送迎車に乗り、目的の市ヶ谷にある防衛省を目指す。
朱音の隣に百合が座り、その対面に姫和で隣には可奈美。
静寂が漂う車内で、最初に口を開いたのは可奈美だった。
「あの、防衛省で護衛って一体何があるんですか?」
「これから、とある重要な相手と面会します」
「重要な相手ですか…」
「とても重要な相手です。正直な所、何が起こっても不思議ではない。だから、貴方達に同行をお願いしたいんです」
朱音が話す雰囲気は、とても恐ろしいもののように感じた。
それを悟った可奈美は、思ったことをそのまま投げかける。
「私達でお役に立てるんですか?」
「貴方達でなければ駄目なのです…!」
「私たちでなければ…」
「…もしかして…」
可奈美と姫和に百合の三人は、ほぼ同時に自分の御刀を見つめる。
共鳴はしていないものの、朱音の「貴方達でなければ駄目なのです…!」と言う言葉から、大体のことは察することが出来たようだ。
防衛省の入口である門を車で潜り、内部に入っていく。
辺りの景色を見渡しながら数分程待つと、車が停止した。
「お待ちしておりました」
先日見た人とあまり変わらない黒いスーツ姿の男性が、彼女たちを出迎える。
男性の案内の元、ビルの中に入っていくが……。
中に居たのは、銃を構えた機動隊員と御刀を持った刀使たち。
厳重な体制を敷く中の様子を見て、百合は居心地悪そうに呟いた。
「空気がピリピリしてますね」
「刀使も居るね」
そんな中、見知った顔が居た。
舞草の刀使であった、孝子と聡美だ。
「孝子さん! 聡美さん!」
「久しぶりね」
「何故お二人がここに?」
「昨日付けで配属されたんだ」
「…気を付けてね」
聡美の最後の言葉はよく分からなかったが、朱音が先頭にたち奥へ奥へと潜っていく。
辿り着いたのは、地下シェルターのようになっている場所。
何重にもなっているロックを解き、ようやく厚い壁の中に入る。
中にあるのは、長い階段を上がった上にあるお社のみ。
それ以外は特に何も無く。
だだっ広い真っ白な空間であった。
何度が夢で見たことがあるような場所だと、百合は思った。
階段に段々と近づいて行き、最初の一段目の二から三歩手前で止まる。
そして止まった瞬間、三人の御刀が微かにだか震えた。
可奈美と姫和ば御刀に手を掛けたが、百合は特に何もしようとしなかった。
相手がどんなものでもあれ、自分から敵対する姿勢を見せるなど言語道断。
それに、幾ら早くても距離があれば御刀を抜くことは何時でも可能だ。
構えた二人に、朱音が制する。
「構えを解いてください」
その言葉を信じて、二人は構えを解き御刀から手を離す。
「拝顔を賜り光栄でございます。タギツヒメ」
…驚きが声となって外に漏れだした。
百合も少々動揺している。
だが、タギツヒメと呼ばれたものは、それを否定した。
「その名が指すものは別に居る」
「では、なんと?」
「タキリヒメと呼ぶことを指し許す」
「承知しました。私はーーー」
「折神朱音、そして衛藤可奈美、十条姫和、夢神百合」
未だ名乗っていないはずの自分たちの名前を言い当てられて、またも動揺するが今度はそう長く驚かない。
それに、朱音は気にしている感じはなく、話を進めていく。
「タキリヒメ、率直にお伺いします。貴方は我々に仇なすものでしょうか?」
「質問は許さぬ。イチキシマヒメを我に差し出せ。お前達の手にあることは分かっている。人にとって真の災いはタギツヒメ。そして、イチキシマヒメの理想に人は耐えられない」
「故に、貴方に従えと?」
恐らく、彼女の言葉は推測ではなく確信。
彼女の言葉は確信であり、真実だ。
「我はタキリヒメ。霧に迷う者を導く神なり。人よ、我がお前達の求める最良の価値をもたらそう。タギツヒメは力を得ている筈、時間は限られている」
彼女は忠告する。
彼女は誘導する。
善意も悪意もなく、ただ導く。
人間に期待などしていないような声色で。
あの空間を出たあと、朱音は立ちくらみを起こしたかのようによろけた。
「朱音様!」
「大丈夫です…」
(姉様は、こんなものを一人で押さえ込んでいたのですね)
来た場所を戻り、ビルを出る。
車に乗り込んだ後に、口を開いたのはまたしても可奈美だった。
「朱音様、一体何がどうなっているんですか? 教えて下さい」
「…分かりました。姉の中に居た大荒魂は、貴方達に倒されたあと三つに別れました。先程会ったタキリヒメ、各地でノロを集め回っているタギツヒメ。そしてもう一つがイチキシマヒメです。私たちは考え違いをしていました。姉はただ大荒魂に体を支配されていたのではない、その身を懸けてずっと押さえ込んでいたのです。それが今は、それぞれの目的を果たすため、己の意思で自由に動いている。非常に危険な状態です」
『…………』
話は重い。
今、人類は三つ巴の戦いに巻き込まれている最中。
しかも、タギツヒメもタキリヒメもイチキシマヒメも元が大荒魂であることに変わりはない。
戦ったとしても、勝つのには多大な犠牲を払うことになるだろう。
「政府の一部はタキリヒメを手放したくないようです。ですが、それは難しいでしょう。あれは人間の手に負えるものではありません」
「イチキシマヒメがこちらの手にあると言うのは、本当なのですか?!」
語気が強まる姫和に、朱音は動じることなく言葉を返す。
何処と無く、彼女の表情に怒りが垣間見えるのは、気の所為ではないだろう。
「ええ、絶対に安全な所で保護しています」
それ以上の車での会話はなく。
帰りの車内の空気は最悪に近かった。
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綾小路武芸学舎の学長室にて、結月はある資料を見ていた。
冥加刀使。
最新の研究を重ね作られたノロのアンプルを注入することで、刀使を大幅に強化する。
ノロとの適合率が高ければ高い程、その強さは比例し強くなる。
元親衛隊の中で一番ノロとの適合率が高かったのは…
現に、結月が見る資料の中には百合も入っていた。
元は綾小路武芸学舎の生徒、結月が声を掛ければ飛んでくるだろう。
だが、結月はそれをしなかった。
彼女と結芽のことを想ってではあるが、それ以外にも理由があった。
いや、そちらの方が本命だ。
ノロとの適合は、どんなに適合率がが高くても100%に届くことは無い。
…そう、ありえないはずなのだ。
「…適合率100%、か。百合、お前は一体何を」
ノロとの適合率100%、百合はありえないはずの数値を叩き出していた。
雪那には話していない、話した所で信じる可能性は低い。
夢神流、奥伝『悪鬼羅刹』。
特務隊の時、何度が聖がそれを使ったのを見たことがあった。
圧倒的とも言える強さ。
本来なら使用しただけで、即昏倒する四段階迅移を難なく使っていた。
それ以外にも、『悪鬼羅刹』を使っていなくても三段階迅移を使い、弱体化することも無かった。
……だが、娘である百合は数分使っただけでボロボロになったと聞いた。
フェニクティアと言う薬のお陰で一命を取り留めたと聞いたが、結月はフェニクティアによって助かったとは思っていなかった。
結月も、結芽のために各国の医学を調べたことはあった。
最終的にノロを使う医療を研究したが、違う道も勿論模索したのだ。
その中で、フェニクティアを見つけたことはあったし、フェニクティアがもたらす恩恵も知っている。
けれど、あまりにも博打が過ぎる。
だがらこそ、ノロに頼ったのだ。
それが、禁忌であると知っていながら。
百合の体には何か秘密がある。
とんでもない秘密が……
結月は百合の秘密……いや、夢神家の秘密に気付きつつあった。
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可奈美が少し遅れてきたものの、市ヶ谷での警備任務は滞りなく始まっていた。
「真希先輩…」
「獅童さん…。ここに来たってことは、狙いはやっぱりタキリヒメなのかな?」
「奴がなにかしでかす前に止める必要がある」
「そうですね。…まさか、こんな状況になるなんて」
「あぁ」
真希の話題は、流石に少し空気が重くなる。
それでも、警備任務なので想定外の時にも対応できるように、万が一を考えるのは当たり前だ。
「大丈夫?」
「正直な所、気持ちに整理がつかない。折紙紫からタギツヒメを引き離しなことで、終わったと思っていたからな」
「…姫和先輩、タキリヒメは斬らなければいけないと思ってますか?」
「そうだな、お前達はどうなんだ?」
姫和の返しに、百合も可奈美も少し考える。
二人の答えは、
「私が昨日感じたこと、思い出してみたんだけど。上手く言えないけど、あのタキリヒメは、前に戦ったタギツヒメとは違う感じがしたなって」
「私は、タキリヒメを斬るのはまだ早いと思っています。もう少し彼女と言葉を交わせば、何か見えてくるものがあるんじゃないかとも…」
今はまだ斬るべきでない、可奈美は少し濁った言い方だったが、百合はハッキリとそう言った。
そんな二人らしい言葉を聞いて、一瞬顔を緩ませたのも束の間。
けたたましい、サイレンがスマホから鳴り響いた。
「来たか! 行くぞ!」
「了解です」
「分かった!」
タキリヒメが居るビルに近づいて行くと、段々と倒れている刀使よ数が増えていく。
介抱してやりたいが、今は一分一秒の時間が惜しい。
歯を食いしばりながら、先を目指す。
そしてようやく、その姿を捉えた。
黒いフードを被った人型のナニカ。
「私が先行します!」
「続くぞ!」
「遅れは取らないよ!」
二本の御刀を抜き、写シを張る。
次の瞬間には、三段階迅移で敵の背後まで移動し、宗三左文字と篭手切江を同時に振り下ろした。
しかし、まるで分かっていたかのように受け止められ、続く可奈美と姫和の攻撃の前に弾かれてしまう。
弾かれた百合は受身を取りながら、フードのナニカから目を離さなかった。
(大典太と鬼丸…、やっぱりタギツヒメ!)
(どうする? 本気で畳み掛ける?)
(まだ、止めておく。様子を見よう)
フードを被ったタギツヒメは百合と同じく、背後から来る二人の攻撃を龍眼による未来視で、簡単に受け止める。
「大典太と鬼丸? タギツヒメか!」
「千鳥に小烏丸…それに……ユリか。幾度も相見えるとは、余程の縁か…」
「今度こそ、お前を討つ!」
(…龍眼を使う。サポートをお願い)
(はいはい、人使いが荒いわね…私は人ではないけど)
百合も龍眼を発動し、タギツヒメに向かう。
迅移を使う中、碧色に光る右目で敵を見据える。
三人の連携攻撃を持ってしても、中々に隙が与えられない。
それどころか、こちらが崩されてしまった。
「我には全て見えている」
「させません!」
何とか、姫和に振り下ろされそうになった攻撃を受け止めたが……
恐ろしい、一本の御刀を止めるだけなのに、百合は二本も使わされている。
「何故お前達がタキリヒメを守る? 我らの間に人間風情が入ることは許さん。お前もだ、半端者!」
「百合!」
「百合ちゃん!」
振り下ろされるもう一本の御刀、龍眼で読めた。
けれど、先程の攻撃を避けていれば、確実に姫和は死んでいた。
百合が目を閉じそうになったその時、現れたのは一匹の獅子だった。
「タギツヒメ!」
「真希先輩!?」
「獅童さん!?」
緋色に光る瞳、その剛剣にてタギツヒメを外に出す。
追い返して行き着いた先は、あるお社。
石畳の上で構える二人、それに追いついた百合と姫和。
タギツヒメに姫和が突っ込もうとした時、可奈美に背後からの一撃をくらう。
囲まれたタギツヒメは、不利と判断したのか、興が醒めたのか。
何も分からぬまま、橙色の炎共に消えた。
「消えた?」
真希はもう一度瞳を緋色に染めて、辺りを見渡す。
そして、驚愕の声を漏らした
「これは……。どういうことだ? もう一体居る?」
彼女のこの言葉に、可奈美と百合はタキリヒメの事を思い出す。
今の真希が、ノロの性質を利用して荒魂を追ってるのなら。
ビルの方を見て、先程の言葉を言うのも無理はない。
何せ、彼女はタキリヒメのことを知らないのだから。
無言でここを去ろうとする真希を、百合が止めた。
「何処へ、行くんですか?」
「…………」
「結芽も夜見先輩も……寿々花先輩も心配してるんですよ」
「…っ!? 分かった…帰るよ」
「それでいいんです! …まぁ、寿々花先輩にみっちり怒られて下さい」
「そ、それだけは! 何とか君からも口添えを」
「嫌でーす! 心配させた先輩へのお仕置きですよ。諦めて下さい」
何とか減刑を図る真希だが、百合は聞き入れず。
最終的に、本当に引きずられて帰ったとか。
次回もお楽しみに!
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