百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

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 この話は前回の世界線で、アニメの波瀾編同様結芽の死から約四か月後の設定です。
 (本編では結芽の死から一週間前後となっております…)


 今回の話に限り、百合の一人称視点です。
 ご容赦ください…


IF or Event
IFエンド「堕ちた百合」


 朝五時。

 誰に言われるでもなく、自分自身で決めたルール。

 それに則り朝の稽古の為にベットから出て、着替え始める。

 腰を通り越して膝まで伸びた髪に注意しながら、着替えを済ませていく。

 着替え終わったら、洗濯カゴに寝ていた服を入れて化粧台の前に座って肌の手入れを行う。

 

 

 これは、寿々花先輩を心配させない為にしているだけだ。

 本当の所は、肌の手入れや髪の手入れなどは面倒くさくてしたくない。

 だが、寿々花先輩を心配させたくないし……何より結芽が綺麗だと言ってくれたこの髪を保っていたかったから。

 諸々のことを済ませて剣道場に向かう。

 今日も、あの子が居ない一日が始まった。

 

 

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 稽古を済ませた後は、シャワーで汗を流し朝食を取るために食堂に向かう。

 私が居るのは、昔と変わらず折神邸。

 理由は……私の精神安定の為らしい。

 私からしたら、精神安定何て意味のないことだ。

 精神など、とっくのとうに壊れているのだから。

 

 

 だけど、あれこれ言うのは面倒なので何も言わず今の状況を受け入れている。

 結芽のお墓参りに行きやすいので、私的には万々歳。

 結芽が居なくなってから一週間程は、無気力にただただあの子を求めていたけど、今は幾分か良くなった……ように見せている。

 なので、周りの人からしたら私は親友の死から立ち直った強い少女のように見えるだろう。

 

 

 特に何も考えることはなく、モーニングのCを頼み、受け取って席に着く。

 席の場所は入り口の反対側の端にあるテーブル。

 ここなら誰も来ないだろうと高を括っていたが、気付かぬうちに二人の足音が近づいてきた。

 足音は私の目の前で止まる。

 ずっと下を向きながら食事をしていたので、私の顔など見えなかった筈なのに……原因はこの髪か。

 

 

 少し億劫になりながらも、近付いてきた二人に声を掛ける。

 

 

「おはようございます。可奈美先輩に紗耶香ちゃん」

 

「おっはよ~百合ちゃん。ここ、座っても良い?」

 

「おはよう、百合。私は隣に」

 

「別に構いませんよ」

 

 

 一人は衛藤可奈美、四カ月前に折紙紫……タギツヒメを討伐した英雄。

 もう一人は糸見沙耶香、可奈美と同じくタギツヒメ討伐の英雄。

 二人の登場には驚いたが、何も想うことはなく……色の無い瞳で二人を見ていた。

 

 

「そう言えば、百合ちゃんの髪って綺麗だよね。でも、少し長すぎないかな?」

 

「いいえ、丁度良い位ですよ」

 

「流石に、荒魂退治に支障が出るんじゃ…」

 

「そうなっていたらとっくに切っています。問題ないから切らないんですよ」

 

 

 会話に幼い少女特有の華やかさはなく、言葉に想いはなく、声に色はない。

 平坦な声音で返事を返す。

 いつもこんな風に接しているのに、「よく喋りかけてくるなぁ」と、私は常々思っていた。

 ぽつぽつと会話はあるが、私があまりにも平坦な声音で返す為にあまり会話は続かない。

 数分もしない内に、プレートに入っていた料理はなくなり、一応二人に声を掛けて席を立つ。

 

 

「それではこれで」

 

「うん、またね」

 

「またあとで」

 

 

 言葉を交わしたら、プレートを返して食堂を出た。

 ……あの二人を見ると怒りが込み上げてくる、出来るだけ会いたくないのだが、あった時はいつもああだ。

 平常心を保つのは難しい。

 上手く隠せているだろうか、私の想いは……。

 

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 午前九時過ぎ。

 いつも通りの時間に、私はそこを訪れる。

 結芽が眠る場所……普通に言えばお墓だ。

 墓石の前に立って、昨日起きた出来事を細やかに伝える。

 事務作業のように見えるかもしれないが、私にとってはかけがえのない時間。

 

 

 伝え終わったら、墓の裏手に周り静かに腰を下ろした。

 墓石に背中を預け、一時間睡眠を取る。

 いつの日から始めたか分からないが、いつの間にか日課になっていた。

 とても安らぐ時間の為、私自身は気に入っている。

 しかし、それを掻き乱すかのようにパトカーのサイレンのようなけたたましい音が静寂を壊した。

 

 

 恐らく、端末に入っているスペクトラムファインダーに反応があったのだろう。

 腹のそこから沸き立つドロドロとした想いに無理矢理蓋を閉めて、端末を確認する。

 

 

「荒魂の位置は……目の前?」

 

 

 慌てて目の前を見るが、居たのは小さなウサギにも似た荒魂だった。

 何を想う訳もなく、腰にある三本の御刀から無造作に宗三左文字を取り出し写シを張る。

 後はただ斬るだけなのだが……その荒魂は怯えの感情があるのかプルプルと震え出した。

 その行動が気になって、その荒魂が妙に自分と重なって、いつの間にか私は御刀を納めていた。

 

 

「おいで」

 

 

 座って優しく語り掛けると、その荒魂はピョンピョン跳ねながら私の膝の上に乗った。

 愛らしいその姿に、私は久方ぶりに本当の笑みが零れた。

 真希と夜見は行方知らず。

 寿々花はとある施設で荒魂の摘出処置の最中。

 結芽は……

 

 

「あなたも、一人ぼっちなの?」

 

 

 荒魂はそれに同意するかのように、首を振った。

 

 

「そっか……」

 

 

 私はそれ以上何も言わず、優しく荒魂の頭を撫でた。

 その後は、そのまま眠りに落ちていったようで、気付いたら十一時を回っていた。

 荒魂も居なくなっていて少し寂しかった。

 だが、何故か分からないが自分の中にあったドロドロとした想いの蓋が開いたような、そんな感覚が確かにあった。

 

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 あの不思議な体験をしてから一週間。

 可奈美先輩や沙耶香ちゃんに言われて気付いたが、髪の毛の中に僅かだけど白髪があった。

 急いで白髪染めで染めようとしたが、何故か染まらず悩まされている。

 それ以外で言うと、少し物忘れが多くなった。

 相手の名前を度忘れすることもあり、それも悩みの種だ。

 

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 あれからまた一週間。

 今度は、肌まで白くなり始めた。

 明らかに様子が可笑しい為、検査を受けたが異常はないらしい。

 他にも、周囲に居る人に無意識の内に怒りや殺意を向けてしまっている。

 何か改善する策を見つけなければいけないのだが、何も思い当たらない。

 

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 また三日後。

 瞳の色が緋色に変わっていた。

 これも異常はないらしく、なにか特筆して治療してもらえなかった。

 後、真庭本部長にフードの刀使写真を見せられた。

「ここに映っているのは獅童真希か?」と聞かれたが、真希? と言う人物に聞き覚えはなく知らないと答えた。

 

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 どれくらい経ったか分からない。

 最近は時間の流れる感覚が曖昧で、睡眠をあまり取らなくなっていった。

 髪は完全に白に染まってしまったし、肌の色も雪女かと思うほど真っ白。

 何か大事な事を忘れている気がするが、それが何なのか分からない。

 それと、もう一つ疑問が浮かんだ。

 

 

 私の部屋は一人部屋なのに、何故二段ベットなのか? 

 何故買った覚えのない物が多数置いてあるのか? 

 最後にもう一つ疑問がある、()()()()()()()()()? 

 名前があった気がするが、思い出せない。

 

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 私は荒魂らしい。

 御刀という物を使う少女に襲われた時に言われた。

 荒魂は人に憎しみを持っている、だから人間を狙う。

 だけど可笑しい、私は誰かを襲ったりなんかしていないのに、何故狙われるのか。

 憎い、自分のことを狙うものが憎い。

 

 

 憎い、大切なあの子を見殺しにしたこの世界の全てが憎い。

 けど……大切なあの子すら今の私は()()()()()()

 

 -----------

 

 今は、ある大通りに居る。

 辺りには荒魂(同族)が飛び交い、そこら中で戦いが行われているようだ。

 そんなことはどうでもいい。

 私は今、自分がここに居る理由が知りたい。

 何故かここに居なければいけない気がした。

 

 

 だからここに居る、自分に掛かる火の粉を振り払いながら、望むものを待った。

 そして、それは現れた。

 一人が、腕に包帯のようなものを巻いて御刀を持つ女。

 もう一人が、海老色の髪をして御刀を持ち、背中にもう一人違う女の人間を背負った女。

 背負われている女の人間以外は、刀使? と言うとか……

 

 

「ちっ! 寿々花、下がっていてくれ」

 

「真希さん一人では危険すぎますわ! 相手は人型の荒魂ですし、御刀も所持しているでしょう!」

 

 

 何か言い争っている。

 寿々花? 真希? どこか聞いた事のあるような。

 ダメだ、何かが邪魔して見えない。

 もう少しで掴めそうなのに! 

 

 

「真希? と寿々花? と言っていましたね。答えて下さい。私は何ですか? 私は誰ですか?」

 

 

 自分が荒魂と言うことは知っているが、元の自分が何だったのかは知らない。

 知ることが出来れば、大切なあの子の名前も思い出せるはずだ。

 

 

「その声……まさか……嘘だろう?」

 

「百合……ですの?」

 

「百合? それが私の名前…百合…百合」

 

 

 確かめるように、名前を呼ぶ。

 何かが引っかかる――

 

 

「百合! ボクだ! 真希だ! こっちに居るのが寿々花! 他にも夜見! それに――」

 

 

 夜見? 

 真希の続きの言葉が聞きたい。

 薄っすらだけど、思い出せている。

 あと一歩で――

 

 

「君の親友の結芽が居たじゃないか!」

 

「ゆ…め……結芽……結芽!」

 

 

 思い出した! 

 ようやく、全てを……でも……

 私の身体はもう既に……

 伝えなくては、謝らなくては。

 

 

「真希先輩に寿々花先輩、今までありがとうございました、それとごめんなさい。この御刀を受け取ってください」

 

 

 そう言って、私は自分の御刀である宗三左文字と篭手切江――最後に結芽の御刀であるニッカリ青江を地面に滑らせて真希先輩たちの方に送る。

 

 

「最後のお願いがあります。私のお墓、結芽の隣にして下さい」

 

「百合、諦めるな! もしかしたら、君を救う方法があるかもしれないんだ!」

 

「そうですわ! 諦めてはいけません!」

 

「最後にお二人に会えただけでも、私は幸せですよ。――さぁ、早く」

 

 

 腕を大きく広げて、御刀を向かい入れる体制を作った。

 それを見た真希先輩が、今にも泣きそうな顔で御刀を構えた。

 頼んでもいないのに、ニッカリ青江を。

 本当に、優しいな。

 誰かに愛されるって、こういうことなのかな……? 

 

 

「すまない、本当にすまない」

 

「別に謝らなくていいのに……。大好きでした、皆さんのことが本当に」

 

 

 その言葉を最後に、私の意識は薄れていく。

 体がボロボロと崩壊していく、痛いとも怖いとも言えない感情が広がっていった。

 だけど、最期に――やっと会えた。

 

 

『ゆり~、遅すぎだよ! 私を待たせるなんて友達失格だよ~!』

 

『ごめんね、結芽。大丈夫、これからはずっと一緒だから』

 

 

 世界で一番大切な人。

 

 誰よりも愛しい人。

 

 夢神百合はあなた(結芽)に会えて、本当に幸せです。




 クロユリ、花言葉は『恋』・『愛』・『呪い』・『復讐』。

 このお話はもしものお話です。
 もし、あそこで運命の悪戯がなければ百合はいずれこうなっていたでしょう。



 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!

結芽の誕生日は……

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