どう? 美味しい? 食堂のおばちゃんたちに教えて貰いながら作ったんだ〜!」
「う、うん。すっごく美味しいよ。ありがとね結芽」
本当のことを言うなら、今の百合に味を感じる余裕はない。
結芽があーんで食べさせてくる所為で、心臓が破裂するほど高鳴っている。
ボーッとする頭で、変なことを言ってしまわないように気を付けるので精一杯だ。
それでも、熱の所為で半ば蕩けている思考で、完璧にボロを出さないなんてこと出来る筈はなく。
想いが漏れる。
「結芽。私、結芽のこういう所大好きだよ」
「そう? えへへ〜、私も!」
「違う。私の好きは…」
お粥を食べるために起き上がっていた百合は、自然な動きで顔を動かしていく。
迷うことなく、結芽の方に。
そしてーー
「んっ」
結芽と百合の唇が重なるのは、本当に一瞬だった。
結芽は驚いて声も出せず、百合は満足したのか糸が切れた人形のように眠りにつく。
数時間後に目を覚ました百合はこのことは覚えていなかった。
だが、結芽の唇にはしっかりと
想いを漏らした百合に対し、結芽はどうするのか?
二人の関係は光の速度を超えて変わっていく。
その先に何があるかは、誰にも分からない。
次回もお楽しみに!
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