十七話「百合はもう一度咲く」
鎌倉特別危険廃棄物漏出問題が起こってから約五ヶ月が過ぎた。
刀剣類管理局本部には、多くの刀使が駐在して荒魂退治に勤しんでいる。
かく言う百合と結芽も、荒魂退治に精を出していた。
「今日も疲れた〜。帰ったら何しよっか?」
「ごめん、この後真庭本部長に呼ばれてて…」
「ちぇ〜! じゃあ、先におねーさんたちが待ってるラウンジに行ってるからね〜」
あまり怒ってないだろうに、スキップでラウンジに向かっていく結芽を見送り、指令室に急いだ。
紗南に呼ばれた理由は分かっている。
大方、行方知らずの真希についてだろう。
残念ながら、百合は真希の居場所を知らない。
知っていたら、引きづってでも寿々花の所に届けに行くつもりだ。
寿々花と夜見の体と、融合した荒魂の除去する様々な研究も進められており、遠くない内に目処も立ってきた。
真希の中の荒魂も取れれば、元の親衛隊に戻る。
結芽の場合は、元々の入れていたノロの量が少なかったことと、荒魂との融合具合が進んでいなかったことから、すぐに除去できた。
真希達とは少し勝手が違ったのだ。
結芽と別れてから数分。
いつも通り、扉をノックをしてから指令室に入る。
「真庭本部長。夢神百合、只今参りました」
「おう、ご苦労だったな。早速本題だが、この写真の人物が誰か分かるか?」
渡された写真に写っていたのは、黒いフードを被ってはいるが彼女のよく知る人物だった。
「真希先輩ですね。寿々花先輩や夜見先輩にも聞いたんじゃないですか?」
「まあな、念には念をと言うやつだ。お前なら分かるだろ?」
ニヤニヤしながらこちらを見る紗南に対して、苛立ちを感じながらも、それを腹の底に収めて返事をする。
出来る限りの笑顔で。
「真希先輩の場所が分かったら、即刻教えて下さると助かります。引きづってでも、ここに帰らせますので」
「お、おう。分かったよ。連絡する」
紗南は百合威圧感のある笑顔に、嫌な汗が頬を流れた。
…「今後コイツを怒らせないようにしよう」と、決めたのは言うまでもない。
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ラウンジに集まっていた面々と合流した百合は、可奈美たちが仮で住んでいる部屋に邪魔して紗耶香の誕生日パーティを開いた
「本日の主役」と書かれたタスキを無表情で掛けた、紗耶香の姿は中々に面白いもので結芽は少し笑っていた。
『ハッピーバーズディ!』
祝いの言葉と同時にクラッカーを鳴らす。
可奈美たち七人+αの久しぶりの再会が、紗耶香の誕生日であることから、密かに薫が誕生日パーティを企画したのだ。
可奈美のそんな説明を受けて、口を少し開かせている紗耶香に対し、薫はドヤ顔で良い張る。
ねねもそれに乗っていた。
「サプライズパーティだ! どうだ、驚いたか!」
「ね~!」
「は~い、ケーキの登場でーす。姫和ちゃんのオススメのお店で買って来たんだよ」
「……」
無言で微笑む紗耶香に、姫和が「チョコミントケーキのほうが良かったんじゃないか?」と言ったのはいつものこと。
「これ、紗耶香ちゃんの誕生日だから」
「チョコミント好きなのお前だけだから。誕生日に歯磨き粉食わされる身にもなれ」
「歯磨き粉じゃない!」
「え~、あれは歯磨き粉だよ」
「そうですね、独特な味ですよね」
百合や結芽にもそう言われる始末な姫和は置き去りにして、エレンがロウソクの火を消すように促す。
薫もそれを煽るような言葉を投げかける。
「一気にフーって、消しちゃってクダサイ!」
「今日のメインイベントだ。気合い入れろよ!」
「…分かったっ!」
静かに意気込んだ紗耶香は、思いっきり息を吸う。
段々と赤くなっていく顔を見て、薫と百合が止めに入る。
「待て待て、何をする気だ」
「紗耶香ちゃん、そんなに強くなくても大丈夫だから!」
「そうだ、もっと肩の力を抜け。ケーキが潰れるぞ!」
「うん」
今度はそっと息を吹き。
四本のロウソクに灯った火を消した。
消し終わってから、全員が拍手をしながら祝福する。
『おめでとう!』
「ありがとう」
その後もワイワイと楽しく、誕生日パーティは行われた。
ここ四カ月で、可奈美たちともすっかり打ち解けた結芽は、パーティの中で紗耶香にプレゼントを渡していた。
……その姿を見て、百合が少しだけ嫉妬をしていたのはしょうがない話である。
パーティの片付けも終わり、ゆっくりお茶をしようとした時に薫が真面目な雰囲気で語り出した。
その表情に気だるさはなく、真剣さが見てとれる。
「例のノロを強奪しているフードの刀使だが、正体は獅童真希だったぞ」
「うん、私も見た」
「…そんな」
「やっぱりそうだったんだ」
ここに居る全員が、最近ノロを強奪しているフードを被った刀使が居るという噂を知っているし、実際に見た者も居る。
少なからず、全員が全員違う理由で話を知っていた。
だが、フードの刀使は真希と言うことを知る者は少ない。
しかし、エレンはそれを否定した。
何故なら、エレンは舞衣と一緒にそのフードの刀使と戦ったことがあるからだ。
「ちょっと待ってください。私とマイマイも長久手でノロを奪ったフードの刀使と戦いましたが、あれはマキマキじゃなかったデスヨ?」
「うん。獅童さんって神道無念流だったよね? あの人は別の流派だったと思う」
「素性を隠す為、あえて他の技を使っていたということはないか?」
「真希おねーさんはそんなことしない! ……真希おねーさんは…」
「多分それはないと思いマスヨ」
混ざり合う情報と、飛び交う意見。
どの情報が真実で、どの情報が間違いかなど、誰もが簡単に分かるわけではない。
「まぁ、獅童だったら見れば分かるだろう。と言うことは、フードの刀使は一人じゃないな。…燕もそんな顔するな」
「ね~」
「サナ先生なら何か知ってるんじゃないんデスカ?」
エレンの意見に全員が頷き、部屋を出で指令室に歩き出した。
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薄暗い指令室の中、可奈美たち以外には朱音と紗南しか居ない。
他の者も休憩を取っているのだろう。
エレンは、遠回りはなしで質問する。
「サナ先生、教えて欲しいことがありマース」
「なんだ、騒々しい」
「フードの刀使って、何者なんデスカ?」
エレンの直球な質問に、紗南は言葉を詰まらせ、朱音を見やる。
朱音の方も、なんとなくこうなることを予想出来ていたのか、可奈美や百合たちの方を見て言葉を発した。
「良いでしょう。あなたたちにもそろそろ伝えなければと思っていた所です」
その言葉の後は、流れるがままに朱音に連れられて執務室に場所を移した。
明るすぎないライトの光が、部屋に落ち着きを持たせている。
朱音と薫だけがソファに着き、他の者は経ちながら話が始まった。
「今の所、確認されているのは二人います」
「……」
薫の意見が当たっていたことに息を飲む可奈美たちだったが、話はこれだけでは終わらない。
「一人は獅童真希で間違いないでしょう。そしてもう一人は……そもそも刀使ではありません」
「刀使じゃない、じゃあ……」
「「タギツヒメ」です」
朱音と百合の声が重なった。
可奈美たちは隠世に追いやったタギツヒメに驚いたが、百合がそれを言い当てたことにも驚いた。
有り得ないとでも言いたげな様子のエレンが、朱音を問い詰めるかのように質問する。
「タギツヒメは五カ月前の戦いで隠世に追いやった筈、もう復活したのですか?」
「誰に憑りついたんだ……」
「いえ、今のタギツヒメは人に憑りついている訳ではありません。荒魂自体が人の姿で現れたのです」
「そんなことが?」
出てくる情報の一つ一つが、大きすぎる。
処理は出来ているが、追いつけないと言うより理解が難しい。
結芽に至っては、考える事を放棄し始めている。
そんな時、執務室の扉が叩かれた。
「入ってください」
「失礼します」
入って来たスーツ姿の男性は、朱音に赤い文字で極秘と書かれた資料を渡す。
「局長代理に市ヶ谷から連絡が」
その書類を受け取った朱音は、すぐに読み始める。
後ろに着いて居る紗南にも見せると、紗南は納得したような顔になった。
……何が書かれているのか、覚悟が決まったような朱音の表情からは相当に重要なことが書かれていたということしか分からない。
「これは…」
「ようやく許可が下りましたね。衛藤さん、十条さん、夢神さん。三人は明日、私と一緒に市ヶ谷の防衛省に同行して下さい。護衛任務です」
朱音から言い渡された護衛任務。
ここから、最期の戦いが始まる。
百合の花はもう一度咲く。
色が変わるか、変わらないかは、まだ分からない。
次回もお楽しみに!
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結芽の誕生日は……
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