潜水艦を出てから時間はあまり経っていない。
百合や可奈美たちは、防衛省にまた訪れていた。
一度通った道を通り、あの異空間とでも言える場所に入る。
今回は前回と違い、結芽も参加している。
暇潰し、彼女にとってはその程度のことだ。
だが、朱音からしたら心強い護衛。
もしもの場合に戦力は多いに越したことがない。
階段の前で立ち止まり、タキリヒメに問いかける。
「今一度、お願いに上がりました。御力をお貸し頂けませんか?タギツヒメに対し、我らの共闘が叶えば。それ即ち、人と荒魂の共存と言う貴方の願いに近づく第一歩となりましょう」
「不遜。我がお前達に求めるのは共闘ではなく隷属。イチキシマヒメを差し出せ、さすれば我が庇護下で生きることを許そう」
朱音の綺麗な理想論は、タキリヒメの一言で切って捨てられる。
人を人として見ていない。
いいや、人を見ていない。
そう言った方が正しいだろう。
結芽はそんな言い方に食ってかかろうとするが、百合が無理矢理口を塞ぐ。
「お待ち下さい。貴方は、それを共存と仰るのですか?」
「然り。人と言う未熟な種は、所詮虫や獣と同じ。それを我が善き方向に導いてこそ、真の共存と言えよう」
問への回答。
それを聞いた姫和は、朱音に提案をした。
……この時間は無意味だと。
「朱音様、ここまでです」
「十条さん…」
「今確信しました。こいつも所詮タギツヒメと同じ荒魂。共にあるなど叶わないのです」
「だね〜。姫和おねーさんの言う通りだよ」
百合の心がズキリと痛む。
その言葉は、今の百合にとってあまり心地のいいものではない。
そうして、百合が少しだけ俯いてる中、可奈美が声を上げた。
「あの、タキリヒメさん。私と剣の立ち会いしませんか?」
「なっ?!可奈美、お前こんな時までなにを?」
「何のつもりだ、千鳥よ?」
「…貴方は私たちを一度も見てくれていない。それじゃお互い、歩み寄ることもできません。それで、その、お互いによく見れば人間のことも、荒魂のことも……よく知り合えるんじゃないかなって…」
正論のようで正論じゃなくて。
それでもどこか温かい言葉。
精神論にも似た、向き合うための言葉だった。
当然、姫和や結芽は呆れたような顔だったが。
「…それには正面から御刀を合わせるのが手っ取り早いと?」
「私は悪くないと思いますよ。自分たちを分かってもらうには、そういう手段の方が効果的かもしれません」
「………下がれ」
間が空いたが、タキリヒメは平坦な口調で去ることを命じた。
彼女の言葉に逆らうことは出来ず、五人はその空間から出ていく。
厳重な扉が閉まっていくのを見届け、可奈美と百合はどうしたものかと首を傾げる。
「ダメだった」
「ですね」
「当然だ」
「流石に私でも、あれはないかなぁ〜」
「だが、二人らしいな」
「ええ。確かに、突拍子もない申し出でしたが、頷ける所もあります」
二人の言葉は、朱音の中に頷ける所があったらしい。
逆に、姫和と結芽は首をかしげてしまった。
どの辺が頷けたのか?
彼女自身しかわからない答え。
「朱音様?」
「何度でも足を運びましょう。彼女の人となりを、見極められるまで…」
「はい!」
「勿論です!」
元気の良い返事を聞きながら、朱音は前を歩く。
まだ遠い道のりかもしれないが、彼女たちの様な人間が居れば。
きっと、手を取り合うことが出来る。
秘密基地のようなメカメカしい廊下を歩きつつ、朱音はそう思うことが出来た。
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あれから数時間が過ぎた。
日も暮れて、今日という日の終わりが近づいている。
百合は、可奈美以外が揃うテントに結芽と並んで座っていた。
暇を潰すものがない結芽は、不貞寝している。
百合に寄りかかって眠る姿は、姉に寄り添う妹のよう。
勿論比喩である。
だが、二人は清く正しい交際をしている関係。
所謂恋人同士だ。
その関係を知っている者が居たら、見せつけるなと文句の一言は言うだろう。
それ程に仲睦まじい光景、真希と寿々花は写真に撮って額縁に入れる所まで検討していた。
けれど、そんな悠長なことを言っている場合ではなくなったらしい。
舞衣の電話は紗南からで、市ヶ谷周辺で大量に荒魂が現れ民間人を無差別に襲ってるとの報告が入った。
百合は急いで結芽を揺すって起こす。
「……ムニァムニァ〜、お仕事?」
「そう見たい。だけど……」
舞衣以外のメンバーに課せられた任務はタキリヒメの護衛。
結芽と百合も同じく任務が課せられている。
陽動、その言葉が舞衣の頭に浮かぶが、それでも一般人を危険に晒す訳にはいかない。
「おい。俺らどうすんだよ?」
「どうもこうも、放っておけるか」
「でも、私たちの任務は…」
狼狽えている様子の五人を見て、真希は声を張った。
「狼狽えるな!」
「ええ、これほどあからさまな陽動もありませんわ」
「ですが!」
「私と真希さん、それと夜見さんで向かいますわ」
「百合さんと結芽さんはここの防衛に努めてください」
百合は真希たちを信じ送り出す。
他の者達も、言いたいことはあるがグッと抑える。
今やらなければいけないことは目白押しだ。
可及的速やかに、任務に向けて動かねばならない。
「腐っても親衛隊か…」
「味方にすると心強いでしょ〜?」
「これが陽動なら…みんな!S装備至急用意!」
舞衣の号令に合わせ、準備を始める。
数分も経たずに、空から人が降ってきた。
降ってきたのは、S装備と似た見たことの無い新しい装備を身に纏った刀使たち。
準備を終えて打ち合いの聞こえる場所に到達する頃には、既に半数以上の刀使がやられていた。
百合と結芽はS装備を着ていない。
百合は今の状態では着ることができないし、結芽は元々S装備か好きではないからだ。
好きではない、この理由だけでやっていけるのは彼女だからである。
見た所、相手は綾小路武芸学舎の生徒。
……その中には、百合が見知った人物も居た。
あまり関わったことは無いが、それでも知っている人物だ。
名前はあまり覚えていないし、彼女がどんな人物だったかも覚えていない。
だけど、こんなことをする人間でなかったのは覚えている。
御刀を抜き、写シを張る。
……彼女たちは知らないが、相手は冥加刀使と言う存在。
改良されたノロのアンプルを注射され、タギツヒメに忠誠を誓う駒。
その為、百合は二本目の御刀も抜いている。
あまり刃を向けたくない相手ではあるが、甘えたことばっかり言っていられる状況じゃない。
龍眼は使用せず、三人の冥加刀使を手玉に取る。
相手の攻撃は避けるか受け流すかの二択だが、受け流している暇はない。
一撃一撃が、写シを剥がすことを意図も簡単にやってのけるレベルのもの。
受け流している時間が隙になる。
だから、避けることに専念し、相手の隙を見つけにいく。
しかし、形勢は徐々に傾いて行き、防衛省のビルまで押し込まれていた。
「ピンチだひよよん何とかしろ」
「勝手なこと言うな」
「…来るよ、舞衣!」
その言葉が放たれるのと、タギツヒメが降りてくるのはほぼ同時刻。
黒いフードを被り、二振りの御刀を持つタギツヒメ。
「タギツヒメ!」
「久しいな、我が分け目よ」
「タキリヒメ!」
百合たちは、初めて目の当たりにしたタキリヒメの姿に驚くが、それも束の間。
タキリヒメは御刀を持って、タギツヒメに刺突を繰り出した。
無駄のない動きで、予備動作を格段に減らした効率的な刺突。
その攻撃はタギツヒメの右肩を突き抜く。
瞬間、緋色の炎が漏れだした。
熱さはないが、眩しさ故に目を瞑ってしまう。
「これが貴様の答えか?」
「人の可能性。失うには惜しいと判断したまで」
「愚か」
タギツヒメとタキリヒメの戦いは苛烈さを増していく。
可奈美や百合が割って入ろうとするも、冥加刀使たちに邪魔されて近づくことが出来ない。
あの結芽でさえ、顔を歪ませていた。
「群れないでよ!私が弱く見えるじゃん!」
悪態を着きながらも、二人を相手取っているのは恐ろしいところだ。
冥加刀使一人の力は、単純計算で平均的な刀使の数倍。
二桁には及ばないが、可奈美たちとやり合っているのを見ると、相当の強さだと分かる。
しかも、冥加刀使は数も多いし、連携も取れているのだ。
あと少し、あと少し、と言うところで押しきれない。
こんなことをやっている内に、タキリヒメは戦いの中で左手を失っていた。
「タキリヒメェ!」
「本来であれば、我らの間に力の差等ない。だが、人如きを必要とした貴様と、不要とした我。それがこの結果だ」
残った右腕も吹き飛ばし、腹の真ん中に御刀を突きつけた。
タキリヒメは逃れることも出来ず、唇からはノロを奪われた。
唇から滴るのは、血ではなくノロ……なのか。
誰も助けることは叶わず、タギツヒメはタキリヒメのマスクを破壊した。
破壊されたマスクからは目が見えた。
吸い込まれるような緋色の瞳。
「ああ、そんな顔をしていたのか千鳥の娘」
「タキリヒメ!!」
「何処までも、飛ぶ姿が見えた」
「えっ?」
「その刀のもう一つの名のように、雷すらも切り裂いて。飛べ、人よ。高く、早く、遠く」
その顔をどこか満足しているようにも見えた。
粒子となって消えるまで、彼女の言葉は響いた。
可奈美の心に、重く、強く。
百合の心には、タキリヒメの消失が……人の死と同義だと感じた。
重なった、あの時の結芽の死と。
最近、百合が見る夢と。
彼女が見ているのは夢、そんなものではない。
夢などではなく現実。
無限に広がる並行世界で起きた一つの事象。
結芽の死という、一つの事象だ。
百合の心に、少しづつ良くないナニカが蓄積し始めていた。
「タキリ…ヒメ?」
「心地よし…さて次は」
言葉が終えると同時に攻撃は始まり、数瞬も経たずに攻撃は終わっていた。
その場に居た誰もが、起き上がれずに居た。
早く立たなければ、殺されるのは自分たちだ。
だが、今の彼女たちには写シを張る余力すら残ってない。
「舞衣…!」
「早く、立たなきゃ」
「おい!まだ写シ張れっか?」
薫の問に答えられる者は当然居ない。
百合は奥の手の引っ張り出す決意をする。
あまり使いたくはないが、四の五の言っている場合ではないのだ。
早急に立ち上がらなければ死人が出ても可笑しくない。
(本気でいく。体を治して)
(良いわ、五秒待ちなさい)
一瞬、淡く緋色に光る左目。
それに、誰も気付くことは無く、百合は立ち上がった。
もう一度写シを張る前に、結芽の御刀であるニッカリ青江と、自分の篭手切江を交換する。
この一ヶ月、中に居る彼女の存在を認知してからだが、奥伝である『悪鬼羅刹』を三分弱ほど、体にかかる負荷をなくして使うことに成功した。
しかし、デメリットは完全にはなくなってはいない。
もし『悪鬼羅刹』を使ったら、百合は丸一日写シを貼ることが出来ないのだ。
タギツヒメの力は増幅している、全力でかからなければ負けるのは確実。
「新夢神流奥伝『悪鬼羅刹』!」
百合に巻き付いていた鎖が砕け散った。
幻影に過ぎないその光景が、恐ろしく綺麗に見える。
薄く碧色に光る右目、それをタギツヒメに向けて未来を視る。
あらゆる可能性を視て、最善の行動を弾き出す。
「……お前達は手を出すな。我が始末する」
「随分とお気楽ですね?……調子に乗っていると、簡単に負けてしまいますよ?」
「半端者に負けるほど、弱くはない…!」
構えた二振りの御刀同士を向け合う。
先に動いたのはタギツヒメ。
迅移で近付き、二振りの御刀を同時に振り下ろす。
通常時の百合なら間違いなく避けることを選択したが、今の百合はそんな選択肢選ばない。
右手に持っていた宗三左文字を、迫り来る御刀の腹に当てるように、力強く右薙に振り抜く。
当たった御刀の軌道はズレて、床に突き刺さる。
だが、そんなこともお構い無しに、突き刺さった御刀を無理矢理抜いて、瓦礫を百合に向かわせた。
しかし、百合も百合で迅移で合間を取って回避する。
数秒にも満たない攻防。
目で追ってこれた者はどれほど居たのだろうか。
「ほほぅ、こちら側に寄ってきたな。腕も立つ。どうだ?もう少しこちらに足を伸ばす気はないか?」
「お生憎様。私は、人を駒のように扱う貴方とは一緒に居たくない」
「なに、お前を奴らのようには扱わん。我と共に人類に復讐しようではないか。お前と我は
「…………やっぱり、貴方には着いていきません。支持をするなら、イチキシマヒメです」
同類、その言葉に反応する百合に対し、誰もが疑問を持った。
けれど、誰も口に出して何かを言うことは無い。
言えないのだ。
何かを大切なものが壊れそうな気がしたから。
「それにしても…末恐ろしいな。半端者のお前でさえ、それを使えるとは。普通の人間ならものの数分で発狂しても可笑しくない。…さては見たな?自分が大切だと思った者の死を」
「うるさいですよ。存外お喋りなんですね」
「回答になっていない……が構わないか。どうせ死ぬのだから関係ない」
嘲るように鼻で笑うタギツヒメに、腹の底からドス黒い感情が湧き上がってくる。
……彼女が言った通り、龍眼は可能性の未来を予測するもの。
あらゆる可能性を見通すが故、自分の死や友の死を見ることも少なくはない。
ならば、何故百合が普通で居られるのか?
答えは簡単だ。
彼女がもう壊れているからだ。
修復不可能なほどに、心が壊れているから。
前回、結芽を失ったあの時に壊れた。
今の彼女は正常ではない、一応結芽や仲間が居ることで普通に過ごせているだけに過ぎない。
「仕掛けないのか?」
「……後悔しないでください」
シフトなしの三段階迅移で距離を詰め、足を狙って地面スレスレに剣を添えていく。
その攻撃を見透かしたタギツヒメは、軽く跳躍し避けようとするが、百合がニヤリと笑ったのを見て悪手だと気付く。
跳躍したことで、彼女は今踏ん張りの利かない空中にいる。
空中では避けることも難しく、受け流すことも至難の業。
足を狙うのに使っていなかったニッカリ青江で、突きを放つ。
流石のタギツヒメも受け流すことは出来ず、受けることにした。
突き刺さったニッカリ青江から感じる、人間の肉を断つような触感。
不気味な触感だが、手を離すわけにはいかない。
そのまま壁に叩きつけるために壁に向かって走るが、タギツヒメが御刀を百合の首めがけて振り払った。
あと数センチ、そんな所で百合は回避する。
ギリギリの回避過ぎて、ニッカリ青江をタギツヒメから抜いてしまったがしようがない。
「三段階迅移をなんの反動もなくやってのけるとは…」
「技術と才能があれば出来ますよ…多分ですけど」
(技術と才能、それだけで三段階迅移を使った反動がなくなるのか?ありえない、ありえない筈だ…)
姫和は言葉には出さなかったが、そう思っていた。
鎌倉に招集がかかる前、姫和は実家にてある書物を読んだ。
迅移をある学者が研究した書物であり、その中にはこう書かれていた。
「三段階迅移からは使うと必ずと言っていいほどリスクが生じる。
三段階はニから三日弱体、四段階は使用後程なく昏倒。
五段階目は現世に戻ってくることが出来なくなる」
その瞬間、姫和は思い出した。
舞草での鍛錬の中、百合がシフトなしの三段階迅移を行ったことについて驚き理由を尋ねた時。
本当に驚いていたのは、シフトなしで三段階迅移を行ったことじゃない。
三段階迅移を使っても反動がないことに驚いたのだ。
…百合がどうして反動なくして三段階迅移や四段階迅移を使えるのか?
三段階迅移は通常時でも、『悪鬼羅刹』使用時でも使える。
四段階迅移は『悪鬼羅刹』使用時しか使えない。
理由は少し可笑しいものだが、…百合は人体の構造を殆ど熟知しその反動を最低限までカットしているのだ。
なら如何して、通常時でも四段階迅移が使えないのか。
それを説明するのは難しくない。
簡潔に述べるなら
幾ら人体構造を殆ど熟知していても、昏倒するほどの反動をカット出来る訳が無い。
だからこそ、百合は『悪鬼羅刹』使用時でしか四段階迅移を使わないのだ。
「ふっ、今回は良い余興だった。さらばだ」
「待っーー」
追いかけようとした途端、視界がぐにゃりと歪む。
どうやら活動限界らしい。
歪む視界で最後に見たのは、泣きじゃくる結芽の姿だけだった。
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防衛省襲撃から早くも一週間が経った。
あの後百合は、結芽にこっぴどく怒られ、寿々花や真希にも叱られた。
…その時、結芽は徐に尋ねた。
「ゆり?隠し事、してないよね?」
「してないよ」
「嘘。…ゆりは気付いてないかもだけど、嘘つくときに限って少しだけ瞬きが早くなる」
「えっ?」
自分の癖など完全には把握できない。
ダラダラと、百合の背中に嫌な汗が流れる。
そんな百合に、結芽は小悪魔の笑顔で呟いた。
「残念でした〜。それも嘘だよ〜ん。引っかかったー!」
「ゆ、結芽〜!」
「……で?なにを隠してるの?」
「…………言えない」
「そっか、ならいいや。言いたくなったら言って。待ってるから」
言えない。
言える訳が無い。
少しづつ生まれる溝に、結芽は気付かずにいた。
次回もお楽しみに!
誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!
感想もお待ちしております!
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